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知多星ゴヨウ  作者: MIROKU
元年
27/100

レディー・ハロウィーン、木枯らしに吹かれる





「レディー・ハロウィーン数百年の歴史に…… 敗北はないわ!」


 ハロウィンの女帝レディー・ハロウィーンは、世界の富と経済を司る正義商人の一人だ。


 外見は欧州系のショートカットの美少女(実年齢は不明)だが、彼女の戦闘能力は超人的だ。


 今も彼女を狙う悪行商人「ジョンドゥ(名無し)」と、人知れぬ帝都の闇の中で、戦いを繰り広げている。


 ジョンドゥは、黒ずくめの処刑人のコスプレをした男であった。


 顔までフードで隠されているために、その表情はうかがい知れぬがーー


 フードの奥で不気味に輝く瞳に、レディー・ハロウィーンは戦慄した。


 無言でジョンドゥが大斧を振り上げた瞬間に、レディー・ハロウィーンの脳裏を様々な思いが駆け抜けた。


 人は死の瞬間に走馬灯のごとく思い出を振り返る。数々の思い出に安らぎを得る事もあろう。


 だが、それは死中に活を求めんとする行為でもある。


 今までの経験から、起死回生の一手を探らんとしているのだ。


 ーー貴女は何者なの!


 母からの厳しい指導がレディー・ハロウィーンの脳裏に閃いた。


 同時にそれがレディー・ハロウィーンを支え、導き、起死回生の一手になった。


「私は…… ハロウィンの女帝レディー・ハロウィーンよー!」


 レディー・ハロウィーンは寸秒の間に己を取り戻した。


 はるかな過去から、彼女の祖先は地上にあふれた悪霊から人々を守ってきたのだ。


 そして今もまたーー


「ふっ!」


 短い呼吸と共にレディー・ハロウィーンは両腕を交差させ、ジョンドゥへ突っ込んだ。


 大斧を振り上げようとしていたジョンドゥは、レディー・ハロウィーンの捨て身の攻撃に体勢を崩し、よろめきながら数歩後退した。


「はああああ!」


 発狂寸前にまで高まったレディー・ハロウィーンの気迫。


 彼女はジョンドゥの眼前に踏みこみ、そこで跳躍した。


「うらあ!」


 空中で身を回転させながら、飛び後ろ回し蹴りをジョンドゥの顔面に叩きこんだ。


 全身全霊をこめたレディー・ハロウィーンの一撃によってジョンドゥは吹っ飛び、あお向けに倒れて力尽きた。


「一瞬の隙、わたしの目は逃さないわ!」


 レディー・ハロウィーンは今日も勝利した。そしてもうじきハロウィンの本番である。





「トリック・オア・トリート☆」


 魅惑のフランケン・ナースがお菓子を手にして男性読者を挑発する!


「今じゃバレンタインよりハロウィンの方が経済効果高いのよね~」


 黒魔女のコスプレをしたバレンタイン・エビルがぼやく! スカートのスリットからのぞく脚線美がセクシーだ!


「サモニャン!」


 猫格闘家のサモニャンがでしゃばってきた! おのれ畜生!



