四日目.9 土兎
「土魔法で作った物を水魔法で動かすなんてな、思いもしなかった」
テオバルドさんも以前は像を動かそうと考えた事があったそうだ。しかし、土魔法で動かそうとすると、徐々に形が崩れてしまい、常に魔力を使い続ける事になり、形状の維持が難しいと言っていた。
僕達はさっきまでの魔法の練習で、土の浴槽に水を入れると少しずつ柔らかくなり、それが粘土みたいだと思った。だから水そのものを注ぐのではなく、水分を含ませた土として扱えば良いんじゃないかと思い付いた。マコが同じように思ったのは驚いたけど、同じ魔法しか覚えてないから、答えも同じになるのかも知れない。
その僕達が作ったリズにはセベロとレナトが、ベスにはノエリアとベルタが乗っている。
ノエリアには大きいドッグは怖くないけど、大きいキャットは怖いと言われてしまった。
「お兄ちゃん、なんで虎さんはリズなの?」
「エリザベスだからだよ」
「エリザベス女王様?」
マコは首を傾げていて、何を言っているのか伝わっていないみたいだ。
「言ってなかった? ベスはエリザベスって名前なんだよ。ベスとリズはどちらもエリザベスの愛称。だから、どっちもエリザベスだよ」
「そうなんだ。でも、エリザベス女王様に命令出来るのって、なんだかわたし達、偉い人みたいだね」
「それは不敬だからやめよう。女王様って付けるのは禁止」
わかったと頷いてくれたのは良いけど、まさかそういう捉えられ方をするとは思わなかった。
ベスの名前は父さんが女優のエリザベスから付けると決めて、僕がベスと呼ぶ事にした。父さんが挙げた愛称の候補には、ベス以外にもリズやベティ、イライザなんてものもあったけど、呼びやすいベスを選んだ。その中でもベスとリズは最後まで悩んだから、今回はリズはすぐに決める事が出来た。
「皆さん、遊んでいないで、採集に向かいますよ」
ミレイア先生が呆れて、ようやく声をかけた。移動中とはいえ、学舎の時間だ。多少の会話はお目溢しあっても、さすがにこれ以上は駄目らしい。テオバルドさんも邪魔をしてしまったと謝っている。
僕としては話の流れとは言え、土魔法を覚えられたのは嬉しい。お風呂には使えないけど、土の動物に乗ることが出来るので、少し離れた所に移動するのも不自由しないで済みそうだ。
僕達は遅れた時間を取り戻すため、僕とノエリアがリズに、マコとベルタがベスに乗って先行する事になった。先に行って荷物を置ける場所を用意しておく必要があるらしい。
「薬草地ですから、草が生えやすいですし、食事もしますから、平坦な場所が必要なんです」
最初はマコとノエリアがベスに乗って先行して貰おうと思ったけれど、ベルタがマコと一緒がいいと言って、ノエリアが我慢する事になった。
ノエリアがリズを怖がっていたのは初めだけで、乗っているうちにベスと変わらないと思ってくれたらしく、さっきから説明しながら道案内をしてくれる。
リズとベスは魔力で動いているので、僕達が動作をイメージするとその通り走ってくれる。普通の動物よりも無茶な事も出来るみたいで、木々を抜けて高速で走る事もできた。まるで小回りの効くチーターだ。
あっという間に目的地に到着すると、聞いていた通り、人の手が入った拓けた場所で、背の低い木々が大きな木の侵入を防いでいるような、そんな場所だった。
リズやベスの乗り心地は悪くなかったけれど、降りると足元がふらふらする。まるで船から降りたばかりのようだ。
「お兄様、ここに荷物を置きましょう」
ノエリアが指示した場所は何度も草が抜かれたのか、土が見えていて水気も少なそうだ。
新しい草が生えていないので、何日か前に人が来ていたらしい。皆が同じ場所を使うと、地面が硬くなって作業するのが安定するので、わたし達もここを使いましょうと言っていた。
「荷物はこの場所に置いていいの?」
「はい。置いて下さって結構ですよ?」
汚れに頓着しないのか、ノエリアもベルタも地面に座り込んでいる。運動服を着ているようなものだと思えば良いのかな?
