一日目.12 食事の時間
ようやく立ち直ったレイナに睨まれたけど、料理が来た事で視線を外してもらえた。
そのレイナが注文してくれた料理は貝やエビ、イカが乗ったペスカトーレ、川沿いの街だと思ってたけど、海の魚介類も仕入れてるんだ。
レイナも同じペスカトーレだけど、女性向けなのか少な目だ。
マコはエミリオに選んでもらった野菜が乗ってるボロネーゼ、エミリオも同じ。
テクラはベーコンが沢山乗ったカルボナーラ、ノエリアはアスパラガスみたいな野菜の乗ってるペペロンチーノ、ベルタはロルダンとアラビアータかな? ビトはハーブかバジルっぽいのが乗ったペペロンチーノでちょっとびっくり。ビトはもっと肉を食べるのかと思ってた。セベロとレナトはマコと同じボロネーゼだった。
このアクアルムは川を使って資源のやり取りをして、山の恵みも海の恵みも受けられる。商業区と北門を繋ぐ大通りは人よりも物のほうが頻繁に出入りしていると言われてるぐらいらしい。
小麦や大麦はこの地で生産されていて、野菜などは自給自足。他に必要な物は無理に生産しなくても良い程、他の領地や街との交流は良好らしい。
海産物が食べられるのなら、海に行ってみたいけど、この旅行中に行くのは難しいだろうな……
フォッカッチャに生ハムとチーズ、レタスなどの野菜が挟まったサンドイッチを口にしながら、パンとパスタが主食ってイタリアっぽいなと思ってしまう。
もしかすると、異世界に初めて訪れた人は地中海の人だったのかもしれない。ヴェストラはイタリア時々日本、みたいな感じがするよ。
ある程度お腹に入ったので、僕の方に視線が集っているのに気がついた。どうやらさっきの発表で、僕が話す言葉に興味を持った人が増えたみたいだ。
カフェで革命があったというのはパリの話だけど、このヴェストラでも何か動くのかな?
「リョ、リョウさん、さっきの『エイヨウ』についてお聞きしたいのですけれど!」
レイナはまだ顔を赤らめたまま、僕に声をかけてくる。
頑張って話を聞こうとしているのが可愛らしい。勉強好きの妹ができたみたいだ。
「栄養は僕もこちらに来る前に少し勉強したぐらいだから、あまり詳しくはないと思ってね。まず、栄養っていうのは体を動かすためのエネルギーと思ってもらったら良いよ。
その栄養には色んな種類があるんだけど……えっと、レイナは家で料理とかする? うん、さすがレイナ。マコは調理場に立つことも許されていないから、手伝い出来るだけ良いよね。
それじゃ、パンやパスタが小麦から出来ているのは知ってる? 知ってるなら話が早い。小麦を色々工夫してパンやパスタになってる。これは食べやすくするためだよね。
どうして食べやすくしてるのかって言うと、美味しいから……もあるけど、小麦には頭の働きを良くしたり、体の成長に必要な栄養が含まれてるから、一番大事な栄養、食事からは外せない。
この小麦みたいな栄養、エネルギーがあるものを、地球だと炭水化物って言ってる。
炭水化物以外に、体を作る栄養――この場合は材料――が足りないと治したり、成長できなくなってしまう。体を作る栄養は肉、魚、牛乳、卵、豆とかだね。これを蛋白質って言ってる。
体を成長させる炭水化物、体を作る蛋白質、そうすると、体を維持するものが必要になってくる。それが脂質。これも肉、魚、牛乳、卵、バターに含まれてる。
体を作る材料として蛋白質と言ったけど、それ以外にも必要な物があるんだ。
その一つがカルシウム。これは骨や歯を丈夫にする栄養。牛乳とかチーズ、小魚や、海草に含まれている。多く摂ると骨が丈夫になって、体も成長するって言われてる。
もう一つが鉄。食べ物の中に含まれている鉄分を摂ると、人の体の中では血を作るんだ。鉄分は、赤身の肉や魚、貝、苦味のある青い野菜に含まれてることが多い。寝不足の人や疲れやすい人は鉄分が不足していると言われてるから、周りにそんな人がいたら食べやすいように調理して食べてもらったら良いかもしれないね。
それじゃ、今日食べたパスタで説明するね。僕が食べたのは貝、エビ、イカが乗ったペスカトーレ。フォッカッチャと生ハム、チーズ、レタス。
