三日目.1 異世界の朝
少し間が空いてしまいました。
今回から三日目が開始です。
「おはよう」
目が覚めたら、マコがブラシを持って僕の寝ているベッドに上がりこんでいた。
「おはよう。お兄ちゃん、もっとゆっくり寝てて良かったんだよ」
ブラシを背後に隠すと、不機嫌そうな声で朝の挨拶をされた。朝から悪戯はやめようよ。
僕が変な顔をしたのが分かったようで、マコはブラシを持った手でテーブルを指した。
テーブルの上には昨日の夜に書いていた日記が出しっ放しだ。
日記には、昨日の朝に悪戯し損ねたと書いた記憶がある。僕が寝ている間に読んだのか。
「あー……ごめん」
マコはブラシを僕の前に出して、髪を梳かせと無言で押し付けてくる。
まだ二の刻になっていないなら、ゆっくり梳かしてあげるんだけど、今はどのぐらいだろう?
「マコは刻の魔法覚えてるんだっけ?」
「まだだよ〜」
姿見の前で椅子に座っているマコは、髪を僕に任せっきりだ。今日はレイナにみたいなツインテールにしてみようかな?
「二の刻の鐘って鳴っていたかわかる?」
「起きている間には鳴らなかったから、判らないよ」
「どのぐらい前から起きてたの?」
「十五分ぐらい前?」
マコに少し待って貰って、窓を開け正門を見てみる。まだ開門されていないから、三の刻にはなっていないはずだ。
二の刻は日本だと六時ぐらいだと思ってたんだけど、一時間ぐらい遅いのかな?
二の刻で七〜九時ぐらいなら、僕達がいつも起きている時間だ。勝手に目が覚めてもおかしくない。
五分ぐらい髪を梳かしていると、寝癖も目立たないようなので、耳の少し上ぐらいで髪を纏める。左右の髪の量を同じぐらいにするのって、案外難しい。出来上がったツインテールは少しバランスが悪かったかもしれないけど、見映えは悪く無いと思う。
マコは姿見の前でくるりと回って、オレンジ色のスカートがふわりと舞う。
どうやら合格を貰う事に成功したらしい。機嫌を直したマコは食事に行こうと誘ってくれた。
魔法で水を自由に出せるようになると、部屋の外には余り出なくなる。これは本当に便利だ。顔を洗おうと思ったら、桶に水を入れればいいし、うがいするならコップもある。汚れた水を処分するには窓を開けて、乾燥させれば良いのかな?
汚れた水分が部屋に漂っているのは気持ちが良くないので、桶に入った水は洗面所で流すことにした。でも、ここだけ人力というのは画竜点睛を欠くので、なにか方法があるはずだ。
桶を部屋に戻すと、僕とマコは階段を降りて受付のペルラさんと挨拶を交わす。
「おはようございます」
「おはようございます」
「リョウマくん、マコトちゃん、おはようございます」
今日はマコを抱き締めなかったので、ホッとしているようだ。
「ペルラさん、今の時間って、どのぐらいですか? まだ刻の魔法習ってなくて、わからないんです」
「あら? まだだったの? 今は……二の刻から四分刻ぐらい経ったかしら? 昨日より少し遅いわね」
昨日はレイナと約束しなかったけど、お願いしているものを持って来てくれるかもしれない。あまりのんびりも出来なそうだ。
ペルラさんからいつもの食券を貰うと、交換にカウンターで朝食の乗ったトレイを受け取る。今日は麦飯だ。
今日の麦飯は、見た目は日本で食べてるような米に近かった。色は明るい黄色をしているので、ウコンみたいな物を混ぜ込んであるのかもしれない。
メインディッシュは焼き魚が一匹、切り分けられずに真ん中に乗っている。その周りに小ぶりな貝が幾つも並べられていて、バジルとオリーブオイルがたっぷりかかっている。
もう一つのお皿にはフルーツがぶつ切りで入っているんだけど、そのフルーツには生ハムが巻かれている。これだとサラダなのか、デザートなのか良く分からないや。
マコが先に空いているテーブルを見つけ、ツインテールを揺らしながら僕を呼ぶ。あの髪型気に入ってくれてるのかな?
