No.5 変化
カイは、サガミの家に戻る前に、謎の男が撃ち込んだ銃弾を全てきれいに取り除いた。
服には多くの穴が空いているが、それは仕方ないのでそのままにすることにした。
カイが、サガミの家の戸をノックすると、中から気を張り詰めたサガミの声がする。
「誰…?」
「カイです。」
サガミは、戸の隙間からカイの姿を確認すると、カイを家の中に入れ、戸をしっかりと施錠した。
「爆弾、無事に処理できたの?」
「あぁ、何の問題もなく処理できたよ。」
そのカイの言葉を聞いて、サガミは安堵の息を吐いた。
「あの爆弾、ロングシャドウの仕業なんでしょ?」
サガミが、鋭い表情になった。
「よく分かったな。あの爆弾を家に投げ込んだ奴は、お前をロングシャドウの裏切り者だって言ってたぜ。なんでも、お前が持ってる貴重な不死鳥の羽は、ロングシャドウが持つべき物だとか、そうじゃないとか。」
カイは、ふざけた言い回しではあるが、サガミに事実を忠実に伝えている。
そのカイの言葉を聞いて、サガミの表情は一気に険しくなった。
「そう、そんなこと言ってたんだ……。どこまでも、バカで救いようのない奴らね…。結局、奴らはこの家を爆破して、邪魔者を消し去って、ゆうゆうと羽を奪い取るつもりでいたってことね…。憎たらしい…。」
「投げ込まれた爆弾は処理したけど、投げ込んだ張本人には特に手を出してないから、もしかしたらまた何か仕掛けてくるかもしれないな。」
カイが、心配して言っているのか、他人事と思って楽しんでいるのか、よく区別しにくい表情で言った。
するとサガミは、
「その時は、潰すまでよ。」
と、明らかに怒りの滲み出た瞳でつぶやいた。
カイは、サガミのその表情を見て、ロングシャドウとサガミとの間に、少なからず何か過去の因縁があるのだと悟った。
しかし、あえてカイは深く追求しなかった。
「爆弾に対して素早く対処してくれたこと、感謝してるわ。ありがとう。」
そう言って、サガミはカイに深く頭を下げた。
すると、カイは表情を綻ばせ、
「やめてくれよ。俺は当然のことをしただけだぜ。」
と言って、サガミの肩をポンポンと軽く叩いた。
その、カイの人間味に溢れた言葉を聞いて、サガミは胸の中で凍り付いていた部分が、微かに溶けていくような心持ちになった。
その時、サガミはカイの前で初めて自然な笑顔を浮かべた。
翌日、サガミは思わぬ出来事に遭遇した。
まだ早朝だというのに、家の中でサガミがドタバタと走り回っている音が響き、カイは目を覚ました。
そして、サガミから借りた部屋から出てみると、サガミは1人で慌てふためいているような様子で、家の中をグルグルと歩き回っている。
「どうした?何かあったのか?」
カイが、眠い目をこすりながらサガミに訊ねた。
すると、サガミはカイの方に勢い良く歩み寄った。
「大変なの。父さんが、目を覚ましたの!!」
サガミの瞳は潤んでいる。
「そうか、良かったなぁ!」
カイが、満遍の笑みでサガミに言った。
すると、サガミの瞳から大粒の涙が流れ落ちた。
これまで、1人で父親の看病をしてきたサガミにとって、父親の回復は強く願っていたことだった。
そして、あまりに突然父親が目を覚ましたという現実を前にして、サガミは気が動転していたのだ。
さらに、サガミは長い間信頼していたロングシャドウの研究員たちから冷たい仕打ちを受け、挙句の果てには父親を植物状態にまでさせられた。
サガミに心優しくしてくれる人物など、周囲には存在し得なかった。
しかし今、目の前にいる会って間もないカイは、曇りのない笑顔で自分に心優しい言葉をかけてくれた。
それが、サガミにとって、嬉しくて嬉しくてたまらないことであった。
サガミは、父親のもとへ向かった。
「父さん、……父さん?」
そのサガミの声に、
「サガ、ミ…。おはよう。」
サガミの父は、穏やかな笑顔でサガミの瞳を見ている。
「良かった……。父さん、本当に……良かった…!」
サガミは、父親の手を握り締め、そのぬくもりをかみ締めた。
