溶鉱炉
冒険者稼業ってのも制約があるらしい。
訳あって冒険者になってしまった俺だが、どうやら誰でも簡単な手続きで入会できてしまえるようだ。
もちろん登録料は必要らしく、足りない人はその収益の一部が天引きされ、登録料の返済にあてられるらしい。俺もこのプランにあたる訳だな。
冒険者で食っていこうとする奴のなかには所持金がゼロに等しい人もいるため、そのような人への救済措置なんだそうな。
なお、ここで借金があるまま逃亡するとステータスに犯罪者であることが明記されてしまうそうだ。しかも犯罪歴は一生ステータス上に残るらしい。おー怖い。
それから、ギルドにはランクがある。F〜A、その上にSランク、そして最上位のXSランクとあるようだ。俺は入りたてほやほやの新米冒険者なのでFランクである。
そしてここ大事。Dランクになるまでソロ活動はできないらしい!
理由は分かる。万が一冒険者が死ぬようなことがあっても、何人かが逃げ延びればその脅威について報告をすることができるし、大人数でクエストをこなさせることによって回転率も上がるからだろう。弱いなら束にすればいいという安直な考えだがそれなりに理にはかなっていると思う。
そしてその制約はもちろん、薬草採集においても例外ではない。
何が言いたいのかというと、俺は待合所でただ1人、薬草採集のパーティーメンバーが集まるのを待っているのである。
受注したいクエストの依頼用紙に自分の名前をサインすれば、後はここで待ち、パーティーメンバーが入るのを待つだけであるのだが、いかんせん薬草採集はあまり人気がないらしい。まあ、地味だしなぁ。
もっとも、俺もそういうイメージはあった。泥くさそうだし、何かを倒すわけでも、村落を直接的に守るわけでもない。しょぼいと言ってしまえばそれまでだろう。
だが、いざ現実で冒険者をやるとなると話は別。
身の丈に合わない敵を相手にして死ぬとか、哀れでしかない。
べべ、別に、俺はチキンって訳じゃないんだからね、勘違いすんなよ!
それからもしばらく待っていたが、圧倒的に暇なのでステータスの検証をすることにした。
[ 大村 三郎 Lv.1
筋:3
魔:4
抗:2
技:7
スキル:
魔術適正:火、水
チート:延爪
ギフト:チート取得]
筋、魔、抗、技についてはよくわからんので保留。おそらく俺の能力値について書かれているんだろう。どれが何なのかは感覚的になんとなくわからなくもないが……。
スキル。うん、何も書いてないしどうでもいい。
魔術適正。これもよくわからないが、ひょっとしたら異世界転移の代名詞ともいえる魔法が俺にも使えるのかもしれない。町を歩いているときに『魔法屋』という看板があったように思うので、時間があるときにいってみようか。
で、一番気になっていたのがこのチートである。
えんそう?漢字を見る限り爪が延びるような感じだが……
その後の実験で、これは指先にステータスを表示した時みたいに力を込めると、爪が秒間2cmくらいのスピードでジリジリと延びるチートだとわかった。
……なんじゃこりゃーー!?
意味がわからないよ。爪が延びて何の得があるの?
あれっ、なんか俺の考えてた『チート』と相当違うぞ?
チートってさ、こう、もっと主人公っぽいというか、何というか……
これじゃあギフトの方にも期待しない方が良さそうだ。
と、俺が衝撃の結果に目を白黒させつつ、席に備えてあったハサミで延びた爪(引っ込んだりはしなかった)を切っていたところ、ちょうど後ろから回り込んで俺の前に立った男に声をかけられた。
「やあ、初めまして。君が薬草採集のメンバーかい?」
「あ、はい。その通りです」
話しかけてきたのは赤髪のイケメンである。くっそ、敵だこいつ。
「僕はハリーっていうんだ。一応Cランク冒険者だ。よろしくね」
「大村三郎です。今日これが初仕事になります」
「へぇ、ひょっとして異国の人かい?にしても初依頼が薬草採集とは珍しいね」
と言いアルカイックスマイルを浮かべるハリーさん。男としてはイラッとしかしない。
とにかく、彼が言うには新米冒険者というのは基本的に最初には身の丈に合わない討伐依頼なんかを受けて、仲間を失ったり大怪我を負ってしまうものらしい。その点俺には見込みがあるとか何とか。
野郎に言われても嬉しくもなんともないが。
「にしてもCランクの冒険者サンがどうしてこんな実入りの悪い依頼に?」
できるだけ嫌みっぽく、ハリーさんに聞く。
「うーん、やっぱりこういう人気の無い依頼にはいい原石がそろう傾向にあるからね。こっちとしてはそういう人材を見つける、そっちとしては仕事がはかどる。ウィンウィンの関係って奴だね」
くっそ、何が原石じゃい、すかしやがって。これだから最近のイケメンは……
まあ、いずれにせよこちらとしても使えるものは使うつもりだ。パーティー参加を拒否することもできるが、そんなえり好みをしていたらいつまでたっても金なんて手に入らない。
イケメンであり全地球8割の男性の敵だが、まあ顔なんて大した問題じゃない。気にしなけりゃいいんだ。ああ。
――しかし、そんな余裕もいつまでも続きはしなかった。
それは、俺たちがクエストの受注手続きを済ませ、町の大通りを歩いているとき。
「キャー、ハリー様かっこいぃー!」
「ハリー様こっち見て―!」
「サインちょうだーい!」
そんな女の子たちに笑顔で手を振り、サインしている奴を見て、俺はターミ●ーターですら溶けるような血の滾りを感じていたのだった。
くっそ、イケメンなんか全部その顔が爆散してしまえばいいのに!