強制小説執筆養成施設
「貴様らはゴミだ!であるからして、ひたすらに書くしかない!ただひたすらに書くしかないのである!」
教室中に、ヒゲ面の鬼教官の怒声が響く。
「何か質問はあるか?」
鬼教官にそうたずねられて、ひとりの生徒がオズオズと手を上げる。
「なんだ、貴様!質問か!?」
教官にあてられた生徒は、臆病そうにビクビクと震えながらも、静かに立ち上がり発言する。まったく勇気のある奴だ。
「はい、教官殿。あの…何を書けばよろしいのでありますか?」
即座に鬼教官の返答が飛んでくる。
「知らん!そんなこたぁ、お前が決めろ!何を書いても構わん!とにかく小説を書け!他の文章では駄目だ!日記でもエッセイでも評論でもない。小説を書け!小説を!!」
同じ生徒がまた質問をする。
「でも…何も思いつかなかったら?小説に書くようなコトが何も思いつかなかったら?」
「バッカモ~ン!書くんだよ!何も思い浮かばずとも書くのだ!思いつかなければ、思いつくまで考えろ!血反吐を吐いてでも書き続けろ!」
さらに、同じ生徒の質問が続く。
「ど、どのくらい?1日にどのくらいかけばよろしいのでしょうか?」
「朝から晩までだ!起きている時間中ずっと小説を書き続けろ!さもなくば、次の作品のアイデアを練れ!とにかくひたすら小説について考え、書き続けるのだ!わかったか!」
「は、はい…」と答え、その生徒は引き下がった。
「他に何か質問は?なければ、さっそく部屋に帰って小説の執筆作業に入るがいい!」
鬼教官のドデカイ声と迫力に押され、それ以上は誰も手を上げることができなかった。
「よう~し。なさそうだな。だったら、さっさと部屋に戻らんか~い!!」
いわれて、僕らは立ちがり、荷物をまとめて、ダラダラと部屋に戻りかける。
「かけあ~し!全速力!!」
怒声が響き渡り、全員、駆け足で部屋を飛び出した。
背後からは鬼教官の怒声が追いかけてくる。廊下に出ても、教室にいた時と同じくらいの音量で声が聞こえてくる。
「そうだ!1本1秒も無駄にするな!その命、その魂を削ってでも書き続けろ!!」
*
ここは“強制小説執筆養成施設”
ここでは、朝から晩までひたすらに小説を書かされる。文句は許されない。他には何もできない。ただ、ひたすらに小説を書くのみである。
代わりに、生活は保障される。最低限の執筆環境と、夜寝るためのベッドと、質素ではあるが栄養価の高い食事は用意されている。
僕らにまともな発言権はない。
なにしろ、他に何もできないゴミクズなのだから。そういう意味では、鬼教官のいっていたコトは当たっている。小説を書く以外に生き残る方法はありはしない。
学校にも行かず、かといって働きもせず、ただ家の中でぐうたらとして暮らしていただけ。ついに、親にも他の親類家族にも見放され、強制的にこの施設へと送り込まれてきた無能な落伍者なのである。
「さて、どうしたものかな…」と、僕はつぶやく。
部屋は6人部屋。僕の他に、もう5人の男子生徒が存在している。この施設に送られてきた初日から小説を書く気なんて起きはしない。「自己紹介でもしておくか?それとも、疲れてしまったし、今夜はもう寝るか?風呂はどうすればいいのだろうか?」などと考えていた時だった。
さっそく、さっきの鬼教官が飛んでくる。どうやら、各部屋を見回りに来たようだ。
「貴様ら、何をしておる!」
「は、はい。これから、どうすればいいのかな~?と考えていたところです」などと生徒のひとりが答える。
「バッカモ~ン!さっきいったばかりだろうが!小説を書け!小説を!」
そう怒鳴られて、僕ら6人はさっそく机に向う。机にもベッドにも番号が打ってあって、それぞれの胸にかけられたナンバープレートと同じ番号のものを使うようになっているらしい。
僕の胸のナンバープレートには“512”という番号が振られてあった。
さっそく、512と書かれた机につく。机の上には、ノートパソコンが1台。それに、紙の束とペンが用意してある。僕はすぐにパソコンを起動させて、小説の執筆に取りかかった。
*
そんな感じで初日は終わり、数ヶ月が過ぎていった。
施設での暮らしにも、だいぶ慣れてきた。
基本的に、ここは地獄である。
起床時間も睡眠時間も決まっている。夜の10時にはベッドにもぐり込むことを強制され、朝の6時には叩き起こされる。そこから、サッと着替えて全員整列。朝のラジオ体操の開始。
その後は朝食をとり、午前6時45分にはもう執筆開始。あとは、ひたすらに小説を書き続けるだけ。午前10時と午後3時におやつの時間があり、昼食休憩は正午から1時間ほど。夕食は午後6時半から。風呂は、食後に1時間ほどバスタイムが設けられている。囚人番号順に決められた時間帯に入浴しなければならない。僕らは、ここの生徒であり、同時に囚人でもあるのだ。
それ以外の時間は、小説を書くだけ。ひたすらに、ただひたすらに小説を書かされ続ける。
小説が書ける者に対しては意外とやさしい。多少の融通もきくようになってくる。住む場所にも食事の心配をする必要もない。小説を書いて、食べて、眠るだけの生活。そういう意味では、天国だともいえた。
逆に書けない者に対しては、非常に厳しい。体罰も辞さない。施設中に、無能な執筆者に振り下ろされるムチの音が響き渡る。あまりにも書けないでいると、食事を抜かれることさえある。この隔絶された空間において、それは死にも等しかった。いや、実際に死んでしまう者さえいた。
この強制小説執筆養成施設は、どこか人里離れた地域に存在しているらしく、高い場所にある部屋の窓から遠くを見渡しても、街の灯り1つ見えないし、人の声すら聞こえてきはしない。
施設は、まるで刑務所のように高い塀で囲まれており、その外は地雷原となっている。
それでも、時おり、ここから逃げ出そうとする者はいるもので。厳しい生活に耐えきれずに、どうにかして塀を越える者が現われるのだ。
ホラ、聞こえてくるだろう?ド~ンという音が、遠くで。
今夜も誰かが地雷の敷設してある地帯を通り抜けようとして爆死したらしい。
「さて、どうしたものかな?」と、僕はつぶやく。
といっても、やるべきコトは決まっている。書くしかない。小説を書くしかないのだ。
僕は、ここでの生活を気に入っていた。「悪くはない。悪くはないぞ」と、そう思っていた。
それに、必死になって小説を書き続け、傑作の1つも書けるようになれば、今にここから開放される日も来るだろう。
その日を夢見ながら、今夜も僕は机に向うのだった。
※とりあえず、頭の中のアイデアを使って、出だしだけ書いてみたのだけど。
もしかしたら、いずれ長編として本格的に執筆するかも?