   **********



「ま、待ってろよ……」


 男は苦悶の声を出しながら前に歩いていく。


 腹部からは大量の出血だ。もう助かるまい。


「ーーどこへ行く?」


 男に何者かが声をかけた。厳かな声であった。


「あ、あいつらを守ってやらねえと……」


「ーーお前は死ぬぞ」


「か、かまわねえ…… 魂だけでも、あいつらを守ってやらねえといけねえんだ……」


 そう言った男の顔にはすでに死相が浮いていた。


「ーー気にいったぞ」


 厳かな声に、微かに笑いが混じっていた。


「お前に新たな体と命を与えてやろう」


 厳かな声はーー


 「完璧商人始祖」の一人、暗黒ブラックサンタはそう言った。





 人気のない地下駐車場に女の声が響いた。


「てこずらせやがって……」


 一人の黒服がメイド服の少女を足蹴にした。少女はうめく。もはや力尽きかけていた。


「やめてえー!」


 泣き叫ぶ女子中学生は、ハロウィンの女帝レディー・ハロウィーンの娘であった。


 彼女は間もなく十五歳になり、レディー・ハロウィーンの名を受け継ぐ事になっていた。


「うるせえなあ」


「おい、仕事を早く終わらせようぜ」


「悪く思うなよ、お前を殺せって依頼なんだからよ」


 黒服の一人は拳銃を取り出し、その銃口をレディー・ハロウィーンの娘に向けた。


「殺すなら殺しなさいよ、この…… 餓えた化物ども!」


 レディー・ハロウィーンの娘は涙をこぼしつつも、毅然とした眼差しで銃口と向き合った。


「お、お嬢様……」


 メイド服の少女は床に倒れたまま、呆然とつぶやいた。


 レディー・ハロウィーンの娘の侍女「キラービー」は、黒服らの不意討ちに倒されてしまった。それが彼女は悲しかった。


 黒服の一人は、レディー・ハロウィーンの娘の眼光に気圧されながら、拳銃の引き金に力をこめた。


 その時だ、地下駐車場に新たな人影が現れたのは。


 ーーガシャン、ガシャン


 金属音が地下駐車場に響く。現れた人影に、黒服は拳銃を発砲した。


 が、銃弾は人影に当たって跳ね返り、地下駐車場内の水道管を傷つけた。


 床に広がる水たまりの上を、人影は歩いていく。


 ああ、これは主の起こした奇跡ではないのか。


 主は死して蘇生した後、水の上を歩いたという。


 聖人は死を超越した。


 この人影も聖人と同じく死を超越し、レディー・ハロウィーンの娘と侍女キラービーを守りに来たのだ。


 彼は二人のボディーガードだったが、奇襲されて重傷を負いーー


 現れた暗黒ブラックサンタによって復活したのだ。


「覚悟しろ」


 メタリックな外観になった男は、太腿部に収納されていた銃を取り出し、瞬く間に黒服らを射殺した。


「あ、あんた……」


 レディー・ハロウィーンの娘は、メタリックな外観になった男を見つめて涙が止まらなかった。


 彼女のボディーガードたる男は、人間を捨ててまで使命を全うしたのだ。


「ば、馬鹿よ、あんた馬鹿よ……」


 レディー・ハロウィーンの娘が泣きじゃくりそうになった時、メタリックな外見は「ガシャンガシャン」と変形しーー


 一頭のヤギに変わった。


「ーーは?」


 ーーンメエ~


 呆然とするレディー・ハロウィーンの娘と、かつてボディーガードだったヤギの間に、間抜けな沈黙が満ちた。


 そして、メイド服の少女キラービーも立ち上がった。


 彼女とレディー・ハロウィーンの娘は、ボディーガードの男にしょっちゅう下着を盗まれていた。


 現在ならば犯罪に間違いないが、彼らにとっては、コミュニケーションを深めるためのレクリエーションだったかもしれない。


 そして二人とも、命がけで日々を戦うボディーガードの男に、ほのかな恋心を抱いていた。


「あ、あの」


 キラービーはスカートの奥に両手を差しこみ、ドキリとする仕草で下着を下ろした。


