第1章6「銀世界と白い花の少女」
ーー空気が澄んでいる。なにか、柔らかく、肌に触れる冷たい場所に身体を置いている気がする。
ーー「ーぉい、おぉい、 おおーぉい!起きろ!この寝ぼすけ!」
「うわっ!」
「やぁっと起きたわね。たく、始まってもう五分は立ってるっていうのに、緊張感とかはあったりしないのかしら。」
「ーーは?」
ーーいきなりの怒声に耳が劈くような感覚と、いきなりの強制的な目覚め。
耳元で黄色い声を発した失礼極まりないその人物、おそらく女性なのだろう声の主はそういった。
ーー目が次第に慣れ、辺りを見回す余裕の出来るようになったタクト。
目の前に広がったその風景は、明らかに自分たちの部屋の中ではない。
ーーそこに広がっていたのは・・・
目を疑うほどの銀色の世界。
見上げる空には無限に点する天の小石の星の大群。一際大きい月は三日月に欠け、その広大さは息を呑むほどの絶景。
漆黒に広がる夜空は薄く青みがかっていた。
無数の星々とその存在を夜に示さんばかりの銀に輝き、地上を照らしてくれる月。その夜空には銀閃を尾に飛び交う流星が降っていた。
まるで、プラネタリウムを見てるようなその空の広大さに、タクトは息をすることを忘れ、目を天へと固定したままにいたーー
「コラ!そろそろ動かないと、時間が来ちゃうでしょ。今回は夜からの始点だし、急がないとなんの目的も果たせずに終わっちゃうわよ。」
天を目を点にして見上げるタクトの隣でまたもや急かすように声を走らせる女性。
その声は大きくも荒々しくはなく、なんかこう、優しいお姉さんのような柔らかい声だった。
「あの、急に目覚めたらこの絶景、そして隣には見たこともない、声も聴いたこともない人がいて、これ、どうなってんの?」
明らかに現実とはかけ離れた世界と見ず知らずの一人の女性の存在に困惑するタクト。その反応には誰も咎めることは出来ない。
「ーーはあ?ま、まさかあなた、ビ、ビギナー!?」
「ビ、ビギナー?」
はて、なんのことか。というような御間抜けな反応での対応をするタクト。
女性は顔を手で覆い、落胆の色を隠せないでいた。
「な、なるほど。ならいいわ。さっきのお寝坊は許してあげる。あたし、こう見えても優しいんだから。」
なんとか許してもらった。はて、なぜ許してもらった?
そんなことを頭には考えつつ、彼女へと姿勢を向き直すタクト。
そんなタクトに歩み寄り、手を差しのべる女性、
「初めまして。あたしの名前は、カスミ・ジプソフィラよ。カスミって呼んで。あなたは?」
「あ、俺の名前はタクト。」
「タクト、ね。よろしく。」
互いの名を名乗り、差し伸べられた手に手を掛けるタクト。身体を立ち上がらせ、再び女性と、カスミと名乗る女性と向き合う。
カスミと名乗るその女性は、歳は十六、七ほどだろうか。妹サヤと同じくらいの見た目と顔立ちだった。
目は凛としていて、青空のような淡いスカイブルーが輝く瞳を持っていた。睫毛が長く、なかなかの美人だ。
髪は、辺り一面雪原の銀世界に紛れるかのような白く輝く白髪。きめ細かで、真っ白なシルクの布のをまとっているかのようだ。
「あの、さっきと同じ感覚なのは変わらないんだ。ここがいったいどういうところなのか教えてくれないかな。」
頬を指で擦りながら申し訳なさそうに問うタクト。
「そうね、その感じだと、本当に正真正銘のビギっちゃんね。ーーいいわ、時間は少ないけど、あなたの今後にも関わるし、ちゃんとこの世界のことを話しておきましょう。」
「あぁ、ありがとう。ーーへ、へっくし!」
「あら、ごめんなさい。やっぱり寒かったかしら。」
「あぁ、ちょっとね。流石にこんな綺麗なところでも、寝巻きの長袖だけじゃちょっと厳しいみたいだ。」
嚔を飛ばし、寒さに少し肩を震わせるタクト。
無理もない、いつもの部屋で寝る寝巻きのまま変な世界に放たれていたのだから。
しかし、そんなタクトの前にいるカスミは、まるでこの世界の空気を涼んでいるかのようだ。
その服装は全体を碧に染めたミニスカートにフリルが付いており、
肩は少し出ているのはなにか妖艶な感じが出ている。その姿はまるでどこかの王室のお姫様のようだ。