「「いただきます」」
僕がテーブルにつくと、待ってくれたマコと一緒に朝食をいただく。
麦飯はちょっと硬さはあるけど、色が黄色いからカレーのご飯を食べてる感じだ。
焼き魚は鮎を太くしたような魚で、お腹の辺りをかぶり付くと骨も硬くないのでそのまま食べられた。こちらでは内臓を食べるという事はしないみたいで、腸は綺麗に取り除かれていた。マコは骨が苦手なので、頑張って一つずつ取り除きながら食べている。味に生臭さは無く、バジルと強めの胡椒がかけられているようで、匂いは強い。それなのにオリーブオイルのお陰ですんなり口の中に入って、とても食べやすく美味しい。貝は付け合わせのようで、同じお皿に乗ってるのに、胡椒の匂いはしない。薄く匂いがする、これはニンニクかな?
「「ごちそうさまでした」」
マコは魚に少し苦労していたけど、食べるのはとても喜んでいたように思うので、美味しかったんだと思う。
「二人とも、今日も綺麗に食べたのね」
ペルラさんが僕達の分として、ジュースを持って来てくれた。今日はマコの隣じゃなく、僕の隣に座って、ニコニコしている。
この風景も馴染んできたなぁ。
「リョウマくんは頭まで全部食べちゃったの?」
今日の焼き魚は頭から食べることができた。内臓が取り除かれていたから、鮎みたいに苦味が好きな人には物足りないかも知れないけど、白身魚の薄味と、皮に付けられた味付けが程よく、とても美味しかった。頭まで食べるのは少し無理をしたけど、食べられない硬さじゃなかったです、と言うとびっくりされた。
こちらの世界じゃ、頭まで食べる人は珍しいのか……
「マコトちゃんの食べ方は凄いわね。レイナにも見習わせたいわ」
家は父さんが日本食、特に魚が好きなので、夕食の二日に一度は魚を使った料理が出てくる。日本は色んな魚がいるから、母さんはそれぞれ調理方法を考えるのが大変と言っていた。それでもずっと続いているのは母さんも魚が好きなんだと思う。真琴もそれに慣れてるから、魚を食べる時は、骨を避けながら食べるのが上手くなった。命をいただくのだから、綺麗に食べなさいと教わったのもあると思うけど、僕より丁寧に食べてる気がする。
そんな話をすると、ペルラさんは面白そうに聞いていてくれた。昨日までのとげとげしい感じもなく、今日は話しやすいお姉さんになっている。
昨日、愚痴を言った時に慰められた。その時に子供っぽく思われたんだろう。ちょっと男としては悔しい。
「二人はこの宿には慣れてもらえたかしら?」
「料理が美味しいですし、ベッドも柔らかいし、部屋も広いので過ごしやすいです」
「食事が美味しいです! あと、魔法が使えるようになったら、過ごしやすくなりました」
マコの言うとおり、魔法が使える使えないで、随分と過ごしやすさが違う。
ここだと魔法が使えない時は、顔を洗う時には洗面所に行かないといけなかった。
「そういえば、部屋で使った水の処分って、なにか方法はあるんですか?」
「乾燥は使えないの?」
「いえ、その魔法は使えるんですけど……」
やっぱり乾燥で乾かすしか無いのかな。水の魔法で、汚れを分離させて濾過することは出来ないだろうか。手拭いの上から水を落とし込めば、水を濾過できそうだけど、その為には水を操作する魔法が必要か。そもそも、水の魔法は空気中からの水分、水素を集めてるみたいだけど、僕の知っているH2Oなんだろうか?
後は火の魔法も発火するものを使えば蒸発させることも出来る。ついでにお湯も作れるし、気化させれば水蒸気が出来て寝癖とか直すのも簡単になる。
やってみたいことは沢山有るのに、魔法の知識が足りなすぎてもどかしい。
「……リョウさん!」
「え? あれ? レイナ? おはよう?」
「おはようございます!」
いつの間にレイナが来ていたんだろう? 不機嫌そうだけど、そんなに何度も呼びかけられてたのかな?