パスタとフォッカッチャで炭水化物、生ハム、チーズで蛋白質と脂質、カルシウムもだね。貝もあるから鉄分も摂れるね。
レイナの選んでくれた料理は、僕が必要と考えてる栄養を全部含んでいる。ありがとうレイナ。
さっき食べた料理は、人が生きていく上で必要な栄養がある。後は身体に合わせた量を摂るだけ。
でも、毎日毎回同じパンやパスタだったら飽きてくるよね。フォンス・フローレスでもこれだけパンやパスタの種類があるのも、味や食感を変えて色んな食べ方が出来るように工夫してるんだと思う。
それぞれの食べ物にいろんな栄養が含まれているから、これだけ食べたら良いって言うのが無いのが難しいけど、小麦、肉や魚、野菜を食べていれば大丈夫。
ただ、食べ過ぎると太るから、日本だと腹八分目が良いって言われてる。もう少しで満腹、と言うところで食事を終える。これはとっても難しい。フォンス・フローレスの料理は美味しいから、お腹いっぱい食べたいよね」
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レイナとエミリオに向かって話しているつもりが、また聴衆を集めてしまったらしい。
さっきよりは心構えがあったけど、それでもたくさんの拍手をもらうとやっぱり照れくさいや。
「あ、ありがとうございます。あと、大人の人達が子供にあれを食べなさい、これを食べなさいと言う事があると思います。それはこの説明を経験で知っているからだと思います。嫌いだから食べさせようとしてるんじゃなくて、栄養があるものと知ってるから食べてもらいたいんだと思います。食べ物には色んな栄養が入っているので、苦手と思う前に、自分の体を強くするものと思って食べると我慢できるかも知れません。自分で料理する人は、別の食べ物や調理を工夫して食べるのが良いんじゃないでしょうか」
なるほど、と言う声や、野菜は苦手だと言う声もチラホラ聞こえる。好き嫌いあるのは普通だよね。
「どうだろう、レイナ、エミリオ。今ので判るかな?」
なんだかぼーっとしてるレイナと、考え込んでいるエミリオ。必死に紙に書き込んでるレナトがとても対照的だった。マコを見ると、とても不機嫌だ。何か言ったっけ……?
「リョウさん、説明ありがとうございました。さっき、食べ過ぎると太るって言ってましたけど、痩せるにはどうしたら良いんですか?」
……雑音が、消えた。
楽しく食事をしている人も多かったと思うのに、エミリオの声が通った後は息を潜めているかのように、誰も声を発しない。目の前に沢山の人がいるのに。
「え、えと……やっぱり体を動かして、体の中の栄養を良く使うのが一番、です。食事で調整したい人は、炭水化物の量を減らすと、痩せると聞いたことがあ……ります。これはさっきも言った、体に必要な栄養が不足してるから痩せていくんです。全く食べないというのは体を壊しますので、絶対にしないで下さい。でも、友人、恋人、家族に囲まれていて、食べることが楽しいなら、それは無理に痩せなくても幸せだと思います」
エミリオに話しているつもりが、周りの女性の目が気になって、下手なことを言えない雰囲気になってしまった。あまりふくよかな女性は見えないから、みんな仕事などで十分体を動かしていて、大丈夫だと思うんだけど……
「なるほど、食べる量を減らせば痩せられる。さっきのハラハチブンメがちょうどいい具合の食事量なんですね。でも、美味しい食べ物を食べてしまうと難しい、と」
エミリオはこういう知識も面白いですねと言って、その場を収めてくれた。良かった。
これ以上突っ込まれても、話のネタを用意出来てないよ。
栄養講座が終わると、レナトが僕の言った事を確認したり、ノエリアが薬草について知りませんかと聞いてきて、地球との薬の違いに驚かされる。
薬草は栽培してたりするけど、自然に発生しているものも多いらしい。それを煎じて飲んだり、粘液に浸けたものを貼り付けて怪我の治療をしたりするらしい。
魔法がない頃からあった方法という事だから、古くからの技能なんだろう。服薬は漢方に近いのかなぁ。塗り薬はガマの油?
