〇日目.7 帰還と親子面談
僕はルースアに手を引かれて、通用門から街へ戻ってきた。
街と言っても領主の館の裏だから、こっそり帰ってきた気分になる。
これから領主様に挨拶と、会長さんに会わないといけない。
ルースアは終始ご機嫌だったけど、通用門を抜ける前には初めに会った真面目な少年に戻っている。
聞いてみると、街の案内や散策をする役目を自ら名乗り上げたのにも関わらず、遊んでいたのがバレたらマズイと思ったらしい。
会長さんは気にしないと思うけど、神様の次に敬われてる神使様だ。人々からすると気を使うのが当たり前らしい。
領主様にもちゃんと仕事をしたように報告したいとの事だった。
どんな思惑があるにしろ、楽しい時間だったし、歴史を教えて貰ったり、案内して貰えたのは間違い無いので、大丈夫だよと答えておいた。
僕はルースアの案内に従って、領主の館に入り、再びあの応接室にいる。
「リョウマ様をお連れしました」
「領主様、会長さん、遅くなりました」
領主様の表情が疲れているように見えたけど、気のせいかな?
「お帰りなさいませ、諒真様。散策はお気に召されましたか?」
「はい、とても楽しかったです」
「リョウマ殿、うちの者がご迷惑などおかけしませんでしたか?」
あ、領主様の心配はそこだったのか。
「はい、とても良くして頂きました。疲れた時などは回復魔法で癒して貰いましたので、思っていたより長くかかってしまいました。ご心配をおかけしていたのなら、申し訳ありません」
回復魔法、と言ったあたりで眉がピクリと動いた気がしたけど、何かマズイこと言ったんだろうか?
ルースアの目がちょっと泳いでる……?
「……そうですか。リョウマ殿はご不快に思われていなかったという事で、宜しかったでしょうか?」
「はい。僕がこの世界の人々より体力が劣っていたようで、それを補って貰いました。おかげで色んな事を知ることが出来ました。感謝してますし、次があったらまた助けて貰いたいぐらいです」
「……リョウマ殿のお気遣いありがたく思います。後のことはこちらで確認いたします。どうぞご家族様とも相談して頂いて、再びアクアルムに来ていただくことが適いますよう、領主として願ってやみません」
あれ? なんかどんどん悪い方に行ってない?
ルースアは完全に横向いてるよ。
「あ、はい。僕個人としては、必ず来たいと思っています。心配があるとすれば、家族に説明するのはこれからですので、ちょっと時間がかかってしまうかもしれない事でしょうか?」
その後も二、三やり取りがあってから、僕と会長さんは領主の館を後にした。
会長さんは館の敷地内で少し開けたところまで進むと、ここで良いでしょうと、立ち止まり僕を近くに呼んだ。
「御領主、以後は私か、諒真様が来られる事で沙汰とする」
「はい。頂戴いたしますお言葉に、疑義を抱かぬと誓います」
大人達が難しいやり取りをしているのが気になる。問題無いと思うんだけど……
「領主様、ルースア……さん、衛兵の皆さん、お世話になりました。またお会い出来ると嬉しく思います」
深くお辞儀をしようとして、昼間の事を思い出し、浅くで済ませる。
慌ててる人がいないようで、良かった。
「では、地球へお送りいたしましょう」
「はい、お願いします」
ヴェストラの空は既に夕闇に包まれていて、街や館の明かりが今の僕達を照らしている。
そろそろ夕飯の時間だろうか、薄く香ばしい匂いがする。
少しひんやりとした風は、今日の興奮を落ち着かせてくれるようだった。
もう一度ルースアを見ると、叩かれたのか帽子ごと頭を抑え、ちょっと涙目だった。
僕は笑って手を振りながら、不機嫌そうなルースアの顔を憶えてーー転移した。
地球に戻って来ると、出現したのはあの公園の中だった。転移し易いポイントがここなのかな?
会長さんが言うには、出発前に転移陣を置いたので、この座標が確実に転移出来るポイントになっているらしい。
ヴェストラでは転移陣を置かずに転移出来たのは、会長さんが神様の眷属だから何処でもそれが行えるとの事。
「あれ? 帰りは『神の間』を通りませんでしたけど、良かったんですか?」
「大丈夫でございます。今回報告すべき神々が出発時にご不在でしたので、帰りに報告だけお受け頂いても、なんら益になりません」
『神の間』で出発前と後でどういう感想を持ったか、感化されたのかを見極める所でもあったらしい。
と言うか、会長さんちょっとご立腹でございましょうか……?
