二日目.12 魔法
そうだ、魔法だ。
さっきの食事の時だけで、マコは二つ使っていた。マテリアル・シグナクルムも覚えてるって言ってたから三つは使えるらしい。
僕は魔力の導線を通しただけで終わって、今のままでは何も使えない。
「マコ、落ち着いたら、話がしたいんだけど、良いかな?」
「は、はい!」
声を大きく上げると、僕から手を離して一歩、二歩と下がった。
今までぎゅっと抱きつかれていたから、急に離れられると少し物足りなくなる。体温が下がった感じだ。
それと、気にするほどじゃないけど……マコが妙にしおらしい。
「えっと、マコが使える魔法についてききたいん……だけど……?」
「あ、うん、そだね……忘れてたよ」
僕が喋っていると、いつものマコに戻ったようだけど、今日のマコはどうにも情緒不安定みたいだ。本当、迷惑かけてしまった。迷惑をかけて良いのはマコの方なのに。
魔法の話の前に、淹れようとしていた紅茶のポットを持ち上げる。マコから止められなかったところを見ると、お嬢様ごっこは終わったかな?
ポットにはそこそこお湯が入っていたようで、結構ずっしりする。少しカップに注いでみると……無色透明だった。
「マコ、まだ紅茶の葉は入れてなかったんだ?」
「あっ、ポット暖めてたんだよ。少ししてから入れ替えるつもりだったんだけど……」
さっきのやり取りでお湯はぬるい水になってしまった。水差しのお湯も、似たようなものだろう。仕方がない、水だと思って飲めば問題ない。
僕は二人分のカップにぬるくなった水を注ぐと、一つをマコに差し出し、自分のカップに口をつけた。
自分でも思っていた以上に喉が渇いていたらしく、カップの水は殆ど残ってなかった。マコの方も一気に飲んだようだ。
新しく注ぎ直し、マコの話を聞くことにする。
マコは自習出来る魔法から先に覚えたようで、土の魔法からは、コレクト・ソルム、水の魔法からは先ほど使った、ニズィ・アクア、火の魔法からは、ランプライト、風の魔法からは、シィカティオ、光の魔法からは、フゥトスフェーレ、無属性の魔法からは、マテリアル・シグナクルム、リダクショーネム・マジアの魔法をオラシオ先生から教わったらしい。
その後に治癒魔法術師のカミラ・リナレスと言う人から擦り傷、切り傷を治す、キュア、骨折を治す、クォード・プリマ・フィグゥラ・レクテ・ファクタ、疲労回復の、サーナ・ラボレ・スオ、解毒に効果のある、デトックスを教わって来たらしい。
基本的には各元素、属性に対して魔力を適切量流すことが出来、呪文さえ正しく唱えられれば魔法は発現する。各魔法術師が優秀とされているのは、その場面で適切に魔法を使い分けることが評価されるらしい。単純に魔法が使えるだけでは称号は得られないようだ。
魔法は各元素だけで本が一冊出来るほどの種類があるので、魔法術師はそれぞれ自分に得意な魔法を書き写し、自分なりの魔法の書を作ることから始めると言われたそうだ。
カミラさんは水、光、無属性、特に治癒、回復魔法に特化しているが、それでも魔法の書は五種類用意しているらしい。外傷、内傷、解毒、病気、日常に使う魔法等で分けて、それぞれの症状で魔法を用いるらしい。専門のない、お医者さんみたいだ。
魔法の書は普段封印されているので、他の人は使えないらしい。マコはまだ文字の読み書きに習熟していないから見せられても読めなかったそうだ。
魔法を教わるのはとても楽しかったらしく、マコは生き生きと話してくれた。さっきまでは不安だったけど、少しでも楽しい事が残ってくれれば、この旅行は来て良かったと思う。
「カミラ先生はすっごい美人でね! すごい大人なんだよ!」
「美人は良いけど、大人って……ミレイア先生みたいな感じ?」
「うーん、ミレイア先生よりも、妖艶っていうの? えっちな感じ?」
妖艶な保健室の先生みたいな感じだろうか。気にはなるけど、いつか挨拶には行こう。
僕はマコが日本語で書いた魔法の呪文のメモを見て、魔法の使い方を教えてもらった。
魔力を渡すと言うことは、その元素をイメージしてその対象に魔力を送ると言う事らしい。
水が近くにあれば、水を思い浮かべやすいから、効果が出やすいらしい。試しに桶の上に手を置いて、水を溜めよを唱えてみると、掌からじわりと水が滲んできた。
「え? なんでそんなに少ないの?」
「これって失敗?」
マコは最初に水を溜めよを唱えた時、水が噴水のように湧き出し、教室が水浸しになったらしい。
さすがに大げさだろうと思ったけど、マコが桶の上で唱えると一メートルぐらい水が吹き上がった。これでも抑えている方らしくて、最初は教室の天井にまで届いたそうだ。
僕も調整に挑んでみる。水滴のような小さい水をイメージしていると、掌を濡らすぐらいだったけど、蛇口から出てくる水をイメージした所、ゴボゴボと水が湧いてきた。マコと同じぐらいの水……滝かな?とイメージした途端、天井まで水が届いてびっくりした。ベッドのシーツが濡れてしまったけど、マコが乾燥を唱えてくれて、直ぐに乾かしてくれた。
今のマコが出した噴水は、蛇口から出てくる水をイメージしたらしい。魔法の効果を抑える方法は今のようにイメージで全体的に出力を落とすか、魔力の供給を抑えて効果を落とすかのどちらかになるらしい。同じイメージでも、魔力を抑えると滝とシャワーほどの違いにもなるらしい。ちなみに、最初に桶に水を溜めた時は水滴をイメージしたそうだ。僕との差は随分と大きいらしい。
