四日目.5 反省
「……聞いているのですか! リョウマ!」
詰所に連れ込まれ、正座させられた僕は、ルーシアから沢山の小言、説教を聞かされることになった。
そもそもこの世界では他人の告白などは見ることはなく、話を聞く程度で映像のような印象を与えることは出来ない。僕達の世界では映像や写真等でより詳しく知ることが出来るけれど、こちらとは文化が違う。映画やドラマのような告白やラブシーンがあることは知っているけれど、それらは人目につかない所でするもので、誰にも知られたくないそうだ。
「ごめんなさい、もうしません。ノエリアにも謝ります」
さっきの告白をイメージした物はとても具体的だったそうで、ルーシアも身を隠したくなる程のものだったらしい。ノエリアはもっと衝撃を受けただろうと、とても怒ってる。
その怒りは僕が謝罪したぐらいじゃ治まって貰えないらしく、ここに連れて来られて結構な時間が経っていた。
「……ルーシア様、僕は勉強をする為に学舎に来ているんです。過ちがあれば謝罪しますし、出来る償いはします。その事は何度も言いました。そろそろ戻ってやるべき事をやり、自分の目的を果たしたいと思っています。言葉の謝罪で許してもらえないのでしたら、何をすれば良いのですか? 慰謝料を払えば良いのですか? それとも退去ですか? 沙汰を頂ければ、それに従うようお約束します」
さすがに一方的に責められ、許しても貰えず、正座の苦痛を味わってまでこの場にいたくはない。
「えっ……リョウマ、何を……?」
「僕はノエリアに謝りに行きます。ルーシア様は満足される罰が決まりましたら、下知を下さい。よほどお怒りが治まらないご様子、姿を見たくないのでしたら、アデラさんを介しても構いません」
まだ足が動くうちに立ち上がると、御前を失礼しますと言って教室に向かって歩き始める。さすがに長く正座していたから、足が痺れている。でも、そんな所を見せるのが嫌だったので、踏み込む足に力を込める。
詰所の中から声が聞こえた気がしたけど、今は聞きたくない。足早に教室に向かって歩いていった。
「お兄ちゃん、どうしたの? なんか凄い顔」
教室に戻ると、マコが心配して声を掛けてくれた。僕は不機嫌な顔のまま戻ってきてしまったらしい。そんな顔していたらいけない。大丈夫、マコや皆に不満があるわけじゃない。
「ルーシア様に叱られて、さすがにちょっとね……」
「ルーシア様?」
「うん、まだ怒ってたから、もう少し後で戻ってくるんじゃないかな」
少し歩いたお陰で、足の血行が戻り、痺れも取れている。良かった。謝る相手の前で不格好な姿は見せたくない。
「ノエリア、さっきはごめん。悪戯が過ぎたみたいだ。もうあんな事はしない、約束するよ」
ノエリアには本当に謝ってばかりだ。
ルーシア様に叱られた事、この世界では破廉恥な事をしてしまった事を反省していると説明して、ノエリアに頭を下げた。
ノエリアはオリビアさんに隠れてこちらを見ていたけれど、僕が真面目に謝罪しているのを見て、もう大丈夫ですと許してくれた。
続いて、アデラさんにルーシア様を怒らせてしまった事をお詫びし、まだ詰所にいるだろうから付き添いに戻って貰いたい事を伝えると、抑揚の薄い言葉でわかりましたと教室を離れていった。
僕が教室を離れてから、四半刻も過ぎていたから、三の刻も半分ほどが過ぎている。その間、ミスリルの実験にオラシオ先生とセベリアノさんは学舎に残ることに決めたらしい。粉末になった魔石はそれほど魅力的なんだそうだ。
「では、リョウくんが戻って来た所で話を続けようか」
オラシオ先生は態々僕が戻って来るの待っていてくれたらしい。今回の事は色々僕が原因だから、不在で話を進めるのは不義理だと思ってくれたそうだ。その心配りは嬉しい。
「先ほどはミスリルの話だったが、今度は魔法の話だ。先日よりリョウくんとマコくんは指先で魔法を使っていたと記憶しているが間違いないかな?」
「はい。何か駄目だったでしょうか?」
「そのような事はない。ただ、理由を聞いても良いかね?」
「初めはマコが魔力が強かったので、魔力を弱めて他の人と同じぐらいの魔法が使えるようにしたかったんです。そうすれば魔力の強さを意識しなくても、魔法を使うのに気を使わなくても済むと思ったからです。慣れてくると指と同じぐらいの魔力を掌から出せるようになって、今度は同時に色んな魔法を使ってみたくなりました。それが昨日の遊びや洗髪です」
オラシオ先生はなるほどと腕を組んで考えている。他の先生方を見ても、怒られると言う雰囲気ではないみたいだ。だったら、この質問の意味は――
「問題ないだろう。魔法は使い方次第で危険な事も出来る。君達がその意図を持って魔法を操るなら注意をするべきと考えたが、マコくんの為、少しの遊びや生活に役立てるためであれば、これからも教えられる事は教えていこう」
あ、そうか。僕達が勝手に魔法を使って周りに迷惑をかけると駄目だから、それを注意しようとしたんだ。
