No.16 苦悩
座り込んでいたミキカが、勢い良く立ち上がると、カーザの方へと歩み寄り、その頬を平手で一発強打した。カーザが、痛そうに頬を撫でる。
「カーザ、あんた見損なった・・・!もう、医者なんてやめちゃいなよ!こんな・・・、こんな・・・・・・!!」
ミキカは、瞳に溢れ出した涙と、こみ上げる思いを抑えきれずに、顔を両手で覆った。
サガミも、先ほどまでの元気はなく、ただ呆然としている。
そんな二人を見たカーザは、おもむろにカイの方へと歩み寄ると、
「二人も、カイの縄ほどくの手伝ってくれよ!」
何もなかったような素振りで言った。
そして、
「カイ!!お前も、いつまでそうしてるつもりだよ!?そうやって紛らわしいことしてるから、俺が悪者扱いされんだろうがっ!」
カーザは何を思ったのか、ぐったりとするカイの頭を殴りつけた。
すると、
「いってぇなぁ・・・。もう、済んだのか・・・?」
頭をガシガシと掻きながら、カイが大あくびした。
ミキカも、サガミも、目が点になる。
「ど、どういうこと・・・・・・?」
サガミが、半分笑い、半分怯えたような表情で言った。
「カイ、・・・防弾チョッキでも着てたの・・・?」
ミキカが、カイのもとに駆け寄り、不可思議な状況に混乱した様子で訊ねた。
「撃たれたのは、頭なんですけど。」
傍らからカーザが言った。
「じゃあ、何で生きてるのよっ!?」
ミキカが、脇から口を挟んだカーザに怒鳴った。
「どういうことなのか、しっかり説明して。これじゃまるで、カイは・・・」
ミキカのその真剣で重々しい声に乗っかるように、
「・・・不老不死・・・、・・・不死鳥・・・・・・?」
サガミが、呟くような声で言った。
それに、ミキカが反応する。
「カイ、・・・・・・そうなの・・・?」
複雑な表情で見つめるミキカに、カイは悲しげな笑顔で一度頷いた。
すると、サガミが突然勢い良くカイのもとへ駆け寄り、カイに掴みかかった。
そして、
「不死鳥の鮮血を浴びたのっ!?」
すごい形相でサガミは、カイに訊ねた。
それにも、カイは驚くでもなく、ただ悲しげな表情で頷いた。
その瞬間に、サガミは思い切りの良い右ストレートをカイにお見舞いした。
それを見ていたカーザが、次の一打に備えて振りかぶったサガミを取り押さえた。
ミキカは、突然の出来事に唖然としている。
「やっぱり、見損なった!!罪の無い他人の命を平気で奪える上に、自らの欲のために貴重な不死鳥の体を傷つけて鮮血を奪うなんて、最低だっ!!」
カーザに止められたサガミが、今にもカイに飛び掛りそうな勢いで怒鳴った。
しかし、殴られたカイは、反論も反撃もせずに、ただうつむいていた。
そして、サガミはカーザの腕を振り切ると、そのまま一目散に倉庫を走って出て行った。
「サガミちゃんは、・・・・・・男勝りどころじゃないな・・・。」
カーザが、呆れた様子で一言もらした。
すると、
「何で・・・、あいつ、俺が殺し屋だって知ってんだろう・・・・・・?」
うつむいていたカイが、小さなかすれた声で言った。
「悪いっ!!俺があの子にしゃべったんだ・・・!」
カーザが両手を合わせてカイに頭を下げた。
「そっか・・・。」
と一言だけ言って、カイも倉庫を重い足取りで後にした。
カイは、倉庫を後にした後、シオンの船着場とは間逆の方向にある、人気の無い岸壁に来ていた。
ただその先に広がる広大な海を眺めていれば、自分の中の汚れた部分が浄化されていくとしたら、どんなに楽だろうとカイは考えた。
岸壁に座り込み、背中を丸めているカイを、ミキカが見つける。
ミキカは、カイに静かに歩み寄った。
「どうして、話してくれなかったの・・・?」
そのミキカの柔らかな声に、ひどく意気消沈しているカイが振り返る。
「私、別に恐くないわよ。カイが不老不死だろうと、怪物だろうと。これでも私は、見返りも期待せずに協力してくれたカイに、一応感謝してるの・・・。」
