一日目.17 夕食
日が落ちて、辺りは魔法で灯された明かりが目立つようになってきた。気温も昼間とは随分と違って少し肌寒さを感じるぐらいだ。
レイナとマコも、風にあたって寒さを感じたのか肩がぴくりと動いていた。
「リョウさん! 私……」
レイナは何かを言いかけて、隣にいたマコに抱きついた。マコがびっくりしてる。レイナもびっくりしてる。僕もびっくりだ。
「あれ? マコさん?」
「うん、わたし、マコさん」
抱きついたまま二人は顔を見合わせている。なかなか微笑ましい。
「そうだ。マコが寝てる間に、レイナが風呂敷バッグ作れるようになったよ」
「ホントに⁉︎ わたしより先に出来ちゃったんだ。凄いなぁ。レイナちゃん、わたしも作る!」
「えっと、はい。作れましたわ」
マコはレイナに作り方を聞こうと、テーブルに引っ張ってくる。しかし、レイナはまだ落ち着きがなく、風呂敷と僕を見比べている。
「おーい、マコ。八の鐘が鳴ったから、そろそろ食事だぞ」
「そ、そうですわ! 私も帰らないと、お母様を心配させてしまいます」
「レイナちゃん帰っちゃうのかぁ……夕ご飯も一緒に食べれたら良かったのに」
「帰ったら家族に相談してみますわ」
マコは大喜びで、レイナに抱きついていた。ちょうどさっきの反対か。レイナもマコに抱きつかれるのは嫌いじゃないようで、ニコニコしている。
「それじゃ、レイナ見送って、ご飯食べに行こうか」
僕は窓を閉め、テーブルの上の風呂敷を解こうとすると、レイナが待ったをかけた。
「リョウさん、あの、大変不躾なお願いだとは思うのですが、その敷布を譲っていただくことは出来ないでしょうか?」
自分で作った風呂敷バッグだから、自分で使いたいのかな? でも、今のレイナなら自分で作れると思うんだけど……やっぱり記念品かな?
「鞄買わなかったから、この風呂敷がないと手荷物が運べないんだよね。持って行ってもいいけど、代わりの風呂敷とか貰えないかな?」
「はい! 私からも用意させて頂きますわ!」
レイナに風呂敷バッグを渡すと、とても嬉しそうに受け取ってくれたので、僕が考えた理由なんてどうでも良くなった。
「それじゃ、今度こそ下りようか」
「はーい」
「リョウさん、バッグにリンゴが入ったままでしたわ」
「あ、試しに入れてたんだ。それも一緒に持って行ってよ。今日道案内してくれた御礼に」
「私はペルラ姉さんにお願いされただけですし、リョウさんに御礼されるほどの事をしていませんわ」
レイナは可愛らしく首を傾げて、疑問を口にする。
「実は買ったは良いものの、皮を剥くナイフも無くて、皮ごと食べるのはちょっと自信が無かったんだよね。だから貰ってくれると嬉しいな」
「そうですか? それでは頂きますね」
「レイナちゃん、今日はリンゴいっぱいだね」
「そう……ですわね。忘れられなくなりますわ」
僕達はようやく一階に下りてくると、ロビーは既に人でいっぱいだった。
「こんなにたくさん泊まってるんだ」
「早めに来た方が良いって、本当だなぁ。明日は暗くなる前に食べに来ようか」
宿の前まで来ると、レイナは一人で帰れるので、見送りはここまでで良いと言った。
「リョウさん、明日の朝、敷布をお届けしたいのですが、伺ってもよろしいでしょうか?」
「朝ってことは、学舎に行く前って事だよね?」
「はい、学舎に持って行く荷物を用意されるのでしたら、朝伺った方がよろしいかと思いまして」
「うん、わかったよ。明日の朝待ってるね」
「レイナちゃん、また明日ねー」
「はい、リョウさん、マコさん、また明日お会いしましょう」
「レイナ、気をつけて帰ってね」
レイナは軽く頭を下げると、街灯で明るい場所を選びながら帰って行った。
