帝都を覆う混沌5 ~超越のもの~
「コズミックフォージがどうしたの?」
ルシアンナの暗い眼窩が妖しく光った。
眼球はないが、眼窩の底に暗い情念が燃え盛っていることに、ゴヨウは絶句した。
バーのカウンター席に座ったゴヨウの背後には、店にいた骸骨たちが集まってきていた。
「コズミックフォージを探してんのか?」
「まさか、このガキが何か知ってやがるのか?」
ルシアンナだけではない。他の骸骨たちも、文字通り目の色を変えてゴヨウに迫ってきていた。
ゴヨウはコズミックフォージという単語に覚えはない。
が、それが死者である彼らから理性を奪うほどの何かであることは理解できた。
初対面なのに心を許せたルシアンナですらが、理性を失っている。
コズミックフォージには、彼らが欲して止まぬ力があるのだ。
「お、俺は何も知らない」
立ち上がったゴヨウは周囲を見回しながら、酒場の出口を目視で確認した。
ゴヨウから見て、出口までの最短距離は数体の骸骨がふさいでいた。
「コズミックフォージをう!」
無数の骸骨がゴヨウに向かってきた。
ゴヨウは身を屈めながら、骸骨らの差し出された手を避けて出口を目指した。
「よこせえっ!」
ゴヨウの前に立ちふさがった一体の骸骨。
ゴヨウは素早く骸骨の左手側に回りこんだ。
「うりやあ!」
ゴヨウは骸骨に対して斜めに突き進んだ。
骸骨の腰へ右腕を回しながらつかみ、勢いを利用して投げ転がす。
形は相撲の上手投げに似ているが、これは柔道における大腰の変形だ。
「待ちやがれえ!」
出口を目指そうとしたゴヨウに、別の骸骨がつかみかかってきた。
ゴヨウは逆に骸骨の懐へ飛びこんだ。接近することで、相手の拳や蹴りを封じるのだ。
そして抱きついた瞬間には、ゴヨウは骸骨の右手首を左手で引きながら、体を回して投げている。
酒場の床に骸骨の顔面が叩きつけられた。ゴヨウの、左手一本による変形の体落だ。
ルシアンナは暗い眼窩を驚きに輝かせた。
ゴヨウは「百八の魔星」陣営から先生(※この場合は「~~さん」の意味)と小馬鹿にされている。
だが、リンチュウやヨウシらと共に心技体の研鑽を日々行っている。
彼らと対等に渡り合えるわけではないが、はるか格上の相手とばかり接してきているゴヨウだ。
甘く見ると手強いのが知多星ゴヨウという男である。
また、骸骨らは軽かった。ゴヨウがあっけに取られるくらい軽かった。
人間の体重における骨の割合というのは、半分もないだろう。
体重60kgの人間ならば、骨だけならば30kgあるかないかではないだろうか。
だからゴヨウの技は上手くかかった。ましてや、ゴヨウは必死であったから尚更だ。
しかし、窮地を切り抜けた代償は大きい。
(なんてこった!)
ゴヨウは「幽霊の酒場」から飛び出し、道を駆けながら気づいた。
聖剣「花鳥風月」や装備一式を店内に忘れてきてしまったのだ。
多層の次元が重なりあった混沌の渦、その中心において全ての装備を失ったのは、雪山を登るのに必要な物が何もないのと同じことだ。
(くっそう……!)
ゴヨウは暗き道を駆けた。
守護神チョウガイもおらず、彼は前途に希望を見いだせぬ闇に飛びこんだ思いだ。
あとは、せめて最期までーー
死に花を咲かすという決意だけが、ゴヨウの胸に在った。
**
バレンタイン・エビルもまた、混沌に遭遇していた。
正義商人にしてバレンタインの守護者であるバレンタイン・エビル。
彼女はハロウィンの女帝レディー・ハロウィーンの、双子の妹でもある。
彼女達の先祖は、ハロウィンの夜に現れた魔物をーー
「あの世」から「この世」へとあふれでてきた魔物から、人々を守ってきたという。
そして今、バレンタイン・エビルは混沌の尖兵を迎え撃つ。
「死ねえー!」
黒き武具に身を固めた混沌の尖兵らが、数十メートル先のバレンタイン・エビルへ殺到した。
バレンタイン・エビルは光輝く聖なる闘衣に身を包んでいた。
その彼女の右手が閃いたーー
「バレンタイン・プラズマー!」
バレンタイン・エビルの放った無数の光速拳が、混沌の尖兵数人をまとめて吹き飛ばした。
他の兵らはバレンタイン・エビルの迫力に気圧されて、硬直した。
「わたしはね、あんたらに負けるわけにはいかないのよ。次のバレンタインには初めて手作りチョコを贈らなくちゃいけないんだから。義理よ義理!」
バレンタイン・エビルは混沌の尖兵を見回しながら言った。彼女が誰に義理チョコを贈るのか、それは興味あるところだがーー
「ヒャッ、ヒャッ、ヒャッ。お前ら情けないぞ。バレンタインの守護者とはいえ、女一人に何をてこずっている」
「おお、お前は……」
混沌の尖兵の一団から、一人が前に進み出た。
**
ゴヨウはどこをどう走ったのか、全く覚えていなかった。
帝都の繁華街にも似たけばけばしいネオンと、いかがわしい店の間を駆け抜けた。
そして、いつしかーー
薄明かりに照らされた巨大な図書館のような場所へ来ていた。
息を切らせたゴヨウは、その館内にあぐらをかいた巨大な姿を見た。
爪の先で人間が読む本のページをめくり、一心不乱に読み進める巨大なもの。
それは人知を越えた超越の存在にして、宇宙最古の生命体ーー
「開拓者」と呼ばれる存在ではないか。
「ーーほう、人間がこんなところに来るとは」
開拓者は本を読んだ姿勢のまま、目だけを動かしてゴヨウを見下ろした。




