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知多星ゴヨウ  作者: MIROKU
二年
45/100

帝都を覆う混沌4



   **



 帝都の時間は停止していた。


 いや、時間は数百万分の一の速さで進行していた。


 人々の騒々しい朝は、ゆっくりゆっくりと進んでいた。


 これも混沌の持つ力の余波であった。


 その混沌を相手に、知多星ゴヨウと守護神チョウガイが戦っているのを知る者は、数名だ。


 やがて時が動き出した時、人々は己の時間が止まっていたことも、混沌が帝都を覆っていたことにも気づかず、元の生活を開始するだろう。



   **



 「幽霊の酒場」の店内は満席だ。


 テーブルにはやはり骸骨らが座っており、飲酒したり喫煙しながらポーカーなどのゲームに興じている。


 ゴヨウは空いていたカウンター席に座った。するとドレスを着こんだ骸骨が側にやってきた。


「あら、珍しい。生身の人間が……」


「ちょっと訳ありで」


 ゴヨウは苦笑しながら酒を注文した。ドレスを着こんだ骸骨は、滑らかな所作でゴヨウの前にグラスを置いた。


 ーー普通の酒だな。


 香りを確かめ、酒を一口なめてみれば、それはごく普通の酒であった。


「どこから来たの?」


「んー、帝都から」


 骸骨がゴヨウにたずねてきた。この骸骨はルシアンナという。


 長い髪は生前のままに、頭部を覆っていた。


 滑らかな金色の滝のような髪を、生前のルシアンナは自慢に思っていたという。


「そりゃあ、髪なんか気にする方がおかしいかもしれないけど…… 女のたしなみは忘れないわ」


「なるほど」


「男はイヤよね、生前の悪い習慣ばかり残っちゃって」


 ルシアンナは店内を見回した。あちこちのテーブルから、骸骨たちの声が聞こえてくる。


 暴飲暴食、他者の悪口、殴りあいのケンカーー


 彼らは生前の行いをそのまま永遠に続けているようだ。


 その虚しさにすら気づかず、永遠に繰り返す。


 デビットが店の外で一人で飲んでいたのに、ゴヨウは納得した。彼は永遠の輪に閉じこめられたくないのだ。


 ルシアンナもまた永遠の輪から離れるために、髪をとかし、女であることを忘れないように務めているのだろう。


「あなたは何をしようとしているの?」


「俺は……」


 ゴヨウは考えた。彼は何を思って、混沌の渦の中心に乗りこんだのか。


「意識を保たないと、すぐに忘れちゃうわよ」


 ルシアンナの言葉に、ゴヨウはバレンタイン・エビルとショウコの顔を思い出した。


 長くサラサラした髪を持つバレンタインの守護者、美しいバレンタイン・エビル。


 美しいが性格は残念な天魁星ショウコ。


 なぜ、あの二人が真っ先に頭に思い浮かんだのか。


 好意とは違っていた。


 ゴヨウはあの二人の愛に守られているのだ。


 だからこそ、ゴヨウはここにいられるのだ。


 死の世界で動揺することなく。


 そして彼は、脳裏に浮かんだ聞いたこともない単語を思わず口にした。


「……コズミックフォージ……?」


 その瞬間、店内の喧騒が止んだ。


 ルシアンナの暗い眼窩が不気味な光を放った。


「コズミックフォージですって?」


 ルシアンナは敵対的な声を出した。

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