第2話 原子人
「今晩は何を食べようかな…」
夕方、私は最寄りの闇市に来ていた。
闇市とは言ったがまず、戦後は法律が一切機能していない。闇市と呼べる場所でしか売買が出来なくなった今、闇市が主な市場となっているのだ。
「この場所は外れか…」
ここはかつては中華人民共和国の上海という都市だったそうだ。今にも崩れそうなビルが戦前の栄光を示している。戦前の中国では他国の製品を真似して造った物を販売する模倣商法、同じく他国で仕入れた物を大幅に値上げして販売する転売商法が主な商売だったそうだ。
「うわぁ、新鮮な野菜でトカゲの丸焼きとしか交換できないなんて。年月が流れても物を高く売るっていう商売根性だけは残ってるんだなぁ」
おっと、いけないいけない。私は自称でも僧侶なんだ。そういう否定的な考えは心の内に留めておかなくては。
しばらく見て回ったが欲しい物は見つからなかった。せっかく闇市と遭遇できたのに、今夜も物々交換用に集めた野草が夕食になりそうだ。
「やめてください!こんなガラクタとじゃ交換できません!」
「ガラクタァ?これのどこが空き缶なんだよ!」
何やら騒がしいが、客が出そうとしている物に対して店主は平等な交換が成り立たないと突き返したみたいだ。どれどれ、何と何で交換しようとしてるんだ?
「肉と…空き缶?それも3個?ナメてるのか?」
「その生肉とこの空き缶!サイズとしては特に変わりないだろうがよ!」
「こっちのは食べ物ですがそれはガラクタです!ガラクタは同じガラクタでしか交換できませんよ!」
「なんだとぉ!?」
見てられないな。このままだと暴力に発展してしまいそうだ。
「おいおい君。店側が拒んでるんだ。大人しく引き下がるか交換するのに見合った物を出したらどうだ?」
「なんだおっさん?」
「私は僧侶だ」
「僧侶…?こいつはお笑いだ!こんな時代にまだ神様を信じて救いを乞う馬鹿がいるなんてよ!なあ知ってるかおっさん?サンタクロースと一緒でな、神様はいね~んだよ!」
「それよりも用が済んだらその店から離れたらどうだ。周りの連中に迷惑だぞ」
「…その顔、お前!アメリカ人だな!」
突然興奮した男が殴り掛かって来た。暴力は良くないと思ったが、思わず彼を地面に叩きつけてしまった。
「アメリカ人が珍しいか。だがな、このご時世に人種を気にするやつの方がもっと珍しいぞ。差別者君」
そもそも私はアメリカ人なのか?確かにアメリカ育ちだが、亡くなった母は国外から逃げて辿り着いた村で私を産んだと言っていたが…
男が黙ると辺りが静まり返る。すると聴こえてきたのはジリジリという嫌な音だった。どうやらこの男、腕にガイガーカウンターを付けていたみたいだ。
「お前…まさか、原子人だな?!」
「はぁ…」
原子人という言葉を聞いた途端に周りの見物客が逃げ出した
原子人とは戦時中に発生した特殊な人間の通称だ。難しい事は分からないが被曝しても身体に影響が出る事はなく、放射能汚染された場所でも問題なく行動できる。しかし身体に汚染物質が留まるという体質故なのか、留まっていた物は被曝していない生物が近くにいるとそちらへ移っていくのだ。
だから原子人は忌み嫌われている。男が時計型のガイガーカウンターを付けているのも自身の汚染を防ぐためだったのだろう。
「お、お前!闇市なんかに入りやがって!俺よりよっぽど質が悪いじゃねえか!」
「原子人は戦争の被害者だぞ」
「人間核爆弾め…お前のせいでここにいる人間全員おしまいだ!さっさとどっか行け!」
「…あぁ、そうするよ」
今更離れたところであのガイガーカウンターが鳴り止むことはない。近くにいた人間は私が抱えていた汚染物質をもらってしまっただろう。
しかし同情するつもりはない。私は原子人、最後の戦争で産まれてしまった被害者なのだ。戦争をやめなかったのに、自分達が苦しい生活を強いられているから関係ないという彼らの姿勢こそ最低だ。
だから私は被曝する度、こうして人混みに入っていく。世界各地の人に戦争の痛みを知ってもらうために。




