ゴヨウ先生、多忙な日々の中で過去を回顧す
※長いです。
「帝都」に突如現れた巨大な蛇の正体はわからない。
が、これは宇宙の乱れが原因だという事はわかる。
大蛇は帝都の町並みを破壊し活動を続ける。破壊行為が目的であるかのようだ。
「あれを使う時が来たようね!」
「百八の魔星」の一人、地魁星アケミは天機星ゴヨウを自作した火事場の馬鹿力マシーンに放りこんだ。
「うわああああー!」
火事場の馬鹿力マシーンの中からゴヨウの悲鳴が響く。
ゴヨウの潜在能力を引き出すために、死に到るイメージが彼の精神を絶え間なく襲うのだ。
巨大な暴走トラック。
ミサイルの大爆発。
ライオンやグリズリーなどの猛獣……
それらのイメージは現実ではないが、人間を発狂させたりショック死させる事もできるのだ。
「うおああああ!」
火事場の馬鹿力マシーンの中から響くゴヨウの声は、次第に悲鳴から雄叫びに変わってきた。
雄叫びは産声だ。これはゴヨウの潜在能力が引き出されてきた証なのだ。
更に火事場の馬鹿力マシーンの中でゴヨウに武具が装着されーー
「準備完了!」
アケミの声と共に火事場の馬鹿力マシーンは開き、潜在能力を引き出されたゴヨウが姿を現した。まるで別人のようにたくましく、凛々しかった。
周囲の建物を蹴散らし進撃する巨大な蛇。
その蛇に、空の彼方から飛来した影が、手にした刀で斬りつけた。
「でやあああ!」
気合いの一声と共に放たれたゴヨウの一刀は、大蛇の太い胴体を一刀両断した。
悶え狂う大蛇の上半身にゴヨウは再度、斬りつけようとする。
大蛇が苦し紛れに吐いた毒液を避け、ゴヨウは飛び上がって一刀を打ちこんだ。
同時に別の人影も大蛇に向かって斬りつけている。二十歳前後の凛々しい青年は帝都を守る軍神だ。
ゴヨウと軍神の同時攻撃によって大蛇は絶命し、その体は溶けていく。危機は去ったのだ。
「ーー名を聞いておこう」
これは珍しい、軍神が口を開くとは。軍服に身を包んだ凛々しい青年の姿だ。
「ーー智多星ゴヨウ」
ゴヨウはまっすぐに軍神を見返した。目元は赤いマスクで隠され、顔形の印象は不鮮明だ。「百八の魔星」の天機星ゴヨウとは、簡単には結びつかない。
肩当て、胸当てで武装した体つきもゴヨウとは違う。潜在能力を引き出されたゴヨウは、一時的に筋肉が肥大していた。
「ーーまた会おう」
そう言って軍神はゴヨウに背を見せた。彼には人々の救助活動もあるのだ。
ゴヨウも背に負ったロケットで空に飛び立った。彼の変身は長くはなく、反動で丸一日は前後不覚になる。
翌日の事である。
アイドルオタクであるゴヨウは、帝都を守る戦乙女の新たな仲間ーー
スター、ミルキー、ソレイユ、セレーネの特集記事を掲載した雑誌を朝一で購入して、上機嫌だった。
「ふわあ~、ねむ~……」
そこに姿を見せたのは、「百八の魔星」の女首領・天魁星ショウコと、天殺星リッキー、天威星コーエンだ。
ショウコは長い銀髪の美女であり、リッキーは百八十センチを越えるワイルドな美人、コーエンは百七十センチ前後のスレンダーな美女だ。
が、三人は揃って下着姿で時空要塞「梁山泊」の廊下を歩いている。どうやら昨夜は三人で飲み明かしたらしい。彼女達を眺めて、ゴヨウは失笑した。
「ショウコ様はお腹周りが油断してらっしゃる…… リッキー嬢は巨乳だけど垂れ始めてる…… コーエン殿はスレンダーすぎて肉感的な色気に欠ける…… 三人揃って女子力低下してますなあ」
したり顔で苦笑するゴヨウ。
その彼にショウコ達三人は殴りかかった。
「やかましいわ、ゴヨウ先生(※先生は「~さん」的な意味)!」
「お前みたいな貧弱ボーヤに言われたかないわ!」
「このアイドルオタクが!」
ショウコ、リッキー、コーエンの三人娘に袋叩きにされ、ゴヨウは生死の境をさ迷うのでした。めでたし、めでたし。
**
レディー・ハロウィーンの双子の妹、バレンタイン・エビル。
彼女はレディー・ハロウィーンにそっくりだが、性格は違う。
髪型も、レディー・ハロウィーンはショートヘアーだが、バレンタイン・エビルは腰まで届くさらさらロングヘアー。
また、レディー・ハロウィーンが休日は異性の友人らと草野球や釣りに興じるのに対し、バレンタイン・エビルは一人で静かに過ごすのを好む。今も彼女は図書館で静かに本を読んでいた。
そんなバレンタイン・エビルに「百八の魔星」の一人、天機星ゴヨウは思い切って声をかけた。
「こ、今度、映画でも行きませんか!」
ゴヨウの大きな声は周囲のひんしゅくを買ったが、バレンタイン・エビルの心を僅かに動かす事はできたようだ。
「わたし、アクション映画が好きなんだけど」
意外にもバレンタイン・エビルの好みはアクション映画らしかった。
ゴヨウは早速、バレンタイン・エビルと共に「ニャンボー3 ~怒りのタフニャン~」を観に行く事にした。
“タフニャン飲んで元気百倍ニャン!”
