三日目.6 女の子達
「……リョウさん!」
ダダダダッと廊下を走る音が聞こえたと思ったら、レイナが教室に飛び込んできた。顔を真っ赤にして肩で息をしているから、外から走ってきたんだろう。
「あ……あの、これ、どう……!」
レイナは僕の顔を見るなり、口を開いて何か言いたそうにするんだけど、言葉になっていない。多分、髪型について言いたいんだと思うけど、喜んでるのか困っているのかいまいち判断つかない。
今のレイナは髪を一束に纏めているから大人しそうに見えるけど、中身は変わってないよね。
「レイナ、速いよ……」
ベルタに背負われてテクラも教室に入ってきた。レイナにしては珍しくテクラを置いてけぼりにしたらしい。
テクラも途中まで走ってたのか、ベルタの背で少しグッタリしてる。
「レイナさん、自分の割当は自分で持って下さい!」
テクラ、ベルタに続いて、ノエリアも帰ってきた。どうやらレイナは荷物を持たずに帰ってきたらしい。
ノエリアが重そうにしてる所を見ると、結構な量を買い込んで来たみたいだ。
「いやぁ、傑作だったよ。レイナがさぁ――」
テクラを背中から降ろすと、ベルタがこれまでの事を面白く話してくれた。
買い物を任されたレイナ達のグループは学舎を出た後、そのまま大通りを目指して歩いて行った。露店通りの頃にはいつものレイナに戻っていて、テクラと手を繋いでニコニコと歩き回っていたらしい。
買い物をするのは蜂蜜レモンの材料だから、昨日と同じようにレモンの露店に行き、風呂敷バッグに入るだけ買った。露店の店主から昨日とは髪型が違うね、と言われてようやく普段と髪型が違うことに気が付いたらしい。
髪型に気が付くと、今度は周りから注目されているのにも気が付いた。いつもとは違い、髪はサラサラ、明るい金髪は艶もあり陽の光を受けてとても輝いて見えたらしい。いつもの髪型だったら髪の束が別れているので目立たなかったかもしれないけど、一束にまとめた髪はとても目立った。そして、髪を束ねている飾りは見たことがない形をしてる。その珍しい髪飾りを見ようと、後ろに女の子たちがゾロゾロと付いてきていたらしい。
レイナは気になっていたけど、持ち前の自尊心で与えられた役割、買い物を先に終わらせようとガラスの店に入る。すると後ろの女の子たちも店に入って来ようとした。驚いたレイナは、これぐらいの瓶を買ったとノエリアに伝え、急いで店の外に出た。店の前では女の子たちから質問攻めにあったらしい。僕の事を言って良いのか判らなかったので、学舎の人にやって貰ったと言って店の中に逃げてきた。
お店の人に瓶を用意してもらうと、バッグにあったレモンを分けて入れてもらった。レモンは全部で六瓶に収まったので、レイナは二瓶ずつを瓶包みをすると、店主も知っていたようで、この包み方の良さを沢山聞かされたらしい。
時間が経ったお陰で、店の外に女の子たちは居なくなっていた。しかし今度は自分の髪がどんなことになっているのかとても気になったらしく、ガラス窓に自分を写してびっくりしていた。窓に写るレイナは大人びて見えて、見たこともない髪飾りをしているから驚いたようだ。
テクラも手伝ってレイナの髪を梳かしたけど、綺麗に整えたのは僕と聞くと、ブラッシングをお願いしたのを思い出したらしい。
そこからの挙動はおかしくて、フラフラと歩いてはつまづきかけたり、曲がり角の壁にぶつかりかけたりと、危なっかしかった。
なんとか調味料を扱う商店に辿り着くと、昨日の店主がまた来てくれたことに喜んでいた。蜂蜜を六瓶買うと二瓶ずつ瓶包みにしてくれた。その包んでいる間に『今日は彼氏は一緒じゃないの?』と言われて、居ても立ってもいられなくなり、ノエリアに『後は任せましたわ』と、言い残して学舎の方へ走っていったらしい。
「なるほど、レイナは人気者だったんだ」
「違います!」
レイナは回復魔法をかけてもらったようで、少し落ち着いたらしい。それでも顔が赤いままだ。普段と違う自分に驚きと照れくささと言ったところだろうか。
「私、こんな髪にしたことがなくて、びっくりして、周りから綺麗なんて言われて、なんて言ったら良いか……」
「レイナは美人なんだから、別におかしな事はないと思うよ。髪を二つに束ねたレイナも可愛いけど、今の方がずっと綺麗だと思うよ」
「えっ! 私が美人ですかっ⁉︎」
手を口に添えて驚いてる仕草なんて、とても似合ってると思う。さっき走り込んできたレイナとは別人のようだ。
「好みは人それぞれだと思うけど、僕はレイナの整っている顔は好きだよ」
「……私を……好き……⁉︎」
意外と自分に自信がなかったのかな?
