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知多星ゴヨウ  作者: MIROKU
二年
92/100

混沌(カオス)の追憶 ~はぐっと球団・一試合完全燃焼2~



 アンジェは瞬間、空を飛んだ。


 彼女のグローブにはボールが包まれていた。


 アンジェは蔵井譲二のホームランを防いだのだ。


 その姿は名前の通り、宙を飛ぶ天使エンジェルのようだ。


「な、なんだとー!」


 崩れ落ちそうになる蔵井譲二。スコアは18対18。


 九回裏を0点におさえ、さらに延長十回表で得点し、十回裏をも0点におさえなければ、アスクライ球団に勝利はないのだ。


 勝機ははるか彼方に遠ざかったことを自覚した蔵井譲二。


 これも混沌カオスの波動を受けた報いなのか。


 蔵井譲二はぼうぜんと青空を見上げたが、決して怯んだ様子はない。


 ただ、最期まで潔くーー


 それが彼の決意であった。


 一度は混沌カオスに飲まれた蔵井譲二だが、強い意思を秘めた今の彼は守護者ガーディアンに相応しい資質を備えていた。





「声が小さいですわー!」


 マシェリは他のメンバーを叱咤しながら、ひょこひょことバッターボックスへ向かった。


 身長は130cmほど、戦乙女の全メンバーのなかで最も幼い部類に入る彼女だが、秘めた根性ガッツはたいしたものだ。


「んあー!」


 マシェリはアキレス腱を切っているとは思えぬ気迫で、蔵井譲二の球を初球打ちだ。


 そして連続して大前転ーー


 体操選手のような華麗な大前転の連続で、一塁へ進出する。


 血の気の引いた顔に大量の汗、だがマシェリは笑みを浮かべていた。


 その熱きプレーに観客も沸き上がった。


 マシェリの見せた魂こそ、一試合完全燃焼の心意気なのだ。


 続く二番、ハリーもデッドボールで塁に出る。肋骨にヒビの入ったハリーは二塁上で寝転がり、悶絶していた。


 三番、アンジェもヒットである。蔵井譲二はもはや燃え尽きる寸前、その球威は試合中盤の勢いの陰もない。


 無死満塁、ここで迎えた四番打者は戦乙女エールであった。


 彼女もまた満身創痍だが、バッターボックスから蔵井譲二をきっと見据えた。


 蔵井譲二も気力を僅かに回復させたか、ギラギラする眼光をエールに返す。


 戦乙女エールの真の力は、名の通りエールだ。


 彼女の応援は死者すら蘇生させるという。


 エールの愛と勇気を秘めた慈愛の眼差しが、蔵井譲二を奮い立たせた。


 蔵井譲二の瞳にも、使命を全うせんとする強い意志が宿っていた。


 いや、蔵井譲二とエールの二人には、男女の思いもあったのだ。


 だが強い意思とは裏腹に、二人とも立っているのもやっとであった。


 空振りとボールを繰り返し、2ストライク、3ボール。


 そして戦乙女エールと蔵井譲二は最後の力を振り絞った。


「おおう!」


 蔵井譲二が投げたのは、ど真ん中への豪速球だ。


「もらったあー!」


 エール渾身のフルスイング。


 そして何かが割れる音が球場に響いた。


 なんたることか、蔵井譲二の豪速球はエールがフルスイングしたバットをへし折り、キャッチャーミットにおさまっているではないか。


「……くう!」


 エールは悔しさに片膝ついた。


 しかし投げ勝った蔵井譲二は、全身の力が抜けたかのようにピッチャーマウンドに両膝ついた。


 今の彼では、倒れないように身を支えるだけでも難儀であった。


「つ、辛いな、未来を作るとは……」


 蔵井譲二のつぶやきは、彼以外の誰にも聞こえてはいなかった。


 ただ、全身汗にまみれ、顔から生気が抜けているようではあるがーー


 蔵井譲二は笑っていたのである。


 敗北が目に見えようと、その先に死が待ち構えていようとーー


 蔵井譲二は最期まで潔く人生を全うするつもりであった。


 あるいは蔵井譲二は邪な心を捨て、菩提の境地に到っていたかもしれぬ。


 ピッチャーマウンドで立ち上がった彼の姿は弱々しくも、凛々しく、輝いてすらいた。


「見事だわ、抱き締めてあげたいほど……」


 エールは自陣へと戻っていく。彼女は安らかに微笑していた。


 エールもまた、蔵井譲二との試合を経て菩提の境地へ達したのかもしれぬ。


 そして尚も試合は続く。


 バッターはエトワール。負傷はないが、彼女は攻守に渡り無理をしすぎた。


 元々フィギュアスケート選手だが、ジャンプの際に足を痛めたことがあり、一時は再起不能になったのだ。


 その痛みが今、エトワールに襲いかかってきている。


 蔵井譲二、初球を投げた。やや速かったが、ボール球だった。


 エトワールは見送った。見切ったのではない、足首に走る激痛のために彼女はバットを振るうことができなかったのだ。


「待てー!」


 その時、観客席から意外な人物が試合を中断させた。


 蔵井譲二の参謀とも呼ぶべき、ドクタートラウマであった。


 彼は老齢を理由に試合には参加しなかったが、何をしていたのか。


「い、今ごろ何しに来た……」


 蔵井譲二は珍しく怒りの形相で観客席のドクタートラウマに振り返った。


「譲二、助っ人を連れてきたよ! 新たな戦乙女、トゥモローだ!」


 ひょうきんで愛すべき老人といったドクタートラウマの隣には、小柄な少女が付き添っていた。


 彼女はマウンドの蔵井譲二とエールを交互に見つめていた。


 ドクタートラウマが連れてきたということは、蔵井譲二への助っ人だろうか。


 しかし、彼女は戦乙女だという。ならばエールらへの助っ人だろうか。


「助っ人などいらん!」


 蔵井譲二はドクタートラウマに向かって叫んだ。


「私達は最後までやる!」


 エールもまたトゥモローを見つめて叫んだ。


 そしてエールと蔵井譲二は声をーー


 いや魂を通わせて己が信念を声高々に宣言した。



「「自らに頼む、それが超人だ!」」




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