便利な王妃様は死にました
「ふぁ~あ、よく寝た」
何連勤したか分からない私は、久々の熟睡を終えて腕を伸ばした。
ふかふかのクッションに、煌びやかな天蓋。
は?天蓋……!?
見た事がない景色に思考が止まる。
「お目覚めになられましたか、王妃殿下」
え?
おうひ???
突然のことに思考が止まる。
何が何だか分からない。
そっか、これが異世界転生か★
なんてすぐに受け入れられるはずもない。
どこだここ?
私は誰だ。
そもそも元々の身体の人物は何処へ?
高熱に魘されたとか、死んだとかそういうので魂が入れ替わったりするんじゃない??
「しかも王妃ってどういうこと……社畜から社畜に転生とかありえんだろ……」
「社畜……え?」
私のうっかり呟いた声に反応した小間使いがこっちを見てる。
驚愕の顔で。
言葉は通じるけど、社畜なんて言葉は多分この世界には無い。
「もしかして……」
(お前もか……!)
私と小間使いの心がリンクした。
とりあえず、人払いをして貰って色々と情報を得る事にする。
小間使いの名前はミーミ。
私の名前はソランジュ。
この国の公爵家の長女で、将来の王妃として育てられた才色兼備。
幼い頃から現在の国王と婚約していたらしい。
けれど、その生い立ちはあまり幸福そうではなかった。
幼少時から、厳しい教育を受けて育ち、育ってからも自由はなく。
異母妹がただ可愛がられるだけの存在であるのを横目で見ながら育った。
多分、羨ましかっただろうと思う。
別に虐待されてたわけではない。
寧ろ高価な物や美しい物に囲まれて育って、王妃に相応しい風格を備えるように大事に大事にされていた。
自由は全くないけれど。
片や妹は最低限の礼儀作法は勿論仕込まれているが、凡そ自由に育てられた。
姉妹の中であまり差をつけないように、と配慮もされて。
その妹も性格が悪いわけではない。
天真爛漫で可愛らしい女の子だった。
そして、当時婚約者だった王子は当然ながら、妹に恋をしたのである。
まあ、そうなるよね。
何でも従順に従いつつも、面白みのない王妃としての教育を施された人形の様な女性よりも。
天真爛漫で好奇心も旺盛で、感情を隠さない女性の方が魅力的に見えるだろう。
けれど、王子は恋しながらも道を踏み外すことは無かった。
淡々とソランジュを同行し、妹のリゼットと宴に行きたい場合はソランジュの出席しない場を選んで二人で出かけていたのだ。
誕生日の贈り物も差を付けない。
贈る衣装も、同じく。
父も継母も何も言わなかった。
冷遇はされていない。
けれど、明らかにリゼットは優遇され、愛されていた。
未来の王太子妃であり、後の王妃になる長女であるソランジュを軽んじる者は屋敷にも学校にもいない。
気の毒そうに遠回しに揶揄する人はいたけれど。
けれど、ソランジュはそんな生活の中、婚約者のルシアンを一途に思い続けていた。
将来、義理の妹になるのだからという言葉で、リゼットに優しくするのを見守ってきたのに。
結局は、結婚式を同時に挙げたのだ。
まるで美談のように飾り立てて。
姉妹で仲良く同じ夫に嫁ぐという名目で。
反対なんて出来なかった。
ソランジュはそう育てられてきたから。
それに、正妃としての立場は守られていた。
衣装の規格や、式の格式や順番は全てソランジュが優遇されたのだ。
だからといって、ソランジュにとっては何の慰めにもならなかった。
横に立つ夫の筈の男の心にあるのは常に別の人。
リゼットには申し訳ない、と何度も言っているのだから、喜びに浸れる訳もない。
ただ、はい、とかそうですね、と無難な言葉で相槌を打つしか無かった。
そして初夜。
優先されたのはリゼットだった。
大衆の目がある結婚式は全てソランジュが優先されたから、リゼットが可哀想だという理由で。
多分、父も継母も、国王夫妻も知っていただろう。
小間使い達も口止めされたらしい。
