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滅びゆく世界が教えてくれること  作者: 衣更着 月季
4/5

襲われる村

次の日、予定通り集落を出た二人は、来た道には戻らずに別の方向に歩きだしていた。

木に落ちている枯草を巻きつけて、どこを通ったのかを分かるようにして歩いていく。

帰り道、これで迷うことはなくなるはずだ。

二人は、これまで通り、順調に足を進めるのだった。




ある日、オリヴィエは森の異変に気付いた。甘い匂いが鼻をかすめたのだ。

嗅いだことのない甘ったるい匂いは、とても気分を悪くさせる。


「テウ、この匂いなんだと…。テウ!!!!」


振り返った先には、テウが倒れて、口から血を吐いていた。


「オ…オリ、ヴィエ…。俺の荷物から、マス…。」


オリヴィエは慌ててテウにマスクをし、その場を離れた。




匂いがしなくなったあたりで、テウに自分の血を飲ませる。


「ハア…、ハア…、ハア…。あ、ありがと。ハア…。」

「ごめん。気付かなかった。」

「あ、あの、甘い匂いがしたぐらいから、毒が…。」

「なんだったんだろう、あの匂い。私たちの村では、あんな匂いしていなかったのに。」


とりあえず、テウを寝かせて、オリヴィエは考え込む。

これ以上進むのは危険なので、今日はここにテントを立てて寝ることにした。




次の日、獣のうなり声でオリヴィエは飛び起きた。

テントに向かって、魔獣が突進をしてきている。

オリヴィエの武器は銃だ。

完全に油断していたオリヴィエは、銃を構えるが間に合わない。


「オリヴィエ!!!」


もうだめだと思っていたオリヴィエの前に、何かが立ちふさがった。

テウだ。

村一番の剣術使いである彼が、魔獣に応戦している。


「テウ、あなた身体が。」

「ンな事言ってる場合か。お前も離れて、援護射撃してくれ。正直一人じゃきつい。」


オリヴィエは指示通り、離れてテウの援護にまわる。

だが、魔獣はテウの剣もオリヴィエの銃弾も効いている様子はない。

恐ろしく表面が固いのだ。

何度か遭遇しているが、一度も戦ったことのない2人は、圧倒的に魔獣に対する情報が足りない。

どう切り抜けるか、どう逃げ切るか、それを考えながら応戦しつつ、逃げるのが精いっぱいだった。



「そうだ、木だ。」


テウが、何かに気付いた。


「オリヴィエ、木に登れ。もしかしたら、登ってこないかもしれない。」


猪と似たような形をした魔獣は、その体に対して足がかなり細い。

走ったりは問題ないだろうが、木に登ったりするにはあまり適した体をしていない。

テウが応戦している間に、木に登り終えたオリヴィエは、上からの射撃で魔獣の気をそらす。

その間にテウが木に登る。

テウが木に登り終えたのを確認すると、オリヴィエは射撃をやめた。

魔獣は、どこかに消えた人間を探して彷徨っていたが、しばらくすると、どこかへ行った。


「とりあえず、逃げ切れたかな。」

「ありがとう、テウ。完全に油断していた。森に入ってから危険なことなかったから。」

「いいよ。お疲れ、オリヴィエ。」

「お疲れ。それより体大丈夫?」

「ああ。もうすっかり。血、ありがとな。また、お前に助けられたな。」


しばらく、様子を見て、テントに戻った。

テントは壊れていたが、その他の物には被害がなく、問題なく旅を続けられそうだ。


「ねえ、テウ。私、なんであんな匂いがしたのかと、いきなり魔獣が襲ってきたのか知りたい。」

「奇遇だな。俺もだ。」

「危険よ?特にあなたにとっては。」

「もとより、覚悟の上だ。マスクをせずにここまで来られた方が、想定外なんだ。」


この言葉で、これからの方針は決定した。

テントを直し、明日には甘い匂いがした方へ向かう。