 そして脱いだショーツをヤギの前に両手で差し出した。


「結婚してください♥️」


 キラービーは、はにかんだ笑みと共に己のショーツをヤギの前に突きつけた。


 ーーンメエ~


 ボディーガードだったヤギは、恐らく理解しているであろう。


 キラービーのショーツを口にして、モグモグと咀嚼した。


「もう~、それは食べ物じゃないですよ~」


 キラービーはーー


 後の「フランケン・ナース」は、ショーツを頬張るヤギを愛しげに見つめていた。


「…………し、し、死いねえー!」


 レディー・ハロウィーンの娘はーー


 ほどなくして「レディー・ハロウィーン」の名を継いだ娘は、ヤギに向かってデザートイーグルを発砲した。


 ボディーガードだったヤギは一目散に逃げ出した。その後の行方は知れぬ……



   **********



「ーーなんて事があったんですよお」


 と、フランケン・ナースは恋する男である狂戦士バーサーカーペロに向かって微笑んだ。


 キラービーだった頃はガリガリにやせていた彼女は、人造人間フランケンシュタインとして復活した後は、なぜか巨乳になった。


「そ、そうなんだ」


 狂戦士バーサーカーペロの胸に飛来するのは、フランケン・ナースへの独占欲であった。


 本日はハロウィン。レディー・ハロウィーンもかつての甘酸っぱい記憶を思い出しているかもしれない。



   **



 ハロウィン当日を終えた疲労困憊のレディー・ハロウィーンは、自室に戻り、テーブルの上のメッセージカードを手に取った。


 カードには「ハッピーハロウィン」と下手な文字が手書きされていた。


 こんな下手な文字を書くのは一人しかいない。かつて彼女のボディーガードを務めた男だ。


「……ふん。けえれ、けえれ」


 レディー・ハロウィーンはメッセージカードをゴミ箱に捨て、シャワールームへ入っていった。


 彼女の今年の使命は終わった。次の使命は、また来年だ。





「調理する」


 某一流ホテルの調理場では、メタリックな外観を持つ調理人「ロボコック」がいた。


 彼は「暗黒サンタ」の配下の悪魔商人であり、人間を捨てて今に到りーー


 自身の持てる最高のものを日々提供している。


 また彼は死を超越した代償として愛を失った。


 愛する者を守る為に……


「なかなかいい腕だ…… 名前は?」


 ホテルの支配人はロボコックに質問した。


「ルーフィー」


 ロボコックではない。


 人間ルーフィーだと彼は答えた。





 「百八の魔星」の一人、天機星「知多星」ゴヨウは知った。


 この国は、命と未来を守る為に、勇敢に散っていった男たちの魂によって守られていると。


 その勇士達の魂を集めて、天帝が創造した新造神こそが「軍神スサノー」だと。


 スサノーはこの国の「命」を守る絶対不滅の存在だと。


 命を守る意思を持つ人間の魂を吸収し、日々成長を続けていると。


 それこそが、この宇宙における「永遠の形」だと……


「そうだね、実際、内戦なんかもないし」


「悲しい戦争はこの国から消えた…… が、人心の乱れは止められん。流れぬ水がやがては腐るように、行き場を失った濁った思いが国中にあふれているのだ」


 百八の魔星の筆頭軍師ゴヨウと、サポートロボットのチョウガイはアフタヌーンティーを楽しんでいた。


「他の国から侵入しようとする悪神は武神フツヌシが食い止め、大地震の元凶たる『地の龍』は剣神タケミカズチがおさえている…… が、それもいつまで続くか」


「大丈夫じゃない? 使命に目覚めた人達がいる限り、ね」


 ゴヨウは紅茶を飲んだ。楽天的な考えかもしれぬが、彼は信じているのだ。


 人類の進化が宇宙を救うと。



   **



 帝都と異なる時空で、七郎は道場にいた。


 正座した彼の傍らには、愛刀・三池典太が鞘ごと置かれていた。


“黙想!”


