無自覚なマスコット
こんにちは。
味醂です
気が付けばエルフ 第8話公開です。
無自覚なマスコット
人の感受性というものは、往々にして気まぐれである。
その時のちょっとした心境の変化や、個々の価値観の違いにより同じものをみたとしても、そこから感じ取る印象や感想は、十人十色どころか千差万別だろう。
感受性とはその周囲の物の影響を強く受けるものである。
『広告塔』という言葉は誰しも耳にしたことがあると思う。
この場合は代名詞としての意味合いだが、近しいものとしてマスコットなどという言葉もよく使われる。
たとえば近年増加の一途とたどるゆるキャラだったり、イメージキャラといったものを指すことが多いと思う。
元来、チラシや出版物への掲載、看板などの静的媒体だったものが、次第にイメージ・連想力に頼った動的な広告手法へと変化を遂げたのは、ほかならぬその効果が高い実績に裏付けられての理由であったりする。
とある人がこんなことを言った事がある。
曰く 『なにもすべての要素を詰め込むべきが最善とは限らない。個人の自由な発想と、想像にこそ、次なる話題を生むための活力は宿るのだ』
人は伏せられた情報こそ知りたがり、勝手に想像する。
という事なのだが、それらを意図的に操りながら人心を誘導することに長けたものが居るという事は心の隅に置いておきたいものである。
◇ ◇ ◇
ふわり。
鼻孔をくすぐる甘い香りが心地よかった。
目を開けるとすぐそこに端正な顔立ちのまま寝ているサラの顔がある。
スッキリと通った鼻筋、切れの良い少し上がった眼尻に長い睫毛。
肌は肌理細かに整っており、思いのほか日に灼けていない。
スヤスヤと眠るその姿は、起きている時と違いより愛らしく見えた。
いつもの口調からはあまり想像できないが出自は案外いいとこのお嬢様なのかもしれない。
昨夜二人してブティック?の店主ベロニカの着せ替え人形にされたとき、悪ノリが高じてドレスなども着させられていたのだが、私にはどうやって着ればよいのかわからないようなドレスも随分と着慣れている気がしたから余計にそう感じるのだろう。
ベロニカさんも思うところはあったようで、そのためかより一層目を輝かせ、私たちにとある話を持ち掛けたのだ。
彼女の持ち掛けた話とは
1:私とサラに衣服を破格で提供する代わりに自分の店の服という事を宣伝してほしいこと。
2:私が身に着けていたショーツとブラジャーの開発に協力してほしいということ。
の二つだった。
正直1については非常に助かる話だったわけで、当初私が買おうとした服数点だけで軽く2銀貨が飛んで消えてしまうほどの値段だったことを思うとほとんど捨て値で手に入れられ、保管が大変ならお店をクローゼット化してもよいとの事だったので渡りに船状態だったのだ。
が、問題は2のほう。
思い出すだけでも恥ずかしいのだが……採寸の為に服を脱いで下着姿になった私を見るや否や、目を見開いて剥ぎ取られてしまったのだった。
そして細部まで存分に見分された後、こんな画期的な下着を作らないのは天命に背くも同じだとかなんとか息巻いて、私に向かって熱く語りだしたのだった。
もっとも彼女がそこまでショーツに感動していたのも当然で、なにでこの世界の下着ときたら前の世界でいうズロースなのだが、ゴムというものがないので伸縮性もなく、非常に窮屈かつゴワゴワしていてお世辞にも履き心地がいいとは言えなかったからだ。
サラが前に下着は穿いていないと言ってたことも納得できてしまったし、実際にそういう女性も多いらしい。
ゴムの代用品については私がおもむろに背嚢からグランドマウスの肝を取り出し、短剣で細く切り裂いて一度強く伸ばしたものを渡したところ、あっという間に試作品を作ってくれたのは嬉しい誤算だったりしたけれど、脱ぎたての、それも洗濯もしていない下着を見分されるなんて大失態は、トラウマになりかねないほどのショックだったのは間違いない。
ちなみにサラも興味をもったのか試作品を着用している。
その後は私も半分自棄でブラについては既にカップが見合ってない事と、調節機構や芯材について説明したところ、数日のうちには試作してみるとのことで、色々あったものの少しは快適な下着を確保できる目途が立ったことだけは素直に喜びたいところだった。
むしろそうでも思わないと、私の乙女心は色々と再起不能なのだ。
……まさか作成した下着まで見せびらかして宣伝しろなんてことないよね??