カイは、その光景をドア越しに眺めると、静かに家を去って行った。
サガミが気付いた時には、カイの姿は家のどこにもなく、コルサットのどこにもカイの姿は見当たらなかった。
サガミの心の中には、半分何も言わずに去って行ったカイへの不満と、もう半分は、自分ではよく分からない気持ちがあった。
それから数日後、父親の容態もだいぶ良くなり、意識もはっきりとしていて、回復の兆しが明確に見えてきていた。
爆弾の事件から、数日が経過したが、それ以来特にこれといった事件は起こらず、サガミは父親と2人で穏やかな日々を送っていた。
その数日間での唯一の変化といえば、ロングシャドウが研究所を移動したことぐらいだった。
もともと、ロングシャドウはコルサットの外れにある例の洋館を研究所として使っていた。
それはロングシャドウの者しか知らないことだが、研究員が夜な夜な研究所に姿を現す影を、コルサットの住人が「亡霊」と勘違いしたのだった。
しかし、ロングシャドウの人間は、洋館に堂々と足を踏み入れていたわけではなかった。
洋館の近くにある林から、秘密の通路を使って洋館を出入りしていたのだ。
そして、通路を抜けた先にある鉄の扉のさらに先の、薄暗い石の階段を上っていくと、そこは洋館の二階の一番右端の部屋に辿り着く造りになっていた。
そのため、コルサットの住人が夜な夜な目撃していた「亡霊」の影が現れる場所が、「洋館の二階の一番右端」と、特定されていたのだ。
そこは、研究員たちがよく通る場所。
すなわち影を目撃されやすい場所であった。
コルサットの「亡霊」の噂は、ロングシャドウの研究所移動と同時にきれいさっぱり消え去った。
商人の声が響く賑やかなコルサットは、「亡霊」の噂が消えたら、より一層の賑わいを抱いていた。
サガミもまた、父親が植物人間から脱したという一つの幸福の中にいた。
しかし、そんなサガミの心の中には、モヤがあった。
サガミはずっとカイの事が忘れられないでいた。
特に理由もなく、サガミはカイの事が気になってしかたがなかった。
確かにカイは、容姿端麗で、程よく上背もあり、楽観的でユーモラスな様子であることから、一般的な目から見れば、間違いなく魅力的な人間だった。
しかし、サガミが気になっているのはそのような事ではなく、カイのどこか不思議な雰囲気や、全身にまとう不思議なオーラ、とにかく全てが不思議な存在であったということが、気になってしかたがなかった。
「サガミ、父さんに気兼ねなんてしないで、どこか出掛けてきたらどうだ?父さんは、1人で平気だから。」
サガミの父親は、意識を取り戻してからは驚くほど回復が早く、今では杖を使えば1人で歩くことができるほどの状態にまでなっていた。
「でも、行きたい所なんてないし…。」
サガミが、苦笑いで答えた。
「行きたい所なんてなくて良いんだよ。父さんはただ、サガミに息抜きしてほしいんだ。ずっと父さんみたいな足手まといを抱えて、今まで大変な苦労をしてきただろうと思う。もちろん、やりたいことも満足に出来なかっただろうと思う。父さんは、サガミにこれ以上の迷惑は掛けたくないんだ…。」
サガミは、父の言葉に返答する言葉が、なかなか見つけられなかった。
そして、
「私、父さんのこと足手まといだなんて思ってないよ。確かに、大変なことはあった。でも、それが苦労だったなんて、私は思わない。絶対、思わないよ!」
サガミは、力強く父親に気持ちを伝えた。
しかし、「自分のやりたいことを満足に出来なかった」というのは、図星に近いものがあった。
サガミは、不死鳥研究をもっと根底まで追及したいと思っていた。
しかし、それを断念させたのは、他でもない父親の存在があったからだった。
父親に罪はない。
だから、サガミはそれを父親に素直に伝えることはしなかった。
結局、サガミは父親に押し切られて、1人で外出することとなった。
こんにちは。JOHNEYです。お読みいただきまして、ありがとうございます。今後も、どうぞよろしくお願い致します。