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異世界おこし  作者: 西哲
一週間だけの異世界旅行
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四日目.7 薬師

 それぞれが走ったり、歩いて移動を始めるけれど、僕は皆に付いていくしかない。整備されている道があるから、暫くは大丈夫だとは思うけれど……


「エミリオは目的地を知ってる?」

「お兄様! わたしが知ってます!」


 エミリオさんばかりに頼らないで下さい!と怒られた。

 ノエリアが言うには、今から薬草を育てている山麓に行くそうだ。街から歩いて四半刻ぐらい。そこなら比較的安全で、襲ってくるような獣もいないらしい。ただ、薬草を食べに来る獣はいる。体術組はその狩りが目的らしい。

 ノエリアはオリビアさんと時々来ては薬草を摘んで持ち帰っているそうだ。育てたり、狩人を雇う費用はかかるけれど、薬で病気や怪我を治す事が出来るのが何より嬉しいらしい。今回は狩りをしてくれる人がいるから助かると言っていた。

 アクアルムには薬師が何人も居て、皆で協力して薬草地を維持しているけれど、治癒魔術が発展すると、役割が減って生業を辞めてしまう人もいるらしい。領主様からの支援はあるけれど、自分達でも努力しないと続けて行くのは大変なようだ。


「でも、リョーマ様が教えて下さった薬の包みが役立てられると思います」


 今までは粉末の薬を瓶に入れて販売していたから、少ない量でも費用がかかり過ぎていたらしい。それを紙で代用すれば半額以下に出来ると考えているそうだ。勿論、他の薬師と相談して決める事になるそうだけど、個別包装にする事で安全に量を売る事が出来、単価も下げられれば生活が楽になるかもしれないと考えているらしい。


「オリビアさん達の役に立つなら、知ってもらって良かったと思います」


 でも、粗紙をそのまま使って薬を包むのはあまり良くないと思う。それに用途だ。全部同じ紙で包んだら混乱する。


「エミリオ、この街で売られている紙って色が付いているものはある?」

「種類は多くありませんが、ありますよ。ただ少し値段に差があります」

「表面がツルツルしてる紙もあるかな?」

「それは高級品です。一枚で粗紙五枚ぐらい買えますよ」


 それは思っていた以上に高い。瓶より安くと考えてるのに五十歩百歩だ。


「オリビアさん、ノエリア、エミリオ。これは出来るかどうか分からないんだけど、聞いてもらえますか?」


 オリビアさんもエミリオも、頭の上のノエリアも頷いてくれる。


「僕の知っている紙は、基本的に水を吸います。粗紙も恐らく水が付着するとゴワゴワになって形が崩れてしまうと思います。ですから、乾燥させた薬をそのまま粗紙で包装すると、粉末にした意味がなくなってしまいます。口に入れる前に、汗や水を吸った紙にくっ付いてしまいまうからです」


 オリビアさんはその事に気が付いていなかったようで、とても驚いている。

 ミスリルの粉末は重いので紙に付いても直ぐに落とせるけど、薬の方は簡単な話じゃないと思う。

 エミリオはその様子を想像しているのか、黙り込んだままだ。


「水を防ぐ対策として、油に浸す、蝋を溶かし込むと言う方法がありますが、蝋が口の中に入るのはあまり良くないと思うので、油に浸すのがいいと思います。それから、紙は出来るだけ薄い方が良いです。紙が油を含む事で、滑りやすくなって破れにくくもなります。薄いと言うことは材料も少なくて済むと言うことなので、紙の値段も少し下がるかもしれません」


 隣が静かだと思ったら、レナトが僕の言葉を紙に書き留めているようだ。

 マコはまたか、と言う顔をしてる。


「水に強い紙が出来たら、次は色分けすると便利だと思います。白い色は飲み薬、赤い色は傷薬、青い色は発作や症状が出た時に飲む薬と分けておけば、使用する時に間違いが起こり難いと思います。色分けは症状に合わせた方が良いと思うので、あくまで参考にして下さい。慌てた時は文字を読まないかもしれませんから、見た目でわかりやすい方が良いと思います。解毒薬と麻痺薬が同じ色だったら困るんじゃないかと思うんです。最後に紙の大きさです。薬師の皆が同じ色、同じ形の紙を使えば融通しやすくなると思いますし、作ってくれるところも同じ大きさだったら同じ手間なので、量をたくさん作り易くなるんじゃないかと思います」