突然、イクタ―ヴィアの毒が発生したのも調べなければならない。

この森は、自分たちが思っている以上に、謎が多いのだとオリヴィエは感じていた。






次の日、約束通り二人は甘い匂いのする方へ向かっていった。

もちろん、テウはマスクをつけている。

甘い匂いがして少ししたとき、イクタ―ヴィアとその周りにいる魔獣に遭遇した。

魔獣に気が付かれる前に木に登り、魔獣がいなくなったら降りて移動することを繰り返している。




段々甘い匂いが強くなっている。

それと同時に焦げ臭い匂いもしていた。

木々の合間にイクタ―ヴィアの数が増えて行っている。

ふと、向こうのほうに明るい場所を見つけた。二人はそこに向かい走り出す。

明るい場所に出るとそこには……。



魔獣の群れに襲われ、炎に包まれている人間の集落があった。

ほとんどの者は死に絶えている。

生き残った者は、剣や銃、砲弾という武器で魔獣に対抗しているが効き目はなさそうだ。

魔獣は老若男女関係なく、踏みつぶしたり食いちぎったりしている。

地獄、そう言っても過言ではない光景が広がっていた。



「テウ、助けに…」


言い終わらないうちに、テウは近くの木にオリヴィエを登らせ、自らも登った。


「テウ、なぜ登るの?人が襲われているのよ。」

「…」

「テウ!!!」

「助けに行けるなら行く。だが、この状況で俺たちに何ができる?昨日、たった1匹の魔獣に殺されかけたのを忘れたか?行っても、死ぬだけだ。そうしたら、俺たちの村も村長が森を燃やして、魔獣に襲われることになるぞ。俺たちは、生きて村に帰ってこの日記を村の連中に見せなきゃならない。ここで死ぬわけにはいかないんだよ!!」


テウの言うことはもっともだ。

しかし、理解はできたが納得はし切れない。

オリヴィエは目の前で死んでいく人たちを黙ってみることしかできない自分を許せず、泣いた。







一日中その光景を見続けた二人は、魔獣がいなくなったことを確認し、村に降りて生存者を探した。

ある者は頭が、ある者は両手両足がなく、ある者は体が半分に引き裂かれている。

あまりの光景に、二人は何度も嘔吐した。

当たり前だ。

この二人は初めて見る光景で、二人とも大人びてはいるが、まだ16歳なのだ。

それでもあきらめることなく生存者を探す二人。

そんなとき、一つのか細いが聞こえた。


「お姉ちゃんたち、無事だったの?」


12歳くらいの少年だった。

落ちてきた家の鉄骨がお腹に刺さったのだろう。

もう助からない。

オリヴィエは、その子をそっと抱き上げた。


「この村の人じゃないのかな?はじめて見る人。お姉ちゃんたちどこから来たの?」


痛く苦しいはずなのに、笑顔でしゃべる少年に、オリヴィエは泣きながら答える。


「この村の人じゃないの。初めまして。私はオリヴィエ、この人はテウ。もうしゃべらなくていいわ。痛いでしょ?」

「ううん。不思議と何も感じない。僕はね、ロードっていうんだ。それより、お姉ちゃんたち早く逃げた方がいいよ。」


まだ小さいのに、自分が助からないと分かっているのだろうか。

決して助けと言わず、他人の心配をするロード。

彼はきっと優しい少年だったのだろう。





オリヴィエは自分が奇跡の子と呼ばれていても、大けがをした人は助けられないことに、無力感を感じていた。

そして、見ることしかできなかったことに罪悪感もある。

気付けば、ロードに向かって泣きながら、何度も謝っていた。


「お姉ちゃん。謝らないで。もともと、お父さんたちがイクタ―ヴィアを燃やしたのが原因なんだから。甘い匂いがしてきて、その匂いにつられて魔獣が来た。だから、この村の人じゃないお姉ちゃんたちが無事でよかったよ。父さんも母さんも、目の前で死んだ。他の人たちは?」