スクリーンの中でニャンボー(cv:小桜エ○子)がタフニャンなる飲料を飲んでパワーアップ。
マシンガンや手榴弾、弓矢で十万人の兵士を片っ端から蹴散らしていく。
そして現れたニャンボー最強の敵ーー
“世に覇者は一人ニャン!”
世紀末覇者ニャオウを前に、ニャンボーはためらいなくロケットランチャーを発射した。
“ニャンコ剛掌破ー!”
ニャオウは拳から気を爆発的に放出し、ロケット弾を打ち消した。
その間にニャンボーは毛繕いを終え、前足の爪でニャオウに襲いかかった……
「面白かったわね」
映画を観終えて、バレンタイン・エビルは上機嫌だ。日頃の憂いを帯びた表情と違い、妙齢女性の晴れやかな笑顔だ。
カフェの店先でお茶するゴヨウは、テーブルの向かいに彼女の笑顔を見られただけでも一生の記念になるだろう。
それぐらいバレンタイン・エビルという女性は、男にとって難攻不落の強大なる存在だ。
「で、でもね。あくまでお友達よ、お友達」
「はあ」
「よ、夜のデートにはまだ応じないからね!」
「えーと……」
ツンツンしたバレンタイン・エビルの態度に、ゴヨウはたじたじだ。果たして彼女の真意を理解しただろうか。バレンタイン・エビルは少なくともゴヨウを嫌っているわけではないーー
「むっちゃあー」
カフェの店先、別のテーブルで長い黒髪女性が奇声を上げていた。白いワンピースがよく似合っているが、どうも普通ではない。
「落ち着け」
女性の向かいには軍服の凛々しい青年が座していた。帝都を守るために天帝が創造した新造神の軍神である。
軍神の向かいに座る黒髪の女性は、外宇宙から来た侵略者の成れの果てであった。
昨年末に現れた外宇宙からの侵略者に対し、軍神は天帝から授かった「光皇神剣」を打ちこんだ。
時空すら破壊する光皇神剣のフルパワーの一撃でも、この女性を消滅させる事はできなかった。
女性の邪悪なオーラは打ち払う事ができたものの、災いの種は残ってしまった。
その保護監視のために、軍神は彼女の側にいるのだがーー
「誰や、あの女……」
通りから殺気混じりの視線を注ぐのは戦乙女サニーだ。彼女は軍神を密かに思い慕っていたから、黒髪の女性ーー外宇宙から来た事にちなんで「アウター」と名づけられていたーーに嫉妬の炎をメラメラ燃やしていたのだ。
「うば、あー、あー」
アウターは自身の前に置かれたケーキの皿を、軍神に両手で差し出した。一緒に食べよう、という事らしい。外見年齢は十八歳前後で、白い肌にスタイルも抜群だが、知性レベルは幼児並のようだ。
「一人で食べていいぞ」
「……うっじゅー。むちゃむちゃ」
「……あー、もー。口元汚れてるぞ」
「むまあー」
アウターの汚れた口元をペーパーで拭いてやる軍神。男の軍神だが、彼は母性に目覚めたようだ。端から見ると母親と幼子のようである。
「軍神って優しいなあ」
すぐ近くのテーブルから二人の様子を眺めていたゴヨウは軍神に対する認識を改めた。
微笑ましく軍神とアウターを眺めるゴヨウ。
と、そこへ犬を散歩させる少女が通りかかった。
ーーばうわう
飼い主を引っ張るくらい元気にあふれた、わんこ。
突如、アウターは席から離れてわんこに襲いかかった。
「むっじゃあー」
ーーぎゃいーん!