帰宅の予定時間は若干遅れ気味だろうか、僕は携帯を取り出そうとして、持って行かなかった事を思い出し、ちょっと慌てる。
「会長さん、家に連絡手段が無いので早く帰りたいと思います」
「わかりました。では直ぐに向かいましょう」
僕の走るペースに合わせて、会長さんも付いてくる。どちらかと言うと滑ってるみたいな滑らかな動きが、微妙に人間っぽく無い。
僕もルースアの回復魔法で体調が良い状態になってる。なんだかドーピングでもしてるみたいで、いつもより速く走れている気がする。
おかげで、息も切れないまま昼よりも早い時間で帰ってくる事が出来た。あの魔法覚えたいなぁ。
家の前までやって来ると、会長さんに待ってもらって、玄関を開ける。
ただいまーと声をかけて中に入ろうとすると、扉が完全に開ききる前に、ベスの出迎えを受けた。
ベスは吠えもせず、僕の膝に纏わりついてなかなか離れてくれない。今日は真琴にあまり構って貰えなかったから、僕に甘えてるのか。
リビングの方から、真琴の声でお兄ちゃん帰ってきたよーと聞こえた。
三和土を見ると、黒い革靴もあるから既に父さんも帰って来てるらしい、今何時だろう……背中に一条汗が流れた。
僕は上がり框に足をかけることも出来ず、どう言い訳しようか考えてしまう。
今日あったことを話すしか無いんだけど……
「諒真、お客さんがいらっしゃるんでしょう? 上がってもらいなさい」
母さんがリビングから出てきて、玄関に歩いてくる。
次への行動を推してくれたので、会長さんを玄関に呼んだ。
「夜分にお邪魔いたします。ヴェストラから参りました、異世界文化交流会会長を名乗っている者でございます」
「は、はぁ……よく? いらっしゃいました?」
母さんは頭の中がハテナでいっぱいなんだろう、言葉の中に疑問符が多い。
「本日お伺いいたしましたのは、御子息と縁を持ちまして、私共の世界に御招待をさせて頂きたく、御説明に上がった次第にございます」
「あ、はい。えと、そのような事を息子から聞いています。中に主人も居りますので、どうぞ入ってお話を聞かせて下さい」
僕が先に上がると、会長さんも来客用スリッパに履き替えて、一緒にリビングに向かう。
父さんが帰っているので、先に夕食を終わらせてたんだろう。真琴がソファーでだらしなく雑誌を読んでいた。
さすがに会長さんを見ると、バッと音が聞こえそうなぐらいきちんと座り直してたけど。
会長さんがリビングに入り、父さんと目を合わして、会釈する。
父さんは、リビングのローテーブルに会長さんを招き、ソファーを勧めていた。
真琴は近づいてくる会長さんを見ると、父さんの横にさっと移動して、対面のソファーに座り込んだ。
そういや、真琴も連れて行きたいって言ったから、率先して聞こうとしてるのか。
「諒真、お腹空いてるでしょう? 先に済ませてしまいなさい」
キッチンにいる母さんから食卓に呼ばれ、ようやくお腹が空いていた事を思い出した。
昼にあれだけ動き回っていたから、お腹ぺこぺこだ。
「えっと、でも、会長さんが……」
「諒真様、私は結構でございます。先に御父君と御嬢様に話をさせて頂きたく存じます。奥方様も、どうぞお聞き下さい」
「わかりました。じゃぁ、父さんーー」
「初めまして、諒真の父、渡部 健一です」
「わたし、渡部 真琴です!」
挨拶が交わされ、今日の出会いからの話が進むと、僕もようやくご飯を食べる気持ちになった。
具沢山のカレーは、久しぶりに三杯もお代わりするぐらい美味しかった。
僕がカレーを食べている間、異世界の交流について話がされていた。
僕自身は会長さんとルースアから聞いてるから、殆ど聞いたことがある内容だ。
ただ、父さんの反応が僕ほど驚いていないのがちょっと気になった。
真琴は魔法が使える世界と聞いて、ソファーから立ち上がってたぐらいなのに。
カレーを食べ終わると、台所に皿を持って行って、流しに置く。
家では食器を流しに置くだけでいい。以前真琴が洗い物をしていたら、僕の足に皿を落として大騒ぎになったので、家族ルールが決められたのだ。
