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異世界おこし  作者: 西哲
一週間だけの異世界旅行
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一日目.16 迷子

「もう買物は終わったよ。手持ちも厳しくなってきたから、無駄遣いは避けたいな。それより――」

「お金はこちらで融通しますよ」


 急にどうしたんだろう。アンヘル商店に居た時におとなしかったのは、そういう事(・・・・・)を考えていたのかな?


「エミリオ、誘ってくれるのは嬉しいけど、僕達はまだこの街に来たばかりだから、もっといろいろ見て回りたいと思ってる。さっきのアンヘル商店みたいに有名な建物とか、面白い話がある所ないかな?」

「うちの商会で、ご案内できますよ。何だったら、宿もこちらで面倒を――」


「皆ごめん、今日は解散にしよう。また明日学舎でね」


 ちょっと早いけど、宿に戻ろう。今のエミリオは話を聞いてくれそうにない。

 結局、ロルダンとビト、ベルタは買い物もしなかったから、付きあわせただけで悪かったなぁ。明日は体術の時間で手合わせして、もう少し話をしよう。


「リョウさん、ちょっと待って――」

「エミリオ、今日はありがとう。またね」

「エミリオくん、ばいばい」


 今の僕は両手が空いているので、マコの手を引いて宿屋のあるはずの方向に向かう。マルケスは大通りを通って、判りやすい道を選んでくれたと思うんだけど、一度噴水広場まで戻ったほうが良いだろうか?


「マコ、ちょっと……」

「さっきのエミリオくん、なんか変だったね」

「……そうだなぁ。僕らがいろいろやっちゃったから、焦ったのかな?」

「僕らじゃなくて、お兄ちゃんが、でしょ」


 確かにそうだ。今日のマコはとても大人しい。まるで借りてきた猫のようだ。猫といえば、犬だけどベスの事を思い出しちゃった。夕飯前だし、いつもなら散歩に行っていてもおかしくない時間か。

 服も違うし、街も違う、直ぐに家に帰れないほど遠くに来ているのに、緊張感がないのは、まだ物語の中にいるような気分だからかな? 宿に戻ったら、もう少しこの旅行をどうするか真面目に考えてみよう。


「なぁ、マコ」

「何?」

「宿までの道、覚えてる?」


 マコはびくっ!と震えて、僕の手を強く握った。あぁ、マコも駄目っぽいな。


「まずは、朝通った判るところまで行こうか。どうしても駄目なら、道を聞けばいいよね」


 名前はベネディクトゥス。ペルラさんが受付をしてくれた宿屋だ。可愛い雰囲気の建物だからひと目でわかる。夕陽が見える位置ということだから、正門に近いところだったろうか? 北門の方じゃないと思うけど……あれ? もしかして、本格的にやばい?

 マコを不安にさせても仕方がないから、少し露店を見てから帰り道を探そう。


 露店が並ぶ大通りは噴水広場から正門の方角に向かっている。会長さんに連れられて来た道だ。朝は準備をしている時間だったから人も少なかったけど、今は沢山の人が買い物したり、空いた空間でお喋りや、立食している。


 人が食べてるのを見ると食べたくなるもので、串焼きの匂いにつられてお腹を鳴らしてしまう。でも、夕飯を宿で取ると言ってあるから戻らないといけない。それにお土産もあるから、食後に食べるものとしては十分のはずだ。

 マコが動きを止めてるけど、手を引っ張って匂いから離していく。不満そうな顔をされても、仕方がないよ。


 大通りを歩いていると、飼われているのかわからないけど、猫に遭遇した。この世界にも猫はいるんだ。こちらでも猫って呼ばれてるのかな?近くの露店の人に聞くと、知らないのを変に思われたみたいだけど、猫の呼び名を教えてくれた。キャットだそうだ。英語かな?と思ったけど、ちょっと訛りがあるのか、微妙に違うような気がする。

 お店の人に、ドッグはいるのか聞いたら、居住区の方には多くいるらしい。商業区や、大通りでは犬猫は邪魔になるから、あまり好まれないそうだ。


「マコ、こっちにも犬猫いるんだって」

「ベスみたいなのいるかなぁ」


 ベスみたいに人懐っこいなら、構ってあげたいなぁ。あ、そうだ。これだけ広い街だから、公園みたいなのはないのかな?犬を遊ばせるには、広いところが必要だと思うけど。

 この街は人が住む街で、獣を遊ばせておく場所ではないと、公園はないらしい。噴水広場から各門まで徒歩でおよそ十五分ぐらいかかるから、一辺が三キロメートルぐらいありそうなんだけど、その中でさえ無駄にできないのか。まぁ、門の外に出ればだだっ広い草原があったから、遊ばせるならそういうところなのかも?どちらかと言うと、狩りじゃないかって気もするけど。


