風舞う、花咲く木の下で
薄桃色の花びらが舞う大木の根元。
紺色のワンピースの胸元と袖口はフリルがあしらわれた白いエプロンという王宮メイドの制服を身につけた少女が幹にもたれ、うたた寝をしている。
夏の傾きかけた茜色の陽射しの中、木陰がほどよい涼しさを生み、少女の快適な眠りを見守っていた。
そこに不埒な影が足音もなく近づく。
少女の傍らへ幹と己の体で囲いこむように膝をついた。
編みこまれたプラチナブロンドの髪を、そして流れるような仕草で、その白いやわらかな頬をなでて、頤をとらえる。
赤く色づく唇に己のそれで啄むように食み、しばらくたっても離れがたく思ったのか、さらに口づけを深めていく。
少女は眠りを妨げるやわらかい熱を感じて、眉間にシワを寄せ、頭を左右に嫌々と振るが、その熱が執拗に追いかけてくる。
覚醒していく思考は唇に感じたヌメリにおかしいと思い、目を開けて、紫の瞳に映った自分以外の顔に驚き、相手の体を思いきり押した。
「なっ、何するですかー‼」
「あまりにも可愛らしい君の寝ぼけざまに当てられて、ついつい深く貪りたくなってしまってね」
大声をあげて、押した体は簡単に離れてくれたけど、二人の距離は互いの身体から発する熱を感じるくらいには近かった。
目の前にいるのは、短い赤髪に碧眼の精悍な顔立ちをした、王宮内だけではなく、社交界に置いても超最優良物件と言われている侯爵家次男であり、騎士団の第三隊隊長アーサー・デュマ・クリサンセマムが意地の悪い笑みを浮かべ、見つめている。
「はっ、離れてください」
少女は頬を林檎のように赤く染め、目線を逸らしながら、何とか告げる。
その反応に気を良くしたアーサーは、人の良さそうな笑みにかえた。
「い、や、だ。ルルードが足りなくて、このままだと何も手がつかなくなるよ。だから、ね、充電させて」
甘くとろけそうな声でおねだりをして、アーサーはルルードを抱きしめ、その首筋に顔を埋める。
アーサーの唇の感触とかかる呼吸はくすぐったさをルルードの首筋に与え、そして、体の中に火が点るような奇妙な感覚に襲われた。
身体中が早鐘を打ちつづける。
「クリサンセマムさま。戯れはお止めくださいませ」
弱々しく少女は男に訴えた。
「ルルード、アーサーだよ。いつになったら、僕の名前をよんでくれるんだい?」
アーサーはルルードと視線を絡めながら、諭すように言う。
「むっ、無理です。だ、だって、あなたはわたしより年上で、それにただの王宮で雑用をしているメイドと騎士団の中でも隊長を勤めていらっしゃる方とは違いますから」
半ば、自棄になりながら言葉を紡ぐ。
「うーん、少し急ぎすぎたかな? 君のペースに合わせてあげたいけど、僕も男だからなぁ。たまに無性に君が欲しくなるんだ」
男は少女のやわらかく芳しい身体を包み込むように抱きしめる。
言い返す言葉をみつけられず、困惑するルルードの姿を見て、己の中に嗜虐心が燻っていくのを感じたアーサーは、彼女を怖がらせないように優しく伝えた。
「今はまだ、これくらいで我慢することにするよ」
「お手柔らかにお願いします」
まだ、彼を恋人と呼ぶ、勇気を持てない少女は静かに男を見上げ、はにかむように微笑んだ。