レディー・ハロウィーン、木枯らしに吹かれる
「レディー・ハロウィーン数百年の歴史に…… 敗北はないわ!」
ハロウィンの女帝レディー・ハロウィーンは、世界の富と経済を司る正義商人の一人だ。
外見は欧州系のショートカットの美少女(実年齢は不明)だが、彼女の戦闘能力は超人的だ。
今も彼女を狙う悪行商人「ジョンドゥ(名無し)」と、人知れぬ帝都の闇の中で、戦いを繰り広げている。
ジョンドゥは、黒ずくめの処刑人のコスプレをした男であった。
顔までフードで隠されているために、その表情はうかがい知れぬがーー
フードの奥で不気味に輝く瞳に、レディー・ハロウィーンは戦慄した。
無言でジョンドゥが大斧を振り上げた瞬間に、レディー・ハロウィーンの脳裏を様々な思いが駆け抜けた。
人は死の瞬間に走馬灯のごとく思い出を振り返る。数々の思い出に安らぎを得る事もあろう。
だが、それは死中に活を求めんとする行為でもある。
今までの経験から、起死回生の一手を探らんとしているのだ。
ーー貴女は何者なの!
母からの厳しい指導がレディー・ハロウィーンの脳裏に閃いた。
同時にそれがレディー・ハロウィーンを支え、導き、起死回生の一手になった。
「私は…… ハロウィンの女帝レディー・ハロウィーンよー!」
レディー・ハロウィーンは寸秒の間に己を取り戻した。
はるかな過去から、彼女の祖先は地上にあふれた悪霊から人々を守ってきたのだ。
そして今もまたーー
「ふっ!」
短い呼吸と共にレディー・ハロウィーンは両腕を交差させ、ジョンドゥへ突っ込んだ。
大斧を振り上げようとしていたジョンドゥは、レディー・ハロウィーンの捨て身の攻撃に体勢を崩し、よろめきながら数歩後退した。
「はああああ!」
発狂寸前にまで高まったレディー・ハロウィーンの気迫。
彼女はジョンドゥの眼前に踏みこみ、そこで跳躍した。
「うらあ!」
空中で身を回転させながら、飛び後ろ回し蹴りをジョンドゥの顔面に叩きこんだ。
全身全霊をこめたレディー・ハロウィーンの一撃によってジョンドゥは吹っ飛び、あお向けに倒れて力尽きた。
「一瞬の隙、わたしの目は逃さないわ!」
レディー・ハロウィーンは今日も勝利した。そしてもうじきハロウィンの本番である。
「トリック・オア・トリート☆」
魅惑のフランケン・ナースがお菓子を手にして男性読者を挑発する!
「今じゃバレンタインよりハロウィンの方が経済効果高いのよね~」
黒魔女のコスプレをしたバレンタイン・エビルがぼやく! スカートのスリットからのぞく脚線美がセクシーだ!
「サモニャン!」
猫格闘家のサモニャンがでしゃばってきた! おのれ畜生!
**********
「ま、待ってろよ……」
男は苦悶の声を出しながら前に歩いていく。
腹部からは大量の出血だ。もう助かるまい。
「ーーどこへ行く?」
男に何者かが声をかけた。厳かな声であった。
「あ、あいつらを守ってやらねえと……」
「ーーお前は死ぬぞ」
「か、かまわねえ…… 魂だけでも、あいつらを守ってやらねえといけねえんだ……」
そう言った男の顔にはすでに死相が浮いていた。
「ーー気にいったぞ」
厳かな声に、微かに笑いが混じっていた。
「お前に新たな体と命を与えてやろう」
厳かな声はーー
「完璧商人始祖」の一人、暗黒サンタはそう言った。
人気のない地下駐車場に女の声が響いた。
「てこずらせやがって……」
一人の黒服がメイド服の少女を足蹴にした。少女はうめく。もはや力尽きかけていた。
「やめてえー!」
泣き叫ぶ女子中学生は、ハロウィンの女帝レディー・ハロウィーンの娘であった。
彼女は間もなく十五歳になり、レディー・ハロウィーンの名を受け継ぐ事になっていた。
「うるせえなあ」
「おい、仕事を早く終わらせようぜ」
「悪く思うなよ、お前を殺せって依頼なんだからよ」
黒服の一人は拳銃を取り出し、その銃口をレディー・ハロウィーンの娘に向けた。
「殺すなら殺しなさいよ、この…… 餓えた化物ども!」
レディー・ハロウィーンの娘は涙をこぼしつつも、毅然とした眼差しで銃口と向き合った。
「お、お嬢様……」
メイド服の少女は床に倒れたまま、呆然とつぶやいた。
レディー・ハロウィーンの娘の侍女「キラービー」は、黒服らの不意討ちに倒されてしまった。それが彼女は悲しかった。
黒服の一人は、レディー・ハロウィーンの娘の眼光に気圧されながら、拳銃の引き金に力をこめた。
その時だ、地下駐車場に新たな人影が現れたのは。
ーーガシャン、ガシャン
金属音が地下駐車場に響く。現れた人影に、黒服は拳銃を発砲した。
が、銃弾は人影に当たって跳ね返り、地下駐車場内の水道管を傷つけた。
床に広がる水たまりの上を、人影は歩いていく。
ああ、これは主の起こした奇跡ではないのか。
主は死して蘇生した後、水の上を歩いたという。
聖人は死を超越した。
この人影も聖人と同じく死を超越し、レディー・ハロウィーンの娘と侍女キラービーを守りに来たのだ。
