狂える世界
こんにちは。
味醂です。
気が付けばエルフ 第99話公開です。
お楽しみください。
狂える世界
朝晩の冷え込みが急に大きくなってきたのもここ数日。
夜の帳の降りた部屋で、私はリーリカを抱きしめるようにその温もりを確かめていた。
薄衣一枚隔てて近くに感じる鼓動の音や、静かな寝息を聞いてるうちに、いつしか眠りの淵へと私の意識は落ちていく。
とても幸せな夢が見れそうな予感がしたというのに、私がその晩見た夢は――
「こ、こちらでございます」
「なんと小汚い教会だ、本当にここで間違いないのであろうな?」
「この街に教会は此処よりほかにございません」
「ふん。そうか。――おい、お前たち」
「ハッ!」
兵を伴ったその役人のような男は、近くにいたと思われる年配の女性に道を案内させていた。
女性を解放すると伴う兵が、その教会のドアを激しく叩き、なにやら大声で叫んでいる様だった。
「はい、只今――」
小さな音を立て、ゆっくりと開くドアに、兵士は苛立ちながら、開きかけのドアを乱暴に開け放った。
「さっさと開けんか! この愚か者が!」
「申し訳ありません、このドアはとても重いので、力の弱いわたくしには少々時間が掛かるのです」
「言い訳などきいておらん!」
開け放たれたドアから出てきた修道女と思しき女性を、兵士は手甲を嵌めたままの手で問答無用と殴り飛ばす。
「キャア! 何をなさるのですか? ここは伝承の女神の教会ですよ?」
「いちいち口答えをするなといっておるだろうが!」
「あうっ!」
今度は持っていた槍の石突で、兵士は修道女の胴を打ち据えた。
「またんか愚か者、傷をつけては興がそがれると常々言っておるだろうが」
「ですがこの者は閣下がおいでになっているのに、この反抗的な態度を取ったのですぞ」
「ふむ、それは理由を問いただし、行いを悔い改めさせねばならんな」
厭らしい笑いを浮かべたその男は、脇腹を強打され、まだ立てずにいる修道女の傍に近寄ると、乱暴にそのフードを剥ぎ取った。
「な、なにをするのですか! わたくしは伝承の女神に仕える者。異性の前でそのフードを取り去るなんて!」
「ふむ、そなたが黒の神子か。顔は美しいが、どうやら口の聞き方を知らんと見える。よもや邪教に染まってはおるまいな?」
そう言いながらにその男は、黒の神子と呼んだその顎に、手を添え正面を向かせる。
――リーリカ!?
恥辱に耐えるように噛みしめた小さな口、それでも相手の心を射抜くような鋭い黒い瞳。
ただ違うところがあるとすれば、その艶やかな黒髪が非常に長い事だった。
「どれ、邪教の徒と姦通しておらんか、儂がじきじきに調べてやろう」
「な、なにをなさいますか!」
うすら笑いを浮かべた醜い顔が、その顔を、首を、そして胸部の膨らみを、そしてはだけた裾に見えるその脚を、ついにはその女性の中心を、汚し尽くすように視線を這わせては、更に顔を醜く歪ませるのだった。
その様子を私は見せられながら、心のどこかで、まるでリーリカがそうされているかのような錯覚を受け、ただ怒りを燃え上がらせていた。振り下ろす手があったなら――そう、思念体となって虚空に浮かぶ私には、それすら叶わず、その様をただ静かに傍観するしかできないのだ。
そしてごつごつとしたその手が、黒の神子の胸を掴もうとした、その時だった。
「お前たち! そこでなにをしている! いくら帝都の大臣であろうと、そのような真似が許されぬことを弁えよ」
駆け付けた数名の衛兵は、この街を守る騎士なのだろう。
「お前は白の聖女様の安否を」
「はっ心得ました」
駆け付けた騎士が、同僚とおぼしき仲間にそう言うと、大臣だというその醜い男は忌々しそうな顔をして
