No.18 不老の男
ミキカは、サガミのもとを去った後、カーザの部屋で床に就き、朝を迎えた。
まだ夜が明けきらない早朝に目が覚めたミキカは、部屋の窓から見える海を無意識に見つめていた。
すると、
「海がよく見えるだろう?」
カーザが、あくびをしながら起きて来た。
「ガキの頃、よく家族みんなで海に行ったの覚えてるか?」
そのカーザの言葉に、ミキカは首を横に振った。
「そうだな・・・。まだ小さかったからな・・・。」
二人の間に、沈黙が生まれた。
「昨日は、ごめん・・・。ちょっと、言い過ぎた・・・。」
ミキカが、海を見ながら言った。
カーザは、その言葉にこれといった返事はせず、ただ微笑んで見せた。
「このネックレス、ちゃんと大事に持っててくれたんだな。サガミちゃんから受け取ったよ。」
そう言って、カーザはポケットから星のネックレスを取り出した。
「それ、お母さんの形見だって言ってたから。いつカーザに返そうかと思ってたら、ちょうどあの子がカーザに会いたいって言って、私を訪ねて来たの。」
「そっか。でも厳密に言うと、これは母さんの形見というよりは、先祖の形見って言ったほうが、正しいかもしれないんだ。」
「え?どういう意味・・・?」
ミキカが、カーザに一歩近づいた。
「俺にも、正確なことは分からないんだけど・・・。」
そう言って、カーザは過去を語り始めた。
今からさかのぼること、およそ8年前のこと。
カーザとミキカが両親の死後、二人で身を寄せ合って生活していた頃のことだ。
イレイザーの人間に所在を掴まれ、ミキカだけが連れ戻されてしまい、カーザは困惑していた。
当時、世話になっていた診療所の医師が、カーザをかくまってくれたおかげで、イレイザーの人間から一先ず逃れることができた。
しかし、いつ見つかってもおかしくない状況にあった。
イレイザーの魔の手に怯え、診療所の片隅で震えていた時、幼い頃に母から受け取った星のネックレスがカーザの心の支えとなっていた。
カーザは震える手で、首から提げていたネックレスを、強く握り締めた。
すると、パキっという音と共に、星のモチーフになっているトップの部分が少しずれた。
カーザは壊してしまったと思い、慌てて直そうとした。
しかし、そのずれた隙間から何やら銀製の鍵らしきものと、小さく折り畳まれた赤茶けた紙が見えた。
その紙を取り出し、広げて見てみると、診療所のある町の名と、その下に簡単な地図が記されていた。
その地図には、小さく黒い点が一つある。
それは、診療所の近くにある砂浜を指しているようだった。
カーザは、すぐにその砂浜へと走った。
それは、亡き父母からのメッセージのような気がしたからだ。
そして、地図中に記された黒い点の位置を推測し、砂浜を掘り返した。
しばらく掘っていくと、鍵のかかった木箱が出てきた。
その鍵穴にネックレスに隠されていた銀製の鍵を入れてみると、木箱の鍵は見事にあいた。
その木箱の中には、赤黒い液体の入ったビンが入っていた。
その液体を少し自分の服の裾に染み込ませると、カーザは再びそのビンを木箱の中にしまい、鍵をかけて同じ所に埋めなおした。
診療所に急いで戻ったカーザは、その液体の正体を調べ始めた。
顕微鏡で見てみても、それが何なのかがカーザには分からなかった。
すると、世話になっている診療所の医師が、
「カーザ、何を調べているんだい?」
真剣に顕微鏡を覗き込むカーザを見て訊ねた。
「先生。これは、何だと思いますか?」
そう言って、カーザは医師に顕微鏡を覗かせた。
すると、
「ん!?・・・こ、これは・・・!」
医師が驚愕の声を上げた。
そして、おもむろに本棚をひっくり返すようにして、一冊の書物を持ち出してきた。
「カーザ、これを見てみなさい。」
そう言って、医師が差し出した本は、不死鳥研究に関する最新の文献だった。
「これは、何ですか?」
「これは、不死鳥の血液中細胞の図なんだ。最近出てきたこの本によって、不死鳥の血液中の細胞について知られるようになったんだ。」
