帝都を覆う混沌21 ~男女の出会いは宇宙の始まり~
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百八の魔星の守護神チョウガイは、相変わらず「幽霊の酒場」にいた。
訪れてまだ数日のような気がするし、何年も経ったような気もする。
命の光なき「幽霊の酒場」は、今やルシアンナという女主人に支配された新たな宇宙だ。
デビットを始めとした死者たちは肉体の一部を再生させつつあった。
この「幽霊の酒場」には少しずつ命が満ちていっているのだ。
「ーーどうしても行くの?」
カウンター席に座ったルシアンナは、隣に座ったチョウガイを見つめた。
「うむ、わしは行かねばならん」
チョウガイはグラスを傾けた。彼の不動の精神とて、後ろ髪引かれる心地がする。
「そっか……」
ルシアンナはチョウガイの肩に頭を預けてしなだれかかった。肌を合わせた男女の馴れ馴れしさがあった。
「ここは新たな宇宙の始まりとなるのだろう。わしは邪魔だ」
「そんな事ないよ」
「……いや、違うのだ、ルシアンナ。わしは行かねばならんのだ」
凛々しい青年の姿に似つかわしくない老成したチョウガイの語り口調ーー
それは彼が四千年を経た「百八の魔星の守護神」であるからだ。
そしてチョウガイにも使命がある。
「男はやらねばならんのだ」
チョウガイの脳裏には妹の死が思い起こされた。
不治の病に侵されていたチョウガイの妹は、彼が宿敵と最後の対決に臨んだ際に、遠く離れた病院で息を引き取った。
宿敵に見逃されたチョウガイは、病院で妹の亡骸を前にして絶望した。
同時に思い知らされた。チョウガイは妹の治療費を稼ぐために傭兵として転戦した。
多くの人間の命を奪ってきた報いが、妹の死に目に会えぬという悲しみだったのではないか。
因果応報。
自業自得。
それは絶対の真理だと思い知らされたチョウガイ。
同時に彼は男の使命に目覚めた。
ーー男は命と未来を守るのだ!
妹の儚い人生からチョウガイは使命を知った。
命と未来、それを象徴する女と子どもを守るために戦うーー
そのような意思に目覚めたチョウガイだからこそ、百八の魔星の守護神に選ばれ、四千年も戦い続けてきたのだ……
「私は待つ女じゃないからね」
ルシアンナは寂しそうな笑みを浮かべた。この「幽霊の酒場」は閉じた死の世界だったが、ルシアンナが命を得た事で、新たな宇宙に生まれ変わるのだ。
命を与えたのはチョウガイである。ルシアンナはチョウガイのおかげで新たな宇宙創成の女神となるのだ。
これは卵子が精子を受け入れて受精卵と成るのに似ている。「幽霊の酒場」は死の世界から命ある新たな宇宙へ変わろうとしていた。
「あんたがここにいればさあ、わたしも嬉しいけどさあ」
「わしも、できるならここにいたい」
「え?」
「……お前と過ごした時間は楽しかったぞ」
チョウガイは珍しく微笑しーー
自身の黄金剣とゴヨウの荷物(聖剣「花鳥風月」も含む)を手にして、酒場の出口へと向かった。
今や「幽霊の酒場」は店自体が子宮であるかのようにうごめき、新たな宇宙創成に向けて活動を開始していた。
「さらばだ、ルシアンナ」
チョウガイは「幽霊の酒場」から外へ出た。ドアの向こうは別の次元へと続いていた。
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ゴヨウはアブラムシに転生し、仲間達と共に過ごしていた。
群れを襲ってきたテントウムシの外殻にはアブラムシの力は通じない。
あわや絶体絶命のピンチを救ったのは働き蟻(全て♀)であった。
「ほうらあ、守ってあげたんだからさあ報酬出しなよ」
「お尻から甘い汁を出すんだよお!」
働き蟻(全て♀)から甘い汁を求められたアブラムシのゴヨウは、群れのリーダーとして苦渋の決断をーー
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「うおおう!」
ゴヨウの意識は覚醒した。彼はアブラムシの生を体験していたのだ。アブラムシもなかなか大変だ。
他にもカピバラに生まれ変わって、仲間を逃がすためにわざとアナコンダに食べられたり(満腹にさせて襲わせなくする)……
男はつらい。
それでも充実がゴヨウの胸に満ちた。
命を懸けて男の使命を全うする、それがゴヨウの魂の使命なのだろう。
「いい顔になってきたな」
ゴヨウのかたわらで、宇宙最古の生命体「開拓者」の一体であるカーレルが、口元に微笑を浮かべて彼を見下ろしていた。




