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知多星ゴヨウ  作者: MIROKU
二年
60/100

帝都を覆う混沌19 ~聖母様、リングに立つ~

「コオオオオ」


 聖母様は波紋の呼吸法を開始した。


 仙道エネルギーである波紋は生命力そのものであり、若さを保つ。


 その波紋の使い手である聖母様は、神々の間でも名の知れた超達人だ。


「うむ、がんばるのじゃぞ」


 聖母様の親友にしてライバルの鬼子母神様も、リングサイドに姿を見せていた。


 二十代半ばほどの和風衣装に身を包んだ凄絶な美女であった。


「ヘヤッ!」


 鬼子母神様が気合いを発すると、騒いでいた観客の腐女子たちがビクッと怯えた。


 姦物の美少年ダルイゼーに夢中だった腐女子たちは、鬼子母神様の女力おんなちからの前では蛇ににらまれた蛙のごとしだ。


 ーーちゃらんら~


 更に聖母様に仕える戦乙女が数名、リングサイドに姿を現している。


 楽器演奏は完璧な戦乙女アクアによって、周辺には独特の雰囲気が生まれーー


 リング上では頭にモンコン(ムエタイに用いられるヘッドギア)を巻いた聖母様が、ワイクルー(試合前の祈りを兼ねた踊り)を披露していた。


 聖母様はフリルがついた競泳水着に似た可愛らしいリングコスチュームだが、今日のファイテイングスタイルはムエタイのようだ。


「うう……」


 美少年ダルイゼーはリング上でうめく。今まで調子に乗っていた彼は、初めてここが敵地だと気がついた。


 強いだけでは生きられない。


 それを痛感させられる聖母様のワイクルーと、リングサイドに控えた鬼子母神様の迫力である。


 今や観客の腐女子たちは、誰一人としてダルイゼーを応援していない。彼女達は鬼子母神様の迫力に負けていた。


 急に自分の周囲から何もかもが消え去った孤独感ーー


 この宇宙に自分と繋がるものは何一つない不安。


 それがダルイゼーを不安にさせた。


 しかし男はこういう生き物なのだ。


 女性は命を産み出す存在であり、その魂は宇宙と繋がっている。


 いわば、全ての女性は意識下では宇宙の意思に通じているが、男はそうではない。


 産まれ落ちた時から、ただ一人。


 それが男である。


 それを自覚して尚、己の進む道を行く者こそがーー


「や、やってやるう!」


 ダルイゼーは冷や汗に濡れた顔に、開き直りの闘志を浮かばせた。


 ここを人生の最期になるかもしれないと見極めたのだ。


 今の彼は姦物ではなかった。


「見事に化けたわね」


 ワイクルーを踊りながら聖母様は微笑した。かつてはカニマルとポークの二人も、力のみを頼りにした無頼漢であった。


 それが聖母様との戦いを経て生まれ変わった。


 改心後のカニマルとポークは、ナザレ・ウォーリアーズとして人々を守るために命を捨てて生きてきた。


 ダルイゼーもまた、変わりつつあることが聖母様は嬉しいのだ。


「はあ……」


 ダルイゼーは瞳を閉じた。


 浮かんで消える様々な思い出。


 貧民層出身のダルイゼーは、その美しさと聡明さから、数々の男に抱かれた。


 男が男に抱かれるという苦悩と引き換えに、権力者らはダルイゼーに叡智を与えてきた。戦う技術もその一つである。


 いつしかダルイゼーは姦物に相応しき精神性を備え、望むままに生きてきた。


 無明を行くがごとし生きざまも、たった一度の今日という日のためではなかったか。


 今、ダルイゼーはそう思うのだ。


「お、そろそろ始まるな」


 リングサイドには手当てを受けた剣神タケミカズチも姿を見せていた。


 身長220cmの彼の巨体に腐女子らは遂に完敗した。


「あ、あなたはまだ寝てなくちゃダメですよ」


 戦乙女マジカルはタケミカズチの側に控えていた。なにやらいつもと雰囲気が違う。


「マジカルの好みなの?」


 マジカルの隣にはミラクルもいた。二人は百合キュアなのだ。


「ち、違うわよ!」


 真っ赤になって否定するマジカル。そんな二人を見下ろしてタケミカズチはため息をついた。


「俺の前でそういう話すんなよ……」


 タケミカズチは呆れたようだが、その目はリングの上の聖母様に注がれた。彼の意中の人とはーー


 ーーカアーン!


 その時ゴングが鳴った。


 ダルイゼーを改心させるための、聖母様の戦いが始まったのだ。

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