帝都を覆う混沌45 ~混沌(カオス)の闇に飲みこまれた者~
「秩序の使命に目覚め、少女のままではいられなくなったんです!」
ハードゥはドヤ顔で言った。手足も長く、スレンダーな体型はモデルのようだった。
「ええ~?」
ゴヨウは冷や汗を流した。ハードゥの言葉の意味はよくわからぬが、彼には思い当たることがあった。
たとえばそれは高校時代、夏休み明けの変化だ。
ゴヨウはアルバイトしたり、文化祭実行委員の一員として、それなりに充実感を得ていた。
しかし、クラスには微妙な変化がある。地味だった女の子が、急に大輪の華を咲かせたがごとく綺麗になっていた。
彼女の周りに群がる女子たちの質問責め、やがて「彼氏できたんだー!」という羨望の声…………
「そういうのと違いますから!」
ハードゥは眉をしかめてゴヨウをにらみつけた。ゴヨウは蛇ににらまれた蛙のごとく萎縮した。
何にせよ、ゴヨウはハードゥのおかげで窮地を脱することができた。
しかし、鬼道界での戦いはまだこれからである。
******
魔空空間でレディー・ハロウィーンとフランケン・ナースの戦いは始まった。
フランケン・ナースが打ちこんだロケット弾が大爆発を起こす。
レディー・ハロウィーンの射った数十本のエンジェル・アローが光輝く。
帝都の繁華街はーー
否、魔空空間には土埃が舞い上がって視界も悪く、そしてむせる。
「……やりました?」
ロケットランチャーを構えたままのフランケン・ナースがつぶやくと同時に、土埃の中から無数の触手が伸びてきて、彼女を捕らえた。
「きゃあー!」
「く!」
フランケン・ナースは触手に足首を捕らわれて宙に吊り上げられーー
レディー・ハロウィーンはホウキに乗ったまま空中を移動して触手を避けた。
サーファーがサーフボードを操って高波に乗るように、レディー・ハロウィーンもホウキを操り空を飛ぶ。
数十メートルの距離を進んで振り返れば、フランケン・ナースは触手によって逆さ吊りにされていた。
彼女の両手はスカートを押さえるためにふさがっていた。
「く、卑怯だわ!」
レディー・ハロウィーンは舌打ちした。
フランケン・ナースはミニスカートだ。逆さ吊りにされたら、めくれてしまう。
そうなれば男子中学生が喜びそうなラッキースケベの発生だ。
「お、お嬢様~……」
フランケン・ナースは触手に足首を掴まれて逆さ吊りになりながら、スカートを押さえて頭部の電極を激しく点滅させていた。
彼女にしては珍しく焦っているようだ。
「き、今日はTバックなんです~」
さすがは帝都ナンバーワンの女性キャラだ。誰得な展開である。
「なんでそんなのはいてるのよ!」
「だ、だって勝負下着ですから~」
「……あ、それもそうね。うまいこと言うわね」
だが、さすがはレディー・ハロウィーンとフランケン・ナースだ。
この侍従は、ピンチすらチャンスに変えてしまう。それは男はあまり持っていない、女性ならではの明るいパワーであった。
命を懸けた戦いに臨むからこそ、フランケン・ナースは勝負下着だったのだ(見せる相手がいるわけではないが)。
「ふもうー!」
触手の先で巨大な何かが動いた。土埃が晴れた先、歓楽街の建物の陰から現れたのは、異形の巨体だ。
ーーのっし、のっし
古典的な効果音と共に現れたのはサメーー
いや、上半身はサメで下半身がタコという奇妙な生物だ。
B級モンスターパニック映画に出てきそうな姿である。
「お前たちを見てると調子が狂う……」
蛸サメは忌々しげにつぶやいた。その声にレディー・ハロウィーンは聞き覚えがあった。
「レジャー大帝GW!」
そう、この蛸サメはレディー・ハロウィーンのライバル商人の一人、レジャー大帝GWであった。
昨年は十連休で過労死寸前まで追い込まれたレジャー大帝GWは、今年は利益90%減という災難に見舞われていた。
「混沌の波動を受けて、人ではいられなくなったのだ!」
レジャー大帝GWは混沌に飲みこまれ、変貌してしまったのだ。
本来、商人という存在は人の世の平和を願う存在だ。
それなのに、今のレジャー大帝GWからは圧倒的な負のオーラしか伝わってこない。
レディー・ハロウィーンは憂いに眉をしかめた。いかに悲しいからとはいえ、レジャー大帝GWが混沌に飲みこまれたことが哀れだった。




