表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
知多星ゴヨウ  作者: MIROKU
元年
37/100

知多星ゴヨウの青い春

 時空を越えた世界の帝都でも、新年は訪れていた。


 天の機を知る宿星である「天機星」の知多星ゴヨウは、天空を観測していた。


 今日は珍しく軍師の礼服姿だ。羽毛扇を手に、帝都の夜空を眺めている。


 ゴヨウの隣には黄金の長剣を携えた凛々しい青年がーー


 「百八の魔星」の守護神チョウガイ(人間形態)が、ゴヨウと共に夜空を見上げている。


「空を見よ、星を見よ」


 チョウガイはゴヨウに告げた。


「宇宙を見よ。彼方から迫り来る赤い火を…… 昨年は星辰によって乱れていた宇宙は、今年は混沌カオスによって乱される」


「しかし、その乱れは正されているじゃありませんか」


 ゴヨウは微笑した。


「アラモード(流行)、ハグ(抱擁)、そして星の輝き…… 女性たちの産み出す活力は世界を動かしている。きっといい方向へ向かいますよ」


「…………おまえ、それはプリピュアじゃないだろうな」


「ぎく!」


「……まあいい。商人たちも道を示している。男は『戦う魂』を未来へつなげるのだ。それこそが永遠不滅の概念であり、男の使命なのだからな」


 チョウガイは言った後も、ゴヨウと共に天の夜空を見上げている。


 今年は「混沌カオス」によって、人の心も世界も乱される運命だ。


 乱されぬようにするには、どうしたらいいのか。


 命を懸けて己の生きる道を定めるしかない。


「まあ、俺はね……」


 ゴヨウはつぶやいた。脳裡に浮かんだ女性の顔。


 そのために生き、そのために死ぬのなら、怖くはない。



   **



 帝都の新年は明けた。


 昨年は星辰ーー


 外宇宙から来た女、アウターらによって乱された帝都。


 今年は混沌カオスによって乱されるようだ。


 新たな戦いを前に知多星ゴヨウはトレーニングセンターへ向かう。


 新年も一週間を過ぎれば、そこは平日と変わらぬ騒々しさだ。


「メーン!」


 魔星の守護神チョウガイの打ちこみーー


 ゴヨウは防具をつけてチョウガイと剣道の稽古であったが、面の上からでも響いてくる凄まじさであった。


 更には畳の間で柔道の乱取りも行う。


 ここでもチョウガイはゴヨウに容赦がない。


 鋭い出足払いで横転させたり、組むというより抱きつきながら大腰でゴヨウを投げる。


 組まずとも、チョウガイの左手に右手を取られれば、すかさず体落をかけられる。


 ゴヨウは目が回る。吐き気もするが、なんとかこらえる。


 犯人確保のために柔道が警察で採用されている理由が、チョウガイとの乱取りでわかってきた。


 また、これは我々の世界のことであるがーー


 戦後、日本を訪れたとある外交官は言ったという。


“日本には何も素晴らしいものはない…… ジュードー以外は”