考えてみれば当たり前のことだ。学舎で教えているのもちゃんと責任者がいるからで、体術に関してもパストル先生から厳しく言われている。だからビト達も身体を動かす程度で我慢してるんだ。
「すみません、許可なしで魔法を使ってしまっていました。お叱りや罰があればお受けします」
「ごめんなさい、自分勝手に魔法使ってました」
マコも気が付いたようで、僕と一緒に頭を下げている。
ルーシア様に叱られた事で、常識の違いと言うのがよりはっきり見えてきた気がする。僕達はそれを知らなすぎて、周りに迷惑を掛けているんだろう。もう少しこの世界の、この街で暮らしている人達の事を考えて過ごしていかないと、僕達だけが楽しんでこの世界に不快な記憶を残して行きたくはない。それこそ熱湯の罰のように、次に来た人達が否定するような事はしたくない。
「リョウくん、マコくん、頭を上げなさい。君達は確かに勝手に魔法を使い、色々なことを始めた。だがそれで迷惑を受けたものはいない。そして若い世代どころか、我々のような歳を取った世代にすら刺激を与えてくれたのだ。神使様に選ばれ、性質に問題がないと思われたからこそ、ここにおられる。それは胸を張っても良いことだ。君達に咎はない。これからもその心根を忘れずに過ごしていれば、誰からも非を問われることは無いだろう」
ただし、やりすぎた事はちゃんと謝るようにとノエリアの方にチラリと目を向けた。
何かをする時は、もう少し皆を、友達を頼ろう。あまりに突飛な事や、さっきのような事は止めてくれると思う。そうなると一緒にいてくれたレイナがいないのはやっぱり寂しい。
さっきのルーシア様が叱ってくれた事にはちゃんと理由があった。この街の風習として、きつく言った方が良いと思われたんだろう。それなのに僕は許される前に腹を立ててしまった。あの時、あともう少し考えるべきだった。
ルーシア様に謝らないといけない。だけど、あんな無視するような別れ方をしたから、謝り難い……それどころか、次は会ってもらえるかも判らない。でも、機会を見つけて、きちんと謝ろう。それが父さんとの約束だ。
「先生、ありがとうございます。皆、今まで僕達の身勝手な行動で振り回して、申し訳ありませんでした。これからもまだ変だと思う行動があるかもしれません、問題だと思えば直ぐに注意してくれると嬉しいです」
「わたしも、ごめんなさい。魔法が楽しいから、何をしてもいいと思ってました。これからも皆と仲良く過ごしていたいです。駄目なことはちゃんと叱って下さい」
僕達が頭を下げると、皆から拍手を貰った。それは大人達だけじゃなく、子供達からもだ。
僕達はもう一度頭を下げ、感謝を伝えた。
「お兄様はすぐに調子に乗るので、わたしが――」
「リョウさん、ご相談したい事があるので、今日はお時間貰えませんか?」
ノエリアの言葉にエミリオが言葉を重ねる。ノエリアに応えてあげたいけど、エミリオは昨日の事だろうか。
「ノエリアごめんね。エミリオとは昨日約束してたんだ。今日はマコに付いていて貰えないかな?」
お兄様もエミリオさんも嫌いです!と拗ねられてしまった。でも、今日の所はマコにお願いしよう。
「ノエリア、今度また肩車とかしてあげるから許してよ」
「……マコお姉様みたいな髪にして下さい。とっても動き易そうです」
昨日の粗紙で作った竜胆は鞄に付けているようで、髪に挿していない。昨日の髪型はいまいちだったのかな?
ノエリアとは昨日の約束もあるし、学舎を出る前に整えると言う事で許して貰えた。
そのノエリアはオリビアさんに、わがまま言うんじゃありませんと怒られていた。
「リョウくん、話はまとまったかな?」
「はい、すみません。お話の続きでしょうか?」
「そうだ。我々も受け取ってばかりでは申し訳なくてな」
――テピードゥム
オラシオ先生の手から暖かい風が流れて来た。その風も魔力の強さが違うのか、暖かくなったり、涼しくなったりしている。この魔法は――
「昨日リョウくんが見せたという魔法を一つに纏めたものだ。暖かい風と言う。基本は風魔法だが、暖かさは火に多くの魔力を与えると想像するだけで調整は出来る。火の魔法を発現させるより危険度も少ないだろう」
「続いては私だな」
セベリアノさんは僕に両手を出させると、その少し上に手を置き、呪文を唱えた。
――アクア・アルドゥーレ
セベリアノさんの手から水が生まれ、溢れて来た。その水は少しずつ熱を持ち湯気を立て始める。
――操水
僕は熱さに耐えられず、お湯となった水を魔法で受け止め、手の上で大きな水玉を作る。マコも気になったようで、その水玉の表面に触れると、あつっ!とすぐに手を離した。
「これは熱持つ水。お湯が欲しいと言う君達好みだと思うが如何かな?」
「そして、これはセベリアノとの合作だが――」
――操水
――操水
オラシオ先生とセベリアノさんの両手には水玉が浮かんでいる。これはもしかして――
――ヴィントゥース・オペラーリ・アクア
――ヴィントゥース・オペラーリ・アクア
先生とセベリアノさんの二人の手から四つの水玉が行き交い、水玉同士がぶつかり合った!
