一日目.9 先生達
「最後は私、ミレイア・シエルラ、二十四歳よ。大人の女性に頼りたくなったら、いつでもいらしてね」
ミレイア先生も随分と打ち解けてくれた感じで、にこにこしている。
でも頼るのはマコだろうな。女の子だし。
「私の方からは、あなた方二人の予定を聞きたいわね。七日……いえ、六日間この学舎に来られるのよね?」
「はい。今日を含めて六日間、こちらで勉強しようと思っています。最後の一日は挨拶回りと、自由時間にするつもりです」
「一日の予定はどうかしら?」
「学舎は五の刻までと聞いてますので、その後はこの街の散策だったり、魔法の練習をしようと思ってます」
学舎には五の刻過ぎても誰か人はいるので、魔法の練習や、勉強をするのに使っても良いらしい。前もって声を掛けてもらえれば、担当の先生を用意しておくことも出来るそうだ。
「他の先生方は、どんな方なんですか?」
「魔法のオラシオ先生と、体術のパストル先生ね。どちらも男性の先生よ」
「オラシオ先生は、色んな魔法に詳しいですか?」
「そうね……」
コーン…コーン…コーン…コーン…
遠くから鐘の音がする。
四回の音だから、今ので四の刻になったのか。
マコの質問は、すぐにオラシオ先生が来られるという事で、お預けになってしまった。
「私の時間はここまでね。個人的な話ならいつでも相談に乗りますよ」
僕もマコも「はい」と答える。
「それじゃ最後に、この黒板の文字をみんなで読みましょうか」
僕達は読めないんだけど、聞いてるだけで良いのかな?
みんな声を合わせて、黒板の文字を読み上げる。
「「「「「「「「「「アクアルムへようこそ」」」」」」」」」」
あ……
「「みんなよろしく!」ね!」
僕達も声を合わせて言葉を返した。
ミレイア先生が教室を出ると、程なくして中年の男の人と、青年ぐらいの男の人が現れた。
僕が席に戻って、雑談する間も無くと言った具合だ。
「おはようございます」
「おはよう!」
それぞれの男の人が挨拶をする。
子供達もそれに合わせておはようございますと応え、僕も声をなぞる。
「今日から新しい子がいると聞いているが……、そこの二人か」
若い方の男の人が声を掛けてくる。
「はい、リョウと言います」
「はい、マコです」
中年の男の人は僕達を興味深そうに見ている。地球人って言った方が良いのかな?
「私はオラシオ・グレンディス、魔法を担当している。マコと言った方が、魔法を多く習いたいと聞いてる。良く励むように」
「はい!」
「俺はパストル・ソリアノ、体術担当だが、主に剣術を教えている。リョウは加護持ちだと聞いた。後で手合わせするぞ!」
「あ、はい。よろしくお願いします」
中年の男の人がオラシオ先生、青年ぐらいの男の人がパストル先生。
オラシオ先生は分厚い本を持ってるけど、あれに魔法の言葉が書かれてるのかな?
パストル先生は、だぼっとした服を着ているから、体術の先生と思わなかった。
「まずはオラシオ先生の講義だ。切りのいいところで、体術を学ぶ奴は外に出て来ればいい。そのまま残ればオラシオ先生が詳しくやってくれるだろう」
すごく大雑把だけど、魔法の基礎だけ全員やって、後はそれぞれの担当に別れるのか。
切りのいいところまではパストル先生もここにいるのかな?
