森の謎
森に入ってすぐ、魔獣と遭遇した。
魔獣は群れを成して村に襲い掛かり、村を全滅させると言われている。
昔からの言い伝えだ。
オリヴィエ、テウも警戒し武器を構える。
しかし、人間を襲うと言われている魔獣は、襲いかかることなく二人の前から姿を消したのだ。
二人は驚きつつも、警戒しながら森の奥へと足を進めた。
森に入って5日ほどたった。
結局、魔獣に遭遇したのは最初の一度だけ。
奥に行けばいくほど魔獣と遭遇するのでは、と考えていたオリヴィエの考えは良い意味で裏切られた。
順調なほど何も問題はなく森の奥へと進んでいく二人。
さらに、3日ほどたったとき、オリヴィエはある変化に気が付いた。
「テウ。そのマスク、多分とっても大丈夫だよ。」
「はっ?何を言っている?俺に毒吸って死ねと…。」
「その毒がないの。ほら、あそこに兎がいる。」
兎は毒に耐性を持っていない動物だ。
イクタ―ヴィアの繁殖に伴い、その毒に耐性をつける動物と耐性をつけられなかった動物に分かれた。
人間と兎は後者だ。
その兎が、ここで何の問題もなく生息している。
テウはマスクを恐る恐るとって息を吸ってみる。
「問題なく呼吸ができる。どういうことだ?」
「分からないわ。わからないけど、よく見たらこの周辺にはイクタ―ヴィアがないわ。」
かつて、このエヴァーレにイクタ―ヴィアが生息しない土地はなかったと言われている。
唯一今、人間が住んでいるところがイクタ―ヴィアの毒が届かないところだったと、様々な文献に書いてあり、森となっているこの場所にイクタ―ヴィアがないことは、ありえないとされていた。
しかし、オリヴィエはここ2日間、イクタ―ヴィアを見ていないことに気が付く。
ふとテウが思い立ったように近くの川の水をすくい飲んだ。
「テウ!!!」
「この水、真水だぞ、オリヴィエ。わざわざ、浄化しなくても問題なく飲める。今まで浄化して水を飲んでいたが、もうしなくていいみたいだ。魔獣と言い、空気や水と言い、俺たちが今まで信じていた常識とは、全く違うな。」
「ええ。でも、先祖の方たちが嘘をついていたとも考えにくいわ。わざわざ嘘を後世に残しても、彼らには何の得にもならないし。」
「ああ。」
今まで信じていた事と、現在目の前で起こっている事のギャップに、二人は頭を悩ませる。
エヴァーレという星に生まれながら、この星について何も知らないことを痛感させられる二人だった。
それから、さらに森の奥へと進む二人。
ずっと木々の生い茂る中進んできたのだが、突如広場のような、日当たりのよい場所に出た。
どうやら、人間の集落の跡地のようだ。
古い家が建っていて、確かに人が生きていたと思わせるような物がたくさんある。
人の姿は、見ることができなかった。
しばらくこの集落に滞在することを決めた二人。
屋根のある家で休むことができるので、滞在することにした。
「ねえ、テウ。この辺でも、魔獣は見てないわよね?」
「ああ。俺は見てないが…?」
オリヴィエも見てはいない。
しかし、この集落の至る所にある、無数の足跡が気になっていた。
もし、この集落が今まで読んでいた文献通り魔獣の群れにより全滅しているのならば、この無数の足跡にも説明がつく。
だが、滅ぼしたはずの魔獣が近くにいないというなら、何故魔獣は人間を襲ったか、住む場所のためではないとすると他にどのような理由があるのか、オリヴィエは頭を悩ませていた。
そして、ここにもイクタ―ヴィアが生息していない。
人間がいたころから、イクタ―ヴィアが生息していなかったのだろうか。
テウもオリヴィエが指摘したことに、答えが出せずにいた。
「オリヴィエ、これ読んでみろ。」
突然、テウがオリヴィエに本を渡してきた。
この集落の調査中に見つけたと、そう言いながらテウが渡したのは、この集落に住んでいた者が書いたと思われる日記だった。
日記の一部にこう記されている。
―――長が森を焼き払うと決めた。俺は反対だ。この森に何が潜んでいるかわからない。わざわざ危険なことをする必要はない。しかし、乗り気な者のほうが多い。近いうちに実行されるだろう。
―――ついに明日、実行される。どんなことが起こるかわからない。
―――実行しようとしたとき、魔獣が現れた。俺は何とか逃げ出した。だが、魔獣の群れがこの村に迫っている。この村も俺たちの命ももう終わりだ。だから、森を焼くなんてことは止めた方がいいと言ったのに…。
ここで日記は終わっている。
とりあえず、この日記を村長に見せれば森を焼き払う話は消えるだろう。
この集落は間違いなく魔獣に滅ぼされている。
「これは…。」
「森に手を出そうとすると、魔獣が襲ってくる。でも、俺たちみたいに森に危害を加えなければ、魔獣も襲ってこないのかもな。」
「森というより、イクタ―ヴィアに、だと思う。私たちが魔獣にあったのはイクタ―ヴィアが生息していた場所だった。魔獣がイクタ―ヴィアを守っているのは間違いなさそうね。」
「ああ。だが、森の奥に進むにつれて魔獣とイクタ―ヴィアが無くなったことについては、まだ分かってない。どうする?村に帰って村長にこの日記渡すか?」
「まだ、約束の3年には時間があるわ。いけるところまで進みたい。ここも毒が蔓延していたら帰ったかもしれないけど、人間が普通に生活できるなら進んでも問題ないでしょ。」
「だな。」
こうして、二人の旅が続くことが決定した。
次の日にこの集落を出ることを決めた二人は、その夜は早めに寝ることにしていた。
しかし、オリヴィエが眠れなかったのか、家から出てきた。
彼女は、古い家の屋根の上に登り、空を見上げていた。
「眠れないのか?」
下から声がかかる。
テウだ。
「起こした?ごめんなさい。」
「別にいいけど、そこで何をしている?」
「空を見ていたの」
「空?」
テウがオリヴィエに倣い空を見上げる。
そして、言葉を失った。
そこには、満天の星空がある。
人間の集落では、一度進んだ文明の名残があり、電気やガスといったものが未だに使われている。
そのため、空気は少し汚れ、夜も明るいことが多いため、星はほとんど見えない。
そんなところで育った二人は、ほとんど星空を見たことがない。
そんな二人が星空を見たら、あまりの美しさに感動するだろう。
オリヴィエはたまたま見つけたこの風景を目に焼き付けようとしていたのだ。
森に戻ると、木々が星空を隠してしまう。
このような、何も障害がなく星空を見られるところは現在、ほとんどないと言える。
「こんなにきれいな星空、もう二度と観られないかもしれないから。テウも屋根の上来る?」
「いや、いい。ここからでも十分観られる。星空ってこんなにきれいなものだったのだな。」
人間は、自分たちが発展するために、たくさんのかけがえのない物を壊してきたのだろう。
この星空や山や森、そこに生える植物たちや生きている動物たち、川や海、そこに住む魚たち、きっとそれ以上のものを壊してきたのだろう。
これから、人間はこの自然とどう向き合うのか、そう問われていると感じるオリヴィエだった。
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