「そして水を操作する風だ。見てわかる通り、君達が遊んだ魔法水合戦だ。これで二つ同時に魔法を使って魔力を消費すると言うのは軽減出来るはずだ。どうかね?」
「昨夜は年甲斐も無く、二人して競い合ったわ!」
わはははと笑う中年と初老二人に僕は呆気にとられるばかりだ。
「すごいすごい! 先生達すごいです!」
マコは先生が新しい魔法を見せてくれた事に大喜びだ。
「オラシオ先生、セベリアノさん。この魔法って、昨日作られたんですか?」
「そうだ。久し振りに刺激を受けて、新しく魔法を考えるのは楽しかったぞ」
「あぁ、若い頃に師匠からまた無駄な魔法を作って、と小言を言われた事を思い出すぐらいにな」
魔法って組み合わせて使うだけじゃ無くて、呪文そのもので複合させる事ができるんだ。魔法言語を理解していれば、新しい魔法も作れるって凄く楽しそう。マコの飛行魔法も最終的に仕上げて貰えるかもしれない。
「お兄ちゃん! あれ! 昨日のあれやってよ!」
「あれって、風の滑り台?」
「そう! あの魔法も簡単になったら、わたしでも出来るようになるかも!」
マコならコツを掴めば出来そうな気がするけど、複数魔法を重ねると消費魔力は多くなるから、一つに纏まると嬉しいのは僕かも知れない。
「先生、昨日考えた僕の魔法を見てもらっていいですか?」
「何⁉︎ また考えたのか?」
「はい、ちょっとマコを驚かせようとしたんですけど、随分と気に入ったみたいなので、最適化と言うか、普通に使えるようになると面白いかなって思うんです」
マコの催促、驚くオラシオ先生に、僕も調子に乗っているんだろう。
先生の許可が出ると、僕はマコに魔石を一つ持ってもらい、見やすい位置に移動する。
「マコ! ノエリアに抱き付いて!」
僕の声に、マコはニッコリ笑うと、ノエリアに後ろから抱き付いて準備完了を告げる。
――風よ運べ
二人分は重いかと思ったけど、女の子だから大丈夫だ。それに今回は魔石でサポートさせているからすぐに弱まったりしない。
二人を天井近くまで浮き上がらせると、魔法を切り替える。
――風で囲え
――豪風
ここからは昨日と同じ、風の魔法ではみ出さないように囲いを作り、その中を豪風に乗せた二人を滑らせて行く。マコは二度目だからきゃーきゃー言って喜んでいるけど、ノエリアは目を丸くして驚いている。今回は教室という事で空間も広いから、長めの滑り台になっている。下るだけではなく、上りも増やしてたっぷり五秒ほど滑らせると、ノエリアを捕まえた始めの位置に降ろした。
ふぅ、と一息を入れる。さすがにこの魔法は魔力の消費が多い。まだ欠乏する訳じゃないけど、身体の中で何かが忙しなく動いている感じがする。頑張れ僕の内臓たち。
少し落ち着いて教室を見渡すと、喜んでいるのはマコで、キョトンとしているノエリア、開いた口が塞がらないのはオラシオ先生とセベリアノさん。他の皆は固まってしまったかのようだ。
「あれ? ノエリア面白くなかった?」
ゆっくり僕の方を見ると、少しずつ口を開いてくれた。
「今のは……お兄様の魔法……ですよね?」
「うん、風の滑り台。あ、こっちの世界じゃ滑り台って無いのかな?」
「えと、はい、ない、と思います……でも、ぴゅーって滑って行くのは驚いて、気持ち良くて……あっという間でした! お、お兄様! もう一度! もう一度お願いします!」
昨日のマコと同じ反応をしている。後から楽しさが湧いてくるようで、頬が紅潮して興奮しているのがわかる。
「まずは先生と話してからね。後、蜂蜜レモンを用意してもらえないかな? そろそろ十分仕上がってるはずなんだ」
ノエリアは、わかりました!と教室を飛び出して行く。その後をベルタとミレイア先生、オリビアさんが続いて行った。
「リョウくん、今の魔法、説明してくれるかな?」
ようやく動き始めたオラシオ先生は僕の肩に手を乗せると、逃がさないとばかりに手に力を込めていた。