レイナは今でも十分綺麗だから、将来はペルラさんに負けない美人になると思う。
「お兄ちゃん、わたしはー?」
マコが調子に乗って僕に腕を絡ませてくる。大事な妹だし、今はもう嫌いになれるはずも無い。
「マコも好きだよ」
『妹だからね』と言うと少し力をを入れられたけど、『お兄ちゃんだからね』って返すのはどうなんだ?
「リョウさん、わたしは?」
テクラは僕の服を摘んで気を引こうとする。少しは慣れてくれたかな。
「今日はいっぱい頑張ってたよね。テクラも好きだよ」
頭を撫でるとくすぐったそうに肩を震わせてる。懐いてくれると、妹がもう一人できたみたいだ。
テクラの髪も自分で維持できるようになると良いんだけど、レイナに任せた方が良いのか聞いてみよう。
「リョ、リョウ様! わ、私は⁉︎」
ノエリアは手櫛で髪を整えながら、目をパチパチと忙しなく動かしている。
「うん、ノエリアも好きだよ。いつもマコを助けてくれてありがとう」
「リョウは手当たり次第だねぇ。そんな事言ってると、レイナが泣くよ?」
そんな皆と、僕を呆れるように見ているのがベルタだ。
「この街で皆に親切にしてもらってるんだ、好きにならないわけがないよ。勿論ベルタも好きだよ。それと、怪我した時の事は感謝してる。ありがとう」
頬をポリポリと人差し指でかき、ちょっと照れくさそうにするベルタも可愛いと思う。
ノエリアとベルタもマコに付いていてくれるから、別行動をしても安心できる。本当に良い友達になってくれて、嬉しい。
「それじゃ、私はどうかしら?」
後ろから声をかけられたけど、さっきまで聞いていた優しい声だ。忘れるはずも無い。
「おかえりなさい。ミレイア先生の事も好きですよ」
教卓付近で集まっていたから、先生はもう一つの扉から入ってきたらしい。さっきまでの顔ではなく、いつもの先生に戻ってる。
女の子だけじゃなく、ロルダンもセベロもレナトもビトもエミリオも皆好きだ。パストル先生もオラシオ先生も。ペルラさんも揶揄って来なければ良い人なんだけどな。後は干渉せず見守ってくれている領主様、アデラさん、マルケス、ブルーノさん、衛兵のみなさん。
そして、ルースア……いつになったら会えるんだろう? ブルーノさんは会いに行かせると言ってくれたけど、今日で三日目。未だに何も連絡が無い。元気にしているかな?
「あら? リョウさんは他に好きな人がいるのかしら?」
ため息をひとつ吐いたら、突拍子もない事を言われて驚いた。初日の厳しそうな先生は何処へ行ったんだろう?