 その感動によって柔道は世界に広まり、現在では経験者が億を越えるとさえ言われる。


 正確な数を計数するのは不可能だとも。


 柔の道とは、己を鍛え、心を磨き、世の役に立つ人間作りを目標に掲げている……


「真髄はお前に宿っている」


 チョウガイは言った。


「お前の体格、性格、運動神経に適した技を、お前が見抜いているのならな。柔の技が強いのではない、その技を正しく使う者が、道を切り開いていくのだ」


 チョウガイの厳しい叱責に、疲労したゴヨウは「ギャッ……」とか細い悲鳴を上げた。


 もっとも、チョウガイも興味ない者にこんなことは言わぬ。


 魔星の軍師として大任を負うゴヨウを支えてくれているのだ。


「ーーお?」


 ゴヨウが視線を移せば、今日もいた。


 トレーニングウェアを着こんだ小柄な少女は、バーベルを肩に担いでスクワットを繰り返している。


 人間の世界の法則が通じる世界ではないが、それでもパワフルな光景だ。


「あ、あら、偶然ね」


 バーベルを下ろした少女はゴヨウに振り返った。


 爽やかな汗に濡れた微笑がまぶしかった。


 少女は戦乙女の副官、ミルキーローズだった。





 休憩所にてゴヨウとミルキーローズは話しこむ。チョウガイは気を遣って、席を外していた。


「……で、さあ寮なんか百合園よ百合園」


 ミルキーローズの愚痴は長い。ゴヨウは苦笑しつつも彼女の長話を聞いている。きっとミルキーローズは、ゴヨウのそういうところが気に入っているのだ。


「ごきげんようとかさあ…… いや、私は押忍!の世界だから」


 ミルキーローズは闘神の眷属だ。


 小柄で髪をアップしたおでこが愛嬌のある少女だが、いざ闘いに及べば、武神・剣神・軍神にたやすく引けを取らぬ。


 そんなミルキーローズは花嫁修業の一環として、戦乙女の副官を任されたわけだが、かなり不平不満がたまっていたらしい。


「ふ、ふう~ん」


 ゴヨウはぼんやりミルキーローズの話を聞いていた。


 彼女のトレーニングウェアの胸元に、目線が行っていた。


 ミルキーローズとしては作戦成功!だったろう。


「これ、はじっこぐらしのタオル。可愛いでしょ?」


「うん、可愛いね」


「きゃは☆」


 ミルキーローズは楽しげだ。それにつられてゴヨウも楽しんでしまうのだが、甘い時間は長くはない。


 ゴヨウにとって強大なる壁は、すぐそこまで迫っていたのだ。


「ーーは!?」


 突然トレーニングセンター内は緊張に引き締まった。


 その緊張はゴヨウにも伝わった。


 彼はトレーニングセンターの更衣室から出てきた凛々しく精悍な若者の姿を認めた。


 身長は185cm前後、体重は90kg前後だろうか。


 恵まれた体格を激しいトレーニングによって極限まで鍛えぬいた勇士。


 この帝都においては「スーパー兄貴」と称賛される、闘神の一人を。


「あ、お兄ちゃんだ」


 ミルキーローズは兄に手を振った。


 彼女の兄は「スーパー兄貴」の韋駄天様であった。


「お兄ちゃん?」


 あまり動じないゴヨウだが、近づいてくる韋駄天様の迫力には血の気が引いた。


 タンクトップの上半身の鍛え抜かれた大胸筋と上腕二頭筋はどうだ。


 まるで圧縮ゴムのような、硬さと弾力を備えているではないか。


「ミルキー、そいつか?」


 男らしい低い声に、意外なまでの甘いマスクは精悍なイケメンでありーー


 少年のような輝かしい瞳の輝き、心身ともにただ者ではない。


「むう、韋駄天様か」


 いつの間にかチョウガイは、ゴヨウとミルキーローズのテーブルの側に来ていた。


 百八の魔星の守護神チョウガイは、元は人間だったという。


 人間であった頃は妹の難病の治療費を稼ぐために、傭兵として阿修羅の道を歩んでいた。


 優れた武勇に加え、瞬間移動などの超能力まで使用するチョウガイ。


 彼は敵味方から「超能力兵士サイキック・ソルジャー」として畏れられた。


「ぬ……」


 韋駄天様は足を止めた。チョウガイのただならぬ気配に反応したのだ。


 かつて韋駄天様は、プロテインを強奪するために帝都に侵攻してきた女帝「ディービル」と闘い、これを撃退している。


 英雄は英雄を知るーー


 韋駄天様とチョウガイの出会いは、正しくそのようなものであったろう。


「もしやチョウガイ殿では?」


 韋駄天様はチョウガイに向き直った。両者の間の空気が張り詰めた。


「いかにも」


「貴殿の…… 弟か?」


「いや」


 チョウガイはゴヨウをチラリと横目で見ると、ため息をついた。


「情けなくて涙が出る」


「そんなことないわよ!」


 チョウガイに反論したのはミルキーローズだった。


「ゴヨウはたいした男だと思うわ!」


 ミルキーローズは立ち上がった。その迫力に韋駄天様とチョウガイは気圧された。


「なるほど、そこまで気に入っているのか…… なるほど」