その後も、決まった日にちだけは王妃としてのソランジュの部屋に泊るが、それ以外はリゼットの宮に帰る生活。
そしてすぐ、リゼットは子供を身ごもった。
当然、国王夫妻も父も継母も、ルシアンも大喜び。
ソランジュだけ、その幸せそうな輪からそっと外されていた。
姉妹仲は悪くなくても、夫を挟んで仲良く交流、なんて事は出来ない。
ソランジュには王太子妃の仕事があったから。
ルシアンもきちんと王太子の仕事をしていたけれど、ソランジュは役に立てばきっと大事にしてもらえると頑張った。
頑張って頑張って、王妃になっても頑張った。
けれど、ある日聞いてしまった。
リゼットにはもう子供が三人もいるのに、ソランジュにはいない理由。
それは、ルシアンが薬を盛っていたからだった。
いずれ王位を継ぐのは、愛するリゼットとの子供が良いと思ったのだろう。
だったら、リゼットと結婚すればいいと思うけれど、ソランジュが必要だったのだ。
リゼットを守る盾として。
完璧な王太子妃で、完璧な王妃であり、公爵家の後ろ盾もあるソランジュは、社交界でも実務でも優秀だった。
それも全てが、リゼットを外部から守る為だったと知ってしまったのだ。
『君にあんな辛い思いはさせたくない』
などとお為ごかしを抜かして、子供を持たせなかったのは、執務が滞るのが嫌という理由もあっただろう。
何せリゼットにはそういった仕事は一切出来ないのだから。
だからといって、薬まで盛られているとは思わなかったし、それなりに大事に思われていると思っていた。
態度はいつも優しく穏やかで、丁寧に扱われていたから。
避妊薬を盛られていたという真実を知った、ソランジュの心はぽっきりと折れた。
子供が出来ないという陰口を言われたら、ルシアンは庇ってくれていたし、ソランジュはそんなルシアンに感謝すらしていたのに。
まさか、子供を出来なくさせた張本人に感謝していたとは。
毒薬を呷って死んだソランジュの身体に私が入ってしまったのだった。
道理で口の中が若干苦いわけだ。
ちなみにソランジュの悲しい話を知っているのは、ソランジュの鍵付きの日記帳をミーミと二人で読んだから。
机の奥にひっそりと仕舞われているそれを引っ張りだして読んでしまった。
私の黒歴史が詰まったPCはどうなったのか気になったけれど、もう仕方ない。
「で、どうします?王妃続けるんですか?」
「それは絶対に嫌。だって記憶にないし。過去に何があったのかは分かったし、読み書きも話も出来るっぽいけど、全部の記憶があるわけじゃないし、あったとしてもやりたくないわ~~」
社畜オブ社畜な王妃のお仕事なんてしたくない。
しかも好きでもない奴らの踏み台にされるのは御免だ。
「でも、やりたくないって言って、はいそうですかってなりませんよ」
でしょうね。
だったら、そうせざるを得なくするまでだわ。
「噂を流してきて。どんな方法でも良いから。側妃ばかりを可愛がる国王に落胆した王妃が毒を飲んで自殺したって噂。それから暫く、私の部屋には貴女以外誰も入らないように伝えて」
とんでもない醜聞になるのは分かってる。
本当は偽装死して逃げるのがいいのかもしれないけれど、少しは鬱憤を晴らしたい。
「えー……大分私の仕事が危険過ぎません?」
ミーミが不貞腐れた様に言う。
確かにね。
私はミーミの手に、たっぷりとお金を握らせる。
「酒場とか新聞社とか何かそんな感じの所に投書するのでもいいわよ。お願い!!!」
私は土下座した。
「あーもうっ、分かりましたよ!やればいいんでしょう!?」
ミーミは立ち上がって、急いで部屋を出て行く。
私は立ち上がって、日記を再び開いた。
優しくて有能で、不幸な彼女の生い立ちに涙が出そう。
私はとりあえず日記を読んだ後、誰か来た時の為の死体メイクを極めた。
目の下には酷いクマを作って、顔色は全体的に青白くする。
