啄木鳥
夜になると魔物が活性化するらしい。
流石にハリーさんに太刀打ちできないようなレベルではないようだが、帳が下った後の見通しの悪さや俺という足手まといの存在を考慮して、あの後幾らかの薬草を取ると俺たちは踵を返した。
今日の収穫、銅貨15枚分。
日中のほとんどを費やしてほんの1500円とはどういうことなんだよ、本当。
まあ、当初の目的であった『服を買う』というのは果たせそうなのだが。
あまりの収入の悪さにアンニュイな気分になっていたところで、ハリーさんが口を開いた。
「そういえば、ステータスは確認した?多分、レベルがいくつか上がっていると思うよ」
……? レベルと言われて思い浮かぶのは昼間のゴブリンだが、あれを倒したのはハリーさんだ。だから俺には経験値が入らない――と思っていたのだが。
「依頼のパーティーを組むと経験値が分配されるようになるんだ。まぁ、一つのパーティーであらぬ揉め事が起こらないようにする措置だね。
……まあ本当はパワーレベリングみたいなシステムの悪用を防ぐためにも言っちゃいけないんだけど、サブロー君には特別ね」
……こいつ絶対『特別』っていう言葉を息を吸うのと同じ要領で、みんなに言っているのだろう。信用のおけない男だ。
まあ、要は俺にも経験値が入っているということらしい。
まだ色々疑問もあるが、とりあえず今は保留しよう。
何せ、そんな事よりも、ステータスを確認したい衝動の方が大きいのだ。
俺は、はやる気持ちを抑えつつ右手の手のひらに力を込め、出てきたディスプレイを覗く。
[大村 三郎 Lv.1
筋:3
魔:4
抗:2
技:7
スキル:
魔術適正:火、水
チート:延爪
ギフト:チート取得]
――変わってねぇぇぇぇ!?
どうしよう、期待しているようなアルカイックスマイルでこっちを見ているハリーさんに言いにくい……ッ!
いや、まあそりゃあゴブリン一体でレベルが上がるとは思ってもいなかったけど、さっきのハリーさんの言い方じゃあ大抵はレベルが上がるはずなんだろう。
俺がイレギュラーなのだろうか?
俺が異世界の人々と違うところと言ったら……やっぱりこれだろうな。
ギフト『チート取得』。
ゲームやラノベなんかでよくあるのは"能力は強いけど経験値に下方修正がかかる"というもの。
ラノベの主人公はそれをバカみたいな成長補正でフォローするけど、俺、そんなもん持ってないもん。
おまけに当のチートは全然使えない。
まさに踏んだり蹴ったりだ。
はぁ、とため息をつく俺に何かを察したのか、ハリーさんは何も言ってこなかった。親切心が痛いでござる。
無言のまま街の入り口の門をくぐっていった。期待させてすまないって気持ちになってならないな。
そうしてそんな微妙な空気を保ちつつ、俺たちは冒険者ギルドに入っていった。なんのためか? そう、依頼報告のためである。
この黄昏時はほとんどの冒険者が依頼の報告をするいわば報告ラッシュアワーなようで、ギルドの中は人でごった返している。
……熱気が、すごい。
窓口はいくつかあるのだが、ちょうどそこに集まるように冒険者がたむろっているのである。
セール時間帯のおばさま方のようといえばわかりやすいだろうか。
ちゃんと並べよと思ったが、日本の外の人はあまり並びたがらないと聞く。
むしろ率先して並びたがる日本人の方がおかしいのかもしれない。
そんな具合だったのでこの時間帯は報告は難しいだろうと思い踵を返そうとすると、ハリーさんに肩を鷹のように掴まれた。
見ると、威圧するようなアルカイックスマイルでこちらを見ている。
「これも新人の試練だから」
……無理だろあんなの。
冒険者というのは軒並み筋肉が凄い。むしろハリーさんのように筋肉がモリモリマッチョでないほうが珍しいのだ。
「……やらないとダメですか?」
「逃げ道があると思ってるの?」
デスヨネー。
諦めろ、俺。
無意識に奥歯をぎりりと噛み締め、死地に臨んだ。
肉壁に弾かれ、咆哮に耳を壊され、腋臭に鼻を曲げ、それでも果敢に向かっていく。
だが、圧倒的なステータスの差、筋肉量の差、プッシュの差!
俺に勝てるはずがない。
――いや、俺がこいつらに勝るものはなんだ?
いや確かに、筋肉もなければレベルも未だ1だ。脇だってあいつら程臭くない。
だが、俺には小中高そして浪人をした分だけの『教養』がある。
それさえあれば、もうなにも怖くないんだよ!
俺は最大の障壁に向かって歩き出す。
ハリーさんもまさか俺がそんな行動を起こすとは思ってもいなかったのか、少し目を見開いている。
フッ、やはり現代の山本勘助を自称するこの俺の策は無敵ということか。
俺はそして、ゆっくりと、口を、開いた。
「あのですね、ハリーさん。僕、思うんですよ。なんでこんな時間の無駄なんてする必要があるのかな、って。僕の目的はとりあえず、お金を稼ぐことなんですよ。別に力を鍛えたりだとか、そんなことする必要はなくて、ただここで生活する元手を作るために冒険者登録したんですよ。生活の初めというのは兎にも角にも時間がない。そう、例えば今僕があなたとこうやって話す時間すら勿体無い。そう考えると、僕にはあの中に突入するというのは全く生産性が無く、ちゃんちゃら可笑しいという話です。まさに、時間の無駄。というか、そもそもですね――」
「サブロー君」
その声は心なしかさっきよりも威圧が増している気がする。
「それ以上御託を並べても意味はないよ」
この時俺は、自らの失策を悟った。
流石は現代の山本勘助!俺たちに出来ないことをやってのける!そこに痺れる、憧れるゥ!!
……うん。
その後、俺が冒険者ギルドを出た時に中に残っていたのは、ほんの数人のギルド職員だけだったのは言うまでもない話である。