◇ ◇ ◇
工房の小さな窓から薄日が差してくる頃、私はついに試作品の改良型を完成させた。
『いつまでも美しい体型を。』
これは世の女性というものの共通の希望だと私は考えている。
幼いころから被服作成に縁のあった私はいつのころからか自分でデザインする悦びに目覚めていた。
幸い上層階級へいくつものお得意様を抱えていた私の実家はそれなりに裕福で、成人するとともに小さな洋服屋を出店することに成功した。
以来私は美しくあるための洋服を、着る者の個性を生かすための洋服を作ることに力を注ぎ今ではそれなりの規模の店にまで育てることに成功した。
しかし、5年ほどまえだろうか?洋服作りに人生を賭けた私も気が付けば年を取り次第に体型が崩れ出したのだ。来年の春を迎えれば30歳、年齢に合わせた悩みを考慮した服装はそれなりに喜ばれはしたものの、このところ行き詰まりを感じていたのだった。
だというのに昨夜、私にとって希望の光が突如差し込んだ。
閉店間際の夕暮れにやってきた2名の冒険者。
ひとりは清廉で美しく、柔らかな曲線の集大成。芸術品かと見間違えるような銀髪の森の妖精。
もうひとりは生きる力に満ち溢れつつも、クールさを伴うような美麗な女剣士。
見た瞬間に衝撃が走ったのだ。
この二人が私のデザインした服を着て歩けば、その美しさはより一層輝くだろうという自信があった。
服を探していたらしい愛らしいエルフはエリス、美麗な女剣士はサラと名乗った。
この二人を逃がしてはいけない。
そう直感した私は直ちに行動を起こす。
店を閉め、貸し切り状態にして、エリスに似合いそうな服をかたっぱしから集めてかかる。
もしこの子が望むなら美の化身というあなたの奴隷になることだって厭わない、そんな気持ちになってしまった。
採寸の為に洋服を脱いだ彼女の身体に思わず見入ってしまう。いや魅せられてしまった。
太腿まで届く美しい髪、細く長い首、透き通るような肌、豊かな双丘、柔らかな曲線を描く腰。
そして見たこともない下着に目を奪われる。
なんだこれ?どうして今まで思い至らなかったのか。
自分の力の無さが口惜しい。
口の中に猛烈な渇きを覚えつつ、彼女から下着を拝借した。
羞恥に震えるエリスもまた美しく、いつまでも見ていたい衝動を受けるものの、今はしなければいけない事が有る。
エリスがブラジャーと呼ぶ乳袋はどうやら乳房を正しい位置に支え上げ、同時に乳首を保護できるようになっていた。カップと呼ばれるその部分の外周には芯材が入っており、留め具の位置で多少のサイズの調整を可能にされていた。
基部は全体的に伸縮があり、どのような素材を使用しているのかが気になった。
あとから聞くところいくつかのサイズのカップとパッドなるものを入れることで、あまり胸の豊かでない者にも着用する者に見合った美しいバストラインが完成するのだという。
これはきっと神々からの贈り物、であるに違いない。
そして更に注目すべきはエリスがショーツと呼んでいた下着だ。
臀部のラインを美しく保ちつつ、女性のデリケートな部分をそっと柔らかく保護する。
耐久性を上げるような工夫も見て取れて、私は思わず唸ってしまった。
こちらにも使用されている、より伸縮性に富む素材をどうするかを悩んでいると、なんとエリスはグランドマウスの肝を取り出し目の前で割くと、力一杯に引き延ばした。
震える手でソレを受け取ると、これはイケると確信した。
その後試作品をすぐに作るとサラのほうも興味をもった。
これはチャンスとばかりに暖めていた洋服のモデルを依頼すると、二人は快く引き受けてくれたのだった。
この改良した試作品が引き立つ洋服も新たに考えなければ。
徹夜明けという状態だというのに、私はこれからの事を考えると歓喜に打ち震えるのだった。
こうして私が後に、この世界において、ブランドの先駆けとなることを、まだ誰も知らない。
こんにちは。
味醂です。
気が付けばエルフ 第8話をお読み頂きありがとうございます。
一気に動き出した物語ですが、この辺りから少しばかり登場する人が増えてきます。
第1話から読んでいただいてる方も、そうでないかたも(是非読んでください!)
楽しく読んでいただけるように頑張って執筆していきたいと思っています。
基本的にはチャプターごとのキリは付けて話数を切っておりますので多少前後しても大丈夫なはずです。
元々話のなかで時間軸がかなり入れ替わっていますので(例えばサラとの出会いについてもまだ書いていませんがこちらを書くのはまだまだ先になりそうな感じです)
さて本編中でマスコット・イメージガールとして目を付けられた二人ですが、この世界において広告するということは大変なのです。
まずメディアが非常に限られます。
特に大量印刷の技術が無いために、商品広告のようなものはほとんどありません。
そしてこの世界のメディアといえば吟遊詩人ですが彼らは喜劇、悲劇、英雄譚などを好んで歌にしますので、特定の店舗の宣伝を請け負うことはまずありません。
もしそのような吟遊詩人がいたら、ましかしたらイメージソングなんてものもできるのかも知れませんね。
それではまた、次回9話でお会いしましょう。
9話の執筆状況はおよそ現在8割程度です。少々長めの話になるかもしれません。
そして次回はエリスとサラにとってとても重要な人物が初登場します。
一体どんな人物なのでしょうかね?