あろう事か、アウターはわんこの頭部に噛みつき、肉を引きちぎったのである。まるでゾンビが人間を襲うかのようだ。
「お、おい!」
ゴヨウは声を荒げたが、向かいの席のバレンタイン・エビルは不動の姿勢を保っていた。彼女の心は、ちょっとやそっとで動かない。
いや、それよりもーー
アウターに噛みつかれていた可愛らしいわんこは、彼女を突き飛ばして威嚇の姿勢を取った。
わんこからは暗黒の気が発されていくではないか。これはどういう事か。
「……ヒッヒッヒッヒ」
更にわんこを連れていた少女までもが不気味な笑いを浮かべているではないか。
晴れていた空にも暗雲がたちこめて、明るいカフェの通りは、あっという間に魔空空間へと変貌した。
「むきゃあー!」
アウターは少女とわんこに向かって威嚇の咆哮を上げていた。軍神もいつの間にか立ち上がり、アウターの隣で腰の刀柄に右手を伸ばしている。
ゴヨウも突然の成り行きに歯の根が鳴るほど不安に駆られたが、バレンタイン・エビルは動じた風でもなく紅茶を飲んでいた。そのおかげでゴヨウも冷静になれた。
「ふっはっはっはっは! よくぞ見破ったな!」
わんこを散歩させていた少女は、衣服を脱ぎ捨てた。
次の瞬間には、彼女の容姿は大きく変わっていた。
十代半ばほどだった少女は、二十代半ばほどの美女へと変わりーー
身につけているのは、水着のように肌の露出の多いセクシー衣装だ。
朗らかな笑顔を浮かべていた少女は、今や美しくも邪な笑みを浮かべて軍神を見据えているではないか。
わんこもまた変貌していた。その小さな体は五メートル近い巨大な体躯となり、地獄の番犬さながらだ。
「我こそはメビウス様の僕アルフォンシーヌ!」
女はアルフォンシーヌと名乗った。彼女は軍神を狙う刺客のようだが、ゴヨウは事の展開についていけず、バレンタイン・エビルはティーカップを置いて冷静に様子を伺っている。
バレンタイン・エビルの冷静ぶりは見事だ。さすがは完璧商人に名を連ねる一人といったところか。
だからこそゴヨウも落ち着いた。多少は冷や汗を流しつつも、彼は自身の目標へと向かっていく。
世界の終わりが来ようと、人は命ある限り目標へ向かうべきなのだーー
「なに?」
バレンタイン・エビルは軍神とアルフォンシーヌの死闘が開始されそうだというのに、汗一つかいていない。
「き、綺麗だ!」
ゴヨウは言った。言い切った。全身全霊の一手だ。
命の危険という極限の緊張を前に、彼も開き直ったと見える。
「はあ!?」
バレンタイン・エビルの両目は大きく見開かれた。彼女の脳内では戦術核が爆発したような衝撃が生じていた。
ゴヨウがまっすぐに見つめる前で、バレンタイン・エビルは立ち上がって逃げ出したーー
「え、え? ちょっと!」
ゴヨウは追いかけようとしたが、すでにバレンタイン・エビルの姿は通りのはるか彼方に消えていた。
「邪魔すんじゃねーつーの!」
アルフォンシーヌは額に血管を浮かべながら怒鳴っているが、ゴヨウにはそれどころではない。
「誰その女?」
通りすがりの戦乙女サニーは臨戦態勢に入っていた軍神に詰め寄った。戦闘時にも滅多に見られない戦乙女サニーの激しい殺気に、軍神もたじたじだ。
「むっちゃあー」
アウターは女の本能で軍神の腕に抱きついた。戸惑う軍神と、激しい嫉妬の炎を燃やすサニー。カフェに熱い闘志が渦を巻く。
「ガル……」
アルフォンシーヌの連れていた巨大犬も、手持ちぶさたでどうしていいかわからぬようだ。
海岸の砂浜では撮影が行われていた。
これはビール会社が宣伝用ポスター(居酒屋などでよく見られるビールジョッキを手にした水着女性のポスター)のモデルに、フランケン・ナースを起用し、彼女も快諾してくれたので、その撮影が今日だった。
まだ春なので少々寒いがスタッフ一同、そんな事は気にしてられない。フランケン・ナースの水着姿を目の当たりにできるなら、男の人生に悔いはないと誰もが思っていた。
「すいませ~ん、遅れました~」
フランケン・ナースが砂浜を駆けてきた。彼女の背後にはメイク担当の女性もいた。もちろんフランケン・ナースはビキニ姿だ。
「おお……」
撮影スタッフ一同は唖然とした。
砂浜を駆けてくる水着美女フランケン・ナース。
土気色の肌に、全身に無数の縫合痕が刻まれた、長身の欧州系美女。
顔は小さく、線は細く、足は長く、そしてーー
「揺れてる……」
スタッフ一同はフランケン・ナースが揺らしながら駆け寄ってくる光景に、生の喜びを天に感謝した。
揺れる弾力、豊かな果実。
そのような形容の似合うフランケン・ナースであった。
土気色の肌に深紅のビキニは体型を鮮明にする。
「ごめんなさあい!」
苦笑しながら頭を下げるフランケン・ナースに撮影スタッフはただただ呆然とした。深い谷間は男のロマンだ。
「というか、おっぱい大きいですよねー、形もいいし」
「あ、ダメです触っちゃ」
「ふわあー、いい揉みごこち」
「そ、そんな……」
メイク担当女性とフランケン・ナースのやり取り、その光景に男性撮影スタッフ達は心の底から感動した。
そして、
ーー騎士は貴婦人のために命を懸けるもんだ……!
