No.12 シオンにて
再び同じ夢を見ることを恐れたカイは、宿から出て静かに波打つ港へと来ていた。
「久しぶりに見たな・・・。」
カイは、穏やかではあるが、どこか切ない瞳で遠くを見ながら、ポツリと呟いた。
エイミと出会い、別れたのは今から77年前の出来事だった。
カイは間違いなくエイミを愛していた。
しかし、彼女を助けることも護ることもできなかった。
しかも、彼女の娘のルミには、目の前で父親が母親を殺す瞬間を見せてしまった。
カイにとってあの出来事は、悪夢以外の何ものでもなかった。
しかし、しばらく記憶の片隅で眠っていたその過去が夢に出てくるというのには、何か意味があるのかもしれないと、カイは微かに感じていた。
月光の下、独り港にたたずむカイの瞳は、心なしか涙で潤っていた。
夜が明け、新たな朝がシオンに訪れた。
カイは、一晩中港にいた。
相変わらず遠くの海を眺めていたカイだったが、おもむろにズボンのポケットから写真を取り出した。
それは、テグスターのバーでダングから受け取った写真だ。
深いため息の後、カイはその写真に目を向けた。
そこには、サガミの姿が写されていた。
カイは、その写真を強く握り締めると、それを再びポケットにしまった。
宿に姿のないカイを心配したサガミは、港までカイを探しに来ていた。
港で座り込むカイを見つけたサガミは、背後から肩を叩いた。
「カイ、何してんの?」
その声に、カイがゆっくりと振り返った。
「・・・・・・え・・・?」
その顔は、明らかに寝不足であることを表していた。
サガミは、心配していたはずだったが、なぜかそのカイの顔を見て笑いがこみ上げた。
「カイ、すごい顔だね・・・!」
笑いをこらえているサガミを見て、カイは眠い目をこすった。
「私、これから父さんに会いに行って、カーザさんと今後のこと話し合ってくるね。」
「そっか。行ってらっしゃい。」
カイが、寝ぼけた顔で笑った。
サガミが元気にその場を離れていく後姿を見て、カイは内心ホッとしていた。
出会ったばかりのサガミは、どこか張り詰めていて、父親をさらわれた時には、その張り詰めた様子は一層悪化していた。
しかし、父親の無事を確認し、その容態も良い方向に向いていることを感じたサガミの様子は、多少和らいだように見えていた。
だからと言って、現状に安心ばかりはしていられない。
前日にカイとサガミに銃弾を浴びせた人物が誰なのかも定かではないし、カーザとダングの間で交わされた会話の中にあった、「例の物」とは一体何なのかも明らかではない。
まるで謎が謎を呼んでいるようだった。
色々と思考を巡らせていたカイだったが、さすがに疲れを感じ、宿に戻ろうと立ち上がった。
すると、
「カイ・・・?」
背後から声がした。
そちらを振り返ると、
「ミキカ・・・!?」
暗い表情でカイを見つめるミキカの姿があった。
「どうしたんだよ?こんな所で。」
そのカイの質問に、ミキカはただうつむくだけだった。
サガミは、カイと別れた後、カーザのもとを訪れていた。
「お父さんの容態は、いたって順調に回復しているよ。もうしばらくここで療養していれば、普通に生活するのに何不自由ない状態まで回復するはずだよ。」
カーザのその言葉に、サガミの表情が綻ぶ。
「あの・・・、でも・・・。」
サガミが少しまごついた。
すると、
「?もしかして、お金のこと?それなら心配しなくて良いよ。色々事情がありそうだし、別に金儲けしようって気もないしね。」
カーザが穏やかな笑顔で言った。
サガミは、カーザの優しさに感謝しつつ胸を撫で下ろした。
「あ!そうだ。これ・・・、カーザさんに見せるようにって、受け取ってたんです。」
そう言って、サガミはミキカから受け取っていた、シルバーの星の飾りがついたネックレスを、ポケットから取り出した。
すると、カーザはそれを受け取り、
「キミも、ミキカの知り合いなんだね?」
穏やかに懐かしむような笑みと、微かに切なさを感じているような表情を浮かべながら、そのネックレスを眺めている。
「これ、俺が預かっちゃっていいかな?」
そのカーザのいきなりの問いに、
「あ、はい!」
と、サガミはとっさに頷いた。
「ミキカは、まだイレイザーの連中に従ってるのかな?」
カーザが、問いなのか独り言なのか区別しずらい呟くような言い方で、言った。
そのカーザの言葉の意味が、サガミには分からなかった。
サガミは首をかしげている。
そのサガミの様子を見て、カーザは明らかにしまったというような表情を浮かべた。
「イレイザーって、何ですか・・・?」
サガミは目ざとくそのカーザの動揺を見抜き、訊ね返した。
「いや、何でもないんだよ!知らないなら、いいんだ。」
カーザが素早くその場を離れていった。
港で再会したカイとミキカは、シオンの町中にあるレストランに来ていた。
「店は、大丈夫なのか?」
カイがメニューを見ながら言った。
「えぇ。」
ミキカが、レストランの従業員が持ってきた水を、少し口に含んだ。
「俺まだ朝飯食ってないんだよね。ミキカは何か食うか?って言っても、おごらないぞ。」
そう言って、カイは笑顔でミキカにメニューを差し出した。
「私はいいわ。」
ミキカの目は、会ってから一度もカイの顔を見ていない。
「そっか。じゃあ、俺はシーフードグラタンにしようっと。」
そして、カイが楽しそうに従業員に注文した。
相変わらずうつむいているミキカを見たカイは、
「何だよ?朝からグラタンかよ!?って、思ってんのか?」
と、これもまた楽しそうに言った。
しかし、そのミキカの心境の的を見事に外したカイの言葉に、ミキカは深く大きなため息を吐いて見せた。
「何も分かってないのね・・・。」
「何が?」
カイが、自分の手元にあった水を一気に飲み干した。
「今、自分が置かれている状況をよ。」
「ミキカ、・・・・・・何か暗いぞ、お前。」
「ちゃかさないで!!」
ミキカが、両手でテーブルを殴って怒鳴った。
その勢いで、ミキカの手元にあった水の入ったグラスが揺れた。
「何、怒ってんだよ?俺が置かれてる状況って、何の話だよ?」
「・・・・・・ダングが、私に指令を出したわ・・・。」
カイの表情が、一瞬にして硬くなった。
「あなたを殺すこと。それが、ダングが私に与えた指令よ・・・。」
レストランの従業員が、カイのもとにシーフードグラタンを運んできた。
湯気が元気良く立ち込めている。
「・・・・・・、そもそも、私なんかに関わったのが、運の尽きだったわね、カイ・・・。私は、私自身のためにも、指令を無視するわけにはいかない。だから、次に会った時は私はあなたを・・・、殺すから・・・。」
そう言い残したミキカは立ち上がると、姿をひるがえし、その場を静かに去って行った。
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