それぞれの午後2
こんにちは。
味醂です。
気が付けばエルフ第12話を公開いたします。
分割話なので短いですがお楽しみください。
それぞれの午後2
誰かが言いました。『追放してしまえ』と。
別の誰かは言いました。『捉えて幽閉するべきだ』と。
『なぜみんなはそうやって外部の者を嫌うの?』若いエルフの娘が叫びます。
『われらエルフの平和な里に、この者は厄災を招くかもしれないのだ』
長老の視線の先には一人の青年がその身体をよこたえているのでした。
『それに、招かざる客が来たときは里の者でその処遇を決めねばならない掟。そのことを忘れたわけではあるまい?』
別の長老の鋭い視線が若いエルフの娘に向けられます。
『だからといっていきなり毒を盛るなんて!』
『毒だなんて野蛮なものではない、ただ眠り薬で眠ってもらっただけだ』
『それが毒を盛ったのと同じだという事に、なぜみんなは気が付かないの!』
『里から離れた若木に外の世界こそ毒そのものであったらしい、随分と毒されてしまったようだな』
恐ろしく冷たい目が周囲から向けられます。
若いエルフの娘はとてもかなしい気持ちになりました。
なぜなら青年をこの里に連れてきたのは、ほかならぬ彼女だったからです。
……
ソファーに深く腰を掛け、ずっしりとした本を抱えるようにして私は朗読をしていた。
「と、この話はここで終わっていますね。まだ続きは有りそうですけれど、次のページからはまた違う話のようです」
一つの章を読み終えるとロゼッタさんに言う。
「わかったわ、ちょっと待って頂戴ね」
彼女はテーブルの上の羊皮紙にスラスラと今朗読した内容を書き綴っている様だった。
それにしても、随分とこの本の中のエルフは排他的な性格のようだ。
その本に書かれている話は、ある程度古いものから順番に書かれているらしい。
多分同じ話でも、連続して書かれているとは限らないので、そういった話には注釈を入れておいて、とりあえず一度順番に翻訳していくことにしたのだ。
私は本を朗読するだけだけど、ロゼッタさんはその内容を書き綴っているのだ、これは大変な作業である。
最初は執事さんが書き写す役を申し出ていたのだけど、ロゼッタさんは自分の手で聞いたまま書くんだといって譲らなかった。
「それにしても奥様、どしてまたエルフのお話の本なんて翻訳しようと思ったのですか?」
この世界では本は非常に高価な筈だ。
私がなじみ深い木繊維などから作られた用紙もあるにはあるが、耐久性に難がある上に、非常に高価だ。
なので羊皮紙が一般的には使われるがそれだって決して安いものではない。
それを手書きで綴って本にしてあるとなれば、とんでもない値段になってしまう。
そんな私の問いに、ロゼッタさんは手を止めて
「そうね、ほんとに些細な偶然だったのだけれど、この本はね私たちが結婚したときに、主人が私に贈ってくれた本なのよ。可笑しいわよね?だって読めもしない本を贈るだなんて」
「でも、それだけじゃないの。なんでもその時、私と主人が出会う少し前のこと。主人は旅先で一人のエルフを偶然に助けることになったらしいの。そうしたら、そのエルフはこう言ったそうよ」
『もうじきあなたは一人の女性と出会うことになり、恋に落ちるでしょう。そしてその恋が成就されたときに、この本を贈られるのがよいでしょう。あなたとまだ見ぬ彼女にとって、それは必要な事なのです』
「そんな事を言われたんですって。でも主人はその後すぐに出会った私と恋に落ちて確信したようなの。それでそのエルフの言うように、私にこの本を贈ってくれたのだけど、私には読むこともできないし、さっぱり意味が分からなかったものよ」
思い出すように語る彼女の口元にはうっすらと笑みがこぼれている。
「そうですか、なんか不思議なお話ですね」
ぶっちゃけ不思議というか眉唾な話にも思えるけれど、そこは敢えて突っ込んではいけないだろうと私は思った。