「そうよ、お兄ちゃん!」


「あの、もしもし?」


「黙れ、ゴヨウ。空気を読め」


「チョウガイ様、そんなあ」


「……そうか、では試してやろう」


 韋駄天様はゴヨウに向き直った。


 プロレスラーと対峙するような緊張にゴヨウは全身に冷や汗をかいた。


「どうだい、いっちょスパーリングでも」


 顔は笑っているが、目は笑っていない韋駄天様。


 ゴヨウの顔から血の気が引いた。





 リングの上に立つ韋駄天様は、身長186cm、体重92kg。


 均整の取れた逆二等辺三角形のような体格だ。


 長い手足に引き締まったウエストで見栄えする立ち姿であり、甘いマスクもポイントが高い。


 対するゴヨウは170cm前後、60kg前後。


 百八の魔星の筆頭軍師であり、首領の天魁星「及時雨」ショウコと共に最高機密を握る立場である。


 非戦闘員なので配下からゴヨウ先生(※この場合は「~さん」の意)と小馬鹿にされているが、チョウガイと共に人知れぬ戦いに身を投じている。


「さ、来い! 遠慮すんな!」


 韋駄天様は腕組みしてゴヨウを見据えた。


 なめているのではない、妹の彼氏(まだ早いが)に花を持たせてやろうと思ったのだ。


 そして、その後は圧倒的な実力差を見せつけ「妹とつきあいたいなら、俺を倒してからにしろ!」と宣言する……


 そんなつもりだろうか。


 ミルキーローズは韋駄天様とゴヨウ、両者を交互に眺めながら、珍しく動揺していた。


 スポーティーなトレーニングウェアに着替えたゴヨウは、顔を蒼白にしていたがーー


 そんなゴヨウを、チョウガイは叱咤激励した。


「全身全霊、振り絞れ!」


 トレーニングセンター内がビリビリと引き締まるチョウガイの喝を受け、ゴヨウは前に飛び出した。


「む!」


 油断していた韋駄天様が思わずうめいたゴヨウの踏みこみ。


 彼は韋駄天様の左手側に回りこむと、更に背へ回った。


 韋駄天様が構えていれば、ここまではできなかったろう。


 正面から両足をつかんで朽木倒しか、もしくは飛びこみながら肘打ち、肩での体当たりかーー


 何にせよ、韋駄天様のサービス(ほんの数秒だが)に甘えたゴヨウは、背後から抱きついた。


「おおう!」


 韋駄天様はまたしても驚かされた。


 ゴヨウは韋駄天様をジャーマンスープレックスで投げようとしたのだ。


 しかし、狙いはそこではなかった。


 ゴヨウのパワーでは、そこまではできぬ。これは虚だ。


(崩す!)


 ジャーマンスープレックスを途中で解いたゴヨウは、後ろに倒れそうになっていた韋駄天様を両手で押した、押し倒した。


 何やらBLめいた展開だが、ゴヨウの狙うは、


「うおうわあ!」


 必死の形相でゴヨウは韋駄天様の右手首を両手でつかみ、己もマットに背をつけ、腕ひしぎ十字固めに極めようとする。


 が、相手が悪かった。


「うおらあ!」


 韋駄天様は簡単にゴヨウをふりほどくと、彼をつかんでリフトアップした。


「よいしょお!」


 韋駄天様はゴヨウを背中からマットに落とした。


 パワーボムだ。もちろん手加減手加減、大手加減である。


 本気だったらゴヨウは死んだかもしれない。


「まったく、たいした野郎だ…… そこまでして妹と……」


 韋駄天様は勘違いと共に苦笑しながら、KO寸前のゴヨウを見下ろした。


「ゴヨウ、あたしのために……」


 二人のスパーリングを身終えたミルキーローズも、ゴヨウの必死さを勘違いしているようだ。


 チョウガイだけは首を振り、


「修練不足によるパワー不足、スピード不足、何から何まで不足しておる……」


 と深いため息をついた。





 ゴヨウとミルキーローズはラインから始めてみた。


 ゴヨウにとってミルキーローズはまだよくわからない女の子だ。


 そしてゴヨウの心には、すでに二人の女性が住み着いているのだ。


「恋愛……とは違う気がするけどね」


「じゃあ、その二人に答えが出たら…… どう?」


「わかんないよ、君だっていいひと現れるかもしれないし」


「軟弱な男は嫌いよ、弱くても優しくて勇気のある人がいいわ。ふふふ」


 ゴヨウとミルキーローズの会話は深い。二人は性差を越えた戦友ともになれそうな予感があった。


「……はい、はい! 今すぐに買い物して帰ります!」


 トレーニングセンターの入り口付近では、韋駄天様がスマホで会話しながら何度も頭を下げている。


 韋駄天様の妻は、かつて倒したディービルである。


 グラマラスな長身アスリート美女であるディービルは、今や韋駄天様の姐さん女房であった。


「やれやれ……」


 チョウガイはため息をつきながらゴヨウと共に帰路に着いた。


 女性のおかげで、男の人生に花が咲くこともあるのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