と、気持ちを改めた。別に彼らは騎士ではないが。
カフェのある通りはなにやら活気に満ちていた。
これは軍神とアウター、戦乙女サニーにアルフォンシーヌが四人で騒いでいるためだ。
「軍神、いつの間に女作ったんや!」
戦乙女サニーが軍神に詰め寄る。
「むちゃあー!」
軍神の腕に抱きついたアウターは、戦乙女サニーを威嚇した。
「え、何? あんたって女ったらしなわけ?」
アルフォンシーヌはーー魔王メビウスの刺客として、軍神の不死身の秘密を探りに来たーー大鎌を手にして軍神を問責する。いかに淫魔のアルフォンシーヌだろうと、女の敵は許さない。
「あ、いや……」
軍神は非常に戸惑った。帝都の人々を守る戦いに尻込みする彼ではないが、女の修羅場には慣れていない。
アウターの保護監視のために同棲していると戦乙女サニーに知られたら、軍神とてただではすまぬ。
「なんで逃げるんだー!」
ゴヨウはバレンタイン・エビルが去ってしまった悲しみに両膝ついて泣き叫ぶ。
そんなゴヨウを巨大犬が慰めていた。
**
帝都の居酒屋にて、ゴヨウは壁に貼られたポスターに見入っていた。
ポスターにはマイクロビキニ姿のフランケン・ナースが笑顔でビールジョッキを握っている。
豊かな胸の谷間が男女を問わず視線を釘付けにする。
「へへへ……」
にやけたゴヨウはスマホでポスターを撮影し、早速待ち受け画面に設定した。
見ているだけで男は幸せになれる。
フランケン・ナースは、そのような女性だ。
「いやあ、いいおっぱいだぜ」
ゴヨウの隣ではーーここは居酒屋の個室だーー「百八の魔星」の一人、天速星ノリオ(cv:若本規夫)が生ビールを飲んでいた。
「ち、ちょっとノリオさん! セクハラ発言だよ!」
「なあに、こんな『なろう』の辺境に誰も読みに来ねえよ」
ノリオの言うことももっともなので、ゴヨウはひとまず安心した。そして彼も生ビールを飲んだ。
外見的にも精神的にも未成年に思われがちなゴヨウだが、彼は飲酒もするし喫煙もする。
「さて……」
ノリオは目を細めた。彼はゴヨウの懐刀として暗躍している。ゴヨウは情けなくて頼りなく見えるが、魔星の筆頭軍師だ。
百八の魔星の全機密を握っているのだ。地魁星アケミ(天魁星ショウコの実妹)と共に機密を預り、百八の魔星の舵を取る……
それが天機星、「知多星ゴヨウ」という男なのだ。
「例のものは?」
ノリオは厳かに言った。ゴヨウは荷物からDVDポータブルを取り出し、電源をつけた。
「おお!」
ノリオは歓喜した。写っていた映像は先日、秘密裏に開催されたという「夢のヒロインタッグトーナメント」であった。
これは帝都ドームの地下三階で開催されたという。
帝都ドームに地下三階はないが、ごく僅かの者だけが、その存在を知っているのだ。
ヒロインタッグトーナメントが開催されていた日には、ドームにて小学生による総合武道大会も開催されていた。
これは帝都で力ある役職に就く者達の子や孫、親類縁者が参加する大会だ。
大人達の権力闘争の場に、幼い者達が否応なしに放りこまれていく大会でもある。
この大会に参加する小学生達にも無数のドラマが生まれているが、そんな事はどうでもいい。
「すげえっしょ」
ゴヨウは自慢げにニヤニヤしていた。画面にはヒロイン達の艶やかな戦衣装が写っている。
レディー・ハロウィーンと双子の妹バレンタイン・エビルによる「ハロウィン・シスターズ」。
異星人アナスタシアとフランケン・ナースによる「2,000兆レディース」。
吸血鬼ペネロープと狼女ガーナクルズによる「ヘル・ビューティフルズ」……
「す、すげえええ!」
ノリオ(cv:若本規夫)は画面に釘付けだ。日頃、連絡役として大いに活躍するノリオへ、ゴヨウからのささやかな報酬であった。
**
ゴヨウはバレンタイン・エビルと共にトレーニングセンター「メルトランディー」に来ていた。
本当は彼女を映画に誘うつもりであったのだが、なぜかトレーニングセンターになった。
「さ、やるわよ!」
防具をつけた胴着姿のバレンタイン・エビル。そんな彼女が勇ましく凛々しく、そして美しかったが、ゴヨウにはスパーリングの相手など務まらない。
「うーん…… もっと根性のあるところを見せてよねえ」
「は、はい……」