「違いますよ。衛兵の友達に会えなくて、いつ会えるかな、と考えていただけです」
「男の方ですか?」
「うん。僕が下見に来た時に一緒に遊んだ人。こちらに来てからまだ会えていないんだ」
ため息の内容が気になったのか、ノエリアは僕を心配してくれる。もうすぐ会えると思うから、そんなに深刻なわけじゃない。
「男の子なのに、格好良いけど、可愛いって言ってたよ」
ヴェストラに来る前に宿題の餌に色々教えていたから、マコにはそういう刷り込みになってしまったらしい。
「ふーん、リョウは男の子が好きなんだ」
突然、温度が変わった気がした。ベルタの言葉は間違いじゃないけど、正しいと思われるのも何か違うような気がする。
「友達としてだよ、別に――」
「リョウさん! 私達よりロルダンやビトと一緒に居る方が楽しいのですか⁉︎」
暫く動きを止めていたレイナが僕の服を縋るように掴んでいた。
だから体術の授業を選ばれるのでしょうか、と呟くように言われても困る。
その後ろでは髪を弄るのが気に入ったのか、テクラがレイナの毛先を指で梳いている。
「リョウ様、同性を伴侶とされるのは好ましくないと思います」
「ちょ、ちょっと待って! なんでそんな話になってるの⁉︎」
温度が変わった理由が分かった。ノエリアが酷く冷たい目で見ているからだ。
「ノエリア、勘違いしてるよ! 僕は――」
「おー戻ったぞー!」
教室にパストル先生の大きな声が響く。後ろにはロルダンとビトもいる。三人は麻袋のような毛羽立った袋を背負って汗だくだ。
「なんだ、リョウは女を侍らせてるのか。男だったら男同士、こっちへ来いよ」
汗の臭いを撒きながら、先生は座っている僕の首に腕を絡ませて来た。その臭いに、女の子達は一、二歩、距離を取る。
「先生! 今そんな冗談は――」
「リョウ様、マコ様を私の家でお世話させて頂きましょうか?」
「ノエリアは何言ってるの⁉︎」
「いえ、男同士が宜しいのでしたら、マコ様は居ずらいのではないかと思いまして」
「もう、勘弁してよ……」
項垂れた僕を見て、ノエリアがクスクスと笑い出した。
「リョウ様、失礼しました。冗談です」
蜂蜜レモンの質問を邪魔されたお返しですと言っていた。僕はその変わり身にポカンとしてしまう。さっきまでの冷たい態度は演技だったのか。でも――
「笑ってるノエリアは可愛いから、それで許すよ」
ボンッと音がしそうなぐらい、ノエリアの顔が赤くなった。これには僕も驚いた。
ノエリアはあたふたとしてベルタの陰に隠れてしまう。その前に立つベルタは大笑いだ。
「いやぁ、リョウがいるとノエリアも色んな顔が出て楽しいねぇ」
「お前ら、何してるんだ?」
後からやって来たパストル先生や、ロルダン、ビトは訳がわからない、そんな顔をしている。
途中から僕も分からなかったから、その気持ちは分かる。
「あたし以外、皆リョウが好きなんだってさ、せーんせ」
ベルタはノエリアを僕の前に置くと、自分は甘えた声を出してパストル先生に腕を絡めていく。ノエリアは初めて会った時のように前髪で目を隠すように俯いてしまっていた。
先生はそんなベルタの態度に意も介さず、「なるほど」と呟くと、ロルダンとビトに顔を寄せさせた。
「リョウみたいに口が上手ければ、女の子にモテるんだとさ」
そう言うのは僕に聞こえない所でやって下さい。反応に困ります。
「……よし! どうです、ミレイア先生。この後、お昼ご一緒しませんか?」
パストル先生は男らしく正面からミレイア先生を誘った。僕も、ロルダンとビトも「おぉ!」と声が上がるのを止められない。
「パストル先生、お誘いありがとうございます。ですが、今日は先約があるんです」
そう言って、先生は僕の隣に座ると空いている左腕を取って腕を絡ませる。
「今日はリョウさんと女の子達を連れて、美容の勉強をしようと思っております。皆さんも行きますよね?」
「「「はい!」」」
パストル先生はショックで動きが止まってしまった。ミレイア先生を誘って、僕達の前で格好つけたかったのかもしれない。僕のせいじゃないと思うけど、なんだかちょっと可哀想に思えてきた。
「あの、ミレイア先生。僕、そんな約束しました?」
「あら? テクラさんの髪をなんとかしてあげたいって言ってたでしょう? 一人だけ贔屓にすることは出来ませんよ」
確かにさっき、そんな事を言った。テクラの髪は健康そうな身体の割にはパサパサで、あまり手入れがされてない感じだった。初めて見た時、髪を波立たせてるのは好みかと思ったけど、本当はしっかりブラッシング出来ていなかったんだと思う。
後ろから引っ張られたと思ったら、テクラにギュっとしがみ付かれていた。僕の背に顔を当てながら何かを喋ってる。
真琴もずっと前にこうやってしがみついて来たことがあった。あの時は照れて礼を言えなかったと言っていたから、テクラも同じ気持ちなのかもしれない。
「テクラも一緒に行ってくれる?」
背中にくっついた顔が縦に動くのを感じる。先生の髪の手入れと、僕が調べた方法があれば、テクラも皆と同じぐらいに髪が綺麗になると思う。
僕も日本に帰ったら、ベスのトリミングをしっかりやろう。一週間も母さんに任せていたら、きっとボサボサだろう。