雑談をしていると、注文していたデザートが並べられた。
僕とレイナの前にはクリーム・ブリュレ、マコとエミリオ、テクラの前には苺とブリーベリーが乗ったパンナコッタ、ノエリアとベルタはカトル・カール、ビトとロルダンは刻んだフルーツが乗ったアイスクリーム、セベロはチーズタルト、レナトはベリーがいっぱい乗ったタルト。
僕はブリュレの絶妙な焼き加減を見て、気になったことをエミリオに聞いてみた。
「エミリオ、このクリーム・ブリュレの表面って、どうやって焼いてるか知ってる?」
「オーブンで焼いてると思いますよ。一度に沢山作っているのを見たことがあります」
「なるほど、そうだよね。火の魔法で表面を焼いたりはしないよね」
パリパリとした表面を崩しながら、木のスプーンで掬って一口入れる。うん、甘くて美味しい。中のクリームも柔らかいなぁ。
「あの、リョウさん」
スプーンを口に咥えたままで、ん?と返事をしてしまう。何やらエミリオがびっくりしているみたいだ。
「大丈夫、美味しいよ。このブリュレ」
「いえ、そうではなくて、火の魔法で表面を焼く、ですか?」
「あぁ、うん。クリームを入れたカップをテーブルに置いて、お客さんの前で焼き上げて出すっていうはどうかなぁって。やっぱり危ないよね」
日本の洋菓子店でバーナーを使って目の前焼きあげているのを見て、視覚的にも美味しいなぁと思ったのを覚えてる。家に持ち帰ったら普通のブリュレだったから、ちょっと残念な気持ちになったけど。
「リョウさん、今の話をここの店主に話しても良いですか?」
「え? 出来るの? 出来たらお客さんや見てる人も面白そうって思うよ」
「出来るかどうかは分かりません。ですが、お客さんを集める手段の一つになるかと思います」
「こんなに沢山お客さんが来るから、そんなにアピールしなくても良いんじゃ……」
どの席を見てもお客さんで埋まっている。僕達も長居しすぎてるかな?
「どうせ直ぐに真似をされると思いますけど、お金を出して食事をするのですから、少しでも楽しんでもらえれば、何度も足を運んでくれるようになると思うんです」
僕の方にはなんのデメリットもないし、通りすがりにやってるのを見れば面白そうで立ち寄ってしまうかもしれない。あぁ、そうだ。日本でもそうやってブリュレ買ったんだった。
「別にいいよ。あと実演販売って言うんだけど、その場で焼いたものを店先で売る方がお客さんも喜ぶんじゃない? お店には入れなかったけど、デザートだけでも買っていく、みたいな。あ、でも器が勿体無いね」
そうだ、日本で簡単に持ち帰れたのは、カップがアルミだったり、プラスチックのカバーを使って、消耗品も安く出来たからだ。こっちの世界で日本と同じことをするには、お金がかかりそうだなぁ。
「リョウさん、今度じっくりお話しませんか? ご商売も随分と上手そうです」
「あ、いや、僕は旅行者だから、遊びに出かけるよ?」
そうですか、とエミリオは言い残して、店の奥に行ってしまった。
一度目の食事から随分と大変なことになってしまったけど、悪い意味で影響を残しているわけじゃないから、神様大丈夫ですよね?




