一日目.10 フォンス・フローレス
「四の刻までと、違う音がしたね」
四の刻まではコーンと少し軽い音だったけど、さっきのは重いゴォーンと言う音だった。
「五の刻は繰り上がりみたいだから、音が違うのかな?」
魔法組と合流した僕は、マコの言葉に納得する。門の衛兵さんも大きい鐘の音って言ってたから間違い無いだろう。
「じゃあ、ここまでだな。今日は昼から来る奴はいるか?」
パストル先生が体術組を見ても誰も反応しない。
魔法組を見ても同じ事だった。
「先生、今日はリョウとマコ誘って遊びに行くから、こっち戻って来ないよ」
「なんだ、誰も来ないのか」
ベルタの言葉に、パストル先生はちょっと残念そうだ。
僕だけでも来ないかと誘われたけど、僕が抜けたら意味がなくなってしまう。
僕の引き抜きにベルタが随分と怒って見えたけど、本当はからかっていたのかもしれない。しょんぼりするパストル先生を放って、ベルタは笑っていたからだ。
僕達は一旦教室に戻ると、個人の持ち物を手に学舎を出る。
体術組のロルダンやビト、ベルタは剣の木剣、魔法組は背負い鞄、ポシェットみたいな可愛い鞄を持っている。エミリオも戻って来ていて、ランドセルを薄くしたような鞄を背負っていた。
僕達も手荷物を入れておける鞄を用意した方が良いかな。特にマコはこれから紙を使っていくだろうし。
「リョウさん、マコさん、商業区の案内なら僕に任せて下さい。お昼は美味しい物を食べに行きましょう」
エミリオを先頭に僕とマコが続き、僕の隣にはレイナと手を繋いだテクラ、マコの隣にはノエリアとベルタ。
セベロとレナトは真ん中で何やら言い合ってる。ロルダンとビトは一番後ろでさっきの打ち合いの話をしている。
レイナは、ここでルーシア様が迷子を見つけて親を探していたとか、転んでいた子供をあやしていたとか、まるで見ていたかのようにずっと話してくれたので、退屈する事がなかった。
マコはノエリアと話したり、後ろの喧しい二人に同意を求められたりで、忙しそうだ。
大通りに出て十分ほど、中央の噴水が見えて来た。エミリオはどこに連れて行ってくれるんだろう?さっき通りすがった知り合い何人かと話していたから、顔は広そうだと思うんだけど。
「エミリオ、行くのは商業区だっけ?」
「はい、街で人気のお店なんですけど、人数多いので予約入れておきました」
「あれ? エミリオも学舎に居たよね? どうやって?」
クスクス笑うエミリオの可愛さがちょっと怖い。女の子に見えるよ……
「魔法で……と言いたいところですけど、近くの商家を頼りました。家の商店と付き合いがあるところなので、人をやってくれたようです」
魔法で、と言うところでマコが気にしてるじゃ無いか。
「びっくりしたよ。転移魔法が使えるかと思った。人にお願いしたんだ」
「転移魔法を知ってるんですね。その魔法も過去に喪われた魔法の一つなんですよ。昔は時間を気にせずに移動出来たので、央と呼ばせていた大領の主が、各領地に使者を送って遠くから支配していたと記録に残っています。大戦が始まる前の反乱では真っ先に――」
「レナトも黙ろうか」
セベロに感化されて、マコに説明するのが楽しそうと思ったのか、レナトもよく喋るようになってしまったらしい。
ミレイア先生の代わりに歯止めをかけてくれるベルタは得がたい存在だ。
しかし、転移魔法か。会長さんが普通に使ってたから存在するとは知ってるけど、喪われた魔法の一つだったんだ。やっぱり神使様の力は大きいなぁ。
今の魔法術師と言われてる人が昔の魔法を使える人と同じぐらいだとすると、当時の魔法の力が強かった人はどのぐらいの事が出来たんだろう。 ルースアの歴史語りでは強い魔法としか言ってなかったから、具体的にはレナトあたりに聞いたほうが良いんだろうか。魔法だからセベロだろうか? どっちにしても長話になりそうだから、今聞くことじゃない。たぶん、ベルタに怒られる。
「もう少しで着きます。噴水が見えるお店なんですよ」
「もしかして、フォンス・フローレスかしら?」
「さすがレイナさん、その通りです」
レイナとテクラが手を取り合ってきゃぁきゃぁ言ってる。ノエリアもさっき見たより顔が赤くなってる、嬉しいのかな? ベルタはニヤリとしてる。
男の子達はあんまり興味が無いのか、ふーんと言う感じだ。
「レイナ。そこって女の子に人気のお店?」
「はい! いつもいっぱいで、予約なんて普通取れないんです! 料理も美味しいですし、デザートも可愛らしくて素敵なの!」
なるほど、レイナの言葉がお嬢様言葉に聞こえないぐらい興奮しているらしい。
女の子に人気の店ならマコも喜んでくれるかな? 僕としては美味しいものが食べられて、マコの機嫌が良ければ万々歳だ。
「凄い人気の店みたいだけど、よく予約が取れたね」
「ええ、僕の特別なお客様と言ったら、席を取ってくれました。お店は人気ですけど、高級品が出てくるわけじゃないので、普通に昼食として気軽に食べられるお店ですよ」
「気軽に入れるお店じゃないわよ! いつ行ってもいっぱいなんだから!」
レイナは喜んでるのに、ぷりぷり怒ったりと表情が忙しい。
「レイナ、素直に喜ぼうよ。それとも僕達と一緒に行くのが嫌になった?」
「そ、そんな事はありません! ……わ。リョウさん、マコさんとご一緒できて嬉しいですわ」
お嬢様に戻っちゃった。ちょっと残念。でも機嫌は治った……かな?