病人というより目指すは死人だ。
爪もすこし青めの色を乗せて塗る。
帰って来たミーミが、振り返った私を見て絶叫したのは言うまでもない。
三日間。
徹底的に面会を謝絶した。
医師だけは呼んで、診療してもらったけど。
体内からはやっぱり毒が出たし、解毒もしてもらった。
今後の影響は特にないそうなので、診療記録を克明に綴らせる。
突然の王妃三日間のお休みで、各所は紛糾し始めていた。
折よく、流した噂が民衆の間から貴族にまで伝わって、大問題になり始めたのも良い感じ。
『国王は王妃を冷遇していたらしい』
『王妃に子供が出来ないのは、側室ばかりを可愛がったから』
『酷い扱いに耐えかねた王妃は自殺をはかった』
だいたいこんな感じ。
全部事実ですねぇ。
そう。
王宮にいる者は誰だって知っている、公然の秘密だ。
民衆にまでは届いてなかったのは、誰もそれを口にする者がいなかったから。
寛大で慈悲深い王妃は、国民に尽くしていた。
だから、民達も王妃に子がない事を悪い意味で噂したりはしなかったのだ。
「大変です、王妃様、奴が来ます」
奴とは国王となってもう数年になる、夫のルシアンの事だ。
そろそろ来ると思ってた。
私は、死体メイクのまま布団に潜り込む。
さっきまで元気にミーミと食事してたけどね。
「……体調はどうだ、王妃」
「…………」
私はルシアンに目を向けずに何も答えない。
傍に仕えているミーミが口添えをする。
「お目覚めになられてから、誰にも会いたくないとだけ仰って、それからずっとこんな様子でございます」
よよ、と泣き崩れる。
ちゃんとした敬語喋れたんだ、と私は感心した。
ルシアンは、無言の死体を持て余したように後ろ手に組んだ手を、返事の代わりに振る。
「医師は何と言っていた」
「王妃様は毒に侵されていた、と。ご自分でお飲みになったのか、誰かに盛られたのかは定かではありません」
ミーミは目頭を手巾で押さえながら、健気な様子で答えた。
演技派だね。
私は死体の振りをするだけなので楽。
ルシアンは笑わせて来るタイプじゃなくて良かった。
「何故そんな事を……!」
何故って言われても、あんたのせいだよ。
便利に人の人生を消費しておいて、何故とか頭おかしいの?
いらっとしたけど、表情にしてはいけない。
王妃はもう閉店しました。
スマイルも売り切れです。
結局誰からも答えが返ってこないまま、国王は痺れを切らしたように舌打ちして帰って行った。
どうせリゼットの所に行くのだろう。
どうでもいいけど。
「はぁ~疲れるわね。ミーもご苦労様。演技上手かったからこの宝石あげるわね」
「えっ?いいんですか?わあい」
とはいえ、国王もずっとは放っておけないだろう。
何とか回復させないと、国民達も動揺しているし、公式の場に死体を連れ出すわけにはいかない。
医者を大量に送ってきて、何とか健康にしようと企むだろう。
健康にする事が企みだとか変な話だけど。
国民の前に出して、無事だよアピールしたいはずだし、山積みになっていく仕事もさせたいはずだ。
今は多分、前王妃と私の側近達で回しているのだろうし。
「で、これからどうするんですか?」
「記憶喪失になる。当分は死体でいるけど、送って来た医者達にそう診断させるわ。実際細かい記憶なんてないし」
日記に書かれていた彼女の気持ちは知ってる。
大きな出来事も知ってるけれど、仕事の内容や進め方なんて知らない。
知っていてもやる気はない。
「記憶がない事を理由に、離縁して貰うしかない。そして子供のいるリゼットを次期王妃にして貰う。私は自由になる」
「そう上手くいきますかねぇ」
頬杖をつくミーミに、私は腕組みをして自信たっぷりに答える。
「だってどうやったとしても記憶が戻らない、役に立たないんじゃ放流するしかないでしょ。何の価値もないんだもの。王家の秘密も知らないんだから殺す必要もないし、他の国にだって連れ去る理由ないでしょ。ただ……」
