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ブラック企業

 女子たちの黄色い歓声をくぐり抜け、ハリーさんに質問をしながら数十分ばかし歩いていくと、目的地であるという草原にたどり着いた。


「この草が今回依頼されている種類の薬草だ。見分けは割としやすいね、茎が赤くて断面が四角いのが特徴。剃刀(カミソリ)は僕が用意してあるから、これで茎をこんなふうに斜めに切断してね」


 ハリーさんが手本を見せながら説明をする。

 腐ってもCランクと言うべきか、その手際はなかなかのものである。イケメンじゃ無かったら慕っていたかもしれない。


 俺もやってみようかと真似してみたが、力の入れ方が難しいな。剃刀の刃がおっかないこともあって、なかなか作業が進まないぞ、これ。

 今まで包丁を使った料理なんて数回しかしたことが無い俺にとって、そのシャープな感じはそれだけでも恐ろしいのである。


 断面もボロボロになってしまった。全くもって彼には敵いそうにない。

 落胆しながら支給された籠にそれを入れ、続いて作業に取り組む。


 作業中ももちろん、工夫は忘れない。

 様々な切り方を試し、また、ハリーさんからも直接アドバイスをもらった。


 なるほど、冒険者というのはこうやって刃物の使い方を学ぶのか。更には、一々かがむ必要があるので、足腰の鍛錬ができる、と。

 でもそれなら、せっかくこの世界にはレベルやらスキルなんてものがあるわけだし、それを上げればいいじゃないか、とも思ったがどうやらそうでもないらしい。


 いうなれば、どんなチート級のキャラクタを使って格闘ゲームをしても、初心者では到底プロゲーマーには勝てない、ということだ。


 プレイヤースキルというのは現実でも大切らしい。流石にそんなに世の中甘くないわな。


 そういえばこの草。その辺に生えている雑草なんかではない。なんでも、ライフポーションを作るための材料となるそうだ。

 この依頼では、採ってきた薬草と同じ程度の重さの銅貨が手に入る。


 あ、ちなみに銅貨というのは庶民の間で流通している通貨のこと、らしい。ハリーさんが言っていた。

 話を聞くと大体、銅貨1枚で日本円の100円にあたるようだ。これは俺の推測だし、魔法のある世界なので物価の基準が違うかもしれないが、おおかた間違っていないように思う。


 さっきここに来ながら銅貨を触らせてもらったが、結構ずっしりとした重さがあった。今の俺のペースであればおよそ1時間で、銅貨3枚、300円くらいの収益となるだろう。


 おい、労働基準法仕事しろ。


 まあ、そんなもの同じ国ましてや同じ世界で働くことを前提としてあるから、こんなとこで嘆いていても日本の法律は助けてはくれないんだけど。


 山中鹿之助は『我に七難八苦をよこせー』って言ったけど、今の俺は願わくばそんなもののないごく普通の生活を送りたいのである。こんなところで山菜取りをするために将来の進路を考えていたわけじゃあないのだ。


「はぁ……」


 ほんと、ため息しか出ない。

 そんなアンニュイな気分で薬草をとって、およそ3時間ぐらいたっただろうか。


 ガサガサッ


 藪の中から物音がした。

 なんだろうか、と思い手を止めるとハリーさんが素人目にも判る臨戦態勢で立っていた。

 ――どうやら、この向こうにナニカがいるらしい。

 さぁ、鬼が出るか蛇が出るか。


「グガガッ!」


 鬼が出ました。

 ゴブリンだろうか。醜悪な顔つきに黄色に濁った眼球。

 手には釘バットと言っても差しつかえないような棍棒を握っている。


 あれに殴られたら死んじまうだろう

 と、そんな呑気なことを考えていた次の瞬間。

 ナゼかそいつの頸動脈(けいどうみゃく)から噴水のように鮮血が吹き上がっていた。



 ……なう、ろーでぃんぐ。



 どうやらハリーさんが得物である剣で斬ったようだった。

 ゴブリンの方は、仰向けにドサリと倒れていった。


 そしてハリーさんはおもむろに懐からナイフを取り出し、そのままゴブリンの腹を掻き回し始めた。

 そしてアルカイックスマイル(例の笑み)を浮かべて臓物の中から変な石を取り出し、それを俺に見せつけてきたのである。


「これが魔石だよ。このサイズならギルドで一個あたり銅貨5枚と交換出来る。全ての魔力保有生物が持っているから、忘れずに取り出すようにしてね」




 ……しんきんぐ、たーいむ。




 俺が放心状態であると気が付いた彼が流石にマズった事を悟ったのか必死にフォローしてきたが、時すでに遅し。


 いや、まあできれば一言添えて欲しかったなー、と。


 ハリーさんは、「前にこうやって教えた時は誰一人そんな顔をしなかった」とか、「そもそもその歳で血を見たことがないなんて珍しい」などという意味不明な供述をしている。


 まず、俺を見たとき異国民であるとわかったなら文化の違いなんかも考慮しろよ、と。

 まぁ、世話を焼いてもらっている以上、文句など口にしようとも思わないが。


 その辺り、しっかりと礼儀をわきまえる男なのだ、俺という男は。


 そうして、若干引き気味の俺と居心地の悪そうなハリーさんを残し、太陽は沈んでいったのであった。

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