ゴォーン…コーン…コーン…


 遂に七の刻になってしまった。そろそろ宿屋を探さないと。

 僕とマコは親切に教えてくれたお店で、リンゴ二つを一ヴィで買って、宿屋がある方向を教えて貰った。


「お兄ちゃん、宿屋いっぱいあるよ……」

「あぁ……いっぱいあるな……」


 アクアルムは船や馬車で交易するだけあって、沢山の商人や旅人が訪れる。その為に宿屋がいっぱいあるらしい。初めは目印になるようなものもあったけど、宿の数が増えていくに従って、目印が目立たなくなったらしい。その為、慣れるまでは番地のように決められた番号を頼り、案内板を見るのがここでの見つけ方らしい。

 マルケスは道を知っていて、わかりやすい道で最短ルートを通った為、僕達はあまり宿屋を多く目にしていなかった。それが目の前にたくさんある建物を目にして呆然としてしまった理由だ。

 僕が何故その事が判ったかというと――


「リョウさん。行きますわよ?」

「うん、よろしくお願いするよ」


 様子がおかしくて、先に帰ったレイナが僕達を迎えに来てくれていた。そういえば宿屋の娘って言ってたっけ。

 レイナはペルラさんが従姉妹と教えてくれた。ペルラさんが僕達に宿の案内番号を教えていなかった事を思い出し、店番を代わって貰って僕達を探しに行こうとしたらしい、するとレイナは僕達の事を知っているから迎えに来てくれたと言う。


「本当、レイナが迎えに来てくれなかったらどうしようかと思ったよ。ありがとう、レイナ」

「レイナちゃん、助かったよー。お兄ちゃんも一緒に迷子で――」


 マコに最後まで言わせず、空いている手で口を塞ぐ。

 レイナはそれを見て楽しそうに笑って、迷子にならないように手を繋ぎましょうと、マコの口を塞いでいた手をとった。


 レイナは再会してから機嫌が良いようで、あの時おかしな様子だったのは今は見られない。

 フォンス・フローレスに行く前のように、歩きながらルーシア様の事を話してくれたり、あの後何をしていたのかを僕らに聞いていた。

 サムエル商店の話をすると、私も買い物がしたかったと言って、ちょっと口を尖らせ、噴水広場の事をマコが話すと、レイナも怒って、僕は反省を促された。アンヘル商店の話をすると、風呂敷のバッグを見て、教えて欲しいと言われたので、一緒に宿屋の部屋に来ると言っていた。そんなに難しくないし、夕食の時間までには覚えられると思う。


 話をしながら歩いていたおかげで、場所は覚えられなかったけど、案内番号――と言うより記号を教えられたので、今度は大丈夫だと思う。駄目だったら、レイナに頼って良いかと聞くと、承りますと言ってくれた。


 案内板のあった所から十分、僕達はベネディクトゥスに到着した。宿屋の前ではペルラさんが待っていてくれたようで、マコを見つけるなりぎゅっと抱きしめていた。


「リョーマ君、ごめんねー、番号を教えるの忘れちゃって、ここまで大変だったでしょう?」


 マコは身動きが取れないようで、抱きしめられた体勢のまま、動く腕をバタバタと振って、離して欲しいとアピールしているようだ。


「レイナが来てくれて助かりました。あと、マコが死にそうなので、放してやってください」


 ペルラさんは残念と言うと、マコを解放してくれた。

 その後、他に説明していなかったと、夕食の注文の仕方、洗濯物の出し方、朝食の時間等を教えてくれた。この辺りは僕が急いで外に出てしまったから、ちゃんと説明する時間が作れなかったのが原因だ。


「ペルラさん、夕食は鐘が鳴ってからで良いですか?」

「そうね。あんまり遅くなると、飲んでる大人が増えるから、早めのほうが良いわね。前もって言ってくれたら、部屋に運ぶことも出来るわよ」


 僕は礼を言って、借りてる部屋に上がろうと受付横の階段に足をかける。マコは先に行って鍵を開けてくるそうだ。僕からお土産をひったくるようにして持つと、一度フラついたものの、足早に階段を駆け上がっていった。