ゴヨウはバレンタイン・エビルの飛び後ろ回し蹴りを防具越しに頭部に受けてダウンし、戦意喪失していた。
「うむ、そこの女性。それがしが相手になろう」
そう言って現れたのは「百八の魔星」の一人、天空星サクチョウである。ゴヨウとは同志である。
「いいわよ、女だと思って甘く見ないでね」
バレンタイン・エビルも、非力なゴヨウよりは巨漢のサクチョウの方が、スパーリング相手に相応しいと見たか、あっさり了承した。
男女でスパーリングするのが常識的か否かは別としてーー
バレンタイン・エビルとサクチョウは畳の間でスパーリングを行う。
二人の気合いが場に満ちる。
バレンタイン・エビルの積極的なジャブ、それに次ぐローキック。
「むう!」
効いた様子のないサクチョウが身を屈めてタックルに入ろうとする瞬間、バレンタイン・エビルは向かって右側へと身を移動し踏みこんだ。
「おお!」
ゴヨウは思わず叫んだ。バレンタイン・エビルのしなやかな体が宙に舞い上がったからだ。
彼女はサクチョウの左膝付近を踏み台にして飛び上がり、蹴りを放つ。
サクチョウは防具越しとはいえバレンタイン・エビルの飛び蹴りを顔面に受けて、後方へ倒れた。
体格の差を利用したバレンタイン・エビルの華麗な奇襲であった。
「……はっはっはっ、これは一本取られた!」
何事もなかったように身を起こすサクチョウ。これがスパーリングでなく実戦だったならば、倒れたのはバレンタイン・エビルだったかもしれない。
「ふう……」
バレンタイン・エビルはサクチョウに一礼したのち、防具のマスクを外した。汗に濡れた彼女の顔がキラキラ光っていて、ゴヨウは恥ずかしさのあまり顔が赤くなっていく。
「な、何よ?」
ゴヨウの視線に気づいたバレンタイン・エビルも、戸惑って顔をそむけた。
「き、綺麗だ!」
ゴヨウ、無心の一手。
正直な気持ちではあるが、その一言でバレンタイン・エビルの脳内には、核の炎にも似た衝撃が走った。
バレンタイン・エビルは逃げ出した!
「……だ、だからどうしてすぐ逃げるんだよー!」
ゴヨウは泣き叫ぶ。好きな女性に全力逃走されたら、たいていの男は泣く。
「うーむ…… ゴヨウ先生、千里の道も一歩からですぞ」
サクチョウはゴヨウの肩を叩いて慰めた。
**
トレーニングセンター「メルトランディー」。
ここで働くアナスタシアらは異星人である。
五千年ともいうはるか彼方の時代、彼女達は完全なるクローン技術を完成させて、女性のみで構成された軍団を結成して宇宙へと飛び立った。
その旅の途中、知的生命体と遭遇し抗戦に及んだり、生存可能な惑星を発見して移住したりした。
アナスタシアらのグループは、クローン技術の限界を迎えたために、交配可能な種族を求めて、この星にやってきた。
アナスタシアはいわばスパイとして「帝都」にやってきたのだがーー
「さあ、お尻引き締めエクササイズ!」
とレオタード姿のアナスタシアは女性会員らにエクササイズを指導する。
華奢ながら177cmの長身、手足の長いスレンダーな彼女は美しくも凛々しく、女性から人気があった。
「あとは子作りね!」
仲間の前で鼻息を荒くするアナスタシア。彼女達は揃って美人だが、男性とのコミュニケーションは苦手であった。
なにぶん、彼女達は男性のみで構成された軍団と数千年の長きに渡り、徹底抗戦に及んでいた。
男は敵。
それが彼女達の認識だ。
「さ、DVDでも観ようっと」
アナスタシアらは風呂上がりに(皆バスタオル一枚巻いただけの艶姿であった)リビングに集まり、大型テレビで「鋼鉄マン」の視聴を開始した。
彼女達にはフィクションの概念がないため、鋼鉄マンは実在していると思っている。
子作りの相手には、英雄豪傑を望んでいた。
「蜘蛛マンもいいよね」
「マスクドライダーも忘れてもらっちゃ困るわ!」
「戦隊の人達、どこで活躍してるんだろ?」
「椿完十郎!」
「柳生竜兵衛!」
好きな男性のタイプを語るアナスタシア達はほほえましかった。
**
「帝都」には様々な者が集まってくる。
この国を陰から守る武神、剣神。
異国の超級神、聖母様。
聖母様に仕える「戦乙女(※現在59名)」。
乱れた世を直さんとする、天魁星・及時雨ショウコに率いられた「百八の魔星」。