言い淀む私に、ミーミは首を傾げた。
「ただ、何です?」
「幽閉されるのは困るわね。その場合はまた噂を流すしかなさそう。王家の醜聞となる王妃を監禁してる、ってね。まあ1年以内に解放されない場合の保険として誰かに命じておくしかなさそう」
うーん、とミーミは唇を尖らせる。
まだ納得いかない模様。
「保険は手配しておきますけど、それでも自由になれるとは限らないのでは?」
「完全な自由とはならなくても、それなりの自由なら手に入るわ。その辺は腕の見せ所よ」
「分かりました」
リゼットは悪くないのは知ってる。
ただ、与えられたものを素直に受け取り続けただけ。
それが幸せで甘い物で、何の苦労もなかったとしても、甘やかした人達が偏っていたのだから。
ただ、私はそれに手を貸す事を良しとはしない。
ソランジュも、不遇な立場にありながら唯々諾々と従って、彼女を甘やかす人たちの言いなりに生きて来た。
最後の最後に自分の命ごと、それを断ち切ったのだ。
私はそれを利用して逃げさせてもらう。
一か月もすると、色々な部分が破綻し始めた。
私の世話だけならミーミ一人で事足りる。
何せ公式の場に出る事がないから、衣装選びも着付けも必要ないからだ。
それに転生した私は、身の回りの事も出来るし、化粧もできる。
医者達は解毒と身体の回復を見ながら、記憶喪失だという事実を国王に奏上していたから、公の場に呼ばれない。
だから、宴で国王は失態続きだ。
社交以外の場でなら、大臣達が取り仕切ったり、政治の話だけで済む。
でも社交では王妃のソランジュが場を整えていたんだ。
夫人同士の交流や、各国の文化、歴史、そして家族を中心とした話について。
国王はそこまで細かい気配りも情報も持っていない。
リゼットなら猶更だ。
ただ国王に寄り添って微笑んでいれば良かったのだから、必要以上の事は知らない。
たとえば、相手の国では禁忌とされる飲食物を勧める。
たとえば、喪中の相手に祝いの言葉を投げかける。
そういった些細な、でも政治的には致命傷となり得る事柄が次々と引き起こされた。
最初に気づくのはその国の大使、そして外務卿や大臣、その夫人達。
結果、国王と側室が色々な人々から苦言を呈される事態に陥った。
リゼットに優秀な女官を付けたくても、高位の夫人達は正妻を大事にしない夫も、姉から夫を奪う妹にも近寄りたくない。
どうせ手柄はすべてリゼットのものになるのだから、苦労するだけ馬鹿らしいと。
「恨みに思っているのだろう?そろそろ記憶喪失の振りなどやめろ」
「陛下、お姉様は御病気なのですから、そんな風にお責めにならないで」
三人のお茶会に引きずり出されて、私は仕方なく紅茶を飲みながら怒れる国王である夫と側妃の妹を見つめた。
「申し訳ありませんが、脅されても戻らない物は戻りません陛下。市井の噂通り、わたくしは絶望して毒を飲んだのです。そして、邪魔な記憶を全て失ってしまいましたの」
ぴきりとルシアンは青筋を立てて怒鳴った。
「邪魔な、と申したか…!」
「はい。死ぬ覚悟をしたわたくしには、不必要だったのでしょう。陛下への愛も、妹君への姉妹愛もすべて、忘れてしまいました。ですから、わたくしは離縁を望んでおります」
「離縁……だと…」
鳩が豆鉄砲を…というより拳銃で撃たれたような顔をしている。
ぱくぱくと、無意味に口が動く。
予想をしていなかったらしい。
そりゃあそうだよね。
酷い扱いをしても、常に側に居て穏やかに支えてくれていたんだから、ソランジュは。
何をしても許されると思っていたんでしょうね。
だから、内緒で薬を盛るまで至った。
せめて、彼女に血を分けた子供がいて。
子供達だけでも平等に扱ってもらえたら、希望が持てただろうに。
大人しく、老いて死ぬまで貞淑に支え続けただろう。