それになんかそういうのって、ちょっとロマンティックで素敵よね。
「そう。それからもう随分と時間が経ってしまったけれど、今日貴女をみたときに、それまで忘れていたこの本のことを不意に思い出したのよ」
表情をころころと変えながらも昔語りをしてくれるロゼッタさんの為に私も頑張ってそのお手伝いをしようと思うのだった。
不意にテラスのほうに目をやると、サラとミリアちゃんが並んでこちらにやってくるところだった。
「奥様、お嬢様も休憩のようですし、奥様も少し休憩いたしましょう?」
「そうね、リーリカ、お茶の用意をして頂戴。あと冷たく絞ったタオルも用意してさしあげて」
ロゼッタさんが傍にい控えていたリーリカさんに指示を出すと
「かしこまりました」
とスルスルと足音も立てずにリーリカさんが部屋を後にする。
私はテラスに歩きながら訓練を終えて戻ってくる二人を迎える。
「お疲れ様」
そう言いながらテラスのドアを開けると、午後の柔らかい風が部屋の中に吹き込んでくるのだった。
◇ ◇ ◇
「二人組の美人が利用しているってのはこの宿か?」
戦場のような騒ぎの食堂がやっと静かになったころ、カウンターの中で宿の主人が寛いでいるところにその男はやってきた。
「おまえさんが誰を探してるかはわからんが、多分あってるだろうよ」
一体こいつで何人目だったろうか?
「一泊いくらだ?」
主人の横柄な物言いを気にした様子もなく、横柄に聞き返す男。
「90小銅貨だ。エールが一杯ついてな」
宿の主人の言葉を受けて男は懐から銅貨を一枚投げてよこす。
「釣りはいい。一部屋頼む」
「二階の一番手前の部屋だ」
主人はカウンターの中から鍵を取り出すとカウンターの上に置いた。
「世話になる」
男は鍵を受け取ると自分の部屋へと上がっていった。
サラとエリスがここ二日ほど泊ったこの『小鳥の囀り亭』は若い冒険者の男たちの中でちょっとした噂になっていた。
冒険者の広場から一本奥の道にあるこの宿は空き室があることの方が多かったというのに昨日は久しぶりの満室となったのだ。
そして今日は早い時間からどんどんと部屋が売れるので、調子にのった店主は臨時に宿泊料を値上げしていた。
とんだ金の卵もいたもんだ。
そんなことを主人が考えているとまた一人の男が入ってくる。
「噂の宿はここかい?」
「ああ、1泊1銅貨前金だ」
男は少したじろいだものの懐から銅貨を1枚差し出した。
「3階の一番奥の部屋だ」
鍵を受け取り男は階段を上がっていく。
そんな様子をあきれ顔でみていた女将さんはこんなことを言ったのだった。
「おまえさん、あまりスケベ根性出してると知らないよ?せいぜい明日の朝までにうまい言い訳を考えておくんだね」
そういって奥に引っ込んでしまった。
儲かっているのに何を言っているのだろう?
主人がその意味に気が付いたのはそれから数時間後であった。
なにせ『小鳥の囀亭』はさっきの男で満室になっていたのだから。
こんにちは。
味醂です。
気が付けばエルフ 第12話をお読みいただきましてありがとうございます。
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さて、前回に続いて今回の話ですが、本編中でベロニカがエリスの朗読した物語を書きとっているのですが自筆で文章を書くという事にすっかりと不慣れになってしまった私にはあまり想像したくない作業です。
私が小説を書き始めたころは、PCではなく原稿用紙に書いていたのですが、校正作業をしてるうちに段々と見にくくなり、ほどなくPCでで書くようになりました。
当初は横書きの入力に違和感を感じていたものの、今となってはすっかり慣れてしまいました、適応性ってすごいですね。
それではまた次回、気が付けばエルフ13話でお会いしましょう。