 目を閉じた七郎の脳裏に響くのは、父宗矩の声であった。


 死してなお、宗矩は子である七郎の魂を活かしている。


 七郎の隻眼は突如、開かれた。


 と同時に七郎は傍らの三池典太の鞘をつかむ。


 座した姿勢から跳躍し、抜刀と同時に横に薙いだ。


 床に着地した見えるや否や、七郎は膝を進めて拝み打ちに前へ斬りこみーー


 腰を上げて立ち上がった瞬間には、右手での片手斬りで前方の空間を斬り裂いている……


 七郎は三池典太を片手で打ちこんだ姿勢で微動だにせぬ。


 残心ーー


 敵を討ったと思っても、戦う「心」を残す……


 それは父や師事した小野忠明らの教えであった。


 いや兵法を学ぶ者であれば、誰もが身につける心構えである。


 七郎は三池典太を鞘に納め、道場の上座の壁にかけられた掛け軸を眺めた。


 香取大明神、鹿島大明神の掛け軸が垂れていた。


 香取大明神とは武神、経津主大神だ。


 鹿島大明神とは剣神、武甕槌大神だ。


 全くの余談だが、経津主大神は女性との説もある。


 武神がたおやかな美女であったなら、ひょっとしたら国譲りはならなかったかもしれない。


 なにぶん、血の気の多い男ばかりであろうからーー


「ふむう」


 七郎は思った。


 ひょっとしたら、武神は炎と水の二本の剣を携えていたのではないかと。


「二刀流で、通常攻撃が全体攻撃で二回攻撃だったりしてな…… それで剣神が息子で、母たる武神の影に隠れて活躍できなかった……なんてな」


 七郎は苦笑した。


 武神と剣神の関係が、アニメ化された某ラノベそのものであったなら、これほど痛快な事はない。


 女は強いのだ。


 彼が義母と慕った春日局もしつけが厳しく、怒ると華道に用いる剣山を投げつけてくることもあった。


 今となっては懐かしい。あの剣山投擲に比べれば、世にいるチンピラなど全く恐るに足らぬ。


「ーーいや、まだまだだな」


 七郎はつぶやき、三池典太の鞘を袴の帯に差した。


 そして刃を抜き、黙々と素振りを繰り返した。


 手のひらにできたマメはつぶれて血マメになり、更にその上にマメができていく……


 己の我を断ち、空の境地へと到達する修行は果てしなく長い。


 人それを「無明を断つ」とも「断空我」ともいう。



   **



 ハロウィンは終わった。


 ハロウィンの女帝レディー・ハロウィーンも、酒を飲んでぐうぐうとベッドの上で惰眠を貪っていた。


 そして遂に、あの二人が始動する。


 サンタさんと暗黒サンタである。


 「完璧商人始祖」である黄金マンが暗黒サンタであり、白銀マンがサンタさんの正体であった。


 兄弟でありながら進む道は違うが、人々の幸せを願っている事は共通していた。


「年末はシングルも出しちゃうアルよ!」


 魅惑のサンタさん仕様ミニスカ・チャイナドレス姿でPV撮影するのは、「七人の悪魔商人」の一人ミス・パーコーメンだ。


 今年の夏は写真集も出したミス・パーコーメン。売れ行きもよく、増刷も決まっていた。


「イエ~イ」


 そしてもう一人、PV撮影に臨む女商人がいた。


 トナカイを模したコスプレ姿を披露するのは、「運命の五人」の一人であるビッグボインだ。


 世界一(何が?)とも称される彼女は夏に写真集を発売したが、売り切れが続出し、大変な騒ぎになっているという。


 今も体のラインが出る全身タイツに身を包んでいるが、揺れに揺れている。


「うむ……」


 ミス・パーコーメンとビッグボインの撮影を見学していた暗黒サンタ(黄金マン)は、腕を組み厳かな表情を浮かべていたが、流れる鼻血は止まらなかった。


「……」


 兄の暗黒サンタと同じく、腕組みして二人の撮影を静かなる表情で見つめていたサンタさん(白銀マン)。


 ミス・パーコーメンとビッグボインが戯れによって抱き合った百合景色に、サンタさんも鼻血が止まらない。


「男に産まれて……」


「良かったですね兄さん」


 黄金マンと白銀マンの兄弟は、その後も続いたミス・パーコーメンとビッグボインの戯れから目を離せなかったとさ。めでたし、めでたし。

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