 新しい事を始めるなら、最初からある程度決め事をしておいたほうが良いと思う。後から決めるとそれを知らない人や、忘れていたりすると折角の決め事があやふやになってしまう。出来るだけ話し合って共通の仕様が決まれば良いと思う。


「この街でどのぐらいの技術があるか分からないので、これぐらい出来たら良いなって事を話させて貰いました。もっともっと発展させて、便利に使い易くなれば薬はとても役に立つと思います。地球では千年以上使われ続けていますし、僕達も用意しています」


 ノエリアに風呂敷を渡してもらうと、中から薄い紙の袋に入った茶色い粉末、葛根湯をオリビアさんとノエリアに一つずつ渡した。

 初めて会った時に地球の薬が欲しいと言っていたから、ようやく渡す事が出来た。すっかり忘れていたという事もあるけど、渡すのには良い話題だった。


「僕達の住んでいる所では、こんな袋詰めされた薬が売られています。これは飲み薬で、身体が怠い時、熱を持った時、頭痛、肘や膝、腰、肩などが痛い時に水やぬるま湯と飲んでゆっくり症状を緩和していくものです」


 何度もひっくり返し、砂時計のように中の粉末を動かしているオリビアさん。

 ノエリアは上で何してるんだろう?


「……すごい……すごいです! お兄様! こんな袋にお薬が入っているなんて! エミリオさん! これ! これを作って下さい!」


 ノエリアは頭の上で跳ねるように体を上下に動かして危なっかしい。

 僕が注意すると、薬をエミリオに渡して両手は僕の顎で重ねて足をぶらぶらさせ始めた。危ないのに変わりはないけど、手が離れるよりはましかもしれない。

 オリビアさんはミレイア先生とテオバルドさんに袋を渡して確かめて貰っている。

 ノエリアから受け取ったエミリオもセベロやレナトに囲まれている。


「リョウさん、これは人の手で作られたものですか? どのようにしたらこんな綺麗な形に整えられるんでしょう? 紙同士が貼り付いているのに、剥がれませんよ?」

「ごめん、僕も全てのことを知ってる訳じゃないんだ。ただこれは機械――この世界にはない装置で作られてる。でも、最初は人の手で作られていたんだ。数百年かけて薄く頑丈に、色んな用途に使える物を作り、生活に役立てている。だからこの街、この世界に合った物が生まれると僕も嬉しい」

「なるほど、自分達で考えないと駄目なんですね」


 エミリオは接着されている三辺を擦って剥がれないかを確認している。

 この世界はまだ接着剤も強力なのが無いんだ。


「元は僕達が使う為に持ってきた物だから、渡して良いか神様に許可を取ってない。もしかすると消えてしまうかもしれない。そうなる前になんとかエミリオ達で考えて欲しい。うまく出来れば薬師の人達も助かると思うんだ」


 責任重大ですね。と深刻な言葉の割に、随分と楽しそうだ。

 この世界は魔法があるお陰で、凄く自由度が高い。でもその反面、自分達でしなければならない事が多く、機械に頼れず、産業革命にまで至っていない。

 自然に優しいと言えばそうだけど、僕としてはもう少し機械工業の恩恵があっても良いと思う。

 まず簡単そうな灯りだけど、魔法の光で、動力が魔力だ。魔石があるから魔力を蓄えるのは問題ない。自然エネルギーを動かすことは出来るけど、この光を物理エネルギーに転換するのが問題か。


「お兄様、また考え事してます」

「あぁ、うん。なんだかこの世界に来て考えることが増えたみたいだ」


 楽しいことですか、それとも辛いことですか?と聞いてくるけど、勿論楽しいことだ。魔力が使えて、人がそれを有益に活かして過ごしている。もっともっと色んな事が出来るだろうけど、欲張りな人が多くない。少しずつ便利になっていけば、この世界はもっと楽しくなると思う。

 ただ、この事は皆には言えない。刺激が欲しいと言われて来たけれど、この世界は僕の物じゃない。今考えていることは、きっと余計なことだ。


「神様は、この世界が停滞しているんじゃないかって心配していたけど、ここで生きている皆は色んな事を考えて、生活を良くしよう、楽しく過ごしたいと思ってるって知ったら喜んで貰えると思うよ」


 良い人ばかりじゃないですよ、とエミリオは言う。衛兵が多く、人気の職業なのはそれだけ人に頼られる事が起きているからだそうだ。

 大戦後から暫くは治安が悪く、森には一人で入れなかったらしい。それが今では巡回する大人達がいるお陰で、近隣では危険な事が減ったそうだ。ただ獣はどうしてもやって来てしまうので、狩人達は時期によって大忙しらしい。

