帝都を覆う混沌13 ~捨心~
全ては混沌の海に飲みこまれ、原初へと戻るのか。
宇宙創成から数十億年を経て形成された秩序は、混沌によって無へと帰すのか。
いや、それを防ぐためにゴヨウは戦いに向かっているのだ。
秩序の存在する意義を守るーー
それでこそ宇宙の意思に選ばれた守護者だ。
そしてゴヨウの意識は時空の狭間をさ迷っていた。
彼はカーレルの側で宇宙創成の歴史が刻まれた書物を読んでいたが、それはただの本ではない。
大いなる宇宙の力、コズミックフォージの一部なのだ。
それを読むということは、その歴史を体感するのと同じ事。
ゴヨウは生命の誕生と進化を、身を以て疑似体験していった。
体感時間では数億年を経ていた。
しかし、時間の流れなど混沌の渦ではほとんど意味のないことだ。
現にカーレルはゴヨウの隣で黙々と書物に目を通している。
カーレルの一秒がゴヨウには数万年だ。
さて、ゴヨウは♂のカマキリに産まれて、♀のカマキリに食べられる体験をした。
「男はつらいよー!」
意識の中で泣き叫ぶゴヨウ。
すると次は動物の♀に産まれる疑似体験をした。
「だ、ダメだ…… 俺が女になったら…… 遊んでしまう……!」
途方もない疑似体験を経て、ゴヨウは女性は偉大だなあと思った。
彼がもしも女に産まれていたら、男の時よりも苦労が多かったようだ。
「男でやるんだ!」
その決意によってゴヨウの輪廻は決定された。
ゴヨウの魂は天の機を知る宿星「天機星」として、幾度となく生まれ変わることになった。
ゴヨウの意識は次々と疑似体験を重ねていく。
数億年の体感時間の果てに待つは、意識の消滅か、あるいはーー
**
“感情を捨て去り、機械になれ!”
師であるオウシンの声が、リンチュウの魂にこだました。
リンチュウもまた混沌の渦の中で、自我を保っていられた一人だ。
大抵の人間は、混沌の渦の中にいる事すら気づかない。
止まった時を自覚してはいない。
全ては結果だけが残り、結果を許容して生きている。
世紀末の予言は外れたのではない。
その破滅を食い止める何者かがいたのだ。
人間の認識できない世界の、誰かが破滅を食い止めたのだ。
ーーリンチュウ、己を捨てろ!
オウシンの厳しい指導。
標的を手でつまんで持ち上げたオウシンへ、リンチュウは銃を構えて狙いを定める。
ほんの僅かでも狙いが外れれば、銃弾はオウシンに当たり、下手をすれば命を奪う。
オウシン、リンチュウ共に命がけの修行であった。
たからこそ彼らの魂は宝石のごとく輝いていた。
この輝きは命を懸けて明日を切り開く者が持つ心ーー
勇気の光であった。
“できると信じ、繰り返せ!”
オウシンが言うには、心理的な動揺こそが技を鈍らせる最大の要因だという。
感情を捨てろとは、動揺を捨てろということであり、人間性を捨てろということと同義ではない。
剣豪、柳生十兵衛三厳も著書にて次のことを記している。
“剣の一位はすなわち捨心なりと心得べし。
捨心なれば、心いずこにもなし。
この無心のままに五体を任せ、彼我の勝敗にかまうべからず。
一滴の水も心に残すべからず。一滴の水残れば、邪心生ず。
邪心、いかでか円満鏡裡の光明を放たん”




