7.海辺の宿題と相合い傘(2)
期待半分、諦め半分の気持ちで、最後の引き出しを開ける。
そこには季節外れのセーターが詰め込まれていた。1枚1枚めくりあげて探していく。手前にはなかった。そして奥のセーターをめくり上げたとき、長方形の缶が顔をのぞかせた。
「あった」
これだ、と急いでその缶の箱を取り出し、蓋の表面を指でなぞる。
懐かしい想い出が詰まった宝箱。
すぐにも開けたい気持ちが蓋へと手をやった。
いや、ゆっくりと想い出を楽しもうと思い直し、俺はベッドに腰かけた。
ゴクリと唾を飲み込んで、そっとその入れ物の上部を塞いでいる角に手をやる。
ずっと開けられていなかった蓋。俺は少し力を入れて引き上げた。
中には、今ではガラクタのように見えるものが詰め込まれていた。当時はこんな物を大切に思っていたんだなと、ひとつひとつの想い出に耽ってみる。
いくつか手に取って、さあ、と次の獲物を探していたとき、俺の手は止まった。
ああ、これだ。
未来がくれた桜色の貝殻。手のひらにすっぽりと入るほどの大きさで、内側は虹色に煌めいている。
その貝殻をジッと見ていると、俺は子供の頃のある出来事を想い出した。
* * *
未来はよく貝殻を拾ったりしていた。綺麗な貝殻を見つけたと言っては手のひらにのせて大事そうに見つめていた。
俺は冗談半分で、浜辺で拾った枝で砂浜に相合い傘を書いたんだ。そうだ。相合い傘を書いたのは輝ではなく、俺の方だった。そこに誰の名前を書くかなんてワイワイ言って。輝は片方に未来と書いた。
その時、未来が珍しい貝殻を拾ったと見せてくれて、「綺麗だな」と俺が言うと、「あげる」って。「大切な宝物だから雄志にあげる」って言われて、俺はその貝殻を受け取った。
それを見た輝は、相合い傘のもう片方に俺の名前を書いたんだ。
輝に揶揄われて、恥ずかしかった俺は、一度受け取った貝殻を、『いらない』と突っぱねた。
そしたら未来は泣きだして。
本当は大切な宝物を未来がくれたことがとても嬉しかったのに、俺は突き返した。
今思えば子供っぽい行動だ。まあ、当時は小学校の低学年だったから、子供なんだけれども。
大好きな未来を傷つけた。
俺は未来の好意を、自分の恥ずかしさで踏みにじったんだ。
未来が泣きだしたことによって、その行動を輝に攻められ、輝と口げんかになった。未来はオロオロして、気にしないからケンカは止めてと、涙声で叫んだ。
ハッとした俺は、小声で「ごめん」と謝った。
「せっかく未来が雄志に、って言ってんだぞ」
「そうだな。ごめん」
そう言って、未来から貝殻を受け取った。
未来は涙を拭いながら、「もういいよ」と笑みを見せた。
本当は哀しかったはずなのに、俺たちに気を使って無理に微笑もうとしていることは、当時の俺にも解った。
「お詫びに未来の言うこと、ひとつ聞くよ」
気づけば俺はそんなつまらないことを口走っていた。いくら言うことをひとつ聞き入れたって、未来の傷ついた心が晴れるとは限らない。だけど未来は、「ほんと?」と聞き返す。
俺は許してもらえると思い、「ほんとだ」と即答した。
すると未来は、はにかんだ様子で、でもしっかりとした口調で言った。
「大きくなったら、お嫁さんにしてくれる?」
俺は驚いて、思わず「え」と声を漏らす。
「いやなの?」
嫌なわけがない。物心ついたときから、俺は未来が好きだったんだ。
「そういうわけじゃないけど」
だけど素直になれない。子供だからか? いや。それは今でも変わらないのかもしれない。
「じゃあ、約束ね。今から10年後の今日、今と同じ時間に、この場所に来てね」
「10年後?」
「うん」
「そんなに先の話、覚えてるかな」
「絶対に忘れちゃダメだからね! 約束だからね!」
「わかったよ」
そしてその後……。
お読み下さりありがとうございました。
次話「8.海辺の宿題と相合い傘(3)」で完結です。
よろしくお願いします!