「ちょっと待ってね、今変えるから。」
「ーーへ?、変える?」
カスミは静かに目を閉じ、ふと、地面に向かって手を伸ばす。
手のひらを翳し、指先を綺麗に閉じ、精神を集中させる。
ーー突如、カスミとタクトの間に白く輝く魔法陣が出現、そして徐々に速度を上げながら拡大。
それは、大きな大きな雪の結晶の形をした魔法陣だった。
神々しく光を放ちながら、二人を完全に包囲し、まだ拡大していく。
そして、半径10m程に広がったところで拡大は収まり、輝きを放ちながら停滞。
「ーーっ、なんだ、これ。ーーはは、すげぇ。すげぇ!」
「えへへ、あなた面白いわね。こんな魔法陣で感動するなんて、なんか照れるじゃない。」
「この魔法陣はなんの効力があるんだ?」
「今使っている魔法陣は、『更衣』の陣を練ったものよ。衣がえ、とも言うわね。暖かい風景に変えるわ。」
「そ、そんなことができるのかよ。」
ラノベで思い描いたようなファンタジーが今目の前で起きていることに興奮抑えきれないタクト。
まるで、夢を見てるようだ。
「ーーーー」
カスミは再び瞑目し、掌に全神経を集中させる。
ーーすると、銀世界に乱れが生じる。いや、乱れというよりは、光が景色を包んでいく。
そして、魔法陣の色が変化していく。
白から、春の草原を創造する緑の魔法陣へと変化。そしてーー、
「ソウルが溜まったわ!眩しいから目を瞑ってね。」
「え、え、え、なに?なんてー?」
見とれるあまり、カスミの声に反応が遅れたタクト。
ーー次の瞬間、緑の光が世界を包み、カスミとタクトの二人を魔法陣が花の蕾のように包む。
「ーーな、ちょっと、眩し、、、」
銀世界の中心に緑の魔法陣で出来た神秘的な花の蕾。
そして、その蕾が勢いよく外側に弾けるように開花する。
「ーーーー」
「ーーーー」
ーー世界が、色を変えた。
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「ーーぅ、どうなった、んだ?」
「もう目を開けていいよ。」
カスミの声が聴こえる。
「ーーん、、、!? な、うそぉ!」
「ふふ、驚いてくれてどうもありがとう。春のいい匂いがする野原の景色をイメージしたわ。」
先程までの雪原の銀世界が一変、そよそよと暖かい春の風が吹き抜ける緑の草原が広がっていた。
星の広がる銀世界もそうだが、この春の風が吹く緑の世界もまた素晴らしい景色だ。
「まさか、世界全体がこの魔法で変わってたりするのか?」
「そんなことできないわよ。私ができる範囲は極々僅かな範囲よ。そうね、村一つの面積なら頑張って出来るわよ」
陽気にピースサインを額と頬に付けながら、人並外れすぎな言葉を発するカスミ。
「ってことは、ここはさっきの場所と同じ所ってことなのか?」
「そうよ。ビギっちゃんの割にはなかなか魔法の効力も状況の把握の物わかりもいいわね。」
「これでもラノベの冊数は馬鹿にならないぐらい読んできたからな。そこんところは知識がある方だとは思うけど。」
「らのべ?って言うのがなにか分からないけど、ふむ、なかなか後先期待の持てる新人さんね。改めてよろしくね、タクト。」
「あぁ、こちらこそよろしくな。カスミさん。」
「さんは必要ないわ。カスミってよんで。」
「わかった。よろしくなカスミ。」
再び名乗り、握手を交わすタクトとカスミ。
銀世界やら、魔法で景色を変えたこの少女やら、やはりこの世界は普通ではないらしい。
ーーいわゆる異世界なのか。
「さぁ、色々済ませたことだし、この世界について話すわね。」
「ようやくだなぁ。」
この世界に来て15分程度か。
ようやく物語が始まるかのような展開が訪れた。
ーー銀世界に急に身体が転移された。
ーー出会ったのは景色を変える魔法を使った、未知数の多く残る真っ白な髪とスカイブルーの瞳を持った美少女。
「じゃあまずこの世界だけど、」
ーーここから始まってしまうのか、タクトの道。
「うんうん、ここは?」
ーーさっきまで自室のベッドの下で寝ていた。
ーーいつもの変わらない日常が、、
「夢追人の住む世界よ。」
ーー今、変わろうとしていた。
夢追人の紡ぐ世界、
はっじまーりまーす(^o^)/