宇宙の彼方からやってきた超生命体アニマトロンと、それに敵対するUMAトロン。
お婿さん探しにやってきた異星人女戦士アナスタシアと、その仲間。
女吸血鬼ペネロープと、彼氏ゲットのためにやってきた狼女のメイド達。
完璧商人にしてハロウィンの女帝レディー・ハロウィーンと、双子の妹バレンタイン・エビル、そして二人に仕える人造人間フランケン・ナース(巨乳)。
戦神から狂戦士の力を授かったペロとフランシーヌ(※マッドブル)。
天帝によって造られた新造神である軍神。
外宇宙からやってきた謎の女アウター(現在は軍神の居候)と、軍神の元に転がりこんだサキュバスのアルフォンシーヌ……
今日も帝都は活気に満ちていた。
男性よりも女性の方が強かった。
女性の巻き起こす活力の渦が、否応なしに男性を引きずりこむのだ。
そうして世界は動いていく……
「悪い気ばかりしないけどね……」
魔星の軍師、知多星ゴヨウはヒロインタッグトーナメントの映像を観る。ヘル・ビューティフルズのペネロープの白く細くセクシーな肢体に「男に産まれて良かったあ!」と天に感謝していた。
**
「火事場の馬鹿力マシーン」によってゴヨウはパワーアップする。
最初は無理矢理であったが、数度の体験を経てゴヨウの考えも変わった。
“人々を守るんだ!”
それこそ「百八の魔星」全員の思いであった。彼らは腐った世の中を改革するために立ち上がり、集ったのだ。
軍人であった天暗星ヨウジ、天雄星・リンチュウ、天空星サクチョーらは軍部に裏切られ、百八の魔星に降った。
が、彼らの心底には人々を守るという義の精神がある。なればこそ、敵対する戦乙女らに一目も二目も置かれるのだ。
ゴヨウにも、リンチュウらに勝るとも劣らない義があった。
帝都に住む母子らの微笑ましい笑顔が、ゴヨウに勇気を与えてくれるのだ。
「うわあああ!」
棺にも似た「火事場の馬鹿力マシーン」の中で雄叫びを上げるゴヨウ。彼に特殊金属製の肩当て胸当てが装着され、そして全身を特殊ラバー製の強化服が覆っていく。
ガコォ!という音と共にマシーンの蓋が開き、寝台に横たえられたままのゴヨウが手首の拘束を引きちぎり、起き上がった。
今の彼は人々のために死を覚悟していた。
帝都の町中に悲鳴が響く。
いつもなら人々の喧騒で埋まる大通りが、巨大な怪物によって荒らされていた。
それは巨大な骸骨のようであった。見るからに青ざめるような、「死」の具現化した姿であった。
五メートル近い骸骨に両手の大型ナイフで斬りかかるのは、狂戦士ペロであった。
ガアン!
骸骨の胸骨に斬りつけたペロだが、大型ナイフの刃は弾かれた。
赤い戦闘服に黄色いマフラーのペロ自身も骸骨の横殴りの平手打ちによって吹っ飛ばされ、瓦礫の山に埋まった。
ゴオ!
ペロの愛犬マッドブル(※元の名はフランシーヌ、♀)が骸骨に炎を吹きつけた。二度、三度と吹きつけられた猛炎も骸骨を怯ませるに過ぎなかった。
その時だ、青い空に凧が浮き上がったのは。
上昇気流によって瞬く間に浮き上がった凧から、人影が骸骨の頭上へと舞い降りていく。
それは「莫邪の宝剣」を手にしたパワーアップ後の知多星ゴヨウであった。
ゴヨウの手にした莫邪の宝剣が、光輝く。
持ち主の生命力を刃に代えて敵を斬る莫邪の宝剣は、巨大な骸骨の頭頂に打ちこまれた。
落下してきた勢いのまま、ゴヨウは地面まで莫邪の宝剣を斬り下げた。
骸骨の巨体は正中線で真っ二つになり、左右に倒れた。
「ペロさん!」
光の消えた莫邪の宝剣を鞘に納め、ゴヨウは瓦礫の山からペロを救出した。さすが狂戦士のペロも満身創痍であった。
ゴヨウはマッドブルの背にペロを乗せた。その時、彼は異様な気配を感じた。
「うう!」
振り返ったゴヨウがアイマスク越しに見たのは、真っ二つにされた骸骨が溶けてスライム状になっていた光景であった。
大地を腐らせる腐臭を放ちながら、巨大なスライムはなお蠢いていた。
「行け!」
ゴヨウはマッドブルの背を叩き、逃げるように促した。マッドブルが背にペロを乗せて疾走するより先に、ゴヨウは懐から鑚心釘(さんしんてい、投擲用の小型の宝剣)を取り出し、投げつけようとする。
その瞬間に、巨大なスライムは意外な素早さでゴヨウに襲いかかった!