「マコの持つ技量って凄いんだなぁ」
魔法の技量、つまりは倍率器だ。ゼロにすることも出来れば一〇倍、一〇〇倍にも出来る。少ない魔力でも倍率器の性能が良ければ、大きな効果を齎せるらしい。
魔法を使うには、具体的なイメージを持つこと、魔力の量、そして技量に合わせた範囲や強さ。呪文はその魔法に方向性を与え、現象を固定する物だそうだ。魔法術師の人達はこの技量が総じて高く、魔力の量が多い事が大事らしい。オラシオ先生には直接言われなかったけれど、カミラさんには既に術師に匹敵すると言われたそうだ。
ノエリアも技量は高いけど、イメージが治癒、回復に偏ってるので、他の魔法はあまりうまく発動しないらしい。
セベロは水に傾倒していて、土と風は大人よりも強い効果が出せるけど、光や火は普通の大人と変わらないぐらいらしい。成長して魔力の量が多くなれば、水の魔法術師になれる資格はある、と言うのは学舎皆の感想らしい。
レナトは別け隔てなく扱えるけど、その分何かの元素に特化した技量はないらしく、中の上と言うのがオラシオ先生の評価らしい。
テクラは学舎にまだ数ヶ月しかいないので、これからどうして行きたいのかを決めるんじゃないかと言われている。ただ宿屋で暮らしているから、あまり大きな仕事にはつかないんじゃないだろうか。
技量は個人によって、元素や属性に相性があり、光元素に高い効果を齎せる人ほど闇属性が弱くなってしまう。稀にレナトのように別け隔てなく同じほどの効果を齎せる技量がある人が現れるけど、魔法術師になれるほどの才能ではないらしい。所謂器用貧乏と言うことだけど、全ての魔法を扱えるという意味では仕事に困ることはないらしい。
レナトは自分の技量を知った時、蔵書庫で本を読みふけり、同じ境遇の人が色んな役割に着いていた事を知った。しかし、魔法全般を扱うことが出来るならそれを自ら試して記録することも出来ると思いつくと、今回のマコの新しい魔法に食いついたわけだ。
「マコは色々勉強してるんだなぁ」
「お兄ちゃんも怪我してなかったら、ちゃんと教えて貰ってるはずだよ」
「はいはい、マコ先生の言う通りです」
魔法の才能がある人は、それぞれ伸ばす方法はあるけど、ベルタやロルダン、ビトみたいな体術を重視する人は学舎で学ぶ程度で十分な効果が得られるらしい。それ以上は逆に足枷になってしまうから、魔法を使えて体術も優れていると言う、僕のような能力を持つ人は殆どいないらしい。
「お兄ちゃんみたいな才能の人は珍しいから、一度会ってみたいって言ってたよ」
「治癒魔法、回復魔法は覚えたいと思うけど、ペルラさんみたいな人じゃないよね?」
「違うけど……お兄ちゃん、ペルラさんみたいな人が好きなの?」
「いや、どっちかと言うと苦手」
マコはふーん、と言って、ポットから自分のカップに水を注ぐ。頑張って用意してきたのに、水しか飲めないのか。
「そういや、お湯の出し方は何かあった?」
「駄目みたい。温かい水は出せても、お湯にはならないって言われたよ」
「そうか……なぁ、マコ。その水差し、金属だから灯火で暖められないかな?」
マコはどうやって暖めたら良いのか、水差しを持ち上げて左手に置いたり、右手に掴んだまま悩んでいる。
僕が一度水差しを取ると、実験してみる事にする。
「まずは一番小さい灯火を出してみて」
「はぁい」
――灯火
ピカッとまるでLEDライトを向けられたかのような明るさが目に入ってきた。これは駄目だ。
「マ、マコ、もう少し明るさを落とせない?」
「わたしの魔力、濃密らしくて、あんまり弱くならないんだよ」
どうやらこれで精一杯らしい。生み出されている光球は、マコの掌より少し大きいぐらいあり、掲げ上げると部屋に影が無くなってしまうぐらいの明るさを持っていた。
掌から魔力が放出されるから、細かい調整が出来ないのかな? そもそもなんで掌なんだろう? 地球の魔法使いのイメージは杖で魔法を使うんだけど、この世界は掌を向けて使う。
「マコ、手を閉じたら魔法が消えるんだよね?」
「うん、魔力がぎゅっと止められるから、無理やり消してる感じがする」
「魔法の杖みたいに、何か魔力を通す物とかないのかな?」
出力する先を絞れば、もう少し調整ができるんじゃないだろうか? 掌って、結構面積があるから、なんだか魔力を多く使ってるみたいで勿体無い。
「⁉︎ そ、そうだよ! 魔法少女って、何か杖とか武器とか持ってた!」
「明日はオラシオ先生とエミリオに聞いてみようか?」
「うん!」
マコも今思い出したようで、魔法のステッキが欲しいと言い始めた。魔力を通す物があれば、そういう事もできるかもしれない――
「あ、ミスリルだ。ミスリルなら魔法を蓄える金属って、会長さんが言ってたよ。でも貴重だったりしたら、難しいかなぁ」
「そっかぁ……お金無いもんね」
「無いね」
「仕方が無いね」
「まぁ、聞くだけは聞いてみよう。買うのは無理でも貸してもらう事なら出来るかもしれないし」
それでももう少し出力を絞りたい。今のままが最小の魔法なら、マコの使う魔法は近所迷惑になってしまう。折角使えるようになったのに、周りを気にしないと使えないのは楽しくない。