オリヴィエは答えなかったが、それが答えになったんだろう。

そっか、とロードはつぶやいた。

それから、ロードは何も話さなくなり、ゆっくりオリヴィエの腕の中で息を引き取った。

この村の最後の生存者が亡くなった瞬間だった。

オリヴィエはロードを抱いたまま声をあげて泣き、テウもまたその後ろで静かに涙を流している。

人間はなんとちっぽけな存在なんだろうと、痛感する二人だった。








それから二人は、村人たちの墓をつくった。

一人一人、墓を掘り、丁寧に埋葬していく。

二人の間にほとんど会話はない。

それほどに精神的なショックを受けたのだろう。


一週間ほどかかり全員の分の墓をつくり終えた。


「オリヴィエ、ごめ…」

「謝らないで。あなたの判断は正しいわ。あなただって、助けに行きたいのを我慢していたでしょう。」


そう言い、どうにもならなかったことを飲み込もうとするオリヴィエ。

墓をつくり、そこに眠る死者を邪魔しないように、その村を離れた。

不思議と甘い匂いもしなくなり、魔獣とも遭遇することはなかった。





イクタ―ヴィアは村を離れると数を減らしていった。

人間のいる場所の近くにだけ、イクタ―ヴィアは生息しているようだ。

毒の届かない場所にテントを張り、しばらくはそこを拠点に動かず、休息をとることにした。

オリヴィエは、テントに閉じこもった。

食料や水などはテウがすべて採ってきている。

しかし、オリヴィエは食欲がないようで、全く食べない。

オリヴィエがひきこもり3日ほどたった。

話がある、とテントから出てきて、オリヴィエはテウに話しかけた。


「テウ、あなたは先に帰って今まで見たこととこの日記を村に届けて。」

「は?お前は帰らないのか?」

「私は、帰りたくないな。このまま死んだことにしてほしいくらい。まだまだ分からないことも多いし、旅を続けるわ。でも、これ以上テウを巻き込みたくは…」

「ふざけるなよ?お前を置いて帰れるわけないだろ、特に今のお前を置いて。いつ自殺するかわからないような顔して。」

「この森は、テウにとって私以上に危険なのよ?あなたを失うわけには、」

「なら、一緒に帰ればいいだろ?お前はあの村の近くにいたいんだろ?墓守にでもなる気か?気が済むまでここにいてもいい。だけど、俺はお前から離れたりしない。今のお前、ほっといたら死にそうだぞ?」

「ほっといてよ。一人になりたいの。」

「それで、あの村の人たちと心中でもするつもりか?あの村が襲われたのは、イクタ―ヴィアを燃やそうとしたからだ。自業自得だ。それに子供まで巻き込んだのは許せない。だけど、お前も責任は全くない。」

「それでも、割り切れないのよ。もっと早くに村についていたら、ってどうしても考えてしまうの。私のせいだって。」


オリヴィエは癇癪を起して、テウに怒鳴り続ける。

途中から、テウは反論をやめ、オリヴィエの言葉に耳を傾け続けた。

オリヴィエの言葉が途切れた時、テウは話しかけた。


「落ち着いたか?確かに俺たちがもう少し早く到着していたら、村は助かったかもしれない。だけどな、過去はもう変えられない。お前だってわかっているだろう?だから余計に、こうしていたら、ああしていたら、って考えるんだ。」


オリヴィエは黙って聞いている。

泣き叫んで、少しは冷静になれたんだろう。


「後悔すればいい。したいだけ後悔して、前に進めばいい。だけどな、死のうなんて考えるな。お前は、今死のうとしている。だから、俺を遠ざけようとしてるんだろ?だけど考えてみろ。自分は死にかけているのに俺たちに逃げろと言ったあの少年は、お前が死ぬことを望むと思うか?」


オリヴィエは、目が覚めるような感覚に陥った。

テウの言うとおり、助けられなかった罪悪感から生きる気力をなくしていたオリヴィエ。

テウに帰ってもらい、自分はここで死のうと思っていた。

でも、ロードは、逃げて、と二人に言った。

生きてもらうために。


「オリヴィエ、昔お前のおばあさんが言ってたじゃないないか。死んだ者が望むのは生きている人の幸せだって。」


オリヴィエのおばあちゃんが、おじいちゃんが死んだときに言ってくれた言葉だ。

おじいちゃんが大好きだったオリヴィエに、悲しんでばかりいるからと。

だから、幸せになりなさいって、言っていた。

オリヴィエはまた声をあげて泣いた。

そんなオリヴィエをテウは優しく抱きしめていた。







オリヴィエはそれから熱を出した。

疲れているうえに精神的ショックで物を食べれていなかったからだろう。

テウの看病のおかげで、熱は1日で下がり、食事も食べられるようになった。


「ありがとう、テウ。そして、ごめんなさい。」

「別にいいよ。あんなもの見たんだ。取り乱すのも無理はない。オリヴィエが取り乱してくれたから、俺は冷静でいられただけ。」

「でもよくわかったね、私が死のうとしてるって。」

「何を今更。何年一緒に育ったと思ってる?」


オリヴィエはとまどっていた。

いつも一緒にいるテウに対して、何か落ち着かないのだ。

その感情がなんなのかは、まだ気づいていないようだ。



「ところで、オリヴィエ。」

「な、何?」

「ん?どうした顔赤いけど、まだ体調悪いか?」

「大丈夫。話って何よ。」


テウは、釈然としないような顔をしていたが、額に手を当てても熱はなさそうだったので、話を続けることにした。


「旅、続ける?それとも帰る?」


森を燃やしてしまうとどうなるかは、嫌になるほどわかった。

旅を初めて約半年。

この結果を報告したら、村長も思いとどまるだろう。

帰っても、森を燃やす計画はなくなるだろう。


「ごめんなさい、テウ。私は続けるわ。まだ時間はある。どうして、魔獣が暴れるのか、知りたいの。」

「分かった。」

「あなただけでも帰っていいのよ?」

「言ったろ?俺はお前のそばを離れないって。」


どうやら、二人の旅は、まだまだ続くようだ。

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