彼は二人のボディーガードだったが、奇襲されて重傷を負いーー
現れた暗黒サンタによって復活したのだ。
「覚悟しろ」
メタリックな外観になった男は、太腿部に収納されていた銃を取り出し、瞬く間に黒服らを射殺した。
「あ、あんた……」
レディー・ハロウィーンの娘は、メタリックな外観になった男を見つめて涙が止まらなかった。
彼女のボディーガードたる男は、人間を捨ててまで使命を全うしたのだ。
「ば、馬鹿よ、あんた馬鹿よ……」
レディー・ハロウィーンの娘が泣きじゃくりそうになった時、メタリックな外見は「ガシャンガシャン」と変形しーー
一頭のヤギに変わった。
「ーーは?」
ーーンメエ~
呆然とするレディー・ハロウィーンの娘と、かつてボディーガードだったヤギの間に、間抜けな沈黙が満ちた。
そして、メイド服の少女キラービーも立ち上がった。
彼女とレディー・ハロウィーンの娘は、ボディーガードの男にしょっちゅう下着を盗まれていた。
現在ならば犯罪に間違いないが、彼らにとっては、コミュニケーションを深めるためのレクリエーションだったかもしれない。
そして二人とも、命がけで日々を戦うボディーガードの男に、ほのかな恋心を抱いていた。
「あ、あの」
キラービーはスカートの奥に両手を差しこみ、ドキリとする仕草で下着を下ろした。
そして脱いだショーツをヤギの前に両手で差し出した。
「結婚してください♥️」
キラービーは、はにかんだ笑みと共に己のショーツをヤギの前に突きつけた。
ーーンメエ~
ボディーガードだったヤギは、恐らく理解しているであろう。
キラービーのショーツを口にして、モグモグと咀嚼した。
「もう~、それは食べ物じゃないですよ~」
キラービーはーー
後の「フランケン・ナース」は、ショーツを頬張るヤギを愛しげに見つめていた。
「…………し、し、死いねえー!」
レディー・ハロウィーンの娘はーー
ほどなくして「レディー・ハロウィーン」の名を継いだ娘は、ヤギに向かってデザートイーグルを発砲した。
ボディーガードだったヤギは一目散に逃げ出した。その後の行方は知れぬ……
**********
「ーーなんて事があったんですよお」
と、フランケン・ナースは恋する男である狂戦士ペロに向かって微笑んだ。
キラービーだった頃はガリガリにやせていた彼女は、人造人間として復活した後は、なぜか巨乳になった。
「そ、そうなんだ」
狂戦士ペロの胸に飛来するのは、フランケン・ナースへの独占欲であった。
本日はハロウィン。レディー・ハロウィーンもかつての甘酸っぱい記憶を思い出しているかもしれない。
**
ハロウィン当日を終えた疲労困憊のレディー・ハロウィーンは、自室に戻り、テーブルの上のメッセージカードを手に取った。
カードには「ハッピーハロウィン」と下手な文字が手書きされていた。
こんな下手な文字を書くのは一人しかいない。かつて彼女のボディーガードを務めた男だ。
「……ふん。帰れ、帰れ」
レディー・ハロウィーンはメッセージカードをゴミ箱に捨て、シャワールームへ入っていった。
彼女の今年の使命は終わった。次の使命は、また来年だ。
「調理する」
某一流ホテルの調理場では、メタリックな外観を持つ調理人「ロボコック」がいた。
彼は「暗黒サンタ」の配下の悪魔商人であり、人間を捨てて今に到りーー
自身の持てる最高のものを日々提供している。
また彼は死を超越した代償として愛を失った。
愛する者を守る為に……
「なかなかいい腕だ…… 名前は?」
ホテルの支配人はロボコックに質問した。
「ルーフィー」
ロボコックではない。
人間ルーフィーだと彼は答えた。
「百八の魔星」の一人、天機星「知多星」ゴヨウは知った。
この国は、命と未来を守る為に、勇敢に散っていった男たちの魂によって守られていると。
その勇士達の魂を集めて、天帝が創造した新造神こそが「軍神スサノー」だと。
スサノーはこの国の「命」を守る絶対不滅の存在だと。
命を守る意思を持つ人間の魂を吸収し、日々成長を続けていると。
それこそが、この宇宙における「永遠の形」だと……
「そうだね、実際、内戦なんかもないし」
「悲しい戦争はこの国から消えた…… が、人心の乱れは止められん。流れぬ水がやがては腐るように、行き場を失った濁った思いが国中にあふれているのだ」
百八の魔星の筆頭軍師ゴヨウと、サポートロボットのチョウガイはアフタヌーンティーを楽しんでいた。
「他の国から侵入しようとする悪神は武神フツヌシが食い止め、大地震の元凶たる『地の龍』は剣神タケミカズチがおさえている…… が、それもいつまで続くか」
「大丈夫じゃない? 使命に目覚めた人達がいる限り、ね」
ゴヨウは紅茶を飲んだ。楽天的な考えかもしれぬが、彼は信じているのだ。
人類の進化が宇宙を救うと。
**
帝都と異なる時空で、七郎は道場にいた。
正座した彼の傍らには、愛刀・三池典太が鞘ごと置かれていた。
“黙想!”
