No.7 これから
サガミが去った後のテグスターのレストランに、カイは現れた。
「ミキカ、俺はもうこの仕事から足を洗うって言っただろう!?」
レストランに入るなり、カイはカウンターにいるミキカに勢い良く詰め寄った。
するとミキカは怯える様子も悪びれる様子も見せずに、
「だから、何?」
と、あっさりと答えてみせた。
すると、カイは逆上するでもなく、フゥっとため息をつくと、ミキカの目の前のカウンターのイスにドカっと腰掛けた。
「いいか、ミキカ。俺はもう、残酷な人間ではいたくないと思ってるんだ。これ以上、他人の血で自分の手を汚すようなことは、したくないんだよ。」
そのカイの言葉に、
「じゃあ、なんでこれまで私に協力してきたのよ!?変な偽善か何か!?」
と、ミキカがカイに怒鳴り返した。
レストランの客たちが、二人を凝視している。
「俺はお前の役に立ちたかったんだ。だから、お前からすれば、俺のしたことを偽善だと思っても仕方がない。でも、少なくとも俺自身は、お前に偽善をしたなんて思ってない。」
カイは、ミキカをなだめるような口調で言った。
「じゃあ、何で突然私を見放すの…?私はまだ、カイの力が必要よ…。」
ミキカは落ち着いてはいるが、気持ちの高まりがこもったような震える声で言った。
「……、お前は、この先もこれまでと同じように過ごしていくのか…?」
そのカイの質問に、ミキカは一瞬黙り込み、
「……。……、そうせざるを得ないの…。」
と、つぶやくような声で答えた。
カイは返す言葉が見つからなかった。
ミキカに何と言えば良いのか考えていた。
「……、まぁ、いいわ。」
ミキカが浅いため息の後に言った。
「無理に繋ぎとめるのなんて格好悪いし…。説得してまで続けさせるべき仕事でもないし…。潔く諦めるわ…。」
ミキカは、とても潔く諦めたとは思えないような表情で、しかし淡々とした口調で言った。
カイは、目を合わせないように微かにうつむいているミキカを、複雑な表情で見つめている。
すると、
「………、もう行って。お客さんが見てるから。」
ミキカは棒読みのセリフのようにカイに言った。
カイは、静かにイスから立ち上がると、一度もミキカの方を振り返ることなく、店を後にした。
そのカイの後ろ姿を見届けたミキカは、無言でグラスを洗い始めた。
カイは、ミキカのレストランを後にしてから、テグスターの町をあてもなくただフラフラと歩いていた。
そして、その途中でズボンのポケットから、茶封筒を取り出した。
その封はまだ切られていない。
封筒のあて先には、「Mr.Kai」と記されており、差出人は「E.Mikika」となっている。
カイはその場に立ち止まると、その封筒を開けた。
すると、その中には一枚の紙が入っている。
その紙を見たカイは、テグスターの裏通りにある古びたバーへと足を向けた。
バーに入るとカウンター席から、火のついていないタバコを咥えながら、店に入って来たカイを手招きしている男がいる。
カイは、その男の横の席についた。
「遅かったな。」
男は、イスに座ったカイにすかさず言った。
しかし、カイはその言葉には特に応えずに、「いつもの」とバーテンに言った。
男がカイの方へ、カウンターテーブルの上で裏返しに伏せた写真と紙をスッと渡した。
しかし、カイはそれを手で止める。
カイのその行動に、男の目が鋭くなる。
「何のつもりだ…?」
男が言った。
それと同時に、カイの目の前にバーテンがグレープフルーツジュースを差し出した。
「あんたの思った通りだよ。」
そう言って、カイがグレープフルーツジュースを一口飲んだ。
「じゃあ、この仕事を断ろうってわけか…?」
男がタバコに火をつけた。
カイが口元に笑みを浮かべた。
「ミキカには、もう言ってきたよ。もう、足を洗うってね。」
そう言って、カイは男の胸ポケットからタバコを取り出すと、それに火をつけた。
「ははははははははっ!!!」
男が大笑いしながら、タバコの煙を吐き出している。
「カイ、笑わせてくれるじゃねぇか。今日のは格段にうける冗談だ。」
カイは、フゥ〜っとタバコの煙を吐くと、
「冗談じゃないよ。本気さ。」
と、灰皿にタバコの灰をポンポンっと落とした。
一時の間のあと、男がタバコを灰皿に押し付けた。
「いいか、カイ。これだけはよく覚えておけ。お前は、この世界から足を洗ってのうのうと表社会で生きていくつもりでいるかもしれねぇが、…それは、俺たちへの裏切りだ。お前を俺たちに紹介したミキカは、当然、死をもって償うことになる。それでも、お前はそんなバカなことを言うつもりか…?」
「……、それは、困るな。」
カイは、確かに男に脅されているが、言葉に緊張感がない。
「何で、ミキカが死ななきゃなんないんだ?抜けるって言ってるのは俺なんだから、俺を殺せばいいじゃん。」
その言葉に、男はフッと笑った。
「そんなに、ミキカが大事か、カイ?・・・・・・いいだろう。ミキカの命は奪わない。それは約束しよう。そのかわり、お前の命はないものと思え。いいな?」
「あぁ、いいよ。」
カイはそう言って、タバコを灰皿に押し付けた。
すると男が、
「ただ、条件がある。」
と、グレープフルーツジュースに手を伸ばしたカイに言った。
「条件?」
「そんなにミキカが大事なら、ミキカが最後にお前に与えた仕事くらい、片付けて、逝け。」
カイは、小さくため息をついた。
「分かったよ。」
そう言って、カイは、男が差し出した写真と紙を受け取り、ズボンのポケットにしまった。
そして、グレープフルーツジュースを一気に飲み干し、その代金をテーブルに無造作に置くと、席を立った。
「じゃあな、カイ。もう会うことはないだろうよ。」
その男の声に、
「そのタバコ、不味いな。」
と、カイは顔をしかめて応えると、店を出て行った。
男はそのカイの言葉に、先ほどよりさらに大きな笑い声を上げていた。
バーを出てすぐに、カイは男から受け取った紙をポケットから取り出し見た。
すると、カイの足はその場に張り付いたように、動かなくなった。
そして、おもむろにポケットから写真を取り出した。
そこには、カイには見覚えのある顔があった。
カイは、しばらくその場で考え込んだ後、足早に動き出した。
こんにちは。作者のJOHNEYです。本日二度目の投稿です。お読み頂きまして、ありがとうございます。これからもどうぞ、よろしくお願い致します。






