三日目.2 蜂蜜レモン
文末が中途半端だったので、少し文章を増やしました。
再読戴けると嬉しいです。
僕の言い訳は学舎の後と決まり、昨日よりゆっくりと学舎に向かうことが出来そうだ。
「レイナ、お願いしていたのは出来た?」
「ええ、言われた通りにしたつもりですわ。確かめて下さいまし」
レイナは風呂敷のバッグの中から、瓶包みされた風呂敷を取り出して、僕に渡してくれた。
本当にバッグを気に入ってるんだなぁ。
瓶包みを解くと、二つの瓶に分けられた蜂蜜レモンが出てきた。蓋のコルクを取ると、嗅ぎ慣れたレモンの匂いがする。マコも家で時々作るからよく知っている味のはずだ。
一切れ食べてみると、日本で食べてるのと変わらない蜂蜜レモンだ。一晩しか漬けてないから、皮の苦味やレモンの酸味もあるけど、水分を含んだ蜂蜜が甘くて口の中がサッパリする。
マコにも一つ食べさせると、一度目を閉じたものの、すぐにニコニコとする。
「レイナは味見してみた?」
作り方を教えた時に、こう言う食べ方はしたことが無いと言っていたから、レイナやテクラも初めてだろう。
首を振る二人に一切れずつ食べて貰った。口を開けるレイナはとても緊張していたけど、そんなに特別な物じゃないよ。
テクラもマコと同じ様に一度目を閉じた後はニコニコしてる。疲れていない時は、デザートみたいなものだもんね。
「ちょっと酸っぱいですけど、甘くて美味しいですわ!」
「……うん、美味しい」
「気に入ってくれて良かった。皮の苦味が苦手な人は、皮を剥いてもいいし、砂糖を足しても良いよ。酸っぱいのは二、三日漬けて置けば気にならなくなる。レモンを食べて残った汁は、ジュースみたいに飲んでも良いし、料理の下味に使うとかも聞いたことがあるよ」
レイナは昨日のメモに追加で書き込んでいるようだ。書き終わると、もっと食べたいから自分の分も作ると言っていた。もちろんテクラと一緒食べるそうだ。
試食も終わり、そろそろ出ないと昨日みたいに走る事になってしまう。
レイナとテクラには外で待って貰って、急いで荷物を取りに部屋に戻った。
「マコ、人差し指の魔法だけど、オラシオ先生の時間まで内緒にしよう」
「みんなには教えないの?」
早速水球を出してクルクル回してる。この方法は教えて貰ったやり方じゃないから、オラシオ先生がどう思うのか聞いてみたい。問題が無さそうなら、知りたい人には教えてあげたいと思っている。
マコも納得してくれたので、魔法を弱くする方法は暫く内緒になった。
「お待たせー!」
マコがテクラにぎゅっと抱きついて、ペルラさんみたいな事をしてた。
「テクラちゃん、レイナちゃんと同じ髪型だけど、どうかなー?」
レイナみたいな明るいリボンは付いていないけど、オレンジ色の髪ゴムで二つの束を作った。服の色と同じだから、悪く無いと思うんだけど、どうだろう?
マコはテクラに見せるために背中に垂らしていた束を前に持って来ると、テクラは黒い髪を珍しそうに撫でていた。
「マコちゃんの髪、サラサラ……」
「いいでしょう。これもお兄ちゃんにやってもらったんだ」
歩き始めてからもマコは随分と機嫌がいい。昨日の落ち込みは何だったんだろうと思うぐらいだ。
テクラの隣がマコになったので、自然とレイナが僕の横に並んでいる。今日は走らなくていいから、歩幅を合わせて歩く。マコよりもちょっと早いかな?
