サラート
朝起きて、ギルドに向かう。
それなりに近いはずのギルドに向かうのに軽く1時間以上かかったような気がするが、多分気のせいだろう。……気のせいだよね?
クエストボードに今日も刺さっている薬草採集の紙に署名をして、待合室で待つ。
ぼけーーーーっとしていると、割とすぐに後ろから声がかかった。
「やあサブロー君、今日も来たんだね」
やはりというか、声をかけてきた主はハリーさんであった。
……この人、一体どのくらい俺を待っていたんだろう。俺が迷ってる間とか何してたんだ?
それはともかくとして、早速パーティーを組み、今日も今日とて薬草採集である。
――とは言ったもののぶっちゃけ何にもなかったので割愛しよう。
昨日より早く始めたので、今日の収穫は天引きの分を引いて銅貨29枚。
俺はあまり自分の腕に変化を感じていなかったが、ハリーさん曰く、相当上達したらしい。
Cランク冒険者に言ってもらえると少し嬉しいかもしれない。
そうして帰還した後、ハリーさんからある提案があった。
「サブロー君も、護身用程度には何か武器を持っていたほうがいいんじゃないかな?」
確かに、この世界において武器というものは重要だろう。なにせ、お世辞にも治安が良いとは言えないし、昨日のように道すがら魔物に出会うことだってある。
ハリーさんもついてきてくれるということなので、遠慮なく武器屋に向かうことにした。
そこに行く道中、俺は猫を追いかけて路地裏に入ろうとしたり、なんとなくこっちのほうが近道だと思う方に曲がろうとしたり、路傍の石を眺めていようとしたが、ことごとくハリーさんに邪魔されてしまった。
見ると、ハリーさんは怒りとも呆れともつかない複雑な顔をしている。しかし、俺にとっては何故そんな顔をするのか皆目見当もつかない。
「そんな顔をしてないで下さいよ。ほら、これから買い物に行くじゃないですか!」
「……誰のせいだろうね?」
妙に殺気立っている彼はそんなことを言う。
きっと、今日出会った人の中にハリーさんをここまで疲れさせる人がいたんだろう。全く、はた迷惑なやつだ。
そうこうしていると武器屋が見えてきた。
なんていうか……うん、いかにも武器屋って感じだ。
そこには様々な武器種が陳列されていた。まあ、どちらかと言えば陳列されているというよりは並んで置いてあるという表現が適切に思うほどワイルド味が溢れているが。
「好きな武器を選んでいいよ」
ハリーさんに許可を出されたので店を散策することにする。――どういうわけか、ハリーさんが常に俺に目をつけているが。
にしても武器屋かー。心が躍るな、ロマンってやつか。
店内には剣、槍、薙刀や大楯、果てにはスコップまで置いてある。
スコップか。一部では最強の武器と呼ばれているそうだな。
――だが俺は剣を選ぶ!
思ったのだ。スコップが最強? そんなもの机上の空論ではないのか?と。(個人の意見です)
まあ、争いの歴史は太古の昔からある。それだけの歴史の上で剣というのはオーソドックスな武器種として成立しているわけで、それは信頼に値するとは言えないだろうか。
よって俺は剣を選ぶ。
……うん、まあ我ながらこじ付けもいいところだが、とにかく、俺は剣がいいのだ。
剣道も一応2段持ってるしね。一応。
「やっぱり君は剣を選ぶんだね」
やっぱりというのはよくわからないが、ご期待に添えたようだ。
値札を見ると、最も安くて銅貨5枚であった。――見た感じ、剣というよりむしろ棍棒である。捨て値だなこりゃあ。
高いものはというとこちらはしっかりショーケースに入っているが、白金貨が何十枚というレベルであった。
通貨価値としては銅<銀<金<白金であり、それぞれ100枚で1ランク上の貨幣と等しい価値がある。
まあ、今の俺のお財布状況では良くて銀貨しか手に入らないだろうし、ぶっちゃけどうでもいいが。
まあ、その剣の価格が天文学的数字なんだなーという感じだ。うん、俺からすれば100万円も100億円もどっちもそう変わらないからね、現実味がなくて。
ハリーさんと相談しつつ、妥当な性能の両手剣を選ぶ。高ければ高いほどいい、というものでもなく、余計なトラブルを避けるためにも『それなり』あるいはそれより劣悪な性能がいいらしい。
価格は銀貨1枚ジャスト。ハリーさんが半額出してくれるそうだ。サラートしても足りないくらいである。
早速腰に装備。――おお、これはいい。なんか、えもいわれぬ安心感がある。元厨二病患者には、ブレザーの内ポケットにカッターナイフを忍び込ませるのと似た感じというとわかりやすいだろうか。
……なんか自分の黒歴史を掘り返した気がする。
俺は微妙にアンニュイな気分でハリーさんと店を出ることとなった。あの頃は本当ヤンチャしてたわ。
結局そのカッターに意味なんてなかったけどね。気休めにすらならなかった。
ハリーさんとはそこで別れ、例の宿に向かって行く。
気さえ抜かなければ目印(野良猫とか)を辿って帰ることが出来るはずである。多分。
結局、宿についたのはもう日の光が見えなくなっている時間であったのはもはやいう必要もあるまい。
まあ、そんなことは置いておくとしてもだ。
「あれ?」
――おかしい。
何がおかしいのか?
俺が泊まった宿はとてもじゃないが廃墟感丸出しで、泊まる気力すらぶっちゃけ起こらない外観であった。
決してこんな、漆喰塗り建ての優良物件のような場所ではなかったのである。
また迷ったのか? と思うかもしれないが違う。その外観の特徴はほとんど以前のそれに似ている。いや、全く同じだと言っても過言ではないだろう。
たった1日でここまでになるとは思わないんだが……。
漆喰もしっかり乾いている。
「もしかして……これも魔法なのか?」
流石に漆喰を綺麗に乾かすなんていうピンポイントな魔法はないとは思うけど、俺のチートのせいで一概にそうとは言い切れないから困る。
そんな折、横から声がかかった。
「正解だよ。……あんたらの魔法区分で言えば闇属性幻影魔法の一種だね」
女将さんであった。
幻影魔法?闇属性?どうしてみんな俺の黒歴史をほじくり返すんだ!?
しかしその悶絶したい気持ちも、魔法という未知の可能性への好奇心で上書きされてしまう。
「魔法は……こんなことにまで使えるのか……!」
感動していた。怪奇現象が、俺の目の前で起こってるんだぜ? 心なしか声が震えている気がした。
「へぇ、あんたはこの可能性に興味があるのか……。気に入った!あんたにも真の魔法というものを教えてやる!」
女将さんが俺を弟子にするみたいな言動をしているがどうでも――
……よくないに決まってる!
ちょっと待って、あの恐ろしい人に師事しないとなんないの!? というか、そもそもどうしてそうなった!?
「あのー、いや別に結構なんですが……」
「あ? なんか言ったかい?」
すみませんなにも言ってないです。
嬉々としている女将さんに俺はこの世の理不尽さを感じたのであった。