 ペルラさんは僕と一緒に階段に向かうレイナを見て声をかけた。


「レイナは帰らないの?」

「リョウさんに教えて貰いたいことがあるんですの。夕食までには戻りますわ」


 ペルラさんはニヤニヤしてレイナを眺めている。からかうのにいいネタが手に入ったと言わんばかりだ。


「リョウさんね……今日一日で随分と仲良くなったのねぇ」

「リョ、リョウさんが、皆に同じ呼び方をして欲しいって言ったから、私もリョウさんって呼んでるだけですわ。別に他意はありません!」

「ふぅん、そういう事になってるんだ。まぁ、叔父さん達が心配するから早く帰るのよ」


 顔を赤くしたレイナが何か言いたそうだったけど、僕の後に付いてきた。

 三階まで階段を上がると、突き当りの部屋に向かう。正面に扉があるから、凄く偉い人が泊まっているみたいに思える。


「あの、リョウさん。お部屋はここなのですか?」

「うん、いい部屋を用意してくれたって言ってたよ。僕達には勿体無い部屋だけどね。さぁどうぞ」

「お、お邪魔します……」


 中に入ると、マコがテーブルの上で風呂敷を広げ、何度も皺を伸ばしていた。お土産の方はリンゴと一緒に木箱のままテーブルの上に置いてあるので、まだ中は確認してないみたいだ。

 買ってきた鞄は何処に置いたのか聞いたら、クローゼットに置いてあるらしい。鞄から中身を取り出し、インクの無事を確認すると僕はホッとする。


 風呂敷を広げているテーブルには椅子が二つしかないから、一つはマコが座り、レイナにも座って貰った。僕は教える方だから、立ってた方が楽だしね。

 レイナは部屋に入ってから緊張していたけど、僕とマコで折鶴を折って見せると興味をそそられて、さっきまでのくだけた感じに戻ってくれた。

 折鶴は今日は教えられそうにないから、また今度教える事になりそうだ。


 初めは三角も正しく折れなくて、途中で形が綺麗じゃないと解いて何度もやり直しをする。一つ結びはうまく出来ても、同じぐらいの位置に結び目を作ることが出来ず、マコも一緒に結んでは解き、結んでは解きを繰り返して、ようやく納得できたようだ。

 そして、最後の難関が真結び。これは本当によく考えられている結び方で、正しく結べていると簡単に解けるけど、間違って結んでいると解くのに苦労する。僕も覚えるまで何度も失敗した。


 レイナとマコも随分と苦労しているようで、何度も縦結びになっていた。この結び方は途中で一度巻きつけるのを忘れなければそんなに難しくない。

 どうしてもうまくいかないようで、レイナの手に僕の手を添え、結びを誘導していく、お婆ちゃんに教えてもらった事を教えているようでなんだか誇らしい。手が触れた瞬間、レイナの顔が真っ赤になって動きがぎこちなくなってしまったけど、いきなり触ったのは拙かっただろうか。


「ごめん、急に触ったのはびっくりしたよね」

「い、いえ、だ、大丈夫、ですわ!」

「お兄ちゃん、女の子をいきなり触ったら駄目なんだよ」


 マコの説教が始まり、レイナがあわあわと間に入って取り持ってくれる。

 やがてマコが疲れてベッドに倒れ、レイナが落ち着いて、僕の手の通りに動かす。

 陽も落ち始め、気温も低くなってきた頃、なんとかレイナだけで結んだ風呂敷バッグが完成した。


「出来ましたわ……!」

「おめでとう、レイナ。凄くがんばったね」


 レイナを褒めると、飛びつくように抱きついてきた。

 マコ以外の女の子に抱きつかれたのは初めてだったので、びっくりして何をしたら良いのかがわからなくなってしまった。


「あ、え? あの……レイナ?」


 マコだったら苦しくなるぐらいまで抱きしめ返したりするけど、可憐な少女だ。さっきも怒られたばかりだし、同じようにしたら壊れてしまいそうでこわい。マコも寝てるし、レイナの気の済むようにさせておこう。


 開けられた窓からふわりと風が入り込んできて、火照った頬も少し落ち着いてきた。窓の外は(フルーミネ)の上に陽が落ちていて、川面が金色に見えた。これが初代領主が街をここに作ることにした理由か。


「レイナ、(フルーミネ)が綺麗だよ」


 ふぇ、となんとも可愛らしい声が聞こえたかと思うと、また顔を赤くして僕から距離を取った。やっと自分が抱きついていたのに気がついたらしい。


「リョ、リョ、リョ、リョウさん……! あの、私、失礼な事を……!」

「レイナ、後ろ。フルーミネがとても綺麗だよ」


 レイナは後ろを振り返ると、わぁ……黄金の(アウレウム)……川面(フルーメン)と、声を上げた後、見入って感動しているようだ。折角だから、夕食も近いしマコも起こそう。

 寝ている所を起こされたのでまだ眠そうだったけど、機嫌は悪くないみたいだ。

 僕は人差し指を口に当て、マコに声を出さないように示し、窓を指差す。金色の光が川を照らし、レイナが見入っているのを見せると、マコの背中を押してレイナに並ばせた。マコもレイナと同じように川面の綺麗さに目を奪われ、声なく立ち尽くしているようだった。


 やがて陽が完全に落ち――


ゴォーン…コーン…コーン…コーン…


 八の刻の鐘が鳴った。

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