No.1 彼女の序章
昼間だというのに、あまり明るくない湿気た空から一枚の羽が舞いながら森の
中に降下していく。
その色は淡い薄紅色で、光の加減によってはオレンジ色にも金色にも見え、世
にも奇妙な形をしている。
ゆっくりと静かに地へと落ち、その羽はまるで誰かを待っているかのようにその場で落ち着いている。
突風が吹いても舞い上がらず、ずっとその場に静止している。
そこから少し離れた所を、ゆっくりと辺りを見回しまがら歩く少女がいた。
何かを探しているようだが、その足取りは軽い。
地面に無数に落ちている葉や枝を踏むと、何とも秋らしい音色に出合う。
その音を悠長に聞き入るわけでもなく、少女はさっそうと森の中を歩いていた。
先ほどまで足早に歩いていた少女は、突然何の前触れもなく立ち止まった。
「これは・・・・・・。」
そう言って少女が拾い上げたのは、淡い薄紅色の羽だった。
少女はゴクリと生唾を飲み込むと、その羽を片手に森を風の如く引き返して行った。
商業都市コルサットの外れにある大きな洋館は、決して美しいものではない。
コルサットに住む者たちですら、その存在を良くは思っていない。
しかし、50年以上も前からその洋館は、陽の当たらない大きな土地に重々しく佇んでいる。
人々は言う、「亡霊が住みついている」と。
そう、それは1年前の満月の夜に姿を現した。
その日に限って、何年もの間空き家となっていたはずのその洋館の一室から、明かりがもれているのを、何人もの人間が確認した。
それは、洋館の二階の一番右端にある部屋である。
住人も管理人も居ないその洋館に夜な夜な明かりが灯るのはおかしい。
きっと、何者かが忍び込んだのだろうと、コルサットの者たちは考えた。
しかし、洋館の頑丈な門や玄関に蓄積されたホコリは、きれいに積もったままだった。
それでも、光は確かに洋館の一室からもれている。
よくよく見れば、部屋の中で数人の影がチラチラと動いているのも確認できた。
それらは必然的に「亡霊」というものを連想させる要素が十分だった。
その噂は瞬く間にコルサット中に広まった。
それからも、亡霊が住み着いた洋館は奇妙な空気を漂わせながら、その腰を据えている。
昼間のコルサットは、賑わいに満ちている。
商業都市と言われるだけあって、街中には数多くの商店が軒を連ねている。
毎日が特売日のように全ての商品が安価で、それらを求めて遠方からわざわざこのコルサットを訪れる者も少なくない。
コルサットは世界有数の商業都市の中で、最も有名な商いの都なのである。
一日では、とても全ての物を見て回ることができないほど、大量の衣類や食料品、日用品などが立ち並ぶコルサットのメインストリートは、今日も騒がしいほど賑わっていた。
そんな商店街に見向きもせずに、街の外れに繋がる細い道を駆け抜ける少女がいた。
その手には、薄紅色の羽が握られている。
林に囲まれたその細い道を奥へ奥へと進んで行くと、徐々にコルサットの騒がしい民衆の声が聞こえなくなっていく。
道の先には、例の洋館が重々しい空気をかもし出して、少女を待っている。
しかし、少女は道をそれて、林の中へと入っていった。
林の中へ1メートル程入った所で、少女は立ち止まった。
辺りをキョロキョロと見回すと、その場にしゃがみ込み、地面に生い茂る草を掻き分け始めた。
すると、そこに鉄の突起が顔を出した。
少女はその突起を握り締めると、勢い良く上へと引っ張った。
そう、それは秘密の通路に繋がる秘密の入り口だったのだ。
ポッカリと口を開けた1平方メートル四平の穴に、少女は迷うことなく滑り込んだ。
少女によって開けられた地面の扉は、自動的にゆっくりと静かに閉まった。
薄暗い通路を、少女は再び走り始めた。
少女の靴が奏でる音が地下の通路の中で、奇妙に響き渡る。
通路を50メートル程進むと、銀色の鉄の扉がぼんやりと姿を現した。
その扉の取っ手の近くにあるテンキーのようなもので、少女は素早く何かのコードを入力した。
すると、鉄の扉はゆっくりと手前に開いた。
そして、少女が中へ入ると、自動的にゆっくりと閉まった。
