No.15 撃て
サガミは、カーザの言った「イレイザー」というのが、無性に気になって仕方がなかった。
それを、どこかで見たことがあるような気がしていたのだ。
しかし、それをどこで見たのかが、どうしても思い出せないでいた。
カーザのもとを後にして、サガミはシオンの町にある小さな図書館を訪れた。
何か不死鳥に関する珍しい文献でもないかと、探しに来たのだ。
サガミは、ゆっくりと色々な本を見ていくと、幼い頃に読んだ不死鳥研究の書物を見つけた。
懐かしく思い、それを無意識にパラパラとめくっていると、サガミはあるページでその手を止めた。
「これは・・・!」
そこには、次のようなことが記されていた。
「近年、裏社会ではイレイザーというコードネームの殺し屋一味が名を馳せているが、その頭のリュウという男は、どうやら不死鳥の鮮血に触れ、不老の力を得たという噂が密かにある。」
サガミは、何度も読み返した。
先ほど、カーザが口にした「イレイザー」というのは、この書物にある「イレイザー」と同一なのだろうかと、サガミは冷静に考え始めた。
しかし、もしそうであったとしたら、カーザは気になることを言っていた。
「ミキカは、まだイレイザーの連中に従ってるのかな?」という言葉だ。
「従う」ということは、サガミがテグスターのレストランで会ったミキカは、イレイザーつまり殺し屋であるということになる。
そして、そのミキカからいつも仕事を提供されているカイは、同様に殺し屋であるという結論に至る。
サガミは、しばらく呆然と一点を見つめていたが、何か思いついたように、図書館を走り去った。
図書館を出たサガミは、カーザの部屋を目指して走っていた。
その途中で、サガミはカイとバッタリ出くわす。
サガミは立ち止まった。
「あれ?サガミ、そんなに急いでどこ行くんだ?」
そのカイの言葉に、サガミは特に応えるでもなく、カイの方をにらみ付けると、
「私、あんたを見損なったかも・・・!」
とだけ言うと、再び走り出した。
カイは、どういう意味かも分からず、その場に立ち尽くしていた。
サガミは、カーザの部屋に着くと、厳しい表情を浮かべながら、カーザの目の前に立ちはだかった。
「サガミちゃん、どうしたの?」
カーザが、何食わぬ顔をして言った。
サガミは、大きく息を吸い込むと、
「カーザさん、・・・、さっきのイレイザーの話だけど・・・。」
表情の厳しさとは裏腹に、落ち着いた声で言った。
そのサガミの言葉に、カーザはばつの悪そうな顔をした。
「もしかして、イレイザーって・・・。」
サガミの全てを見透かしているかのような真っ直ぐな瞳に、カーザはため息をついた。
「・・・・・・、「もしかして」ってことは、何か心当たりがあるんだね・・・?」
サガミが、静かにうなずいた。
それを見たカーザは、
「さっきは、うかつだったよ・・・。キミがミキカの知り合いだとしても、ミキカの素性まで知っているとは限らないもんね・・・。秘密事を持っているようじゃ、お父さんを預けるには不安だろうし、話せる範囲でキミにも話すよ。」
落ち着いた面持ちで言った。
そして、カーザはサガミに、自分のことや妹のミキカのことを話し出した。
イレイザーという殺し屋組織のこと。
自分たち兄妹がなぜ、そのような残酷な一味に関係しているかということ。
カーザは丁寧に、順を追って話していった。
それを、サガミは真剣な表情で聞き、理解していく。
しかし、サガミはその中で、疑問に思う事柄があった。
「カイは、・・・イレイザーなんですか・・・?」
サガミのその質問に、カーザは複雑な表情で頷いた。
