旅立ち
「オリヴィエ。おばさんが呼んでた。」
畑仕事をしていたオリヴィエに、幼馴染のテウが声をかける。
オリヴィエとテウは家が隣同士で、同い年だ。
人口の少ないこの村では、この二人が次に誕生する夫婦だろうと言われている。
二人の両親も18歳の誕生日に二人が合意すれば、結婚させるつもりだろう。
この村では18歳が成人で、結婚できるようになるのもその年からだった。
ちなみに二人ともそのことについて明言しておらず、周りが勝手に騒いでいるだけだ。
「わかった。すぐ行くね。ありがと、テウ。」
そう言い残し、母親の待つ家に向けてオリヴィエは駆けていった。
オリヴィエが家に帰ると母親が立っていた。
家の中から何か言い争っている声が聞こえる。
一つは父親の声だ。もう一つは村長の声だろうか…?
カルク村の村長は、もともとここが彼の一族の土地だったことを理由に、村人に対してとても偉そうな人だ。
未だに、この土地を村人に貸してやっていると思っているのだろう。
村長が家にいることにオリヴィエは不安を覚える。
「ただいま。お母さん。誰か来てるの?」
「おかえり。村長がいらっしゃっているわ。森を焼くことに反対しているお父さんに色々言いにきたみたいよ。」
最近村長が、この土地は自分のだから、村人は森を焼きはらってそこに住め、と言い出し始めたのだ。
確かにここは元々村長の一族の土地だった。
しかし、二代前の村長(現在の村長の祖父にあたる人だ)が、この土地を村人のものにするといい、土地の権利をすべて放棄している。
この村に住む者は、二代前の村長に恩義を感じているものが多く、その方の孫だからと甘やかされた彼は、なんでも自分の思い通りになると思っている節がある。
父はそんな村長の考え方を真っ向から批判し、とにかく嫌われているのだ。
「魔獣がいつ襲ってくるかもわからない状況で、私たちに犬死しろとおっしゃるのか?」
「襲ってこないかもしれないではないか。とにかく私はこれ以上この土地に、貴様ら村人がいることが耐えられんのだ。さっさと出ていけ。」
オリヴィエと母親が家に入ると、そんな言い争いが繰り広げられていた。
村長は、村人からの寄付で食事をしていて、自分では働いていない。
村人が出て行ったら、自分も餓死するかもしれないのに、何を言っているのか。
オリヴィエは、村長の言葉にあきれを隠せなかった。
部屋に入ってきたオリヴィエを村長がみて、やっと来たか、とつぶやいた。
どうやら、オリヴィエが呼ばれたのは、村長が原因らしい。
「オリヴィエ。お前に直々に頼みたいことがあってな。」
村長の頼みごとは、正直信じられないものだった。
奇跡の子であるオリヴィエに森の調査をしろ、というものだった。
しかも、断れば畑を燃やすという脅し付きだ。
畑は、村の皆が共同で使っている。
断れば、村人全員が餓死することになる。
選択する余地のない命令を残し、村長はオリヴィエの家を出て行った。
村長のオリヴィエに対する暴言は、カルクの村中に瞬く間に広がった。
恩人の孫だからと、村長の言動を我慢していた村人たち。
彼らの怒りは一気に爆発した。
オリヴィエの血液は、何故かイクタ―ヴィアの毒に対して解毒作用があり、毒におかされた村人の命を幾度となく助けてきた。
そんな彼女に魔獣のいる森に行けというのである。
村人が怒るのは当然の流れだった。
村で暴動が起きようとしている。
その暴動を止めたのは、オリヴィエだった。
彼女は、村長の命令に従うと、言い出したのだ。
「私ね、ずっとこの森の奥には何があるのか気になっていたの。だから、村長の命令とかじゃなく、自分の意志で森に行くわ。だから村長、森を焼きはらうのは待ってもらっていいですか?私が3年しても戻らなかったら、その時は村長の好きにしてください。」
そう、村人の前で宣言した。
村長もそれで納得したのか、3年は待つとオリヴィエに言う。
こうして、奇跡の子オリヴィエが森へ旅立つことが決定した。
オリヴィエが出発する前日、テウが大荷物を持って訪ねてきた。
オリヴィエは幼馴染が大きな荷物を持ってきたことに驚いた。
「テウ、その荷物どうしたの?」
「俺も行く。」
「えっ?」
「俺もオリヴィエと一緒に森へ行く。」
目を丸くして、オリヴィエが動きを止めた。
テウは奇跡の子ではない。
一度オリヴィエが毒を吸ったテウに血をあげたのでそれは間違いない。
無茶なことを言っているので、オリヴィエの反応は当然の反応だった。
そうするとテウが荷物から布と剣と何やら機械のようなものを取り出した。
「オリヴィエに助けられてからさ、ずっと研究していたんだ。オリヴィエ以外の人間でも森に入る方法はないかって。この布は毒を通さないもので、こっちは毒に当たっても溶けない剣、これは水の中にある毒を浄化する機械。全部使って試したことがある。布をマスクにして、死を覚悟して森で一日過ごした。結果は御覧の通り。だから連れて行ってオリヴィエ。剣の腕は、お前よりも強いし、護衛ぐらいにはなるつもり。」
テウが村の外に関心を抱いていたことは、オリヴィエも知っている。
しかし、想像以上にテウは村の外を見てみたいと思っていたのだ。
怪我をすればそこから毒が入り込むかもしれない。
皮膚に毒の影響は出ないが、怪我をせずに森で居続けるのは困難だ。
断るべきなのだが、オリヴィエはそれが出来ないでいた。
テウの眼である。
死を覚悟して、それでも外へ行きたいという彼の眼を見ていると、断ってもついてくることが容易に想像できた。
「断ってもついてくるでしょ?一度決めたことをあなたが曲げたことあった?」
「ないな。」
こうして、二人で旅に出ることが決定した。
次の日、テウの両親もオリヴィエが一緒なら、と半分あきらめたように二人を送り出した。
村人は、二人との今生の別れを覚悟して、オリヴィエとテウを見送った。
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