そう言って、医師はカーザが覗いていた顕微鏡の倍率を上げた。
そして、
「もう一度、見てみなさい。これは、大発見かもしれないぞ・・・!」
カーザは医師にそう言われて、再び顕微鏡に目を向けた。
「・・・!?お・・・、同じだ・・・・・・!」
カーザは息を呑んだ。
カーザが見つけてきた液体は、不死鳥の血液だったのだ。
これは、世紀の大発見とも言えることだった。
そんな出来事に興奮していた医師は、この血液をどこで見つけてきたのかをカーザには訊ねず、ただカーザと二人で研究に没頭し始めた。
しかし、研究は困難を極めた。毎日毎日研究をし続けたが、いつになっても、分かることは
「不死鳥の鮮血と不死鳥の体外に出てからある程度の時間が経過した血液とでは、持つ能力が違う」ということだけで、その具体的な違いを知ることができないでいた。
そんなある日、診療所に一人の細身で眼光の鋭い男が現れた。
その男は、見たところ年齢は30代の前半〜後半といった感じだったが、左手に木製の杖を持っていた。
そして、診療所に入ってくるなり、いきなり拳銃を構えた。
「カーザっていう小僧を探している。お前か?」
その、心の無いしゃべり方の男は、銃口をカーザに向けた。
この男がイレイザーの手の者だということは、間違いなさそうだった。
「おたくは誰だね?うちには、カーザなんていう子は・・・」
バーンっ!!という、一発の銃声が響いた。
カーザをかばいながら、男に近寄って行った医師が撃たれたのだ。
カーザの表情が青ざめる。
「貴様には、訊いていない。」
そう言って、もうすでに床に落ち伏せている医師の背中目掛けて、男はもう一発銃弾を放った。
カーザの体が小刻みに震えだす。
「答えろ、小僧。お前がカーザか?」
その男の迫力に押されるように、カーザは頷いた。
「そうか。じゃあ、来い。」
そう言って、男は震えるカーザの腕を引っ張った。
しかし、カーザは頑固に動こうとしなかった。
「死にたいか?」
カーザは思いっきり首を横に振った。
その時、男の足が床に置いてあった本にぶつかった。
それは、不死鳥研究の文献だった。
すると男は、
「お前も、不死鳥に興味があるのか?」
笑み一つない顔で、カーザに訊ねた。
カーザは、その男の言葉に目ざとく反応する。
「あなたも、不死鳥に興味があるんですか?」
その質問に対して、男は少し考えた後、近くにあった椅子に腰掛けた。
「不死鳥の何を知っている?」
「それに答えれば、俺の安全と、妹の解放と安全を、約束してくれますか・・・?」
カーザは、震える声で言った。
すると、男は鼻で笑うと、
「小僧、何様のつもりだ?」
と言って、銃口をカーザの額に当てた。
「きっと俺は・・・、あなたが知らないことを知っています・・・!それでも、殺しますか・・・?」
そのカーザの言葉に、男は銃口をカーザの額からどけた。
「話せ。」
そう言われて、カーザは口を開く。
「単刀直入に言います。俺は、不死鳥の血液を持ってます。」
すると、男の顔色が変わる。
「何だと!?嘘じゃないだろうな!?」
男は、勢い良くカーザの胸倉を鷲掴んだ。
カーザの顔が苦痛に歪む。
「どこで手に入れた!?不死鳥に会ったのか!?」
男の、怒号のような激しい声が響いた。
カーザは、激しく首を横に振った。
すると、男が突然、何かを思い出したように静まった。
「・・・、まさか・・・。・・・小僧・・・、その血液はビンに入ってるんじゃないの
か・・・?」
男は、カーザの胸倉から手を離した。
カーザがむせ返る。
「小僧!ビンはどこだ!?」
その、明らかに先ほどまでの冷徹な様子とは打って変わって、熱くなっている男を見てカーザは、
「確かに、ビンに入ってました。でも、その在り処は言えません。」
どこか冷静な面持ちで応えた。
「何だと!!」
男が再びカーザに掴みかかった。
「あなたにとって、あのビンは大切な物なんですか?」
そのカーザの質問に、熱くなっていた男が口を滑らす。
