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好きな人の親友に告白されたのですが

作者: 相模

 


 試験前でもなければ受験シーズンでもない時期の図書室はひどく閑散としている。一人二人と生徒の姿が見えるが、ただ寝ているか音楽を聴きながら勉強をしているかのどちらかだった。それ以外では当番の図書委員の姿しかない。――普段ならば。

 今日は少しばかり様子が違う。

 貸し借りをするカウンターに対峙する二人の男女。

 片方は当番の図書委員、二年F組の山本鴇子(やまもとときこ)。肩より少し長い髪を一つに結んでおり、名前に似た桃色がうっすらと見える細い縁の眼鏡をかけていた。

 反対側には二年B組の川崎鷹士(かわさきたかし)。明るい色の髪を短くして立たせている。活発そうで精悍な顔立ちをしているのはサッカー部だからだろうか。

 傍から見ればおかしな組み合わせだろう。何せ彼らが話しているところを誰も見たことはなかった。クラスが違う以上に接点がない。

 鴇子は戸惑っていた。なぜ、彼が自分の前にいるのか。今までこんな風に話したこともない相手が、当たり前のように目の前にいる。にこにこと笑顔を浮かべている相手の意図がつかめない。


「……あの、何か?」


 本の貸し出しには見えない。なんせ彼は本を手に持っていなかったし、なんだったら図書室に入ってきて一目散に鴇子のところにやってきた。目的が彼女であることは明白だった。


「うん、あのさ。山本、オレと付き合って欲しいんだけどどうかな?」

「とうとう脳みそまで沸いてしまったの?」


 思わずそう返してしまってから、鴇子は唇を嚙み締めた。そして目を丸くさせている鷹士から視線をそらした。


「いえ、あの、別に今の深い意味は、」


 ちなみに鷹士は勉強が出来ないのは周知の事実だった。F組には彼の友人が在籍しており、よく教室にやって来ては大きな声で話をしていた。そして試験の前後にはその友人に助けを求める姿もちょくちょく見られる。赤点食らうと試合に出させてもらえないんだよぉ、と泣きついていたのはつい先日の話だ。あの後、特に耳にしなかったので赤点は回避できたのだろう。

 ついでに言っておくとこの幸坂高校においてF組は特別進学クラスと言って入学当時の成績が学年の中でも特に優秀な者たちが選抜されるクラスで、B組は運動部推薦入学者が集めるクラスだ。とは言え、仲が悪いということは特にない。得意分野が違いすぎるので、仲違いするきっかけにもならないからだ。


「いや真面目な話なんだけどさ、聞いてくれない?」


 ずい、と体を乗り出してくる鷹士に鴇子は奥に居る司書を呼ぼうか迷った。だって彼がサッカー部のレギュラーで体格だって良い。こうして目の前にいるだけで圧迫感を感じる。襲われるとかいう心配ではなく、うっかり地震でも来てこちらに倒れてこられても支えられる自信がなかったからだ。


「……聞くだけなら」


 幸いにして急ぎの仕事はない。図書室の様子は閑古鳥が鳴いている有様だし、少しくらい私語を交わしたって問題はない。一応振り返って別室にいる司書が出てこないことを確認して眼鏡を掛け直した。


「それで?」

「お前んとこに塩谷亜希(しおやあき)っているだろ?」

「亜希? あの子がどうかしたの?」


 十人ほどしか女子がいないので、そこそこ話はするけれどそこまで仲が良い方ではない。明るくて元気な子だ。


「かわいいよな」


 つい今しがた自分に告白してきた男から出た言葉とは思えない。しかもはにかみながら言うものだから、彼の本命は誰なのか丸わかりだ。呆れてため息が漏れる。


「それで? 彼女だったらここには来ないけど」

「分かってるよ。三つ隣りの家庭科実習室でクッキーという名前の炭焼き作ってたし。じゃなくって、協力して欲しいんだよね。山本と塩谷はクラスメイトだしさ」

「よくうちのクラスに来るじゃない」

「女子とはあんま話さねーよ。だから、そこを取り持って欲しいっていうかさ。女子は女子同士っていうか」


 簡単に言う。少ない人数で、どう派閥を作って、どうそれぞれのグループとあたりさわりなく付き合うか、その辺の均衡を分かっていっているのだろうか。


「山本にだって悪い話じゃないって」


 顔をしかめて不快感を露わにする鴇子に顔を寄せて耳打ちをするかのようにことされ声を落として鷹士が楽しそうにする。


「うまくいったら、将人のこと仲介してやるから」


 将人、それは彼がよく頼るF組の友人の名前でフルネームを広前将人(ひろさきまさと)という。クラスの委員長も兼ねている優等生だ。

 鷹士のようなのを親友にしているからかどうかは知らないが、彼はいわゆる優等生っぽさがない。眼鏡をかけているとかネクタイはきっちりしめているとかもなく。コンタクトをしているという話だが、それも勉強のし過ぎではなくゲームが原因だということだった。

 鴇子はそんな将人のことをひっそりと見ていた。共通点も特にないため、クラスメイトと言っても会話などはない。一年生の時に席が前後になったことが一度あって、プリントを配ったりはしたけれど、その程度だ。それでも鴇子は彼を見ていたし、恋をしていた。