こんな暗くなるまで居るなら、送って行きたかったけど、場所を知らないと言うのは不便だ。せめて迷惑をかけないように宿屋と学舎の道は覚えよう。
「なぁ、マコ?」
「なに、お兄ちゃん?」
「学舎への行き方覚えてる?」
「お兄ちゃんについて行くよ」
「レイナと友達になれて良かったな」
「うん」
レイナの姿が見えなくなるのを確認すると、宿屋の中に戻り、受付のペルラさんに会いに行った。
「レイナは随分長居してたのね」
「すみません、自分で出来るようになるまで頑張ってたんです」
ペルラさんは、ふうんとなんとも微妙な返事をした後、レイナと仲良くしてやって欲しいと言われた。
言われるまでも無く、今の僕達はレイナが居ないと明日の行動すらままならない。
「レイナには頼ってばかりなので、こちらからお願いしたいぐらいです」
「まぁ、そっちはレイナがなんとかするから大丈夫だけど、食事はどうする? 大人に混じって食べれる?」
ペルラさんもマコを心配で見てくれる。僕も知らない大人ばかりと言うのは気後れしてしまうけど、ここは知った人がいない場所だから何処かで決めないといけない。
「初日ですし、ここで食べていきます。難しいようなら、部屋で食べる事も考えます」
「そうね。怖い思いしてまでここで食べなくて良いからね」
ペルラさんは優しくそう言うと、僕達二人分の食券を渡してくれた。
この街の宿屋は、前払いで宿代を払う。その中に朝夕の食事が含まれるが、食べなかったら精算時に返金される。そのチェックするのが受付での食券配布。食べる時に払えば良いという方法もあったらしいけど、用意する食材費の確保、人数の把握の為に、食事代を先に払わせる事になったらしい。ただし、これは普通の食事だけで、お酒やツマミはテーブルで注文するようになっていて、その場合は運ばれてきた時に一々払う必要がある。
食事のメニューは決まっている為、宿屋で食べるか外に行くかを前もって受付で決める事も出来る。
宿屋以外の飲食店は食べた後に支払う方法なので、宿屋だけが特別らしい。ペルラさんが言うには、外から来た人を初見で信用するのは難しいから、踏み倒されないように、だそうだ。
もう一つ理由があると言ってたのが、飲食店の客を取り合いしないこと。宿で高級料理等を提供すると、宿を取るお客さん以上に人が集まってしまい、提供出来なくなる恐れがあるかららしい。
いろいろ考えて上手く回ってるんだなぁ、と言うのが正直な感想だった。
僕とマコは食券を持って、厨房とカウンターが一緒になったような所に並ぶ。前には五人が並んでいて食券と引き換えに今日の夕食を貰っていた。
「給食みたいだね」
「食券受け取るだけなら、マコでも給食当番できそうだね」
「学校じゃ、ちゃんと当番やってるよ」
そうだ、真琴は小さい頃から雰囲気は変わらないけど、小学六年生、最上級生だった。
順番を待っている間、真琴は学校の事を話してくれた。
給食の時間は紀子ちゃんと音羽ちゃんと春流さんが同じグループで、重たい荷物は紀子ちゃんが代わりに持ってくれたり、二人で持つ食器は音羽ちゃんが一緒に持ってくれる、春流さんは皆の面倒を見てくれるお姉さんみたいな人って言っていた。
この春流さんが、真琴を妹みたいに可愛がってくれてるのか。
「なんで春流さんだけ、さん付けなんだ?」
「なんか、春流ちゃんより、春流さんの方が似合ってるから」
クラスの中では春流姉さんとも呼ばれてるらしいから、面倒見が良いんだろう。会うことがあれば、お礼でも言っておこう。
話に区切りがつくと、丁度僕達の番になった。手順としてはカウンターの上に食券を出すと木製のトレイに入れた食事が渡される。