パストル先生は僕達の後ろに回ると、椅子だけ用意して一番遠いところに座った。
なんだか授業参観みたいで緊張するなぁ……
「それでは、始めようか――」
オラシオ先生の授業は面白かった。
魔法の理を説明した後、自然の力の呼び出し方を教えてくれる。そして実演。
水を出したり、風で乾かしたり、光を纏わせ、火の玉でお手玉と、まるで手品のオンパレード。
どうやら、僕達がいるという事で、初歩の初歩から始めてくれたらしい。これなら魔法に興味を持ちやすいと思う。
しかし、両端の男の子はこっくりこっくりしてる。なるほど力自慢の二人はあまり視界に入らないように端に座るようになったのか。あ、ベルタもか。
マコはベルタから借りたのか、時折石盤に何かを書き付けながら、オラシオ先生の実演を見ている。
小一時間経ったろうか、オラシオ先生の額に汗が浮き、少し疲れたように見えた。
「以上のように、魔法を覚えておくと、家の仕事の役に立ちますから、一つ二つ覚えておくだけでも暮らしが豊かになるでしょう」
オラシオ先生は一息つくと、パストル先生に声を掛けた。
「パストル先生、生徒を出しても良いですよ」
「わかりました! お前ら行くぞ!」
ロルダン、ビト、ベルタが腰を上げる。彼らは石盤を後ろの棚に片付けて、自分達の荷物を取るとパストル先生の後について行った。
初めに声を掛けられてるから、僕も体術組なんだろうな。
僕も腰を上げて通路に向かおうとすると、心配そうなマコの姿が見えた。マコはオラシオ先生に魔法を習いたいだろうし、大丈夫だよ。そう気持ちを込めて、通りすがりに頭を撫でてやる。
「オラシオ先生!」
「レイナさん、何かな?」
「リョウさんとマコさんは今日から学舎で勉強しているので、授業の違いを知りません。それに私達も、リョウさんがどれだけ強いのか見てみたいです!」
オラシオ先生は出て行こうとする僕と、残っているマコ達を見て、一つ頷いた。
「良いでしょう。今日は外も涼しい。屋外で自然と触れ合う事も大事です」
オラシオ先生の言葉にマコも喜ぶ。
「先生! ありがとうございます!」
僕はレイナに手を引かれて、マコはノエリアと手を繋いで屋外に向かう。レイナはテクラの手も引っ張ってるから、良いお姉さんなんだな。
後ろを見てみると、普段は外に出ないんだろう、セベロとレナトも足取り重く後ろに続く。エミリオは一番後ろでニコニコしていた。
レイナに案内されてパストル先生が居る所に向かうと、ロルダン、ビト、ベルタは既に木剣を振っていた。
そして、僕は何故パストル先生がだぼっとした服を着ていたのか理由を知った。
きゃぁ! と言う女の子達の声が響いている。
パストル先生は上半身裸で、それを目にした女の子達が悲鳴を上げていたからだ。
「随分と引き連れて来たな。早くこっちへ来い」
「先生は裸で、危なくないんですか?」
パストル先生は筋肉がしっかり付いていて、腹筋も所謂シックスパックだ。身体のあちこちに傷跡があるから、無敵と言うわけでもないんだろう。
「ん? こいつらから貰うわけがないだろう?」
それに、と言うと何かを呟き、魔法を発動させる。すると頭上に水が発生して、そのまま水が落ちて来る。ざばっという音と共に先生の身体は水で流される。
「こうすりゃ、汗もすぐに流れるしな!」
なるほど、シャワーを直ぐに浴びれるのか。
下半身は太腿ぐらいまでのズボンだから動いているうちに乾くんだろう。あれ?乾かさないの?
「水は乾かさないんですか?」
先生は不機嫌そうに腕を組む。
「誰しも得手不得手がある」
僕は剣を持った事がないと言うと、持ち方から教えて貰う。体格から長剣は無理だろうと、一般的な長さと言う剣の木剣を用意してくれた。
まずは真っ直ぐ上段から振り下ろせと言われ、剣道をイメージして力を込め振ってみる。
ブオンッという音が僕の手から生み出される。
驚く僕に、先生はすごく良い笑顔だ。
ロルダンも楽しそうな顔をしてる。ベルタは羨ましげだ。ビトは……変わらずっぽい。
「ロルダン、ビト、ベルタも振ってみろ」
ビュン
ビュン
ヒュン
と、音が少し軽い。もしかすると、僕の力は彼らより強いのか?