「うわあー!」
ゴヨウの悲鳴も体も、巨大なスライムに飲みこまれたーー
(なんだ、ここは……)
ゴヨウの体は広大な闇の中に在った。
巨大なスライムに飲みこまれたはずの彼は、暗黒の異空間に放りこまれていた。
ゆっくりと、どこまでも落下していく感覚をゴヨウは感じていた。
(精神攻撃か!)
ゴヨウは以前、百八の魔星の軍師である天間星ソンショウ老師から幻魔の技を受けた事がある。
“これも修行よ”
そう言ってソンショウは今と同じように、ゴヨウを暗黒空間に放りこんだ。
あの時は数分で泣き叫び、ソンショウに精神攻撃を止めてもらったがーー
(試されているのか?)
あの巨大なスライムに試されているのではなかろうか。ゴヨウはそう思った。同時にソンショウの言葉も思い返された。
“ゴヨウ先生、本当の、本当のどん底に落ちた時、己を支えるのは…… 魂に刻まれた、いや宿したものだけだ”
それが己を救うのだとソンショウは言っていた。
(魂に宿したもの……)
ゴヨウは自然に目を閉じ瞑想を開始した。
周囲の闇は依然として存在し、ゴヨウは落下を続けているが、彼に不安や恐怖はなかった。
彼はすでに死を覚悟しているのだ。これに勝る不安や恐怖があろうか。
いわば彼は己の死を受け入れる事によって、この世界の何物にもとらわれぬ、自然の理を体得していたのだ。
(我が魂に宿るのは…………)
ゴヨウは己の記憶をさかのぼっていく……
ゴヨウを飲みこんだ巨大なスライムは、ゆっくりとだが帝都の中央へと向かっていた。天帝の居城に向かっていたのだ。
「戦乙女、全員出撃! リミッター解除承認!」
聖母様(cv:島本須美)の命の下、彼女に仕える戦乙女全メンバーが出撃した。
それぞれが神の眷属である彼女達だ。花嫁修業と称して戦乙女にさせられ、寄宿舎暮らしになった彼女達のストレスは非常に高い。
そんな彼女達が本気で戦い始めたら……
「……うふぶ」
聖母様ーー外見は修道服姿の二十代後半の美女ーーは口元を両手でおさえて目を回し始めた。
前回のリミッター解除承認時には、戦闘終了後におびただしい数のクレーム電話が寄せられ、更に請求書の山が届いたものだ。
「無理! 絶対無理ー!」
聖母様はプレッシャーに耐えきれず、後ろにひっくり返った。
帝都の空にはアナスタシア率いる異星人女戦士の空戦部隊が飛び交い、巨大なスライムにミサイルを発射しているが効果はない。
天魁星ショウコは、配下の百八の魔星に命じて、人々を避難させている。
「え、ゴヨウ先生が?」
スライムがゴヨウを飲みこんだ事を知り、バレンタイン・エビルは蒼白になった。
そして戦乙女らが参戦し、戦場は激しさを増していく。
巨大なスライムは全く動じた様子なく、地を這い進んでいた。
ゴヨウは闇の中で瞑想を続けていた。
この空間は時間の流れが極端に遅く、外の一秒がここでは十万秒くらいに引き伸ばされていた。
いわば一秒で丸一日以上の体感時間を経る事になる。
巨大なスライムが帝都中央を目指してから一時間以上、ゴヨウは体感時間で十年以上をこの闇の中で過ごしていた。
空腹も覚えず、生理現象も起こさないのが不幸中の幸いだが。
(罪と罰とは……)
ゴヨウは過去の記憶を何度も思い出していた。
彼は元々、麻薬組織首領のボディーガードであった。
命がけの刺激と多大な報酬を得ていた彼は、スリルに満ちた日常を過ごしていた。すでに狂っていたのだろう、彼には罪悪感などなかった。
そんな日々も終わる。ある日の夕刻、彼が首領を伴い屋敷に帰宅すると血臭が屋敷に満ちていた。出迎えの者もなかった。
麻薬組織の首領は、最愛の孫娘の名を呼びながら、ゴヨウの制止を振り払って屋敷に入っていった。ゴヨウは今でも、この時の事を後悔している。
ドオン、と銃声がホールに響き、頭を半ば失った首領の骸が階段を転がり落ちてくる。
ゴヨウは咄嗟に、二階にいる人影に発砲した。
身を伏せ、物陰に隠れて様子を伺う。二度目の射撃がない事を確認し、ホールの階段をゆっくりと上がっていく。
そこで見たのは、首領の孫娘の射殺死体であった。射殺したのはゴヨウである。彼女はショットガンを手にしていた。祖父を射殺したのも彼女であった。