カウンターの中から食堂のおばちゃんみたいな格好の、恰幅のいいおばさんが聞いてきた。
「小さいお姉さん、パンと麦とどっちにする?」
小さいお姉さんと呼ばれたマコは上機嫌で「麦!」と答えてトレイを受け取ろうとした。しかし、マコの背が低いので胸から上ぐらいしかカウンターの上に出てこない。食券を出してトレイを受け取るのが大変そうだ。
スープみたいな汁物もあるので、一旦トレイごと取り上げる。
マコはちょっとびっくりしたようだけど、すぐに手を離してトレイを僕に任せた。
「ありがとう!」
マコはおばさんに言ったのか、僕に言ったのか、少し大きな声でお礼を言う。トレイを受け取ったマコは、返事も待たず空いてるテーブルを探しにカウンターから離れていった。
僕も麦を選びトレイを受け取ると、ありがとうございますを言ってマコを追いかける。
マコは壁際の四人席を陣取って、僕に手を振っていた。この宿には他に子供は見えないようで、僕達はよく目立つ。大人は若い夫婦が多いようで、歳をとった人はまばらだ。
皆同じぐらいの時間に食事を摂るのか、八の刻の鐘が鳴って少し経つけど、もう人が増えていないみたいだ。
僕はマコの前にトレイを置いて、席に座る。僕もマコも初めて見る食べ物に興味津々だ。
手を合わせ、二人でいただきますを言って、箸を取る。
まず、主食は麦ごはん。日本で食べていたお米と違って、パサパサともちもちが混じっていてなんだか不思議な感じ。
メインディッシュは鳥の骨付きもも肉をトマトで煮込んだ料理。箸を差し入れるだけで身が解けるぐらい柔らかい肉と、トマトとキノコがほんのり甘くて一緒に食べるとなんとも言えない美味しさになる。
スープは濃いオレンジ色で、甘酸っぱい匂いがする。形が見えないポタージュになってるので、何が使われてるのかわからない。どろりとしたスープだけど、飲みやすくてこれだけでもお腹が膨れそう。
最後にサラダ。カリフラワーやオレンジが入った、なんだか見た目はデザートみたいなサラダで、ドレッシングが甘しょっぱくて全然飽きない。
どれも食べたことがない味、料理でとても美味しかった。マコも一口食べるごとに美味しいを言わんばかりにニコニコしているので、満足しているんだろう。
ごはんだけは見た目が米っぽいのに、期待した味じゃないのが残念だった。麦って言ってたから、こういうものなんだろう。苦手な味じゃないので、食べ慣れられると思う。
とても美味しい料理だったから、美味しい、以外の言葉を喋ること無く、二人共食べ終わってしまった。お陰でお腹がいっぱいになってしまい、僕が演説した腹八分目って何処行ったっけ?と思わざるを得なかった。
「お腹いっぱいになったかしら?」
ペルラさんだ。
受付から見ていてくれたようで、美味しそうに食べてるので安心してくれたようだ。
食後のジュースを差し入れに持ってきてくれて、僕達のテーブルに座った。
「とても美味しかったです!」
「こんな料理は初めて食べました。とても美味しかったです」
持ってきてくれたジュースは少し酸味があったけど、口の中が甘くなっていたので丁度良かった。
「あなた達、ハシを上手に使うのね。この辺りの人だと、ナイフやフォークを使うのだけど、麦の粒をどうしても残してしまうのよね」
麦ごはんが入っていたお皿は、粒の一つも残さず食べていた。箸で食べてるとお茶碗の方が食べやすいけど、皿でも困ることはない。
「小さい頃からずっとお箸を使っていますから、ナイフやフォークの方が苦手かもしれません」
「不思議な子達ね」
ペルラさんはじっくりと僕を眺め、マコは優しい目で見ている。朝とは違った対応になんだか背中がぞわりとする。
「それで、レイナと上で何をしていたのかしら?」