「リョウさん、腕の方はもう大丈夫ですか?」
すっかり忘れていたけど、昨日は切断されそうなぐらい怪我を負ったんだった。ノエリアとマコのお陰で見た目でわかるような傷もなく、僕自身も今気がついたぐらいだ。
「ありがとう。大丈夫だよ。怪我の事は言われるまで忘れてたよ」
昨日は握力が落ちてる感じはあったけど、今日はそんな違和感もない。腕立て伏せをしたら怠いのかもしれないけど、普通に腕を動かすのには気にしなくて良さそうだ。
「そうだ。昨日のレオンにうるさく言われなかった?」
「……あんなわからず屋は、兄とは認めません。私の言う事、全然聞いてくれないんですよ!」
レイナはオーティウムに戻った後、食事の後片付けや宿屋の仕事を手伝った。その時に顔は合わせていたものの、口を開く暇はなかったらしい。賄いを食べた後は蜂蜜レモンを作るために、瓶包みを厨房に持ち込んだそうだ。それを見ていたレオンは僕から受け取った物だと思って、持ち込むな、捨ててしまえと言われて、喧嘩になったそうだ。
中に入っているものが食べ物だと知ると、瓶を取り上げられたらしい。レモンはそのままだと食べられないから、床に叩きつけようとした所を母親に見つかってかなり怒られた。それでも納得しなかったレオンは部屋に連れて行かれたらしく、今に至るまで会ってないそうだ。
「大変だったんだ。迷惑をかけたみたいで、ごめんね」
今回ばかりは迷惑だろう。話を聞く限り、レイナに非は無い。
「だ、大丈夫です! レオン兄……レオンが悪いんです! リョウさんは悪くありませんわ!」
レイナのフォローに入ってくれたのは母親だったらしい。買い物で外に出る母親は街の噂も良く聞くようで、僕の話も知っていた。昨日叱られなかったのは、僕とレイナが一緒だったことを知っていたのと、ペルラさんが居たから大丈夫だろうと思ったらしい。
「それにしても、レオンってそんなに乱暴なの? 昨日見た時は、そんな風に見えなかったんだけど」
「ええと、あの……兄……レオンはペルラ姉さんが好きなんです。それで、怒られた事と、ペルラ姉さんがリョウさんを連れて行ったのが気に入らなかったらしくて……」
原因は僕だけど、後の感情は自分の問題か。誤解を解こうかと思ったけど、会いたくないなぁ。ペルラさんに仲裁頼んだら、揶揄われずに言い分を聞いてもらえるんだろうか?
レイナから最初に聞いたペルラさんはあの辺りの子供の世話役って言ってた。レオンが誤解してるのも知ってるけど……
困ったな。これも迷惑をかけるな、に含まれるのかな……後でゆっくり考えたい内容だ。
僕が考え込んでいたのを見て心配したのか、レイナが気にしなくて良いと言ってくれた。そう言われると頼りたくなるけど、レイナの方は大丈夫なのかな?
「ええ、非がない私に負ける理由はありませんわ!」
手を前に胸を張るレイナはとても格好が良い。逃げ腰で考えてた自分が情け無くて、笑うしかなかった。
「な、なんで笑うんですの⁉︎」
「あぁ、ごめん。レイナは格好良いのに、僕は情け無いなぁと思ったら、笑っちゃって」
歳下の子達に助けて貰ってばかりだ。異世界に来て知識が増えるのは楽しいけど、自分自身も成長しないと、マコの兄として胸を張れなくなってしまう。うん、やれるだけの事はやろう。
「ありがとう、レイナ。お陰で情け無い兄にならなくて済みそうだ。どうしても困った時はお願いするかもしれない。その時はよろしくね」
「ええ、喜んで!」
僕達が話している間、テクラはマコと随分仲が良くなっていたらしい。二人で手を繋いで先へ歩いて行ってる。僕が一緒の時はずっとレイナを気にしていたのに、今はレイナと離れていても全く不安そうな顔をしていない。僕とマコは何が違うんだろう……?
そのマコも朝の悪戯を除けば機嫌が良いんだけど、理由がわからない。不機嫌よりは良いけど、ちょっと気になる。帰ったら悪戯されてた、って事になってなければいいけど。
今日は出発した時間に余裕があったので、学舎には鐘が鳴るより早い時間に到着出来た。でも、セベロ達がビックリしてこちらを見てるのは何故だろう?