そう言って、ミキカはカイの隣に座った。
「でもこれで、何故カイが突然イレイザーを抜けるって言い出したのか、分かったような気がするわ・・・。これ以上私たちと一緒にいたら、自分が不老不死であることがばれてしまうからでしょう・・・?」
そのミキカの問いに、カイは遠くの海を眺めながら、力なく頷いた。
「俺は・・・・・・」
ずっと黙っていたカイが、口を開く。
「お前に、謝らなければならないことがあるんだ・・・。」
「謝る?何を・・・?」
ミキカが、身を乗り出した。
「俺は、お前やカーザやサガミの曽祖父母より、さらに昔の年代に生まれた。今年で133才になる。」
静かに語り始めたカイに、ミキカは真剣な表情で耳を傾ける。
その近くにある木の陰には、思わずカイを殴りつけたことに少し後悔しているサガミがいる。
「不死鳥の不老不死の能力なんて、初めから興味なかった。ただ、その姿を一目見たいと思ったんだ。それだけだった。でも、不死鳥は思ったより気性が荒くて、俺を突然襲ってきた。傷つける気なんてなかったんだ・・・。でも、仕方なかった。そうしてなかったら、今頃俺は冷たい土の中だ。」
カイが一度、小さく息を吐いた。
「不老不死になってから数十年後、俺はある女性と出会った。その人の名はエイミ。暴力的な夫に悩まされていて、自殺をしようとしていた。」
ミキカが、少し考え込む様子になった。
「エイミには、ルミという幼い娘がいて、・・・」
そのカイの言葉をミキカが遮る。
「ちょっと待って!」
カイが話すのを止めた。
「ルミ・・・。今そう言ったわよね・・・?」
カイは、小さく頷いた。
「私の祖母の名前もルミっていうんだけど・・・。それは、関係ある・・・?」
カイは、少し考えた後、再び小さく頷いた。
そして、
「お前に初めて会った時、目を疑ったよ。エイミが再来したのかと思った。しかも、かつてのエイミと同様、海で自殺しようとしてた・・・。その時は他人の空似かとも考えたけど、お祖母さんの名前がルミっていうなら、きっとエイミはお前の曾祖母だったんだな・・・。」
ミキカの瞳から目を離さずにカイは言った。
「俺はかつて、エイミとルミを救おうとして、結局最悪の事態に落とし入れてしまったんだ・・・。だから、目の前で救いを求めているお前を救えば、エイミたちへの償いになるんじゃないかと、勝手に思い込んでた・・・。でも、実際はエイミたちを救えなかったように、お前のことも救うことができなかった・・・。結局、俺のエゴに過ぎなかったんだ・・・。俺は、お前を救おうと考える反対側で、実は自分がエイミたちへの罪から逃れる方法を探していたんだ・・・。」
カイは、頭を抱えた。
そして、何もしゃべらなくなった。
「カイ・・・・・・。私は、救われなかったなんて思わないわ・・・。私の曾祖母であるエイミへの償いに、私を救おうと考えたっていうのは、・・・まぁ、・・・正直・・・、ショックな部分もあるけど・・・。でも、唯一の肉親であるカーザと離れ離れに暮らしている中で、私の心のより所は、間違いなくカイ、あなただったから・・・。」
ミキカは、カイの横顔を見つめた。
「イレイザーに無理矢理従わされて苦しんでいた私に、方法はどうであれ、力を貸してくれたカイに感謝してるわ。それに、私はもう誰かに救ってもらわなくても、大丈夫。・・・充分よ。・・・ありがとう。」
そう言って、ミキカはどこか悲しげな笑みを浮かべながら、カイのもとを離れて行った。
ミキカが最後に言った「ありがとう」は、カイにとっては「さようなら」の意味に聞こえた。
ミキカの心が完全にカイのもとを離れていった。
そんな気がしたからだ。
今のカイの頭の中では、マイナスな方向にしか思考が向かなくなっていた。
更新が遅くなりまして、申し訳ありません。今後もよろしくお願い致します。