「なんだと? 田舎騎士ごときが儂に指図をするだと? わしの行いこそが法。儂が邪悪といえば、この者は既に邪悪に落ちたものなのだ。現に見よ、街の者達も異があるならば、とっくに温情を願い出ている事だろう。それが出ないという事は、やましきことありと認めているという事だろう?」
「街中で武器を掲げ、市井の民まで脅すとは、皇帝陛下の名を穢すにも程があるぞ!」
「馬鹿な奴だ。だからお前のような阿呆は長生き出来んと、なぜわからんか?」
まるでそれが合図だったかのように、大臣の狼藉を咎めようとしたその若者に三つの影が三方から飛び掛かり……
「ほう? 阿呆といえどその血は赤いらしい。しかしどうだ?三本の槍で串刺しにされた気分は? お前は皇帝陛下への謀反を企てたものとして、儂がそれを未然に防ぐために殺されたことになるのだ。」
ぼこ、ぼこ。っと、何かを言おうとする彼が、その声を発しようとする度に、声の代わりに出てくるのは、赤く濁った夥しいまでの血だった。
「アルフレッドさん!! ああ、なんてことを……」
呆然となった黒の神子なんて、一切気にも留めずにその醜き大臣はといえば
「中に入った者も謀反人の仲間だ。一人残らず殺せ」
「「「はっ」」」
串刺しにした槍もそのままに、腰の剣を抜刀して建物に入っていくと、しばらくして響く剣戟の音と共に、数名が飛び出してきた。
「イリス! それにアル!? 嘘、何よコレ。一体何が起きたというの? なんでみんなは何も言わずに見ているの!?」
出てきたのは真っ白な髪の美しい女性だった。
その瞳は澄んだ緋色で、とても美しく、優しそうな女性。
でも、その赤い瞳は周囲に立ち尽くす、人々を見回して、目を合わすまいと伏せる人々をみると、ついには茫然と立ち尽くしてしまった。
「ふん、お前が白き聖女か。お前もあとでしっかり邪教の徒と姦通していないか調べてやる。だから今は眠ってろ」
背後から兵士がその細い首に手をかけて、締め上げるが、茫然自失となった彼女は抵抗する間もなく、その意識を刈り取られたようだ。
「ああ、マリスまで……一体あの子が何をしたというのですか!」
「何をしただと? お前たち二人はその身で人を惑わし、邪教の徒と姦通していた淫乱に溺れた魔女なのだ。それだけで十分な理由だろう」
その言葉に、もはや吐き気すら覚えそうな怒りを覚え、それでも目を背けることを許されない私は、大臣の伸びた手が黒の神子の服を引き裂いたところで、真っ白な光に包まれ――――目を覚ました。
「ハァッ……ハアッ……うう――――」
「エリス様! 大丈夫ですか? お気を確かに持ってください」
いまだ混濁する意識はそれが悪夢の中かあるいは現に戻ってきたかも判らずに、ただ目の前に座り私を抱きかかえるリーリカを認めると、一気に神経が焼き切れたかのように、彼女の柔らかい胸の中に落ちていった。
――私が失神していたのはほんの数分のことらしい。
うなされる私に気が付いて、なんとかリーリカは私を起こそうとしたそうだけど、なかなか起きず、ただうわ言の様に、リーリカの名を口にしていたらしかった。
冷たく張り付く薄衣は、まるでそれが嫌悪感というベールのようで、一刻も早く脱ぎ去ってしまいたい衝動はあるものの、私はいまだリーリカにしがみつき、その手を離すと再びあの悪夢に落ちてしまいそうな不安に苛まれ動けずにいた。
「エリスお嬢様、お水と着替えをお持ちいたしました」
「ありがとう、リップルさん」
私たちの異変に隣の部屋で寝ていたリップルさんも気が付いて、こうして着替えと水を用意してくれている。
「さあ、エリス様。まずはその汗を拭いてしまいましょう」
言われるままにずっしりと重くなった薄衣を脱ぎ捨てると、リップルさんは優しく汗を拭ってくれた。
そうしてる間にも、私はリーリカの身体をしっかりと抱きしめながら。
波のように押し寄せる悪夢の残滓から、必死に逃げるように震えていたのだった。
一体あれは、なんなのよ?