「諒真、食べ終わったらこちらに来なさい」
父さんからの呼び出しだ、会長さんの話を聞いてどう思ったんだろう。
「諒真と真琴、美里さんも聞いてください」
美里さんとは、母さんの事だ。学生時代からの呼び方を変えたくなかったらしい。
母さんも普段は健一さんと呼んでるけど、来客があるからあなたとか、主人と言ってる。父さんは来客があっても変わらないらしい。
「私は諒真と真琴を会長さんに預けても大丈夫だと思う。ただ、連絡手段が無いというのが不安だ。美里さんはどう思う?」
「私はこの子達が無事に帰ってきてくれればそれでいいわ。言葉が通じるだけ海外旅行より安心じゃないかしら?」
「そうだな。正直、行って帰って来るという事が出来るのは信じられなかったが、今日の様子だとそれも問題ないんだろう」
父さんと母さんは確認し合って、納得ではなく、妥協をした、らしい。
「諒真、怪我をするなとは言わない、無理をするなとも言わん。だが、人に迷惑をかけるのは駄目だ。難しい事や、一人で出来ない事は友達や、保護を買ってくれる領主様に頼れ。日本人として、渡部家の一族として、それが約束出来るならこの旅行は許可する」
「父さん、今日は下見に行って、初めて会った領主様に心配をかけてしまったんだ。本当に良い人だと思う。だから心配や迷惑をかけないっていうのは多分難しい。努力する事なら約束出来るよ」
父さんは一度目を瞑ると、少し考えて口を開いた。
「そうだな、考えてみたらまだ十四だ。迷惑をかけないなんて大人でも難しい。今のは取り消そう。迷惑をかけても良い、だが許されるまで謝ってこい。それが約束出来るなら行って来い」
「ありがとう、父さん。頑張ってくるよ」
「お父さん! わたしはー⁉︎」
僕と父さんの話がまとまって、これで安心してヴェストラに行けると思ってたから、すっかり真琴の事を忘れていた。
「真琴は……まぁ、諒真に迷惑をかけるぐらいにしておきなさい」
「わーい! やったぁ! お兄ちゃんよっろしくー!」
ちょっと、父さん。それはハードル上げ過ぎなんじゃないの?
会長さんは不貞腐れてる僕に一礼して、父さんに話しかけた。
「御主人、格別の配慮、感謝致します」
「いえ、こちらこそ子供達の事よろしくお願い致します」
会長さんは父さんに、父さんは会長さんに頭を下げた。
これでもう何も問題は無いはずだ。後は旅行の出発をいつにするかを決めないと……
「なぁ、真琴。昼に言ったこと覚えてるよな?」
「ん〜、もうちょっと、かなぁ」
「後どのぐらい残ってる?」
「二十ページぐらい?」
「それって、まだ半分はあるってことだろう?」
呆れた。確か昨日ぐらいにあと半分だから始業式までには大丈夫とか言ってたぞ。
真琴は自由研究とか、読書感想文みたいな個別の課題は先にやる癖に、一冊にまとまった宿題は後回しにする。残り一つならのんびり出来るから、と言うのが本人の言い分だけど、分厚い計算ドリルとか本当に嫌がるからな。
「えー半分じゃ無いよーあと三分の一ぐらい?」
「それでも多い。早く終わらせないと、何にもできないじゃないか」
「お兄ちゃんも手伝ってよー」
「宿題は自分でやるもんだろ」
「えーお父さんがお兄ちゃんになら迷惑をかけても良いって言ったよー」
頭抱えた。それは旅行中の事だろうに。
だけど、ここで躓くと旅行そのものが危うい。
何しろさっきまでほわほわしてた母さんの目つきが怖い。
僕の宿題は終わってるから、真琴が悪いはずなのに……
「わかった、わかった。ほら先に部屋行ってなよ」
「お兄ちゃんの分は残しておくからね」
ふと、気になって僕は母さんを見た。
父さんの性格なら、自分で出来ることは全部自分でするべきだと言う人だから、僕もそれに倣ってるつもりなんだけど、真琴のあの性格は……
「母さんも、宿題は苦手だった方?」
目を逸らされた。父さんは苦笑いだ。
何はともあれ、話はまとまった。やるべき事を終わらせて、異世界旅行に行こう。