 街の中でも危険はある。貿易が盛んだから色んな人が入ってくる。故意かそうで無いのかわからないけれど、火事が起きたり、舟が沈んでしまうこともあるそうだ。何年も前には人攫いもあったらしく、子供達が減ったり、女性が拐かされたこともあった。ルーシア様の母親もその時に亡くなったそうだ。


「レオンが僕を不審人物扱いした理由がわかった気がするよ」

「リョウさんの住んでいる所は、危険が無いのですか?」


 知らない土地に行く時は、疑われたりしないよう、その土地の人と行動するようにと言われているらしい。レオンに見つかった時、僕が一人で居たと聞いて驚いたと言っていた。


「僕達が住んでいる日本は、地球の中でも平和な所で、危険な獣とかは殆ど居ないんだ。武器も許可された人しか持てないし、揉め事があった場合は、出来るだけ話し合いで解決することになっているよ」

「それでは身を守れないんじゃないですか?」

「暴力に暴力で抗ったら、どちらにも罰が下る。問題を起こしたら制裁を加える。それが何処に逃げても何時かは捕まり、罰が何十年も続くことを考えると、自制する民族なんだ。そんな人達を他の暴力や、問題から守ってくれる衛兵みたいな人もいるのは、この街と変わらないね」

「つまり衛兵がいるから、安全だと言うことですか?」

「衛兵が居るので安心はあるけど、僕達の民族がちょっと変わってるんだと思うよ」


 エミリオは良く分かりませんと呟いているし、ノエリアも首を傾げている。

 僕も学校で習った時、初めは意味が分からなかった。


「エミリオ、この街の住人と衛兵は何人ぐらい居るんだろう?」

「そうですね……住人は三千人ぐらいで、外からの人が五百人ぐらい。衛兵は多分二百人ぐらいは居ると思います」

「多く見て、四千人に対して二百人だね。千人に対して五十人でこの街を護っているんだ」

「そうですね。少ないような気もしますけれど、それぐらいになると思います」

「僕達が住んでいる日本は、住人千人に対して衛兵は四人。そのうち街の中を護る衛兵は二人なんだ」


 日本の警察官はおよそ三〇万人、自衛官も三〇万人ほどで、一億三千万の日本人を護っている。

 地方によって違うけれど、千人に対して一〜三人程度が日本の警察官の数らしい。それぐらいしか人数がいないのに、地域の安全が守られているのは、住んでいる人達の自助努力があってのことだと、社会の先生は言っていた。


「そ、それは少なすぎませんか?」


 この街の規模にすると、八人が交代で街中を見回る事になる。普通に考えて無理。エミリオも二百人で少ないと言ってたぐらいだ。日本の治安は本当に良過ぎる。


「うん。だから防ぎきれない犯罪もあったりするんだけど、それぐらい街の人達が目を光らせていたり、隣近所と仲が良いって事らしいよ」

「『ニホン』と言うのは、お兄様ばかり居るのでしょうか?」


 ノエリアがよくわからない事言い始めた。僕ばっかり居ても良い事は何も無いと思う。でも、喧嘩は少ないかもしれない。


「僕達の国には、『情けは人の為ならず』って言葉があるんだ。それは『親切にするのはその人の為だけじゃなく、巡り巡って自分に返ってくる』、だから人には親切にしなさいって言われてる。そう教えられているから、周りに気を配ってるのかも知れないね」

「お兄様は薬師の為に、貴重なお話をして下さいました。これは親切では無いですか?」


 確かにそうかも知れない。オリビアさん達が薬包紙を活用したいと言っていたから、助言しようと考えたんだ。それはノエリアにとって親切に感じたんだろう。


「――でも、お兄様は意地悪です! 天井があんなに近いのに、教えて下さいませんでした! あっ!ってなんですか、あっ!って!」


 再びポカポカと叩かれ始めた。

 教室から出る時、しゃがんで扉を抜けたものの、ノエリアの位置は僕の少し後ろだったので、起き上がった際に上枠に当ててしまった。そのゴンっと言う音を聞いて、僕は、あっ!と言ってしまった。ノエリアはその事をずっと怒ってる。


「ノエリアはどうしたら許してくれる?」

「……知りません!」


 取り敢えず、街に戻るまで足代わりで妥協してもらう事になった。

 ノエリアはニコニコしながら、ちゃんとしたお詫びは考えて下さいと、僕にそう言った。

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