「ノエリアちゃん、ここの土、少し盛り上げても良いかな?」
ノエリアの許可を取ると、マコは荷物の置き場を土壌操作で盛り上げて行く。土壁にすると魔力が途切れたら崩れてしまうからだろう。
膝ぐらいまで土を盛ると、荷物が置けるように平坦に均し、簡単なテーブルみたいになった。土の上に荷物を置くというのは変わらないけど、人工物の上に置くと安心してしまうのは何故だか不思議な気分だ。
「マコ姉様、ありがとうございます!」
「ノエリア達はこう言うテーブルは作らないの?」
「ここに来るのは薬師ばかりですし、その……魔法が得意な方は多くないのです」
荷物を置き直し、マコが作ったテーブルに座ると、薬師の現状を教えてくれた。
ノエリアは学舎に来てからまだ数ヶ月。治癒魔法を優先的に取得し、カミラさんを師事しているけれど、他の魔法は僕達より少し多い程度だそうだ。ノエリアは薬師を目指している中では飛び抜けて魔力はあるけれど、大人達は期待出来ないらしく、余計な魔力は使っている余裕が無いらしい。
「そんなに薬草採集って、大変なの?」
「はい、ずっとしゃがんでるので、腰が痛くなるんです……」
薬師達の一番得意な魔法は疲労回復らしい。人にかけるよりも自分に使う方が多いので、魔力が乏しくなれば家に帰れなくなると、魔力の節約は笑い事では無いらしい。
さっき僕達が教えてもらった土魔法は魔力の消費が大きいので、今のノエリアは覚えても使えないと言っていた。特に僕達が作った動く土の像は想像したく無い量だそうだ。
「ノエリアが治癒魔法使ってくれた時は、凄い魔力使ったって聞いてたけど、それよりも多いの?」
「お兄様の怪我を治した時は、四つの魔法で魔力切れでした。五つ目の魔法とあの日、私が動けたのはマコ姉様が魔力を注いでくれたからです。先生達の魔力は身体に入っても直ぐに消えますけど、マコ姉様の魔力は暫く身体に残り続けてくれたので、家に帰るまで魔力欠乏の症状がありませんでした。さっきの土魔法は大きな魔法四つ使える魔力の内、一つは使います。何かあった時に残さないといけないので、無駄遣いは出来ません……」
なるほど、ノエリアは大魔法四つ分の魔力を遣り繰りしないといけないのか。僕は魔石をマコから貰ってるから、維持は楽をさせて貰ってるけど、無かったら消費は大きいだろうな……と言う事は、消費の大きい部分を僕達が請け負えばいいんじゃないか?
「マコ――」
「ノエリアちゃんの好きな動物って、なあに?」
「わたしですか?」
ノエリアは兎が好きらしい。さっきロルダン達が狩った獲物の中にいたので、かわいそうだと思ったらしい。
マコはノエリアの頭を撫でると、腰掛けていたテーブルからぴょんと降りる。
「兎はちっちゃいから、壁を作る必要は無いよね……」
――土壌操作
モコモコと土が盛り上がり、丸みを帯びた形が造られ、小さな耳を持った土の兎が出来上がった。以前、動物園で見たネザーランド・ドワーフだ。ずんぐりしているからはっきりとわからないけれど、マコの手に乗るぐらいだから、二〇センチメートルぐらいかな?