鉄の扉の先は、無数のライトと数え切れない程のコンピュータに囲まれた世界だった。
白衣を身に着けた複数の男と、パソコンに向かう4人の男女が、鉄の扉が閉まるのと同時に少女の方を一斉に向いた。
「どこへ行っていた。」
白衣の男が少女に訊ねた。
「森よ。」
少女が無表情で答えた。
すると、白衣の男は足音も立てずに少女の前に歩み寄った。
「無断で外へ出るなと言っておいたはずだ。」
白衣の男の口調には、力強さはあるが心がない。
少女は表情をしかめ、
「私の勝手でしょう。」
と白衣の男をにらみ付け、わざと肩をぶつけて男の隣をすれ違った。
その部屋の奥に、もう1つ鉄の扉がある。
その扉の脇にもテンキーがついていた。
少女は再び手馴れた素振りでコードを入力し、開いた扉の向こうに姿を消した。
扉の先は、薄暗い石の階段が不気味に上へと伸びている。
少女は、ゆっくりとその階段を上り、その先にある木製の扉を開けた。
扉を開けると同時に少女は森で拾った羽を胸のポケットにわざと目立つように差し込んだ。
少女が開けた扉の先は、洋風のインテリアが並ぶ広い廊下だった。
その廊下の窓の外にはコルサットの夜景がきらびやかに映っている。
少女は先ほどとは打って変わって、その口元に微笑を浮かべながら、その廊下を歩き出した。
その間に数人、少女とすれ違った。
その全ての者が、少女を見て驚愕の表情を浮かべて少女を凝視する。
それを見て、少女は誇らしげな笑みを浮かべ、しかし、どこか冷たさのある態度で彼らの横を通り過ぎて行く。
少女は、その廊下の一番端にある一室の前で立ち止まった。
その扉のノブに手を伸ばし、どこか緊張したような素振りで戸を開いた。
「失礼します。」
少女の声が部屋の中に響いた。
「誰かね?入室を許可した覚えはないが…。」
部屋の中にいた中年の男が少女の声に応えた。
「緊急の用がございまして、失礼を承知で参りました。」
少女は軽く会釈をする。
中年の男は、会釈をして下げた頭を少しずつ上げた少女の左胸に光る、薄紅色の羽を見た。
「そ、それは、まさか…!?」
「お気づきですか?」
少女が不敵な笑みを浮かべながら、中年の男のそばに歩み寄った。
中年の男の表情は、どこか硬い。
少女は胸に挿していた羽を手に取ると、それをヒラヒラと躍らせた。
「チーフもご存知の通り、これはかの有名な「不死鳥」の羽。
この「ロングシャドウ」の研究員が必死に探し求めている代物です。
私はこれを一研究員として、この場に持ってきたわけでは、ありません。」
少女の瞳には、どこか鋭さがある。
少女の頭の中では、過去の苦い出来事がグルグルと甦り、駆け巡っていた。
それは、今からさかのぼること、半年前。
それは、突然起きた。
少女は「不死鳥研究団体ロングシャドウ」内で最も有力な人材として有名だった。
将来、幹部候補でもあった。
しかし、それはその日に崩れた。
少女は、不死鳥の研究に没頭する毎日を送っていた。
少女にとって不死鳥は、憧れそのものなのだ。
紅の大きな羽を羽ばたかせ、大空を自由に舞う、その姿を一目見たいという一心で、少女は日々不死鳥の行方を追っていた。
その姿が確認されることはマレで、存在しているかどうかさえ、未確認である。
しかし、少女は不死鳥の存在を純粋に信じていた。
なんの根拠もないが、少女はいつか必ずその姿を見ると、心に強く誓っていた。
多くの不死鳥研究家は、その不死鳥の能力に魅せられている。
不死鳥は、その名の通り死なない鳥。
永遠の命を司る、人類の憧れの象徴なのである。
また、不死鳥のその鮮血を浴びることによって、不老の能力を得ることができると伝えられている。
つまり、不死鳥の鮮血が手に入れば、不老不死の身体になることができるということなのだ。
そのため、ほとんどの不死鳥研究家たちは、邪まな欲望にかられ、血眼になって不死鳥を捜索している。
少女は、実家で父親と2人で細々と暮らしていた。
けして裕福な家庭とは言えないが、2人は素朴で幸せな毎日を過ごしていた。
少女が幼い頃から父親は朝から働きに出ていたため、少女はいつも独り、家で留守番をしていた。
その父親が居ない寂しい家の中で、少女はいつも不死鳥に関する文献を読みあさっていた。