「当たり前だ!あのビンに入っている血液で、俺は完全なる不老不死の体に・・・・・・!!」
男が、ハッとした表情になり、言葉を止めた。
「・・・「完全なる不老不死」・・・?」
カーザがその言葉を復誦した。
男が突然大人しくなった。
「完全って・・・。もしかして、あなたは不完全な不老不死の体だということですか・・・?」
男は黙って何も話さなくなった。
これは、有利な立場に自分が立ったのだと、カーザは悟った。
さらにカーザは、
「不死鳥の鮮血には、不老不死の能力が宿るとされてますが、あれは実は、鮮血を大量に浴びないと起こらない現象のようです。つまり、鮮血が少し体にかかったり、触れたりするだけでは、不老不死にはならないということです。しかし、一説には鮮血に触れただけでも「不老」の能力が得られるという話もあります。」
暗記していた事を口にするかのように、ペラペラと早口でしゃべった。
「あなたは、もしかして不老の体なんですか・・・?」
そのカーザの質問の後、二人の間には長い沈黙が生じた。
そして、しばらくすると、
「どうやら、お前はそこら辺に転がっている、低能な不死鳥研究家よりも頭が働くようだな。」
男が口元に微かな笑みを浮かべながら言った。
「お前の推測通り、俺は不死鳥の鮮血に触れた。今から何年前だったか、ライクという国にある森の中で、血を垂れ流している不死鳥を偶然見つけた。そして、その鮮血を俺はビンに採取した。その時にたまたま鮮血が手についてしまい、俺は不完全な不老不死の体、つまり不老の体となったわけだ。」
相変わらず冷たい様子の男の顔を見ながら、カーザは話を聞いた。
「初めは、自分が老いることのない体になったと知って喜んだ。だがな、それは間違いだった。俺は確かに老いることはないが、けして死なないわけではない。見かけは当時のままで若々しいが、確実に死は近づいてきている。人より少し寿命が長くて、常に若い。俺はただそれだけなんだと知って、愕然とした。だから、不死鳥から採取した血液に、この俺を完全なる不老不死の体にする作用がないかと、調べ始めた。だが、調べ始めて間もなくに、その血液が何者かに盗まれてしまったのさ。」
男の凍てついた瞳が、カーザをギロリとにらんだ。
「だがな、当時その血液の持つ能力を研究するように依頼した不死鳥研究家は、無能で使えない男だった。もしあのまま血液が手元にあり続けて、あいつにずっと任せていたら、どちらにせよあのビンに入った血液が俺を救うものなのかどうかを知ることは、できなかっただろう。だから、これは好都合だとも言えるのだろうな。」
男が、クックックックッと、不気味な笑いを上げた。
「小僧、さっき俺に妹がどうのと言ったな。もし、妹を解放して欲しければ、ビンに入った不死鳥の血液にどんな能力があるのか、調べ上げろ。」
「え・・・!?」
カーザの表情が焦りの色に変わる。
「いいか、その間は貴様にビンは貸しておいてやろう。だがな、くれぐれも間違った研究結果を報告しないようにすることだ。もし、偽りを伝えたり、報告もしないまま妹と逃亡でもしてみろ。冷たい海の底に沈めてやる。二人別々にな。」
そう言って、男は鋭い眼光でカーザを一睨みすると、椅子から立ち上がった。
「ちょっと、待ってくれ!俺一人で不死鳥を調査するなんて、無理だ!」
そのカーザの言葉を聞いて男は、
「じゃあ、こうしようじゃないか。調査期間は5年間。その間に有力な研究結果が得られなかったら、貴様も妹も死をもって償う。そうしておけば、「無理」などと言わずに必死になって調べ上げるだろう?なぁ、カーザ?」
カーザは拳を握り締め、唇を噛み締めた。
「あぁ、そうだ。あともう一つ言っておこう。不死鳥の血液のことは他人には絶対に洩らすな。いいな。」
男は、再び杖をつきながら拳銃を片手に診療所を去って行った。
その場には、すでに息絶えた医師と、歯を食いしばるカーザだけが残された。
こんにちは。作者のJOHNEYです。更新大変遅くなりまして、申し訳ありません(汗)