目を閉じた七郎の脳裏に響くのは、父宗矩の声であった。
死してなお、宗矩は子である七郎の魂を活かしている。
七郎の隻眼は突如、開かれた。
と同時に七郎は傍らの三池典太の鞘をつかむ。
座した姿勢から跳躍し、抜刀と同時に横に薙いだ。
床に着地した見えるや否や、七郎は膝を進めて拝み打ちに前へ斬りこみーー
腰を上げて立ち上がった瞬間には、右手での片手斬りで前方の空間を斬り裂いている……
七郎は三池典太を片手で打ちこんだ姿勢で微動だにせぬ。
残心ーー
敵を討ったと思っても、戦う「心」を残す……
それは父や師事した小野忠明らの教えであった。
いや兵法を学ぶ者であれば、誰もが身につける心構えである。
七郎は三池典太を鞘に納め、道場の上座の壁にかけられた掛け軸を眺めた。
香取大明神、鹿島大明神の掛け軸が垂れていた。
香取大明神とは武神、経津主大神だ。
鹿島大明神とは剣神、武甕槌大神だ。
全くの余談だが、経津主大神は女性との説もある。
武神がたおやかな美女であったなら、ひょっとしたら国譲りはならなかったかもしれない。
なにぶん、血の気の多い男ばかりであろうからーー
「ふむう」
七郎は思った。
ひょっとしたら、武神は炎と水の二本の剣を携えていたのではないかと。
「二刀流で、通常攻撃が全体攻撃で二回攻撃だったりしてな…… それで剣神が息子で、母たる武神の影に隠れて活躍できなかった……なんてな」
七郎は苦笑した。
武神と剣神の関係が、アニメ化された某ラノベそのものであったなら、これほど痛快な事はない。
女は強いのだ。
彼が義母と慕った春日局もしつけが厳しく、怒ると華道に用いる剣山を投げつけてくることもあった。
今となっては懐かしい。あの剣山投擲に比べれば、世にいるチンピラなど全く恐るに足らぬ。
「ーーいや、まだまだだな」
七郎はつぶやき、三池典太の鞘を袴の帯に差した。
そして刃を抜き、黙々と素振りを繰り返した。
手のひらにできたマメはつぶれて血マメになり、更にその上にマメができていく……
己の我を断ち、空の境地へと到達する修行は果てしなく長い。
人それを「無明を断つ」とも「断空我」ともいう。
**
ハロウィンは終わった。
ハロウィンの女帝レディー・ハロウィーンも、酒を飲んでぐうぐうとベッドの上で惰眠を貪っていた。
そして遂に、あの二人が始動する。
サンタさんと暗黒サンタである。
「完璧商人始祖」である黄金マンが暗黒サンタであり、白銀マンがサンタさんの正体であった。
兄弟でありながら進む道は違うが、人々の幸せを願っている事は共通していた。
「年末はシングルも出しちゃうアルよ!」
魅惑のサンタさん仕様ミニスカ・チャイナドレス姿でPV撮影するのは、「七人の悪魔商人」の一人ミス・パーコーメンだ。
今年の夏は写真集も出したミス・パーコーメン。売れ行きもよく、増刷も決まっていた。
「イエ~イ」
そしてもう一人、PV撮影に臨む女商人がいた。
トナカイを模したコスプレ姿を披露するのは、「運命の五人」の一人であるビッグボインだ。
世界一(何が?)とも称される彼女は夏に写真集を発売したが、売り切れが続出し、大変な騒ぎになっているという。
今も体のラインが出る全身タイツに身を包んでいるが、揺れに揺れている。
「うむ……」
ミス・パーコーメンとビッグボインの撮影を見学していた暗黒サンタ(黄金マン)は、腕を組み厳かな表情を浮かべていたが、流れる鼻血は止まらなかった。
「……」
兄の暗黒サンタと同じく、腕組みして二人の撮影を静かなる表情で見つめていたサンタさん(白銀マン)。
ミス・パーコーメンとビッグボインが戯れによって抱き合った百合景色に、サンタさんも鼻血が止まらない。
「男に産まれて……」
「良かったですね兄さん」
黄金マンと白銀マンの兄弟は、その後も続いたミス・パーコーメンとビッグボインの戯れから目を離せなかったとさ。めでたし、めでたし。




