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知多星ゴヨウ  作者: MIROKU
二年
43/100

帝都を覆う混沌2



 「幽霊の酒場」と書かれた店の前で、服を着た骸骨がゴヨウの方を向いていた。


 ホラー映画にはよくありそうな場面だが、実際に真に目の当たりにすると血の気が引いた。


「生身の人間がこんなところにいるとは珍しいじゃねえか」


 骸骨は落ちくぼんだ眼窩を光らせながら、酒を口に運んだ。


 当然ながら酒は地面にボタボタと落ちていく。


 骸骨は苦笑したように見えた。


「これが『死』ってやつさ。意識は生前と変わんねえのに、飲み食いもできねえ。×××もできねえしよー。辛くても生きてるうちが花だぜ」


「……あなたは一体、誰ですか?」


 ゴヨウは落ち着いて尋ねた。


 彼はホラー映画好きだったから、今の恐怖にも耐性があった。


 日々の憂鬱を、極上の恐怖で吹き飛ばす……


 それがゴヨウのホラー映画を愛する理由であり、世のホラーファンも同様の理由であったろう。


「俺はデビットさ、いつどこで、どうやって死んだのかもわからねえ」


 デビットと名乗った骸骨は再度、口に酒を運んだ。


 そして酒はボタボタと地面にこぼれ落ちた。


 悲しいかな、デビットには酒を受け入れる胃がないのだ。


 これが死の悲しみだ。


「まあ、覚えていたら、なおさら悲しくなっちまうだろうな。これも神様の思し召しかもしれねえ。ガキや母ちゃん残してきたら、悲しすぎてどうにもならねえ。もう二度と会えねえんだから」


 デビットはどうでもよさげに話すが、ゴヨウは胸が詰まる思いだ。


 死しても意識を保ち、骨だけになってもまだ酒を飲む。


 口は悪いが悪霊の類いではないデビットは、いつまでここで酒を飲んでいるのだろう。


「俺はまだいいさ、あいつらなんか、ほら」


 デビットの指差す方向へ目を向ければ、そこでは無数の骸骨がしゃがみこんでスマホをいじっている。


「え、スマホ?」


「あるにはあるさ、生前の執着が強ければ…… だが、あれはもう使えねえよ。ここをどこだと思ってる? 地獄の底、地下777階さ」


 デビットは彼らを蔑むように言った。


 無数の骸骨はスマホをいじっているが、それは使えないのだ。


 ただの小さな物でしかないのを、永遠に彼らはいじっていた。


 ちくしょう、だの、どうなってんのよ、と毒を吐きつつ彼らはスマホをいじるのを止めない。


 生前の習慣、依存が死してまで続いているという。


 デビットによれば、彼らはここに来てずいぶん経つらしいが、未だにスマホから離れられないのだ。


 同じことを延々と繰り返し、それでも己が執着から離れられない。


 デビットのように意味を成さずとも、出歩いて酒を飲んだりする方がゴヨウにはマシに思われた。スマホをいじくる骸骨らからは、我欲の強さだけが伝わってくる。


「まあ、あいつらも自身の死にスマホが関わってるからな…… 天罰さ」


「……俺にも天罰があるかもしれない」


 いつの間にか武装を解いたゴヨウは言った。聖剣「花鳥風月」は竹刀袋に、防具も防具入れに。


 今のゴヨウは、剣道の稽古帰りの青年に見えなくもない。


「良かったら酒場に寄ってけよ、生身の人間なんか珍しいからよ」


 デビットはゴヨウに言った。ためらいつつ、ゴヨウは「幽霊の酒場」に入店した。





 ゴヨウと違う場所をさまよっていたチョウガイは、花園で一人の少女に出会った。


「お兄ちゃん……」


 十歳前後と見られる少女の面影を、チョウガイは忘れるわけがない。


 この少女はチョウガイの妹ではないか。


 チョウガイは妹のために己を捨てて修羅となり、傭兵として戦ったのだ。


 その甲斐虚しく、妹は病に倒れた。


「おおお……」


 チョウガイは少女に駆け寄り、両膝をついて抱きついた。


 母に甘える息子のごとく、チョウガイは妹の胸に頬を押しつけた。


 永き闘争の果てに、彼は安らぎを求めていたのだ。


 少女はチョウガイを胸に抱きしめた。その小さな左手がチョウガイの背を愛しげに撫でた。


 そして小さな右手に握っていたナイフを振り上げた。


 花園に鮮血が散った。

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