「よおし、リョウ……だったな。ちょっと打ち合わせるぞ」
先生は遅めの速度で上段から振り下ろす。僕は木剣を握った両手を頭の上に上げ、剣の腹で受ける。もう一度、と言うと同じ動作で終わる。
次に僕から打ってこいと言われたので、さっきの動作を思い浮かべて振り下ろす。先生には片手で軽く止められてしまった。
「リョウは力があるが、技術が無いな。まずは素振りで正しい動きを身につけろ、その後動きに合わせて剣の振り方を覚えていけば良い」
「ありがとうございます、先生。でも僕は六日間しか居ませんので、本格的には出来ないと思います」
僕の言葉に驚いたのか、先生は困ったように言う。
「せめて半年ぐらいは居られないのか? それだけの力と体があれば、半年もあればこいつらに追いつくぞ」
「すみません。僕達は旅人なので、興味があって学舎に来たんです」
半年でここの子達に追いつけるというのは、長いかもしれないけど素質があると言われてるようで嬉しい。でも、さすがに日数の延長は無理だ。
「そうか……それなら、剣技じゃなく護身術として覚えていくか」
先生は残念そうだったけど、仕方が無いと言って、今度は短剣を用意してくれた。
長い剣だと攻撃に向いているが、身を護るだけなら手数が多くなる短剣の方が優れているらしい。
その分、体を動かさないといけないから、素振りより体作りが優先となったのは言うまでもなく、ランニングを終えた僕は木陰で休憩を取っていた。
「お兄ちゃん、あんまり強くなかったね」
ずばり言い切る妹に僕は拳骨でぐりぐりと返してやる。
「僕が弱いんじゃなく、先生が強いの」
「わたし、弱いなんて言ってないのにー」
涙目になるマコに、悪かったと頭を撫でる。
短剣を受け取った僕は、もう一度先生と打ち合い、短剣が届く距離、受けるのに必要な距離を教えられ、何度も繰り返した。
先生は剣より上手く扱えていると言ってくれたので、調子に乗って剣を受けた後、懐に入ろうとして……左手で頭を叩かれた。
余計な動きを覚えるんじゃ無いと叱られてしまったのは、自業自得だ。
僕が休憩している間、ロルダン達は素振りから打ち合いになっていた。僕のように一振り毎動きがバラバラじゃなく、同じ動きが繰り返されていて、同じ動きなだけに相対しても勝負がつかないようだ。
「リョウ様、お加減はいかがですか?」
「ありがとう、随分楽になったよ」
体術組で僕一人休憩しているのも気まずかったので、ノエリアの提案で疲労回復をしてもらっていた。その横ではセベロがマコに基本魔法と言われる土水火風について説明をしている。
「風はどんな魔法にも相性は良いんだけど、火を扱う魔法を近くで発動されると、火事になる事があるので、魔法を唱える前にどちらも気を付けないといけない。そもそも火を扱う場面は――」
こんな感じである。
レナトはマコの様子を紙に書き留め、レイナとテクラは木陰でお昼寝、エミリオはいつの間にか何処かへ行ってしまったようだ。
「ありがとうノエリア、もう一回走ってくる」
いってらっしゃいませの声を後に、僕は学舎の中庭をさっきよりも早い速度で駆ける。
疲労回復を掛けてもらった後は体が軽いから、足の運びも楽になる。何度も掛けてもらって体力作りをしたら、僕も筋肉いっぱいつくかな?
そんな邪なことを考えていたからか、ベルタと打ち合ってるはずの先生から、真面目に走れと怒られた。
そして僕が二度目の疲労回復を受ける前に、体術の授業は終わる。
ゴォーン
四の刻までと違い、重い、大きな音だった。