少女は、不死鳥の限りない能力よりも、その姿形の美しさに魅了された。
いつか、必ずこの目で見よう。少女は、そう決心をした。
決心を固めてからの少女の行動は早く、不死鳥研究団体ロングシャドウの存在を聞きつけると、迷わず入団をした。
それが、少女の不運の始まりだったのかもしれない。
少女がロングシャドウに入ってから数週間後、少女は早くもロングシャドウ内で1、2を争うほどの、研究家へと成長した。
その、不死鳥に関しての知識の豊富さや、危険な場所へも臆せず赴く度胸や、運動神経の良さが、他の研究員の上をいっていたのだ。
それによって、周囲の研究員から妬まれるようになっていった。
そんなある日、少女は研究所内であらぬ濡れ衣をきせられる。
研究に使っていた不死鳥の貴重な文献を、彼女が盗み出し焼失させたというのだ。
そんなことを、少女がするわけがなかった。
少女にとって、不死鳥の文献は何より大切な物。
そんな物を盗み出し、しかも燃やすなどということが、少女にできたであろうか。
少女は、そんなモラルの低い人間ではなかった。
しかし、日ごろから少女を妬む人間は数多くいて、濡れ衣を着せられて困っている彼女を見ても、誰も助けようとはしなかった。
さらに、少女の罪を立証するべく、ロングシャドウの研究員たちは、彼女の唯一の肉親である父親を連れてきて、乱暴に拷問した。
「娘は、そんなことをする人間ではない。何かの間違いだ。」
父親は、どんなに傷めつけられても、その言葉だけは絶対に曲げなかった。
そして、少女の濡れ衣が晴れる前に、少女の父親は拷問によって昏睡状態となり、命はあっても意識を一向に取り戻さない植物人間となってしまった。
それから数日後に、真犯人が自白し、少女の濡れ衣は見事に晴れた。
しかし、少女の心の中は、掛け替えのない人をひどいめにあわされたということへの怒りが大きく、濡れ衣が晴れても何も嬉しく思えなかった。
もう、ロングシャドウを抜けよう。
少女は、そう考えた。
しかし、それではロングシャドウへの怒りを消す手段が失われてしまう。
少女は、その時にロングシャドウへの復讐を思い立ち、必ずロングシャドウを破滅に追い込んでやると、心に誓ったのだった。
そして、それから半年後の今日。
少女は、ロングシャドウへの復讐劇の幕を上げるべく、薄紅色の羽を掲げて立っていた。
「もう、私はあなたたちのためなんかに、不死鳥の研究をする気はありません。」
少女の言葉に、先ほど少女からチーフと呼ばれた中年の男が慌てて答える。
「それは、困る!キミが今ロングシャドウのために動いてくれなくなると、研究に支障をきたす。
キミの存在は、ロングシャドウにとって実に多大なんだ。」
その言葉を聞いて、少女はほくそ笑む。
「だから、私はロングシャドウを脱退するんです。
あなたたちは、私がいないと何もできないからね。」
そう言って、少女は部屋を堂々とした足取りで立ち去った。
少女はこの半年間、死に物狂いで働いた。
ロングシャドウに利益になるように、必死で研究をし続けた。
その結果、ロングシャドウは少女なしでは研究をできない、雑魚団体へと変化した。
それを、少女は狙っていたのだ。
それは、少女のけな気な復讐の序章だった。
少女は、未だ意識を取り戻さずに眠り続けている父を前にして、心の内を囁いた。
「父さん…。私、ロングシャドウを脱退したよ。
これが、私のできる限りの復讐なの…。
これから先、もっともっと頑張って不死鳥の研究を進めていって、ロングシャドウの奴らをギャフンと言わせてやるんだ。
だから父さん、私のこと、見守っていてね…。」
少女は、父親の手を強く握り締めた。
しかし、ベッドで横たわる父親に反応はない。
少女は父親の傍らで、いつの間にか寝入ってしまった。
その胸元には、まだ先ほどの薄紅色の羽が光っていた。
こんにちは。作者のJOHNEYです。この作品は、あまり完成度は高くありません(汗)むしろ、至らぬ点をご指摘いただけるだけでも、喜ばしいことかと思っております。もしよろしかったら、今後もお読み頂けたら、幸いでございます。では、失礼いたします。