自由奔放で愛らしい側室に育てられた子供は、きっと育てた母親と同じように育つ。
逆に、ソランジュに子供がいたならば、国を支えるに足る王子が育っただろう。
勿体ない。
リゼットは悲しそうに目を伏せる。
「ですが、お姉様。わたくしには王妃など務まりません」
そんなのは知っている。
周りの誰もが知っているし、無関係な私だってそう思う。
けれど、彼女の代わりに役に立たないまま王妃に据えられ続けるのは御免だ。
「記憶を失くした私は、貴女以上に相応しくないの。貴女には子供もいて陛下の愛もあるのです。なのに王妃にはなりたくないだなんて、許される訳はないでしょう」
私は盛大に溜息を吐く。
礼儀作法違反だと分かっていて。
「今のわたくしは外交どころか、国内の貴族の記憶すらないのです。このまま王妃として居続ければ、王室の面目が立ちません。それに、健康状態だって悪いのですよ。貴方達はわたくしの事情なんて一切お構いなしですのね」
リゼットはびくりと肩を跳ねさせ、国王は眉間に皺を寄せる。
不機嫌そうな顔のまま、ルシアンは言った。
「離縁など認めぬ。それに三日後の大典には出席して貰うぞ。民達に笑顔で手を振るだけで良いのだ。健在だという事を証明しろ」
はぁー、そうですか。
何というか、どうせ恥をかくならそれでいいから王妃のまま使い倒すってことか。
私は軽蔑しきった目を向ける。
初めて向けられた明確な敵意に、ルシアンは衝撃を受けた顔をした。
「後悔なさいますよ」
私はその一言だけを突きつけて、礼もなしに席を立つ。
振り返らずにその場を後にした。
そっちがその気なら徹底的にやってやる。
三日後の大典とやらは、建国の式典だった。
快晴だし、民達は城の前庭に押し寄せている。
何せ、お優しい王妃様が自殺未遂の噂の後に初めて姿を現すから。
貴族や騎士達だって興味津々だ。
私もこの日の為にめちゃくちゃ準備した。
選んだのは美しい象牙色の衣装。
清楚に見えるし、血が映える。
別に血が映えると言っても、身体を傷つける気はない。
王族としての品格を失わない程度に質素で純朴な印象を与える宝飾品。
色に合わせて真珠を中心に選んだ。
化粧も、王妃ですといわんばかりのバッチリメイクではない。
目を大きく見せて、やや垂れ気味の弱々しい美少女メイクにした。
今までの王妃のイメージとは完全に違う印象になるだろう。
機嫌を取ろうとしていたのか、大典迄ずっと夜に訪れていたルシアンとは一目も合わずに拒絶していた。
どの世界でも、抱いてやるのがご褒美みたいな風潮があるのかしら?
いらないんですけど。
そんなルシアンは私の顔を見ると愕然としていた。
全く違う女性のように見えるからだろう。
「今日の装いは美しいな、王妃」
「ありがとうございます、陛下」
私は素直に礼を述べて、ぎこちない淑女の礼を執る。
わざわざ教育係の夫人を呼び寄せて礼儀作法を習い、記憶がない事への信ぴょう性を高めたのだ。
妹以上の出来の悪さを見せつける。
でもそれが、ルシアンの気を惹いたらしい。
気持ち悪い。
触れてこようとする手を避ける。
でも、差し出された腕には仕方なく手を添えた。
二人で露台に出れば、民衆たちはわっと歓声を上げる。
私は笑顔で手を振った。
手を振ってすぐ、盛大に血を吐いた。
「ソランジュ!?」
「王妃殿下!!」
周囲が大騒ぎになる中、わざと露台の手すりにもたれながら、更に血をだらだらと口から流す。
これは私の血であって、私の血ではない。
瀉血によって、私の身体から抜かれた血を動物の腸に香草と共に詰め込んだものだ。
サラサラの状態を保つために大変苦労した。
ミーミが必死で瀉血した血液を鬼のようにかき混ぜたのだ。
正直怖かった。
私は大典前にそれを口に含んで出席して、ちょうどいい時に噛み破った。
防腐剤として入れた香草が臭みも消してくれたので猶良し。