孫娘は知ったのだ。愛していた祖父が、麻薬組織の首領だという事を。彼女は祖父の仕事を言い聞かされていた通り、貿易関係だと信じて疑っていなかった。
が、彼女の級友の兄が麻薬に溺れ、大量射殺事件を起こした事をきっかけに事実を知ったのだ。
孫娘は深い絶望に陥り、屋敷の執事やメイドを射殺し、そして祖父をも手にかけたのだ。
ゴヨウに射たれたのは、わざとであったのかもしれない。
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サモニャン・ニャンポー(cv:小桜エ○子)は猫ムエタイの王者です。
「ニャランボー!」
今もリングの上で対戦者にニャランボ(※首相撲からの膝蹴り)を叩きこみ、KOしました。
さて、そんな無敵のサモニャンですが、最近の楽しみはプリ○ュアです。
「ニャン……」
サモニャンは毛繕いしながら日曜朝のプ○キュアを楽しみます。今期はまどかさんにベタ惚れでした。
清楚でおしとやか、勉強もスポーツもこなす生徒会長。学園の男子全員の、憧れの人……
「ニャオ~ン!」
サモニャンは柱で爪研ぎを開始しました。忸怩たる思いがあったからです。
なぜ、こんな素晴らしい人が二次元のキャラなのか。
こんなに存在感があるのに、なぜ彼女はこの世に存在しないのか。
なぜ自分はメス猫にもてニャイのか。
よく浮気現場で彼女(もしくは正妻)と浮気相手が「このドロボウ猫!」などと壮絶な戦いを繰り広げているが、悪いのは男じゃないの? なんで女同士で戦うの?
……などなど。この世には理不尽な事が多かった。
「ニャンニャンニャン~」
その時、サモニャンの前に現れたのはセクシーなメス猫悪魔、アンドロメダでした。
アンドロメダはサモニャンに言います。
「あんた二次元に行きたいのかい? だったら魂をよこしな」
アンドロメダの誘惑にサモニャンは脂汗を流して考えこむのでした。
サモニャンは悩みました。二次元に行ったら、どうなってしまうのかと。
「時間あげるから考えてニャン」
と、アンドロメダは言って、サモニャンの本棚から「きまぐれオレンジ○ード」を取り出して読み始めました。
サモニャンは考えがまとまらないのでテレビをつけました。ちょうど先日の「智多星ゴヨウ」の続きが放映されていました。
スライムに飲みこまれ、精神攻撃を受けていたゴヨウは過去を思い出します。
しかし、その過酷な体験こそが彼に不動の精神を与えていたのです。
そして彼は「百八の魔星」の神チョウガイに導かれ、天機星・智多星ゴヨウとなります。
筆頭軍師という全く不向きな仕事をさせられ、彼は「ゴヨウ先生(※先生は「~さん」という意味)」と、偉い立場なのに配下に軽んじられる事になったのです。
それもまたゴヨウの償いであり、それなりに明るく楽しい日々を送る事になったのですが、スライムに飲みこまれたという状況の中で、彼は自分の思いに気づきました。
“童貞を捨てたかったー!”
あまりにもバカバカしい魂の叫びでしたが、その一言で闇は晴れました。
ゴヨウが気づいた時には、彼は病院のベッドの上でフランケン・ナースの看護を受けていました。
尿瓶を手にしたフランケン・ナースは、頭部の左右一対の電極を点滅させながら苦笑していました。青い春ですね。
謎のスライムは唐突に消え失せたという事でした。ゴヨウの思いを知って一時撤退したのでしょう。外宇宙から来た存在は、ゴヨウに対しどんな気持ちを抱いたのかはわかりませんが、再び現れるはずでした。
そして「サメが忍者に変身して悪の神父を倒す」という「シャークフォーマー」なる番組の宣伝が流れました。
「なんでも変形すりゃいいと思ってんのかニャー!」
サモニャンはテレビの画面に飛び膝蹴りを叩きこみました。
「ちょっと、この優柔不断な主人公なんなのよ!」
と、アンドロメダは「きまぐれオレンジ○ード」にいちゃもんをつけました。主人公はひかるちゃんを(可愛そうだけど)ふって、まどかとつきあうべきだ、とアンドロメダはサモニャンに力説するのでした。
めでたし、めでたし。