「おはようございます」
「「「「「「「おはようございます!」」」」」」」
挨拶が終わると、すぐにノエリアがやって来て、右腕を取られペタペタと何度も触られた。
「くすぐったいよ」
「リョウ様、本当にもう大丈夫でしょうか⁉︎」
私の魔法であの傷が本当にちゃんと治ったのか心配だったんです。と言われて、ちょっと焦ってしまった。カミラさんには十分やったと言われたけど、母親から本当に大丈夫だったのかと何度も言われて、自信が無くなってしまったらしい。
「ノエリア、昨日は助けてくれてありがとう。昨日はお礼が言えなくてごめんね。今日は怪我してたの忘れてたぐらい元気になったよ」
腕をぐるぐる回したり、力瘤を作って見せたりと、安心出来るようにその目で見てもらった。
「あ、そうだ。良かったらノエリアにこれを貰ってもらいたいんだけど」
瓶包みを解くと、蜂蜜が入っていた少し細い瓶をノエリアに渡す。勿論こちらにも蜂蜜レモンが入っている。レイナが二つに分けてくれていたので、片方をお礼にさせて貰おうと思ったんだ。
「中に入っているのは、レモンですか?」
「そう。レモンを蜂蜜の中に漬けたものだけど、疲労回復の食べ物として人気があるものなんだ。家で作る薬みたいなものかな?」
食べてみても良いですか?と聞かれたけど、受け取ってもらえるのなら好きに食べてもらって良いと思う。
レイナが柄の長い木のフォークを用意してくれていたので、直ぐに食べてもらうことが出来た。この準備は考えてなかったので、レイナにもう一度お礼を言おう。
「ちょっと酸っぱいですけど、甘くて美味しいですね」
どうやらデザートと思われたらしい。日常的に食べられるものだから、デザート扱いでも良いかもしれない。疲労回復って言っても、学舎に来たばかりで疲れてる人は……今日はいない。
セベロとレナトは興味津々だったけど、残りの一瓶は学舎が終わった後に皆で食べようと決まった。
「リョウさん。少し時間良いでしょうか?」
エミリオが申し訳なさそうに話しかけてきた。昨日は一日話していなかったから、久しぶりに声を聞くような気がする。
「僕もエミリオに聞きたい事があったんだ。相談に乗って欲しいんだけど、聞いてもらえないかな?」
「え? ええ、良いですよ。その――」
「ありがとう! エミリオはミスリル鋼って知らないかな? 高価な物なら借りられるだけでも良いんだけど」
僕の言葉にエミリオはびっくりしてる……と言うより、慌ててる? 何かまずい事したかな?
「ミ、ミスリルですか? 鉱石を加工したものが魔石として扱われてますけど、鋼にした物は見た事がありません」
「ありがとう。そうか、あの魔石がミスリルなのか」
魔石ってミスリルの事だったんだ。会長さんは魔法の力を蓄えられるって言ってたけど、照明の魔法程度の魔力なら、確かにあのぐらいの小さい物でも便利だと思う。だけど、鋼が無いとは思わなかった。何処で手に入る物なんだろう?
「あの、リョウさん。僕は、この間の事を謝りたくて……」
そういえば、エミリオから利用されそうだったんだ。あの後もいろんな事があったからすっかり忘れてた。結構気にしてたんだ。
「あの時の事は気にしなくて良いよ。僕もいろいろ教えて貰っていたのに、お返ししてなくてごめん」
「僕の方こそごめんなさい。リョウさんはそういう事をするつもりで来たわけじゃないって知っていたのに……」
「あ、あの! リョウさん! 何処でミスリル鋼の事を知ったんですか⁉︎」
僕達がお詫びをし合っていると、レナトが割り込んできた。ミスリル鋼ってそんなに珍しいものなのか。
「えっと、会長さん……神使様、その人が見せてくれたんだ。魔法のない地球で魔法を使うための媒体みたいな使い方だったよ。それがあれば、魔力のなかった僕でも神使様の魔力で魔法が使えたんだよ。えっと確か……」
――光を纏え
呪文を唱えると、人差し指がぼおっと光を放ち始めた。
光を纏うだけの魔法って何の役に立つんだろう? 街の灯りには灯火が使われてると聞いているし、そっちの方が遠くまで明るく出来る。ミスリル板で光らせたより大きいけど、直径五〇センチメートルぐらいが明るくなるぐらいだ。マコならもっと大きく出来るかもしれないか。
「リョ、リョウさん、その魔法……いえ、指からどう……えっと……」
セベロが目を剥かんばかりに驚いている。
あ、しまった。指で魔法を使っちゃってる。マコには内緒にしようって言ったばかりなのに……案の定、マコは頬を膨らましている。
「えぇっと……どれから説明しようか……?」
コーン…コーン…コーン
タイミングが良いのか悪いのか、三の刻の鐘が鳴り響く。僕達は急いで自分の席に戻るしか無かった。