「カイは、俺とミキカが引き離された時、俺の所在を見つけ出して、イレイザーの連中には内緒で、ミキカと俺を再会させてくれたんだ。でも、その時には、すでにカイはイレイザーの一員だった・・・。なぜ、カイがイレイザーになったのかは、俺にも分からないけど、何か理由があってのことだとは思うよ。」
サガミは、少し悩むような表情を浮かべた。
そして、
「カーザさんは、なぜイレイザーに連れ戻されずにすんだんですか?」
サガミが、もう一つの疑問を投げ掛けた。
しかし、カーザは先ほどまでとは打って変わって、口を開かなくなってしまった。
「何か、事情があったんですか・・・?」
そのサガミの質問がカーザにされたのと同時に、カーザの部屋に複数人の男が押し入ってきた。
そして、その男たちは、サガミとカーザを取り押さえると、何も言わずに二人を連れ去っていった。
それと同じ時、シオンの町を歩いていたミキカは、明らかに自分を待ち伏せしている様子のダングと遭遇した。
「何?ストーカー?」
ミキカが冷たい視線をダングに送った。
すると、ダングは含み笑いを浮かべると、
「だいぶ探し回ったからなぁ、そう思われても仕方ないかもな。」
と、自分の目の前を歩き去るミキカを追いかけながら言った。
「それで、用件は何?」
ミキカはチラリともダングの方を見ずに言った。
「カイは、もう殺ったのか?」
そのダングの楽しそうな声に、ミキカは思わず立ち止まった。
「さっき、レストランでお前とカイが、楽しそうにお食事してるのを見かけたぞ。」
チラッと見た先のダングの瞳が、明らかに色を変え、鋭くなっていることにミキカは気が付いた。
「・・・・・・、殺すって、宣言しに行っただけよ。」
そのミキカの返答に、ダングは万遍の笑みを浮かべると、
「そうか!そうだったか。じゃあ、丁度良かった。お前のために絶好の場を与えることができそうだ。」
と言って、ダングは力強くミキカの腕を引っ張って、歩き出した。
ミキカの表情に、微かに焦りの色が滲んだ。
走り去ったサガミが気になったカイは、町中を探した後、カーザの部屋へと来ていた。
しかし、そこにはサガミも、カーザの姿さえもない。
いるのは、部屋の奥でぐっすりと眠っているサガミの父親だけだった。
しばらく部屋にいたカイは、次第に強烈な睡魔に襲われる。
段々と意識が遠のき、やがてその場で眠り込んでしまった。
複数の男たちに連れ去られたサガミとカーザは、見知らぬ倉庫に連れ込まれた。
たくさんの荷物が置かれた、だだっ広いその倉庫では、抵抗するサガミとカーザの声が響いた。
しばらくすると、二人の男に引きずられて、ぐったりとしたカイが倉庫に運び込まれた。
それを見たサガミが、
「カイ!?」
心配そうな表情で叫んだ。
しかし、
「大丈夫。きっと眠ってるか、気絶してるだけだよ。」
カーザがいたって冷静な様子でサガミに応えた。
カイは、そのまま倉庫の奥にある柱に縛られた。
「ちょっと、あんたたち一体何者なのっ!?私たちをどうしようって言うのっ!?」
サガミが、すごい剣幕で怒鳴り散らした。
しかし、男たちは何も反応しない。
「何か応えろよっ!!」
そう叫んで、サガミは自分の腕を拘束している男目掛けて頭突きした。
男のカーザよりも激しく暴れているサガミに、カーザの腕を掴んでいた男が一人、サガミの方へと移った。
それでも、サガミを完全には押さえつけられない。
そこへ、ダングとミキカが現れる。
「準備万端みたいだな。」
ダングが、笑顔で言った。
「ミキカ!?」
カーザが、突然暴れ出した。
それを、男たちが殴って止めようとする。
「ちょっと!やめなさい!」
ミキカがカーザのもとへ駆け寄り、男たちに怒鳴った。
男たちが大人しく従った。
