帝都を覆う混沌4
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帝都の時間は停止していた。
いや、時間は数百万分の一の速さで進行していた。
人々の騒々しい朝は、ゆっくりゆっくりと進んでいた。
これも混沌の持つ力の余波であった。
その混沌を相手に、知多星ゴヨウと守護神チョウガイが戦っているのを知る者は、数名だ。
やがて時が動き出した時、人々は己の時間が止まっていたことも、混沌が帝都を覆っていたことにも気づかず、元の生活を開始するだろう。
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「幽霊の酒場」の店内は満席だ。
テーブルにはやはり骸骨らが座っており、飲酒したり喫煙しながらポーカーなどのゲームに興じている。
ゴヨウは空いていたカウンター席に座った。するとドレスを着こんだ骸骨が側にやってきた。
「あら、珍しい。生身の人間が……」
「ちょっと訳ありで」
ゴヨウは苦笑しながら酒を注文した。ドレスを着こんだ骸骨は、滑らかな所作でゴヨウの前にグラスを置いた。
ーー普通の酒だな。
香りを確かめ、酒を一口なめてみれば、それはごく普通の酒であった。
「どこから来たの?」
「んー、帝都から」
骸骨がゴヨウにたずねてきた。この骸骨はルシアンナという。
長い髪は生前のままに、頭部を覆っていた。
滑らかな金色の滝のような髪を、生前のルシアンナは自慢に思っていたという。
「そりゃあ、髪なんか気にする方がおかしいかもしれないけど…… 女のたしなみは忘れないわ」
「なるほど」
「男はイヤよね、生前の悪い習慣ばかり残っちゃって」
ルシアンナは店内を見回した。あちこちのテーブルから、骸骨たちの声が聞こえてくる。
暴飲暴食、他者の悪口、殴りあいのケンカーー
彼らは生前の行いをそのまま永遠に続けているようだ。
その虚しさにすら気づかず、永遠に繰り返す。
デビットが店の外で一人で飲んでいたのに、ゴヨウは納得した。彼は永遠の輪に閉じこめられたくないのだ。
ルシアンナもまた永遠の輪から離れるために、髪をとかし、女であることを忘れないように務めているのだろう。
「あなたは何をしようとしているの?」
「俺は……」
ゴヨウは考えた。彼は何を思って、混沌の渦の中心に乗りこんだのか。
「意識を保たないと、すぐに忘れちゃうわよ」
ルシアンナの言葉に、ゴヨウはバレンタイン・エビルとショウコの顔を思い出した。
長くサラサラした髪を持つバレンタインの守護者、美しいバレンタイン・エビル。
美しいが性格は残念な天魁星ショウコ。
なぜ、あの二人が真っ先に頭に思い浮かんだのか。
好意とは違っていた。
ゴヨウはあの二人の愛に守られているのだ。
だからこそ、ゴヨウはここにいられるのだ。
死の世界で動揺することなく。
そして彼は、脳裏に浮かんだ聞いたこともない単語を思わず口にした。
「……コズミックフォージ……?」
その瞬間、店内の喧騒が止んだ。
ルシアンナの暗い眼窩が不気味な光を放った。
「コズミックフォージですって?」
ルシアンナは敵対的な声を出した。




