帝都を覆う混沌8 ~バレンタインの大いなる愛~
帝都にバレンタインが訪れた。
混沌によって時の止まっていた帝都が少しだけ動き出したのは、バレンタインを祝福する気持ちがあるからだろうか……
バレンタインの守護者であるバレンタイン・エビルの祝福が、世界を優しく包みこむ。
同時に多くの男たちへ愛の祝福が訪れた。
「ハッピーバレンタイン♥️」
魅惑のフランケン・ナースが男たちに愛を配る。
欧州系の長身グラマラス美女だ。
ナース服はハロウィンのコスプレというコンセプトであり、彼女がナースというわけではない。
土気色の肌の表面には無数の縫合痕が刻まれ、頭部には左右一対の電極を生やした人造人間フランケン・ナース。
彼女の優しさと笑顔、そして女性もうらやむ豊かで堂々としたバストは、超一流だ。
ーー女神だ……!
フランケン・ナースの愛が帝都の男たちを救った。このまま混沌も払拭されそうな勢いだ。
そしてフランケン・ナースにも本命のお相手はいるようだが、それを探るのは野暮というものだ。
はにかんだ笑みを浮かべるフランケン・ナースの電極が、感情の高ぶりを示してピコンピコンと点滅していた。
多層に重なりあった次元の狭間で、ゴヨウは「開拓者」に遭遇した。
この宇宙最古の生命体である開拓者は、その足跡をいたるところに残しているがーー
実際に遭遇したという報告はない。
外宇宙から来たアウターらですらが遭遇したことのない、未知たる存在。
その開拓者に遭遇したのは、人間世界でチュパカブラを捕獲したような快挙である。
しかし、ゴヨウは開拓者の一人であるカーレルを前にして、コズミックフォージの一部が形となった書物を夢中になって読んでいる。
宇宙創生から数十億年の歴史を刻んだ書物は、ゴヨウにとっては開拓者よりも気がかりなものなのだ。
カーレルは書物に目を通しながら時折、ゴヨウを見下ろした。
ゴヨウはカーレルに注意を向けることなく書物に目を通していた。
カーレルは口元に僅かに笑みを浮かべた。
あるいは、そんなゴヨウだからこそ、カーレルの側にいられるのかもしれない。
時の止まった虚無空間で、ゴヨウとカーレルは書物を読みふける。
無口な者には、無口な友人ができるものだ。
チョウガイもまた次元の狭間をさまよっていた。
ゴヨウを探し求めれば、それがいかなる偶然を招いたのか、チョウガイもまた「幽霊の酒場」へとたどり着いた。
これは地球の表面積の中から、たった一人を肉眼で探し出すほどの偶然であった。
選ばれし者には、偶然も味方するのだ。
あるいはそれが、天の導きというものだーー
「ーー御免」
入店したチョウガイは油断なく店内を見回した。
ゴヨウに襲いかかってきた骸骨達だが、今はDVDポータブルを再生してプリピュアを観ていた。
小さな画面を、テーブルについた骸骨達がのぞきこんでいる。
「ピュアホワイトだな、可愛いし性格もいいし。中の人も綺麗だし」
「いやいや、ピュアブラックの意外な乙女心をなめてもらっちゃ困る」
「俺はピュアアクアだ、綺麗で素敵なお姉さんだ!」
「かー、わかってねーなー。ピュアパッションこそプリピュアの至宝だよ!」
「ピュアサニーはもっと活躍しても良かったな、一人で主役を張れる」
「お、俺は働く! 働いて金ためて肉体を買うんだ!」
などと骸骨達が盛り上がるのを、チョウガイは少々あきれながら眺めていた。
死の世界の住人が、生の喜びを讃歌する……
それ自体は悪くないが。
「ーーあら珍しい、また生身の人間が」
カウンター席に座ったチョウガイの前へ、素早くグラスを差し出すのはルシアンナである。
彼女は先ほどゴヨウを襲おうとしたが、今はそれを後悔していた。
ルシアンナもまた、死の世界の連環から逃れたい気持ちがある。
誰がそれを責められるだろう。
「まただと」
チョウガイはルシアンナを見つめた。
精悍で凛々しい青年チョウガイに見つめられては、大抵の女性は胸をときめかせる。
知らぬはチョウガイ本人のみだ。
ルシアンナもまた肉体を失った身ながら、その思考が落ち着きを失うのを止められない。
「そ、そうなのよ。さっきも生身の人間がやってきて…… それで忘れ物の中にDVDがあって、男どもったら幼女向けのアニメ観てはしゃいじゃってるのよ…… あ、あなたどう思う?」
「ゴヨウ……」
チョウガイは眉間をおさえた。頭痛がするらしかった。