 ――それを、誰かに話したことは一度だってない。

 疑うように鷹士を見る。彼は確信を持っているようだった。


「……なんで」

「だって見てたじゃん」

「気付いてたの?」

「まあね。オレだから……あと見てたのが山本だから気付いただけ」


 将人は気付いてないと思うよ。なんて続いた軽い言葉に鴇子は詰めていた息を吐き出した。クラスメイトからストーカーのように見られていたなんて気味が悪くて仕方がないだろう。自分だったら絶対に嫌だ。だから気付いていないのなら、それで良かった。


「とりあえずさ、オレと付き合うってことになれば将人とも話すようになるじゃん。オレが塩谷とうまくいけば別れることになるんだし告白すりゃあいいんじゃない? あいつ、たぶん断らないよ」

「川崎と亜希がうまくいけばの話でしょ」

「でも山本とオレが付き合えば、オレがF組に行くきっかけにはなるじゃん。将人のだけだとやっぱり回数が増えにくいしさ。そしたら、そのあとは自分で何とかするって」

「さっきと言ってることが違いますけど」


 適当なことばかり言う目の前の男との話はこれで終わりだと鴇子は手で彼を追い払ってやりかけの作業に戻ろうとする。だが、鷹士はその手をガシっと掴んできた。


「ちょ、」

「なぁ、頼むって。オレ、マジであの子のこと好きなんだけどさ、いま告っても絶対振られるからどうにかポイント稼ぎたいんだよ」

「……そんなこと言われても」

「将人のことは絶対に紹介するしさ。……こんなこと頼めるの、トキしかいないんだって」


 な、と懇願されるが、鴇子はその姿に忌まわしい父親の姿を思い出して乱暴に手を振り払った。


「校内では名前で呼ばないでって言ったでしょ」

「わ、悪かったよ。でも誰も聞いてないし」


 へらりと笑う鷹士に鴇子はますますムっとする。


「そういう風にお願いすればなんでも叶うって思ってるところとか、気持ちのこもってない謝罪とか、そういうところお父さんにほんっとにそっくりになってきたね」



 小学校四年生の時だった。

 川崎鴇子が山本鴇子になったのは。

 双子の弟である、川崎鷹士と離れ離れになったのも――。


 鳥が好きで、鳥ばかり追いかけていた双子の父親は家庭をほとんど顧みない人だった。幼いころは双子を趣味に連れ出したこともあったが、小学校に入ってからは母親の反対もあって一人で出かけるようになった。

 母親はそんな父親に文句ばかり言っていた。鴇子からしてみれば母親は正論しか口にしていなかった。父親にとってもそうだったのだろう。だから彼は謝っていた。けれどそれが何度も続けば、その謝罪に誠意は感じられなくなる。母親はそれでも「俺にはお前らしかいないんだ」と父親に言われれば、好きで一緒になった相手だ、うっかり許してしまうことが重なった。

 これじゃいけない、と決意をした母親は今度こそ父親との離婚を決意した。父方の祖父母まで出てきて話し合いが続いた結果、鴇子は母に、鷹士は父に――実質、父方の祖父母に引き取られることになった。

 そこから疎遠になったワケではない。

 市をいくつか跨いだ程度の距離感であったし、母親も会いに行くことを許してくれたので鴇子と鷹士は月に何度も顔を合わせた。大体が祖父母の家で会うことが多かったが、案の定父親の姿はそこにはなかった。そのころにはもう鴇子も父親に会うことも期待することも諦めていたので、そのことには何も感じなかった。心情としても母親に傾いていたこともあった。

 二人が同じ高校に通うことになったのは偶然だった。とは言え、この辺で一番の偏差値はこの高校であったし、サッカー部が強いのもこの高校であったので必然であったとも言うだろう。

 苗字が違うことや親が離婚していることなど、わざわざ説明をするのも億劫であったしクラスも遠く接点などないに等しかったので、双子は校内では他人でいようと話し合って決めていた。

 ――それを鷹士は今日、己の恋心のために破ったのだ。



「そんなこと冷たいこと言うなよ~」


 家族じゃん、と鷹士が小さな声で言う。

 大きな体の彼が小さくなっていくのを見て、鴇子は鼻で笑った。


「いいじゃん。一回くらい玉砕してくれば? タカにはそれくらい必要だよ」

「……」


 家族、と鷹士は言った。それを否定する気は鴇子にはない。いくら一緒に住んでいないと言っても、鴇子にとって鷹士は家族だ。唯一無二の双子の兄弟だ。

 もともと親が離婚する前まで、二人はとても仲が良かった。どこに遊びに行くのもいつも一緒だった。小学校で女の子は女の子たちと、男の子は男の子たちと、それぞれ分かれて遊ぶこともあったけれど、でも大体は二人一緒に居られる場所で遊んでいた。

 離れてから、それぞれ自己を確立して昔ほどべたべたとした付き合いにはならなくなったけれど、それでも鷹士は鴇子に甘えるし、鴇子も鷹士には甘いのは変わらない。

 母親が父親を何度も許してしまったように。種類は違えども、そこにあるのは愛だった。それがどれだけ厄介なものか、鴇子は知っている。知っていてなお鴇子は鷹士を許容する。


「それでフラれたら、別の形で協力してあげるからさ」

「ホント?」

「もちろん。……あ、でもちゃんと広前とのことは取り持ってよね」


 ――ただし、今回はそこに打算はもちろんあるのだけども。



 

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