調査されたところで、動物の血と判定される事もない。
私はそのまま血で衣装を汚したまま、崩れ落ちる。
民衆たちは一瞬静まった後で、阿鼻叫喚の混乱状態になってしまった。
騙してごめん。
あとは気絶した振り。
翌日、私と懇意の大臣達から陛下は烈火のごとく責められた。
体調が悪いのに無理に出席させて血を吐かせたこと。
王妃と言う重責を担えないと何度も言ったのに、認めなかったこと。
何より、民の不安を煽る事になった結果がまずかった。
そしてその肝心な民達の中にも噂は流れた。
自殺未遂を隠すために無理やり出席させて血を吐かせたのだろう、と。
側室を寵愛しながら、離縁もさせてくれないという噂を付け足した程度で、他の憶測は民達の自発的な行動だ。
そしてこの民の噂は、騎士達の義侠心にも火を付けた。
何しろ王妃は辺境にも、騎士団にも恒常的に寄付を重ねていたのだ。
武器ではなく、防寒着や薬草といった後方支援を続けていた。
多方面から責められて、さすがにルシアンは音を上げたのである。
何しろこのままでは、国王の座すら危ない。
王妃様を解放できないのであれば、国王の座を譲った方が良いのでは?などと言われてしまったのだから。
言わせたのは私ですけどね。
重責を担えない王妃を、縛り付ける意味など無い。
単に使えるというだけではなく、今のルシアンにはリゼットよりも新鮮に見える私に心移りをし始めているからだ。
気持ち悪い。
今も毎日、見舞いに訪れるが面会謝絶だ。
『陛下にはお会いしたくないと仰っています』
『また血を吐かせたいのですか』
ミーミにそう言って追い返させている。
血なら準備は出来ていた。
意味のない瀉血という医療行為があって、良かったわ。
ちなみに顔も覚えていない父と継母も一切面会していない。
数週間後に私は正式な離縁状を勝ち取った。
何度も思い直すようにしつこく訪ねてきたけど、お断り。
ていうか、ありえないんだけど。
婚約から結婚まで、そんなに熱心に私の部屋に来た事ないだろお前。
「愛しているんだソランジュ」
今更ながらに言われてもね。
元のソランジュさんなら心動かされたとしても、私はミリもナノも動かない。
持参金を返還して貰って、全て為替手形に換金した。
実家に対しては、親族関係終了および権利一切の放棄書を送りつけて、縁を断つ。
そして私は自由の身となって、遠方の療養所へと旅立つことになった。
公式の旅立ちよりも早く、目立たないように城を出たのである。
ルシアンに捕まるのも、他の誰かに捕まるのも御免だ。
「はー、漸く自由になったわー」
「お疲れ様です」
ミーミは結局私と一緒に旅に出る事を選んだ。
流石に一人じゃ不安もあるので助かった。
「折角転生したんだからさー、色んな所に行きたいよね」
「はい、色んな美味しい物が食べたいです」
何かもう良い年齢なんだけど、学生時代を思い出す会話に懐かしさと高揚感がある。
療養所には行かずにあちこち旅をして、美味しい物を食べて綺麗な景色を見れたらいい。
何せ莫大な持参金があるので。
「よーし、俺達の冒険はこれからだ!」
「それって打ち切り確定の最終回じゃないですか」
転生者らしいメタ会話をしながら、私達は気ままに旅に出る。
自由って素晴らしい。
ほのぼの二人旅(豪遊)
実家や国王からの追手を躱しつつ、国から出て諸国漫遊。
リゼットは今更ながら王妃教育をされ、先王妃に嫌味を言われたり、他の貴族にヒソヒソされつつ何とか頑張っているけど、いつかやらかしたら王弟夫婦や従兄弟に譲位になるかもしれない。
夫婦仲は冷え込みました(ルシアン糞なので)
※※追記
後日談を近々書こうと思ってます。色々な感想頂いて創作意欲が湧いたので、漫遊記+補完みたいな内容で。改稿作業もあるのでのんびりお待ち頂ければ…!
最近、蜜芋味の食べ物や飲み物にはまってます。秋ですからね!!