「おはよう、テクラ」
「……おはようございます」
テクラはいつも通りだ。レイナの後ろにいるけど、今日は隠れていない。
「えっと、レイナ、待たせちゃった?」
「そんな事ないわよ。ついさっき来たのよ。呼びかけても返事がないから拗ねてるだけよ」
「拗ねてなんかいませんわ!」
拗ねていないという割には顔を背けられてしまい、機嫌を損ねてしまっているのは考えなくても判る。
「レイナ、ごめん。ちょっと考え事してたんだ」
「べ、別に、リョウさんが悪いわけじゃ……ゴホンッ それで、何を考えてたのですか?」
今朝から考えていた事を、レイナとペルラさんにもう一度聞いてみた。
「使い終わった水の処分ですか……普通は乾燥させますけど、その『クウキ』ですか? それが汚れるかもしれないと考えたことはなかったですわ」
「例えば、食事の匂いなんだけど、匂いって目に見えないよね。それだけ小さい粒が身の回りの空気に混じっている。それが鼻にくっつくと匂いって判って、僕達はそれを意識するようになるんだ。沢山の空気に薄められた匂いは、僕達には意識出来なくなる。それでもその粒は存在して、薄められて気が付かないうちに僕達の身体に取り込んでいるんだ。それは汚れ物も同じで、水に溶け込んでいる時はそれを適切に処分すれば匂いの粒はなくなるけど、乾燥させてしまうとその粒は見えなくなって部屋の中に溜まってしまう。出来るだけ早く換気すればいいんだけど、匂いって身体に取り込んじゃうと慣れちゃって、匂っているか判らなくなってしまう。場合によっては服とかにくっついたりしてしまうから、部屋の外でもその匂いを感じてしまうかもしれない。だから水のまま処分する方法か、その汚れだけを取り除く方法が無いのかなって考えてたんだ」
あ、あれ? さっきまで騒がしかった食堂が静かになっている。僕はまたやってしまったのか?
「リョ、リョウさん。その匂いの粒というのは、調理場でなかなか匂いが消えない理由なのでしょうか?」
「多分そうだと思う。調理場って事は、調理する度に色んな匂いが出てくるから、それが溜まり続けると、匂いはなかなか消えてくれないと思う。その匂いを薄めるには、汚れたところを丁寧に拭って、沢山の空気で換気するのが一番だけど、こびりついた匂いを取るのは大変かもしれないね」
「部屋で食事を摂ると、匂いが残っているというのはそういう事なのね。それが汚れ物でも、同じようにあるかもしれないから、部屋の空気は汚したくないわけね……」
なんか他のお客さんが気まずそうな顔をしている人が結構いる。部屋で食事を摂る人も多いんだと思う。
「部屋で食事を摂る人には、窓を開けて夜景を楽しんで下さいとか、部屋を出る前に窓を開けておいて下さい、みたいな一言を添えておけば、気兼ねなく食事をしてもらえるんじゃないでしょうか?」
夕食は今でも人が多いと思うのに、今まで部屋で食べていた人が食堂に集まってしまったら、もっと混み合ってしまうかもしれない。多少変わるのは仕方がないとしても、出来れば現状維持になるといいな……
「もう、リョウマくんはいろいろ心配症ね。そんなに心配してくれるのなら、うちの子にならない? 今なら私が付いてくるわよ」
横からぎゅっと抱きつかれた。
えっと、僕は何故ペルラさんに抱きつかれているんでしょうか?
「お兄ちゃんから離れて!」
「ちょっとぐらい良いじゃない。リョウマくんも嫌がってないんだし」
ちょっとと言われても、抱きつかれるとドキドキしてしまうんです。マコも怒ってるし出来れば離して欲しいんですけど……
「ペルラ姉さん! リョウ……お客さんに何をしてるんですか!」
「あら、レイナ。私はお客様と交流を深めていますの。何しろとっても勉強になることを教えて頂いたのよ。そうね、今日は学舎なんて行かず、お部屋でゆっくりお話しましょう」
ペルラさん、動じないなぁ。レイナをからかうのが慣れているのか、言葉遣いも淀みない。
今の状態を意識してしまうといろいろと不味いので、一人騒いでいないテクラに目線を合わせる。テクラはそれを嫌がってレイナの後ろに逃げるけど、顔だけは半分ほど見えている。目が合うと隠れて、また直ぐに出てくる。なんだか小動物みたいで面白い。
僕が相手しないのでペルラさんは飽きたのか、頭をクシャクシャと撫でると、受付に戻っていった。
ペルラさんは去ったけど、マコとレイナはご立腹だ。
「お兄ちゃん! ペルラさんは苦手だって言ってたんじゃなかったの? 昨日も抱きつかれて――」
「リョウさん! ペ、ペルラ姉さんがお好きなのですか!」
「なんでそんな話になってるの?」
僕がペルラさんに抱きつかれても嫌そうな顔をしなかった事、二人のフォローをしなかった事、途中からニコニコと笑っていた事と、幾つか理由を上げられた。
ニコニコしていたのは、多分テクラを見ていた時だと思うから、全部勘違いで良いと思うんだけど……
「テクラ、今の時間って、どのぐらい?」
「……三の鐘まで、半刻無い……です」
今日も走るの?
裏話をもう少し書いていた所、興が乗ってきた所で必要性が低いとボツにしました。
機会があれば別枠で掲載したいと思います。
次回更新は明日を予定しています。




