8.海辺の宿題と相合い傘(3)
想い出した。海辺で未来と交わした約束。
『じゃあ、約束ね。今から10年後の今日、今と同じ時間に、この場所に来てね』
『10年後?』
『うん』
『そんなに先の話、覚えてるかな』
『絶対に忘れちゃダメだからね! 約束だからね!』
『わかったよ』
『その時にプロポーズしてね』
子供の頃のたわいない約束。
頭の中で繰り返される会話。
あれから10年。俺たちは17歳になった。
俺は未来にいつのまにか恋をしていた。でも3人のこの関係を壊したくなくて、恋心を表面に出さずにいた。
もし気持ちを伝えて上手くいけば、輝とギクシャクするのが嫌だったし、上手くいかなくても未来と気まずくなるのが嫌だったからだ。
あくまでも俺たち3人は仲の良い幼馴染みでいたかった。
あの時の10年後の日っていつだったんだろう。
俺は貝殻の下に敷いてあったメモを手に取った。
そこには日付が書いてある。
俺はその日時を見て驚いた。
あの、『異次元への扉』で、未来が失恋したと泣いていた日だ。
体中から血の気がひいていくのを感じた。
あの日、何も気づかなかった。
あの時の彼女の涙の意味に。
それもそうだ。子供の頃の彼女との約束のことなど、すっかり忘れていたのだから。
当然、その約束の日の約束の時間に、俺は海岸には行かなかった。
夕方、高校生の俺たちが集まっていたいつも通りの時間に、何食わぬ顔で輝と一緒に海岸に行ったのだから。
未来はその日、先に来ていて、ひとり砂浜に座ってじっと海を眺めていた。目に涙を浮かべて。
俺と輝は、『異次元への扉』で未来を元気づけようと慰めた。俺は未来の泣いている姿を見ているのが苦しくて、どうにかしていつもの明るい笑顔を取り戻してほしかった。だけどどうしていいか解らず、くだらない冗談を言って場を和ませようとしたが、あまり効果はなかった。それもそのはず。その涙の張本人は俺なんだから。
一方、経験豊富な輝は心地良い言葉で、泣きじゃくる未来をなだめる。俺は上手く言葉にできずに「そうだな」と相づちをうつばかりだった。
そうしてしばらく経った後、その日は親戚が来るから早く帰るようにと母親に言われていた俺は、先に帰った。その後2人がどんな話をしたのか俺は知らない。
だからそれから輝と未来が付き合いはじめたと勘違いしたんだ。
いろんなことが俺の中で繋がった。
そして取り返しのつかないことをしてしまったと、後悔した。
あの日、未来を泣かせていたのは俺だ。
なんとも言えない複雑な気持ちが、ふつふつと胃の中で沸騰しだした。
気づけば俺は未来に電話をかけていた。
「あ、もしもし。未来」
『雄志? どうしたの?』
電話をかけたはいいが、どう話せばいいのか。
「まだ間に合うかな」
『何が?』
「いや。……もう、夏も終わりだなって」
そう。夏が終わってしまう。
『そうね』
「子供の頃を思い出すよな」
『雄志はいつも夏休みが終わる頃に慌てて宿題してたよね』
未来のケラケラと笑う声が心地良い。
「そうそう。俺と輝がヒーヒー言いながら宿題片付けてるのに、未来は前半に済ませちゃったって余裕綽綽でさ」
俺もつられて笑う。
『毎年おんなじこと言って』
もうあの頃には戻れない。
「懐かしいな」
『やだ、感傷に浸ってるの?』
夏が終わってしまう。
「かもな」
『なんかあった?』
心配そうな声が左耳に入ってくる。
俺は大きく息を吸うと、少し神妙に言葉を発した。
「明日、『異次元への扉』の前の海岸に来てくれないか?」
『どうしたの? 急に』
「都合悪かった?」
『そうじゃないけど』
夏が終わってしまう。
その前に伝えたい。俺の気持ちを。
「明日、『異次元への扉』の前の海岸に来てくれる?」
『てか、また宿題手伝わせる気?』
「まさか」
『わかった』
「宿題」
『え?』
「この間の未来からの宿題」
『うん』
「答え合わせしたくて」
電話の向こうからは、ただ未来のすすり泣く声だけが聞こえていた。
【完】
お読み下さりありがとうございました。
『想い出の答え合わせ』は今話で完結しました。
淡い恋のお話、楽しんでいただけましたでしょうか。
また、次回作でお目にかかれることを楽しみにしています。
藤乃 澄乃