僕達を引率するエミリオは笑みを浮かべたまま、賑やかな一行を泉の花へ導いた。
女の子に人気があると言われたとおり、ちょっと大人の雰囲気があるお店だった。
色の違う煉瓦を積み重ねて派手になりすぎない壁、ひさしは濃い影にならないよう薄いクリーム色、一階はオープンカフェになっていて、足元はフローリング。屋外はテーブル毎に赤いパラソルが広げられていて、その白いテーブルと赤い椅子がまるでプライベート空間のよう。そしてウッドデッキによる一段高い位置で、人が通っていても中央の噴水が見えるようになっている。
まるでヨーロッパにあるオープンカフェを目にしているようで、びっくりして言葉が出ない。
マコもノエリアもふわぁ、と口に手を当て驚いている。
「すごい! 素敵なお店だね!」
噴水の周りにはオープンカフェ形式のお店が多いけど、この店は一番お洒落な感じがする。いつも人がいっぱいいると言うのもわかる気がする。
……ただし、殆どが女性のお客と言うのが、男の子達が反応薄い理由だろう。
「ここは夜になると二階も開けるんですが、その時は男の人ばっかりって言ってましたよ」
僕の心情を悟ってか、エミリオが補足してくれる。でも男の人ばっかりってお酒だろうなぁ。
エミリオは慣れたように店に入り、予約していたというオープンカフェの屋外席に案内してくれる。
「エミリオ、ありがとう。ここは本当に素敵なお店だね」
「エミリオくん、ありがとう。わたしこんなお店、日本でも、地球でも行ったことが無いよ」
「気に入ってくれて良かったです。何度もは難しいですけどね」
照れたエミリオはとても可愛らしい。多分商店や他の商家の人にも可愛がられてるんだろうな、ちょっと無理を聞いてしまうぐらいには。
エミリオは座る席をそれぞれ指定する。
十一人で三つのテーブルだから六人、五人が対面になるようだ。
端から、テクラ、レイナ、僕、マコ、ノエリア、セベロ。
対面側は、一つ空けてビト、エミリオ、ロルダン、ベルタ、レナト。
僕の前にエミリオ、マコの前にはロルダン、左端はセベロとレナトが対面に……これはちょっと面白い。
「それじゃ、今日は僕の奢りだから、好きなものを選んでいいよ」
みんなは喜んでいるけど、僕とマコはメニューが読めない。どれを選んでも食べたことがない料理だろうけど、誰かに選んでもらった方が良いかな?
「エミリオ、僕達メニューが読めないから……」
「あぁ、そうでした。すみません。それじゃ……」
エミリオはすぐにメニューを見てくれる。
「あ、待って。エミリオはマコの注文を決めてくれないかな? 僕の注文はレイナにお願いしたいんだけど、駄目かな?」
「え? 私が選んで良いんですの?」
目を凝らしてじっくりメニューを見ていたレイナは、きょとんとして僕の方を見ていた。
「うん。レイナは人の面倒見るのが好きそうだからお願いしたいんだけど、どうかな?」
「え、ぇえ、も、勿論、人のお世話は大好きですわ。で、では、私が選ばせて、も、貰いますね!」
顔を赤くして、挙動不審になるレイナ。
無理を押し付けちゃったのかな、ちょっと悪いことをしたかもしれない。
「えっと、レイナ? 嫌ならエミリオにお願いするから……」
「い、ぃえ、これは私がお願い、された事、ですもの! だ、大丈夫、ですわ!」
大丈夫、かなぁ? あ、そう言えば父さんが食べ物について言ってたな。
「それじゃ、お願いするよ。出来れば栄養ある物が多いと嬉しい」
「え、『エイヨウ』って、何でしょう、か?」
そう言えば彼女達はまだ十二歳だった。食べる物にそこまで気にしていないのかもしれない。
僕も父さんに言われなかったら、ヴェストラに来る前に調べようとしてなかったし……
「僕も『エイヨウ』と言う言葉を知りません。どう言う意味でしょうか?」
エミリオも知らないらしい。たぶん、ヴェストラでは栄養学がまだ無いんだ。日本でもまだ百年ぐらいしか経ってないんだっけ……アクアルムにはそのぐらいから地球人も来てないらしいし、知識そのものが無いのかもしれない。
「マコは栄養ってわかる?」
「えーと、ご飯とかお野菜、お魚を必要な分だけ食べるんだっけ?」
「うん、まぁそんな感じ。僕もあんまり詳しく無いけど、折角だから食べながらお話ししようか」
みんながうんうんと頷いてくれるので、僕はレイナと同じ物を注文して貰うようにお願いした。