「大丈夫、カーザ?」
そのミキカの言葉に、カーザは笑顔で頷いてみせた。
すると、ミキカの背後にダングが現れ、
「ミキカ、あれを見ろ。」
ダングが、倉庫の奥を指差した。
そこには、柱に縛り付けられてぐったりとしているカイの姿があった。
ミキカの表情が固まる。
ダングは、ミキカの背中を押した。
ミキカは、力無くフラっとカイの方に一歩近づいた。
「お前の、カイへの宣言を果たす時だぞ。さぁ、殺れ。」
そう言って、ダングはミキカの手に拳銃を握らせた。
しかし、ミキカはその拳銃を構えようとしない。
「どうしたミキカ。早くやれよ。」
ミキカが唇を噛み締めた。
「・・・・・・で・・・きない・・・。」
「ん!?」
ダングが、嫌味な聞き返し方をした。
「できないっ!!」
ミキカが、叫びのような声を上げた。
「分かった。決心を固めてやろう。」
そう言って、ダングは懐から拳銃を取り出し、その銃口をカーザのこめかみに当てた。
それを見たミキカの表情が、歪む。
「お前がカイを撃てば、カーザは助かる。お前がカイを撃たなければ、カーザは死ぬ。簡単で分かり易いだろう?」
そのダングの卑劣な行動に、
「なんて、卑怯な奴!!全然、状況は飲み込めないけど、ミキカさんがどちらも選べないのは、分かってるだろう!!?」
サガミが、食いかかるような勢いでダングに怒鳴った。
するとダングは、
「状況が飲み込めないなら、口を挟むな。」
背筋がゾクゾクするほどの凍てつく瞳で、サガミをにらみつけ言った。
ミキカが、静かに銃口をカイに向けた。
その手は震えている。
「ミキカさん!?」
サガミが、叫んだ。
「いいぞ、ミキカ。」
ダングが、ミキカの耳元で囁いた。
一瞬の沈黙の後、
「ミキカ!撃て!」
カーザの声が倉庫内に響き渡った。
ミキカが、驚きの表情を浮かべながら、カーザを振り返った。
「大丈夫だから、撃て!」
カーザは、叫び続けた。
しかし、
「カーザ、あんた何言ってるの・・・!?」
ミキカが、青ざめた顔で言った。
するとダングは、
「はははははははっ!!」
腹を抱えて笑い出す。
「ミキカ、お前の兄貴はどうやら命乞いしているようだぞ!自分が助かりたいがために、カイを犠牲にしようっていう、潔い判断だ!歯切れが良くていい!」
しかし、そんなダングの笑い声など気に留めることなく、カーザはミキカに叫び続ける。
「お前が撃てば、何とかなる!とにかく、撃つんだ!!」
ミキカは、明らかに動揺し始めた。
その息は荒くなり、手元にまで汗が光っている。
「カーザさん、正気!?どうしちゃったの!?」
唖然としていたサガミが、カーザに叫ぶ。
しかし、カーザはそれすら耳に入れようとしていない。
「俺の言うことを信じろ!ミキカ!」
しかし、そのカーザの叫びを、ミキカは聞き入れようとしていない。
痺れをきらしたカーザは、自分を拘束していた数人の男たちの腕を振り払うと、ミキカの震える手から拳銃を奪い、バーン!!・・・倉庫内にその音はこだました。
カーザが放った銃弾は、カイの眉間を見事に捉えていた。
その光景を目にしたミキカが、腰を抜かしたように、その場に座り込んだ。
サガミも、驚きのあまり、身動きがとれない。
しかし、
「カーザ。見直したぞ。お前がまさか、こんな躊躇なくカイを撃ち抜くとは、思ってなかったな。」
ダングだけは、驚いた様子に笑みを浮かべながら、カーザの肩を叩いた。
「後の処理は、俺がやる。」
カーザのその言葉に、ダングは「任せたぞ」とカーザの肩をポンポンと叩くと、男たちを従えて倉庫を後にした。
こんにちは。作者のJOHNEYです。お読み頂きまして、ありがとうございます。今後もどうぞよろしくお願い致します。