マコはその兎の胸に一つ、額に一つずつ魔石を埋め込んだ。そのうち額の魔石の魔力を還元させると、ノエリアに土の兎をプレゼントと言って手渡した。
「頂いても良いのですか?」
「うん、お兄ちゃんにバッグを作ってくれたお礼だよ。胸の魔石にはわたしの魔力がギリギリまで入れてあるけど、額の魔石は空っぽにしてあるから、ノエリアちゃんの魔力を注いでね。そうすれば使う魔力は少なくて済むよね?」
ノエリアも気が付いたようで、早速魔力を注ぎ込む。そして――
――操水
土の兎は固まっていたのが嘘のようにプルプルと首を震わせると、後ろ脚で立ち、小さな前脚を上げノエリアの手に鼻先を擦りつけている。
「可愛い! マコ姉様ありがとうございます!」
ノエリアは兎を両手に乗せ、目の高さに合わせたり、左右から見たりと、とても興奮している。
その見られている兎は、ノエリアの目を追いかけているようで、手の上で首を傾げ、体ごと向きを変える姿が可愛らしい。
「お兄様! マコ姉様から頂いたんです! この子可愛いでしょう!」
「ノエリアにすごく懐いて可愛いね。名前はもう考えた?」
兎は餌を探すように鼻をヒクヒクさせ、辺りをキョロキョロと見回している。動きが凄く滑らかで、イメージしただけで動かせる魔法って凄いなぁと再認識させられた。自分で使った魔法よりもノエリアの魔法の方が凄く高度な事をしているように見える。イメージがしっかりしているのは、それだけ兎のことが好きなんだろう。
「お名前……どうしたら……お兄様! この子にお名前を付けて貰えませんか?」
ノエリアの感情が移ったのか、手を近づけると前足を乗せてきた。
その仕草が小さいノエリアみたいで可愛らしい。
額にある魔石を指で撫でながら、僕だったらリアと名付けると言ったら怒られた。
「それじゃ、ベティって言うのはどうかな? ベスとリズの妹と言う感じの名前なんだけどね」
「そんなお名前、頂いても良いのですか?」
「この街にベティさんが居たら申し訳ないけどね」
「ありがとうございます! ベティ! あなたのお名前はベティです!」
ベティと名付けられた土の兎は、僕の手をペロリと舐めると、次はノエリアの指先を何度も舐めている。
マコがそれはベティが遊びたがってると言うと、ノエリアはベティを抱きかかえ離れて行った。
僕もノエリアが少し羨ましくなって、リズを呼び寄せて背中を撫でる。
皆もそろそろ集まって来る頃かな。ベティを見たセベロやレナトが驚く姿が見たい。
少し離れた所では、ノエリアがベティを連れて走り回り、ピョンピョンと飛び跳ねながら付いて来るのがとても嬉しそうだ。
「見て見て! ベルタ!」
ノエリアが立ち止まった瞬間、ヒュンッ!と風を切る音がして、ザクッ!と何かが草地に飛び込んで来た。
キャァァァァァァァァ‼︎
女の子の悲鳴が上がる!
ノエリアの声だ!
リズを走らせると、ノエリアの壁になるように大きな体を横に向けさせ、何かが飛んで来た方向に威嚇させる。僕も急いでノエリアの元に走るけれど、ベルタの方が速く、蹲るノエリアを庇うように抱き締めていた。
「ベティ! ベティ!」
隙間から見えたベティは、後ろ脚に矢を受け、その下半身は崩れていた。
魔力のお陰で上半身は動いているけれど、痙攣しているようにも見え、弱々しくて見ていられない。
ノエリアはベティをそっと地面に降ろし、魔法を掛けようとして手が止まる。ベティの崩れた下半身をどうやって直して良いのかわからないのだろう。
「誰ですかっ! こんな酷い事をするのは⁉︎」
ノエリアはもう一度ベティを掬い上げると森に向かって、悲鳴のような声を上げた。
その声がかかるのを待っていたかのように、森の中から二つの人影が姿を現した。
「……なんだ、白髪頭のラビットだったのか。どうりで小さいだと思ったわ」
彼らは森を歩くのに慣れているのか、姿を現わすまで足音が殆ど聞こえなかった。




